47.魔法の言葉
ついに、この時が来た。
太陽が雲一つない空高くに上り、肌を焼く強い光がさんさんと地上に降り注ぐ。
日が当たらずに比較的ひんやりしていた地下ですら、今日、この日、この戦いに高ぶっているかのように熱を持っていた。
そんな地下から、わたしたち反乱軍は全員飛び出していた。
目の前には、グラノリュース天上国の正規軍の大軍勢。
「フッ……ハハ、ハッハッハッハ!!!」
隣で、ウィリアムが狂ったように笑っている。
彼の仮面の口部分がぱっくりと割れ、大きく横に広がった口が露わになっている。
わたしの心臓も早鐘を打つ。
うるさいくらいにばくばくと音が鳴る。
わたしたちの前には、上層の長大な防壁を背に隊列を組んで剣と盾を構える正規軍。
わたしたちの背には、中層の雄大な平野を背に乱雑に並んで槍と弓を構える反乱軍。
どちらもその数は数万を優に超えており、見渡す限りが人の海と化していた。
統一された服装に身を包んだ軍と思い思いの格好をしたハンターたちの間にできたわずかな隙間には、わたしを含め数人の男女が向かい合っていた。
「よぉ、まさか生きてるとは思わなかったぜ。どうやったんだ? 死にぞこないの『親殺し』」
「ただ生きてるだけの老害には説明してもわからないことだ。精々が死んで役に立ってくれよ」
ウィリアムと言い合うは、彼の正面にいる炎のような赤毛を逆立たせた男。
名前はマルコス。
わたしを切り裂き、彼にやけどを負わせた張本人。
その少し後ろにひかえるように青髪の魔法使いヴァレリアが立ち、二人の上空には隻腕のフリウォルと禿頭のカベザが浮いていた。
対してわたしたちの頭上には――
「エフィメラ、準備はいい?」
「グルアアッ」
ほうきに跨り、そばにいるひときわ大きな体躯を持つ飛竜を撫でる魔女。
ウィルベルとその使い魔のエフィメラ。
さらにその後ろ、ハンターたちの頭上には、今にも炎をまき散らさんばかりに喉に火の気を蓄えた飛竜たちが飛び交っている。
天上人四人とわたしたち三人。
向かい合い、にらみ合う。
ウィリアムもウィルベルも、後ろにいるハンターたちも全員固唾を飲み、いまかいまかと開戦に備える。
一方で、天上人は全員、にやけ笑いを浮かべていた。
「いいよなぁ、こういうふうに互いのトップが軍勢連れて向かい合うって。わかりやすくてシンプルで、何より簡単だ」
天上人の筆頭であるマルコスはこの状況が嬉しくてたまらないとばかりに剣を持ったまま、両手を広げて笑った。
「中層どころか下層の反乱分子まで集めてくれて、しかも上玉まで連れてきた。見た感じ、お前がこいつらの頭なんだろ? 一人じゃ勝てないから数に頼ってきたんだろうが、残念だったな。こっちも数を連れてきてやったぜ?」
「……フフッ!」
マルコスの挑発的な言葉を受けて、隣からわずかにくぐもった笑いが漏れた。
仮面をつけているからマルコス達には届いてない。
「チッ、クソ。ばれてたか。地下に作ったからごまかせると思ったが」
ウィリアムが一芝居うち、内心とは裏腹にひどく苛立った声を出す。
「は? ハッハッハッハ!! ばっかじゃね? 壁があるから見えねぇとでも思ったのかもしれないが、こんな人数いてばれねぇわけねぇだろ? まあ、出来損ないの頭じゃそんなもんか?」
「チッ、完成されたマルコス様の頭には敵わねぇなぁ。どうするべきか」
苛立ったウィリアムとは正反対に、マルコスはひどく上機嫌に笑いの声をあげて、威圧するように両手に持っていた剣から大きな火柱を発生させる。
「こんだけ大群集めてくれたんだ。なんか最後に言い残すことはないか? お前を殺すことは確定だが、多少の遺言なら後ろにいる連中のために聞いてやらないこともないぜ? そんくらいはかっこつけたいだろ?」
「……へぇ?」
天まで届かんばかりの火柱を見て、ハンターたちには動揺が走り、軍人たちは昂り始める。
ウィリアムは仮面から覗く目を僅かに細めた。
そのままマルコス達に向かって足を一歩踏み出した。
「なら一つだけ、頼みがあるんだが」
「たのみ?」
ウィリアムは天上人四人の前に出ると、一度振り向き、わたしと上にいるウィルベルを見た。
そしてまた、前に向き直り――
「俺とお前らだけで勝負しろ。お前らが勝てば、他の連中は煮るなり焼くなり犯すなり、好きにすればいい。たった一人殺すだけで、他はもう好き勝手出来るんだ。お前らにとっても悪くない話だと思うが?」
「なんだと?」
提案したのは、天上人同士の一騎打ち。
いや、一騎討ちとも呼べない、一対四の圧倒的に不利な勝負の提案。
案の定、マルコスは興味深そうに、しかして怪訝そうに顔をしかめる。
「どういうつもりだ? お前一人で俺たちに勝てると思ってんのか?」
「さあ? でも悪い話じゃないだろ? 他はともかく、あの二人は見た目は悪くない。それを無傷で手に入れられるとなれば、お前らだって望むところだろ?」
「……確かに、あの外野の魔法使いは興味深い。見た目もいいしな。それにあの女も、こないだ焼いた女とそっくりだ。もし同じだとすれば、あいつもまた特殊な奴ってことか。……へっ、いいぜ? 他に見ない上玉二人、テメェを殺すだけで無傷で手に入るとなれば、断る理由もねぇ」
下卑た笑みを向けられることがすごく不快だった。
同じように上にいるウィルベルもひどくマルコス達を睨みつけている。
だけど、抗議の声はあげない。
黙っていると、ウィリアムと天上人の話が淡々と進む。
「いいぜ、お前の最後の遺言として、その願い聞いてやる。一騎打ちに応えてやるよ」
「天上人全員でもいいんだぞ?」
「お前一人に全員でかかるなんてだせぇことするかよ。ここは大将同士、堂々と力の差を見せつけてやるぜ」
言い終わるや否や、マルコスは両手の剣を地面に向け、炎を吹かし、上空へと一気に舞い上がる。
自らが率いる全軍に見えるように、真っ赤に輝く炎を振りまき、自由自在に空を舞う。
「野郎ども!! 聞いたか!? たった今から、この俺様とハンターたちのボス猿が一騎打ちだ! どっちが勝つかは聞くまでもねぇよなぁ!?」
『おおおおおお!!!』
「マルコス様に負けはねぇ!」
「我らが天上人は不敗成り!」
「悪魔どもに天の裁きを!!」
マルコスが振りまく火花を受けて、軍人たちは足を踏み鳴らし、剣を打ち付け、気勢を上げる。
「俺が勝ったら、いよいよこの長かった反乱もおしまいだ! 連中はついぞ俺らの天下に下る! さあ気張れ! 歌え! 昂れ! 俺らの勝利は目前だ!」
『おおおおお!!!』
絶対的な存在である天上人に率いられた軍は、これ以上ない雄たけびを上げ、剣を打ち鳴らす。
一つとなった大歓声と甲高い金属音の大波に、ハンターたちは押され、かろうじて揃っていたはずの足並みが徐々に崩れ始める。
ざわめきが大きくなり、少しずつ、少しずつ、反乱軍が後ろに下がる。
下がる足は止まらず、もう少し下がれば、きっと誰かが逃げ出し、戦線は戦わずして崩壊する――
その直前で――
「《生きることは戦いだ》」
低いのに不思議とよくとおる、力強い言葉が聞こえた。
全員の先頭に立ち続けるウィリアムが、一気に剣を引き抜き頭上に掲げる。
掲げた剣は太陽の光を反射して、ハンターたちの目を照らし出す。
「《自らを征服するものを征服する》」
彼の放った言葉が、ハンターたちに勇気を与える。
光に照らされたハンターたちの瞳に、光が宿る。
ウィリアムに続いて、頭上から力強い言葉が降る。
「《幸運は勇者に味方する》!」
魂を震わす『魔法の言葉』。
心の底から勇気が湧いてくる。
ウィルベルに続き、わたしも息を吸い、大きく胸を膨らまして――
「《炎は黄金を証明し、苦難は勇者を証明する》!!」
叫ぶ。
二人に教わった『勇気』の言葉。
体の芯から力が湧いて、恐怖を塗り替える闘志が満ちる。
うろたえていたハンターたちの後ろへ進む足は止まり、前へと一歩踏み出した。
「《汝平和を欲さば、戦への備えをせよ》!!」
「《息をする限り希望を抱く》!!」
「《今やらなければ二度とできない》!!」
軍人たちにも負けない気勢がハンターたちから上がりだす。
互いに一歩も譲らぬ鬨の合戦。
声だけでも、音だけでも大地を揺らし、世界を震わす戦いが起こる。
後ろから聞こえる仲間の声がこんなにも心強い。
初の戦いの前なのに、こんなにも心は軽く、体は熱い。
――こんな光景を、一体だれが夢見ただろう。
一致団結したハンターたちの声援を一身に受けるのは、わたしたちの王様。
わたしの家族。
「ウィリアム」
今まで何度も、戦いに行く彼の背中を見送ってきた。
だからいつものように――
「いってらっしゃい!」
「いってきます!」
いつもは無かった『いってきます』。
こんなに嬉しい見送りは初めてで、胸が詰まりそうになる。
彼の声には、一切の恐れも揺らぎも存在しない。
ただ、自信だけが満ち溢れる。
「いけぇええマルコス様! 連中に天上の威を見せつけください!!」
「《努力は打ち勝つ》!!」
「今日こそ悪魔どもが滅びる日だ!」
「《我らに天使の祝福を》!!」
両軍勢の間にできた谷間、熱気がぶつかるその場所で。
「盛り上がってきたな、出来損ないの死に場にしては盛り上がりすぎか?」
「なに、すぐに相応に変わるだろ」
マルコスとウィリアム、両者が向かい合う。
――いよいよだ。
――いよいよ今日、すべてが終わる。
次回、「繋がる想い」




