48.繋がる想い
いよいよだ。
「さあ、出来損ない。準備はいいか?」
いよいよ今日、目の前にいるやつらの息の根を止めてやる。
「いいぜ、いつでも来いよ。今更卑怯だなんて言う気はない」
目の前、少し離れた位置にいるマルコスの口角が吊り上がり、両手に持った剣から一気に炎が吹き上がった。
炎の噴射によって奴は上空へと舞い上がる。
俺は深く息を吸い、ゆっくり長く口から息を吐きだした。
仮面の側面にある穴から空気が漏れていく。
体調はすこぶる完璧だ。
視界は鮮明で、木々の葉を一つ残らず数えられそうなほどに明瞭。
嗅覚は透き通り、太陽の匂いも空気が焼ける炎の匂いも鉄の匂いも嗅ぎ分けられるし、聴覚もハンターたちの大声を聞き分けられそうなほどに、その中に混じる小鳥のさえずりすらも聞き逃さない。
――負ける気は一切ない。
右手に剣を、左手に短剣を。
そして――
「力を貸してくれ……《繋がる想い》」
脳裏にいくつもの思い出が駆け巡り、蘇る。
脳の片隅にしまっていた他人の記憶を呼び起こし、全てを繋げる。
「死ねや! 《炎の巨剣》!」
上空へと舞い上がったマルコスが、滞空したまま俺に向けて剣を向け、火柱を巻き起こす。
さながら炎の巨人の剛腕が振り下ろされたかのような一撃。
「一……《知性の守り》」
俺にぶつかる直前で、見えない壁に阻まれるかのように炎が分かれ、後方へ流れていく。
ウィルベルやヴァレリアが使う結界に似た現象、しかして結界ほど明確な壁があるわけでもない。
「テメェ!? 結界使えんのか!?」
「まさか。昨日今日で使えるようになるほど甘くない」
そもそも必要ない。
俺に結界は。
確かにこの数週間、ウィルベルには前の世界の知識と引き換えに少し魔法を教わった。
でもそれは結界に関するものではないし、マルコスに対して使う気は起きない。
「チッ、なら直接なぶるまでだ」
マルコスは遠距離では埒が明かないと思ったのか、消えたかと見紛うほどの高速移動で空を飛び回る。
いくつもの赤毛の残像が現れ、周囲を覆う。
かまわずに、俺は一歩踏み出した。
「二……《神聖の守護》」
呟きと同時――
「――もらった!!」
突如、背後からマルコスの剣が俺の胸を貫かんばかりに迫る。
「遅い」
「……ッなに!?」
あっさりと火剣は避けられ、勢いそのままマルコスは俺の前方に通り過ぎる。
すぐに奴はツバメのように飛び上がり、また残像をいくつも生み出しながら、かく乱するように迫ってくる。
何度も何度も何度も何度も迫る。
だけどそのたびに。
「クソッ! なんでだ!? なんで防がれる!?」
目にも止まらないはずの炎の剣が全ていなされ、防がれ、避けられる。
かつて剣を交えたときは、まともに防ぐことも対応することもできなかったのに、今あっさりと防がれていることが不思議でたまらないのか、マルコスは驚愕の声をあげた。
「クソッ、調子が出ねぇ! なんでだ? 疲れてんのか?」
「なんだ? あんなにタカをくくってたのに、もうばてたのか?」
「テメェ、まさか何かしたのか!?」
「なにも? いうならまあ、睡眠は大事だよなって話だ」
マルコスは前回のようにいかないことにあからさまに苛立ちを覚え、俺の目の前で動きを止めた。
マルコスは訳が分からないだろうが、この結果は何もおかしくはない。
だって前回の俺は、極度の睡眠不足で知覚と反応速度、脳の回転も全部が著しく落ちていた。
そんな状態でもずっと戦い続けてきた。
そして、全部が万全になった今、熱と光を撒き散らしながらやってくるマルコスの動きを読めないわけがない。
そもそも――
「お前の剣は速さだけ。重さも技術も何も感じない。そんなものに、俺が……俺たちが負ける道理はない」
「なんだと――ッ」
ただ速いだけの剣が俺たちに届くわけがない。
むしろ速すぎるがゆえに、いちいち視界から消えてしまうほど大回りしなければいけない動き、炎により高速になり威力が増した剣戟も精々が数発しか連続してこない剣なんてなんの脅威にもならない。
こいつは、速さにかまけて剣に何も詰まってない。
「さあどうする? まだ他の天上人の手を借りて一斉にかかってきてもいいんだぞ?」
「舐めんな! 俺はまだ本気を出してない! 次で全部決めてやる。お前のその仮面、下の顔ごと灰も残さず焼き尽くす!!」
挑発に乗り、マルコスは一気に上空へ舞い上がる。
その両手の剣は今までにないほどの炎を吹き出しており、あまりの熱に刀身が白く白熱していた。
「これを使うのは数百年ぶりだ。光栄に思え、そして喜べ。この技は一瞬の痛みすら感じない。死んだこともわからずにド派手に死ねるからよォ!!」
いうや否や、今度こそ比喩なしに一瞬でマルコスの姿が消えた。
見上げれば奴は上空へ、何度も爆発を起こし、爆発的に速度を増しながら、一気に天へと昇っていった。
あっという間に奴の姿は空にある太陽の光に飲まれ、見えなくなった。
まさしく天上の火。
『火星』の異名を持つマルコスの奥義。
――なら俺も全力で返してやる。
周囲一帯を緊密かつ精細にマナが張り詰める。
剣と短剣を薄くとも鋭いマナが覆う。
全ての準備ができたとき。
「――《天上の火》」
太陽を背に、空から一直線に火の流星が落ちてきた。
遠かったはずの奴の姿が、一瞬で目の前に迫ってきた。
地上全てを埋め尽くすほどの巨大な炎。
天の威を知らしめ、地上の罪過を燃やし尽くさんばかりの爆炎が振り下ろされたとき。
――俺は笑った。
「奥義……《大地の王》」
◆
最強の天上人、『火星』のマルコス。
話には聞いてたけど、魔法の腕自体は決して低くないし、むしろ空中をあたし以上に自由かつ高速で飛び回るその実力は特筆に値する。
最後の《天上の火》。
あの技は魔法使いの里で優れた魔法を納めたあたしでも驚くものだった。
だけどそれ以上に――
「奥義――《大地の王》」
天から降り注いだ流星が大地に落ち、周囲一帯を大爆発が埋め尽くす。
「くぅっ」
あたしはとっさにハンターたちを爆発から守るために結界を張った。
幸いにして、この爆発は直接ハンターに襲い掛かったものではないために破られることはなかった。
しかし、周囲一帯には視界を埋め尽くし、太陽の光すら遮るほどの大爆煙。
急いで煙を魔法で吹き飛ばそうとした、そのときだった。
「―――ぐああッ!?!?」
煙の向こう側から、聞いたことのない絶叫が聞こえた。
「マルコス!?」
「どういうことだ!?」
「あの技が破られたのか!?」
天上人や敵の兵士たちの慌てる声も聞こえた。
そして――
「かっるいなぁ。速さだけのただの振り下ろし。そんなもんが百年かけて辿り着いた境地かよ」
声が聞こえた。
さらに爆煙の内側から煙を瞬く間に吹き飛ばして、一人の男が姿を現す。
「ウィリアムッ!」
「ウィリアム!」
あたしとマリナが同時にその名を呼ぶ。
彼は一歩も動くことなく、敵を吹き飛ばしたのだ。
晴れた視界、ウィリアムの先には軍人たちの波に吹き飛ばされたマルコスがいて、その周囲に天上人が駆け寄っていた。
軍人たちも、マルコスが吹き飛んできたことに動揺し、先ほどまであった士気は瞬く間に消え失せていた。
それもそうだ。
あたしですら、背筋が震えるほどに完成されたあの技。
「……《大地の王》」
大地の王。
その名の通り、ウィリアムはまるで自分がそこにいるのが当然のように、邪魔するものは何人たりとも許さないとばかりに上空から迫るマルコスを弾き飛ばした。
彼の技を見たときに感じたのは、ほんのわずかな恐怖と圧倒的な感動、高揚、歓喜。
これほどまで素晴らしく完成された技を、あたしは他に知らない。
魔法だけでは到底到達しえない境地。
空間魔法で周囲一帯全てを綿密に把握し、雷魔法で反応速度と身体能力を底上げし、鍛えられた剣技で、音速を超えて迫ってきたマルコスを確実に反撃した。
太陽を背に視界を奪い、一直線で距離感を掴ませないように一瞬で迫ってきたにもかかわらず、彼は一切の狂いもなく攻撃を防いだのだ。
いや、あれを反撃と言っていいのかもわからない。
だって彼の剣は――
「お前の大技、俺に届きすらしてないぞ。数百年の大技もただの猪突猛進のイノシシ技か」
マルコスが近くに来る前に、剣の間合いよりも遠い位置のときには、既に奴を吹き飛ばしていたのだから。
意味がわからず、生唾を飲み込む。
あたしは、感動していた。
戦いの場で、多くの人が死ぬかもしれない戦場なのに、あたしは不謹慎にも高揚していた。
彼が戦うところを、もっと見てみたい。もっと知りたい。
「……本当にこの世界は、面白くてたまらない」
さあ、マルコスだっけ?
もう少しくらいは、意地を見せてよ。
彼の技をあたしに見せて。
次回、「大地の王」




