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46.心の機微



 ウィリアムの考えはおおよそ理解した。


 次は本番の戦いのことについて聞こうとしたけど、ちょうどそのタイミングでやってくる人がいた。



「あ、まだいた。……ウィリアム、ウィルベル、ただいま」



 艶のある濡羽色の髪を背中に流した、眠たげな赤い瞳の美少女。

 マリナことルナマリナ。


 部屋に入ってきた彼女に、手を振った。

 


「おかえりなさい」


「おかえり。……つっても、さっき会ったばかりじゃないか」



 改めてただいまとおかえりを言うあたしたち。

 マリナははにかんだ笑顔を浮かべる。



「ちゃんと言ってなかったから……言いたくて」



 ああもぉかわいいなぁ、マリナ。


 健気で素直で、純粋過ぎて怖いときがあるけど、普通にしてれば本当に天使。


 やってきたマリナは少し駆け足であたしの前にやってきて、



「ん」



 両手を広げて抱き着いてきた。



「わっと、どうしたの?」


「二人が仲良く話してるのが、嬉しくて」


「……あらあら」



 仲良くって言うか、普通に話してただけだけど、彼女にはそれが嬉しかったらしい。


 抱き着いてきた彼女を軽く抱きしめ返すと、マリナはあたしから離れてウィリアムの方へと向かって勢いよく抱き着いた。



「うをっと」


「ちゃんと町の人たちを連れてきた。……役に立てた?」


「十分すぎるくらいにな。ありがとう」


「うんっ。……どういたしましてっ」



 マリナの頭を、ウィリアムは柔和な笑顔を浮かべて撫でる。

 立派な家族になった二人は、とても幸せそうだった。


 マリナは抱き着いたまま顔を上げ、話し出す。



「何を話してたの?」


「今回二人に任せたことの理由さ。それにしても、こんなに大勢の人間が集まるとは思わなかったよ。下層はまだしも、中層の街は半分が精々だと思ってたのに」



 ウィリアムの言葉にあたしもうなずく。


 中層の街は基本的に打って出ることを想定していない。


 訓練され、集団戦に優れた軍と真正面からぶつかるには、ハンターの数が少なすぎるし力が足りない。

 だから、町狩りにやってくる軍に十分すぎるほどの罠を張り、魔物を利用して待ち受けるのだ。


 いくら軍をウィリアムが引き付けているとはいえ、状況を正確に把握していない町の人たちが素直に出てくるとは思えなかった。


 だけどマリナはあっけらかんと言った。



「ウィリアムに教わった交渉のコツを意識したら、みんなすぐに泣きながら頷いてくれた。……簡単だったよ?」


「交渉のコツ?」


「ああ、あれか」



 ウィリアムが交渉までできるとは知らなかった。むしろ人とのコミュニケーションなんて苦手な方だと思っていたのに。



「何か言ったの?」


「ああ、三つほど。マリナにどうしたらいいか聞かれたから教えたんだ」



 ほうほう、知りたいことが増えたわね。


 うまく使えば、旅に役立てられるかもしれないわね。


 身を乗り出して、聞いて見ると――



「相手を嫌うこと、見下すこと、自分が上だと示すこと。……あとウィリアムの悪評を利用したら、みんな腰を抜かして協力してくれた」


「え――?」



 み、耳がおかしくなったかな?



「へぇ、マジで効くのか。今度から俺もやろう」


「てきめんだったよ。……みんなウィリアムについていくって」


「会議の時あんなにすんなりいうこと聞いたのはそういうことだったのか」


「…………」



 この二人は、頭がいいの? ボケてるの? どっちなの?


 交渉相手見下してどうすんのよ、手を組む相手を嫌ってどうすんのよ。


 明らかにおかしいでしょうに。


 しかもそれで結果を出してるんだから、ほんとにぼけてんのかわかんない。



「ん? どしたウィルベル」


「いいえ、なんでも。ただ改めてあんたたちがおかしいってことはわかったわ」


「お前にだけはいわれたくねぇよ」



 溜息を吐いて頭を切り替える。



「んで、これからの戦いはどうなるの?」


「天上人連中が傷を癒して軍を引き連れて出てくるのは、おそらくもう数日先だ。こんだけ人が集まれば、連中もさすがに気付く。制圧のためにかなりの軍を引き連れてくるはずだ」


「勝てるの?」


「天上人に負ける理由なんざ、一片たりとものこっちゃいないね」



 一切の気負いも驕りもなく、ウィリアムは断言した。


 ま、こんだけ場を整えて手を回してるんだから、うまくいかないはずがない。


 旅に出て最初の、初めての戦争への参加だけれど、不思議とあたしも心配してない。


 それどころか、少し楽しみですらある。


 そういえばウィリアムは、勝った後のことも考えていろいろ手を回しているけれど、大事なことを聞いてない。



「ねえウィリアム、マリナ」


「なんだ?」


「なに?」



 揃ってあたしを見てくる。



「二人は、この戦いが終わった後はどうするの?」


「……あとか」



 ウィリアムは目を丸くして、呆然とつぶやいた。

 意外にも戦ったあとに自分がどうするかは、彼は考えていないようだった。



「約束を果たす……そのために死ぬつもりだった。それくらいの約束だと思っていたのにな」



 それが今となってはこんなにもたやすい――


 彼は嬉しいようにも寂しいようにも聞こえる声音でそういった。



「マリナを拾って、ウィルベルと出会っただけで、こうも変わるとは思わなかった」


「……んっ」



 ウィリアムはマリナの頭を撫でる。心地よさげにマリナは目を細めてまた抱き着いた。


 何度見てもほほえましい。


 彼はきっと、約束の地であるこの国の城で過ごしたいのかもしれない。


 それもそうか、ここに集まった人がみんな、こう思っている。



「彼女と一緒に過ごすの? この国の王様として」


「は? 王様?」


「え? ちがうの?」



 ところが彼は声を高くして驚いた。



「なんで王? そんなもんなるわけないだろ」


「え? でもみんな言ってるわよ。自分たちの王だ、天から遣わされた神様だって」


「ィィ……っ。とんでもない誤解だ。絶対にやりたくない」



 彼は途端に鳥肌の立った肌をさすりだす。


 そんなにおかしなことだったかな?


 彼を中心に、中層と下層の街は一気にまとまり、この国は平和へと大きな一歩を踏み出した。


 彼の知識と知恵、そして力を持ってすれば、きっと今までにないほどの栄光の時代がこの国に訪れることになる。


 なにより、彼の神性が人々を惹きつける。


 ずいぶんと慣れたにもかかわらず、あたしですら時折畏怖してしまうほどの圧倒的な神気の量。


 だけどそれでも、彼は王になるつもりはないという。



「俺はもう斬った張ったはごめんだよ。これが終わったら、ゆっくりのんびり暮らしたい」



 ――彼の言葉に、なぜか、あたしは落胆してしまった。



 ? なんで?



 なぜ自分は今落胆したのだろうか。



「そう……じゃあマリナと一緒に生きていくのね」


「まあ……そうなるかな」


「ふふっ、わたしは嬉しい」



 なぜか沈んでいくあたしの心とは裏腹に、マリナは嬉しそうに笑った。

 彼女にとっては、彼と過ごせれば他は何でもいいのだから、嬉しいのは当然か。


 あたしは精一杯笑う。



「あたしは旅に出るつもりだけど、式を挙げる時は言ってね? 絶対だよっ」



 仲良くなった二人の晴れ姿は見てみたい。


 絶対にどこにいたって駆けつけて、祝ってあげたい。


 ……と、思ったけど。



「は?」


「けっこん?」



 二人揃ってまた目を丸くした。


 ん? あたし変なこと言った? 確かに突飛なことは言ったけど、そこまで変なことじゃないと思うんだけどな。



「何驚いてんのよ」


「けっこん? 俺が? 誰と?」


「決まってるじゃない。マリナと」


「は?」



 は? ってなによ、マリナの前でその言い方はないんじゃない?


 とまた思ったけど、



「けっこんってなに?」


「は?」



 今度はあたしが言う番だった。


 マリナが結婚を理解していなかった。


 おお、なんということでしょう。


 二人は結婚を考えてもいないのに家族だなんだ言っていたなんて。


 いや、まあおかしくはないんだけど、てっきりあたしはウィリアムはマリナと結婚して本当に家族になるのだと思ってた。


 王と王妃てきな感じで。


 彼はなる気はないといっていたから王にならないとしても、のんびり二人で過ごすならそうなると思ってたのに。


 あたしの疑問に、ウィリアムは心底いやそうな顔をした。



「結婚なんてする気はない。確かにマリナと暮らすのは悪くないけど、妹みたいなもんだ。女として見る気はないよ」


「……え?」



 女として見る気ない? こんなにかわいいのに?


 いまいち理解してないきょとんとした顔を浮かべるマリナはこれ以上ないくらいにかわいいのに。


 女として、見れない?


 彼の言葉に、怒りじゃなくて悲しみがわいてきた。



「あなた……もしかして不能なの? あぁ、そっか。だからあたしの好意的な言葉を聞いてトラウマで吐き気がしたのね。ごめんね、気づかなくて……」


「ふざけんな、俺の頭も機能も正常じゃボケ。おかしいのはお前の頭と体だ。そんな色気もへったくれもない体に惹かれるわけねぇだろ」



 ブチッ。



「なんですってぇ!!??」


「やんのかこらあ!」



 この男! 言うに事を欠いて色気がないですッてぇ!?



「あんたがヘタレで見る目がないだけでしょ! あたしといられることをもっと感謝しなさい! なんならお布施でもよこしなさい!」


「んだとてめぇ! 俺を疑う前に、自分の身体を見下ろせや! 魔法しか取り柄のない、頭も胸も足りないちんちくりんがぁ!」


「だれがちんちくりんじゃあ!」



 あたしは我も忘れてウィリアムに向かってつかみかかるも、ウィリアムも抵抗してあたしの顔に手を伸ばしてくる。


 唯一事態について行けないマリナだけがおろおろしていた。



「このっ! あたしに救われたくせに逆らうんじゃないわよ!」


「うるせぇ! 俺にいろいろ教わってるくせにえらそうにしてんじゃねぇよ!」



 ――上層の目の前の地下で繰り広げられる小さな諍い。



 こいつの口の悪さにはとことん腹が立つ。


 ……立つけれど。


 不思議と楽しくて、さっき湧いた寂しさはいつの間にかどこかに行ってしまっていた。



 でもこの関係が終わるのもあと少し。


 もうすぐ始まる最後の決戦。


 そこですべてが終わるのだ。






次回、「魔法の言葉」

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