49.大地の王
「クソクソクソ! テメェら! 手ェ貸せ!! あいつを殺す!」
「わ、わかった!!」
「三人で一斉に行く! ヴァレリアは防御を!」
マルコスを吹っ飛ばしたが、さすが聖人というべきか、致命傷には程遠かったらしい。
フリウォルとカベザの手を借りて立ち上がり、三人で俺を囲うように三手に分かれて迫ってくる。
フリウォルは隻腕、マルコスは先ほどの一撃で胴鎧に浅くない傷が刻まれている。
といってもまあ、奴らの装備はすべてが超一級品だ。
命を狩るにはまだ足りない。
でも――
「まだまだ壊したりねぇよ」
大口開けて笑う。
仮面の口がガバリと開く。
「《燃える太陽》!!」
「《勝利の風》!!」
「《闇の牢獄》!!」
三人から次々と魔法が飛んでくる。
マルコスが放つ巨大な火球をフリウォルの風がさらに強大かつ青色へと変化させ、カベザは俺の逃避を塞ぎ蒸し焼きにする土のドームを作り出す。
太陽を遮る牢獄、しかしてその中に燃え盛る火球と一緒に閉じ込められたことで牢獄の中は眩しいくらいの光に満たされる。
密室空間でこれほどの火力。
一瞬にして酸素が燃え尽きる。
だけど――
「ぬるい、ぬるいな」
――太陽には程遠い。
◆
最強と言われた天上人三人が一斉にウィリアムに襲い掛かる。
巨大な岩盤でできた牢獄の中に巨大な火球と共に閉じ込められたウィリアムに、ハンターたちは目を剥いた。
「ウィリアムさん!」
「『雷槌』!!」
「王よ!!」
火球が入り、完全に牢獄が閉じられる。
一瞬の静寂。
そして――
「ぬりぃんだよ」
牢獄は弾けた。
まるで火山のように内側から炎を吹き出し砕け散る。
「な――!?」
「嘘だろ!?」
「まさかッ!」
爆風に煽られ、宙にいた三人は姿勢を崩す。
その隙を――
「雑魚どもめ」
彼が逃すわけがない――
「地に伏せろ」
次の瞬間、天上人は地に墜ちた。
三人は顔面からしたたかに地面に打ちつけられる。
崩れたドームから悠然とウィリアムがやってきた。
「クソがッ! ……俺達が……俺が! 出来損ないなんぞに!!」
「うるせぇよ」
「があ!!」
地に伏したマルコスの顔を蹴り飛ばす。
転がり、仰向けになったマルコスは立ち上がろうと手を付くも、
「這えよ」
ウィリアムの剣がマルコスの手を貫いて地面に縫い付けた。
「あああああ!!!」
マルコスの絶叫。
「マルコス!」
「やめろ!!」
地面に伏していたフリウォルとカベザが駆け寄ろうと立ち上がる。
「黙って見てろ」
ウィリアムがもう一方の手で持った短剣を振り下ろす。
「ガッ――!?」
「ッハァッッ!?」
それだけで、また二人は地面に顔から伏した。
まるで王を崇めるように、その頭をウィリアムに向けて。
「天上人。死んだ人間が、地で生きる人間の邪魔をするな」
ウィリアムの地の底よりも暗い声。
「テメェ……天上人の出来損ないが、俺を見下してんじゃねぇ!!」
「ああそうだ、俺は出来損ないだ。天上人では決してない。ただの、この大地で生きる人間だ」
マルコスの腕に突き刺していた剣を引き抜く。
剣の後を、赤い糸が追う。
「落ちた天使は地を這え、崇めろ。俺こそが天下人――……」
剣を振り下ろす。
「この大地の王だ」
マルコスの腕が舞った――
「ギャアアアアアア!!!」
「翼の折れた天使に何ができる。お前にはもう用はない」
痛みにもがき暴れるマルコスの胸部をウィリアムは足で押さえつける。
「俺には『骸作り』って異名があるんだ。骸、つまり首なしの死体。自分から名乗ったわけじゃないが、敵の首に価値があるときは決まって首を刎ねてたから、そんな異名がついたんだろうな。でも――……」
――お前の首はいらないな。
「首は落とさない。足先、手先から、徐々に切ってやる。聖人でよかったな。長く生きられるぞ?」
「あ、ああぁ、アアアアアッ!」
圧倒的なウィリアムの覇気。
空気は震え、体は固まり、息は忘れる。
全身に鳥肌が立つ。
「あ、ああああ! ア―――……」
「……あぁ?」
マルコスの叫びが途切れた。
ウィリアムは怪訝な声を上げ、マルコスから離れた。
「チッ、きったねぇ。失禁しやがった」
ウィリアムは興味が失せたとばかりに、苛立たし気に眉根を寄せた。
マルコスの顔の横に立ち、剣を振るう。
赤毛の首が刎ねられた。
あっけなく、天上人最強の男は死んだ。
「う、嘘だろ……」
「マルコスが……そんなっ」
残ったフリウォルとカベザが震えだす。
ウィリアムは二人を一瞥すると、特に興味を示すことなく視線を切った。
「フィデリア」
「はいっ」
代わりに、控えていたギルドの受付嬢を傍に呼ぶ。
「二人の処遇はハンターに任せる」
「はい、承知しました」
フィデリアは慇懃に頭を下げて、ハンターたちに指示を出し、フリウォルとカベザを囲んだ。
「な、なんだよ……お前たちが僕に勝てるとでも思ってるのか!?」
「クソ、こうなったら、意地でも逃げて――」
「逃がす訳ねぇだろ」
離れたところにいるウィリアムが剣を振った。
逃げようとした二人が、またしても地面に沈む。
――周囲一帯は既に彼のテリトリー。
意にそぐわなければ、問答無用で叩き伏せられる。
意識を失った二人は、なすすべもなくハンターたちに連行された。
残った天上人は――
「ヴァレリア」
「…………」
ずっと沈黙を保っていた、天上人第二席、『水禍』のヴァレリア。
流麗で夜闇のような僅かに青みがかった黒髪を背中まで伸ばした女性。
大きな宝石が付けられた杖を両手で力強く握っていて、口元は横にきゅっと引き結ばれ、長い前髪で表情は見えない。
彼女はずっと自身や味方に結界を張っていた。
味方のはずの天上人が全員やられても、ヴァレリアは杖を振るうことも宙に浮くこともなく、ずっと俯いていた。
しかし、やがて。
「おみそれしました」
からんと、地面に杖が落ちる音がした。
ヴァレリアが杖を手放し、顔を上げた。
その顔は、笑っていた。
「約束は果たした。次はそっちの番だ」
「わかっています。では――……」
ヴァレリアはわたしたちに背を向け、自軍と向き合う。
国軍は訳が分からないとばかりに右往左往し、最初にあった士気は完全に砕け、隊列は完全に下がりきっている。
このままぶつかるだけで勝てそうなほどに、軍は統率を失っていた。
「静まりなさい」
そんな自軍の頭上に、ヴァレリアは巨大な閃光を打ち上げた。
「今日、ただいまを以って、グラノリュース天上国軍は中層及び下層に出現する悪魔の殲滅を完了しました。これより悪魔の首魁を討ち取った元天上人……いえ、我らが王の指揮下に入り、上層に帰還します」
ヴァレリアが告げた。
それはつまり――
「我々に、降伏しろということですか」
軍人の一人がそういった。
ヴァレリアは首を横に振る。
「いいえ、違います。降伏ではなく、戻るだけです。元より国軍の役割は、中層以下に現れる悪魔の殲滅。マルコスが言っていた悪魔の定義を覚えてますか?」
「……我々に害をなす存在」
「そうです。その定義に従えば、この国に害をなしているのはマルコス、カットス、フリウォル、カベザの四名。国民を虐げ、国力を低下させる彼らこそ悪魔であり、それを討った彼――ウィリアムは味方です」
ヴァレリアがわたしたちに背を向けて、怯えている軍人たちに説明していく。
わたしもウィリアムのもとに歩き寄る。
「ウィリアム……」
「ん? どうしたルナマリナ」
「これ……どういうこと?」
どうしてヴァレリアはずっと一歩引いた位置にいたのか。
どうしてすぐに降参し、あまつさえ混乱している軍をわたしたちに都合のいいようにまとめたのか。
「ふふ~ん、それはねぇ、あたしが説明したげる!」
応えたのは、ほうきに乗っておりてきたウィルベルだった。
「あたしがヴァレリアに接触したの。今回の作戦の成否を握る人物ってことでね」
「……どうして?」
「ヴァレリアはあたしが入国したときも前回のセビリアの襲撃の時も、積極的に人を襲うことはしてないの。ウィリアムの話から、彼女が他の天上人と必要以上に仲良くしてないってことと合わせれば、十分に彼女があたしたちに協力してくれる可能性はあると思ってね」
な、なるほど……?
「どうやって接触したの?」
「あたしがこの国にやってきたときにね? 最初に出会ったのがヴァレリアだったのよ。実はこの国の層を区切る壁には結界発生装置としての役割があって、壁と並行に、天に向かって結界が伸びてるの。そこを通過したら、ヴァレリアに伝わって彼女がやってくるってわけ」
なるほど、だからウィリアムとウィルベルは下層と中層を隔てる壁を破壊したんだね。
……だけど。
「ウィリアムは……それでいいの?」
「……」
あれだけ天上人を殺したがっていたウィリアムが、ヴァレリアは生かそうとしているのが、少しだけ気になった。
他三人はハンターたちに任せていたけど、彼らもウィリアムと同等に三人を憎んでいるから、恐らく碌な目には遭わないに違いない。
「ヴァレリアには借りがあるんだ」
「借り?」
ウィリアムは、背中を向けて軍人たちをまとめているヴァレリアを見た。
「記憶を取り戻す前に、カットスとやり合おうとしたときがある。そんときに、助けてもらった」
だから今回だけだ、とウィリアムは言った。
「ま、確かにあの人はまともそうだし、この後のことも考えたら、一人は天上人残しておいた方が都合がいいもんね」
「そういうこった」
この後……そうだ。
この後、いよいよ、ハンターたちにとっては未知の上層へと足を踏み入れる。
ウィリアムにとっては、久々の上層。
約束の地。
「そういえばさ、さっきの技ってどういう原理?」
ウィルベルがウィリアムに言った。
確かにさっきの技は、今まで見てきた彼の技の中でも異質な感じがする。
「さっきのはいうなれば、段階で記憶を繋げる技だ」
「記憶を繋げる?」
ああ、とウィリアムは頷く。
「ソフィアの知識を使った魔法防御《知性の守り》、アティリオの剣技とカットスの空間魔法を使った物理防御《神聖の守護》。そして雷魔法による身体強化と俺の肉体への理解を全部合わせた技だ」
つまり、彼に想いを託した人たちの記憶と技術の結晶。
「攻撃で守るウィルベルの《破壊の守り》とは正反対の、守りで攻撃する奥義だよ」
「守りで攻める?」
「ああ。そうだな……ウィルベル、ちょっと体貸してくれ」
「えっ」
ウィルベルが体を抱きしめて一歩後ずさる。
「あ、あんた……こんな公衆の面前で何をするつもり?」
「アホ、違うわ。単に筋肉のつながり見せたいだけだよ。突っ立ってりゃいいから。変な場所も触らない」
「ホントに?」
「ホントホント」
渋々といった感じでウィルベルはウィリアムに背中を向けた。
「アナトミートレインっつって、全身の筋肉は密接につながってるんだ。一見関係ないように見える位置にある筋肉もつながってる。こことかな」
ウィリアムは彼女の肩から腰にかけて指差していく。
「全身の筋肉がつながっていることで、ある部分に負担がかかっても、他の筋肉全体で負担を分散させることができる。だがそれは逆に言えば、ある場所を動かせば、他の場所にも影響を及ぼすってことでもある」
「……話が見えないんだけど、もういい?」
「ああ、ありがとさん」
ウィルベルが再びこっちを見る。
少しだけ顔が赤い気がする。
「そんで、筋肉の動きがなんだっていうの?」
「つまりだ。人間の体ってのは、ある動きをすれば、構造的に派生が不可能な動きが生まれるってことだよ。肘を曲げるのと伸ばすのが同時にできないのと一緒さ。実際にはその部分だけじゃなく、さっき言ったように全身の筋肉がつながっているから、不可能な動作ってのは結構多いんだ」
「……つまりのつまり?」
わたしもウィルベルも首をかしげるばかり。
話は面白いけど、これがさっきの技とどういう関係があるんだろう。
「俺の剣の本懐は守ること。防御を主体とした戦い方であり、防御の基本は相手を見ることだ。それと今言った人体の構造を理解していれば、相手の初動を見た瞬間にその動きの隙が見えるってことだ」
「……つまり、さっきの技は、相手が動き出した瞬間にその隙を突く技ってこと?」
そうだ、とウィリアムは頷いた。
でもそれって――
「後の先ってこと?」
「超高速のな」
彼の空間魔法が展開されるテリトリーに入った瞬間に、敵はその肉体全てを彼に把握され、僅かな身じろぎ一つによって生まれる人体の隙を超高速で穿たれる。
まさしく『攻撃は最大の防御』を体現した技。
「剣の間合いの外にまで攻撃できた理由は?」
「それは単に魔法で刃を複製して延長しただけ。身体強化のおかげで実際に剣が振るわれるのはほんの一瞬だ。タネが割れてたとしても反応できない速度だから、魔力で妨害される心配もない」
魔法だけでも剣技だけでも成し得ない、彼だけの技。
たくさんの人の力と思いを受け継いだ彼だけに許された技。
ただ……
「王になんかならないって言ってたくせに、《大地の王》なんて名前なのね」
「それはまあ、誰だろうと這いつくばらせる便利な技なもんなんで」
ウィルベルは目を細め、可愛いにやけ顔を浮かべて。
「実はなりたいんじゃないの~?」
「馬鹿言うな、這いつくばらせるのが好きなだけだ。王になりたいかと言われると違うんだよ」
「またまた~」
「おっと、ここにも叩きのめしたい奴が」
「きゃー」
じゃれ合う二人。
「あはははっ!」
戦場なのに、笑ってしまう。
二人が揃えば、なんだってできる気がしてしまう。
「お、向こうも終わったか」
軍人をまとめたヴァレリアがやってきて、ウィリアムはその相手をするために歩いて行った。
堂々と歩く彼の背中を見て、思う。
「わたしも……強くなりたい」
あんな風に、わたしもなりたい。
「なになに? マリナもウィリアムみたいになりたいの?」
わたしの呟きが聞こえたのか、ウィルベルが楽しそうに笑いながら言った。
すこし恥ずかしかったけど、素直にうなずいた。
するとウィルベルはふっと笑って、でも少しだけ遠い目でウィリアムを見た。
「残念だけど、ウィリアムみたいになるのはやめた方がいいわ」
「……え?」
彼女の言葉が信じられなかった。
「前に言ったよね、ウィリアムの本当の強さについて」
「うん……彼の強さは意志の強さだって」
「そう、彼の強さは意志の強さ。それはマリナの加護とは違う別種の強さなの」
言っている意味がよくわからなくて、首を傾げた。
「いい? 普通の人はね、たくさんの他人の記憶、それも自分よりも凄く長生きした人の記憶なんて貰ったら、まず普通じゃいられない。きっと精神に異常をきたして、まともな人の生活を送れなくなる」
そうなのかもしれない。
実際、人の記憶を奪った後の彼はひどく不安定だった。
でも今、ヴァレリアと話をする彼はいつも以上に落ち着いてるように見える。
「彼は普通に見えるよ?」
「言ったでしょ? あれがウィリアムの強さなの」
見えにくい、だけど確かにそこにあるもの。
「どれだけの人の記憶をもらっても、どれだけの人の想いを受け継いでも、彼は自分を失わない。だからこそ、彼は彼に想いを託した人たちすべての力を引き出せる。これは、並みの人には到底できない彼だけが持つ力なの」
それが無ければ、彼はとっくに廃人になっていた――
「だからたくさんの人が彼に想いを託したの。彼さえいれば勝てるんだと信じて」
彼より強くて賢い人はみんな死んだ。
彼らは自分たちが生きていても、この国を変えられないと知っていたのかもしれない。
だけど彼さえ生きれば、全員が彼の中で一つとなることができて、この国を変えるという悲願を果たせると思ったのかもしれない。
現に今、彼の中であまたの人の技術と思いが一つになって、あっという間に長年の宿敵である天上人を瞬殺した。
「加護ですらないのにここまでとはね。もし彼に加護が出たらきっと凄いことになるかもよ?」
鼻歌でも歌いそうなほどに、ウィルベルの目は輝いていた。
ウィリアムの加護……確かに見てみたい。
「さあ行こう。いい加減に終わらせたいな」
ちょうど話を終えたウィリアムがわたしたちを見て、仮面の奥の目を細めて言った。
わたしもウィルベルも、ハンターたちのみんなも彼の元へ歩いていく。
――もう少し、もう少しで、すべてが終わる。
次回、「引きこもり」




