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45.主上の考え



 あっという間に膨れ上がった大軍勢。

 千と少ししかいないセビリアのハンターだけでは、まとめきるのは不可能だ。


 なればこそ、集った集団の中で指示系統を徹底させるよりほかになし。

 だがそんなことに数日もかけられない。


 すぐにでも動き出さなければさすがにばれるし、武具も食料もあっという間に無くなって始まる前に窮地に瀕する。


 だから最初にするべきことは――



「よく来たな。どうするべきかは理解しているようで何よりだ」



 各町、団体の代表と会議をすることだ。

 急造のみすぼらしい地下に作られた、部屋というより穴というべき場所に、数十人の人間が詰められている。


 地下拠点にあつらえられた精いっぱいの床の間を背負うのは、仮面をつけたこの俺だ。


 両隣りにウィルベルとルナマリナが気負うことなく座っている。


 座っているのは各町の代表だが、その後ろには何人もの付き人のような人間が立って控えている。俺の後ろにもフィデリアをはじめとしたセビリアのハンターたちが控えている。


 正直に言って邪魔なのだが、まあいい。


 会議といっても、話し合うなんて非効率的なことはしない。


 ただ告げるだけ。



「お前らはただ黙って従え。自分たちにしかできないことがあるなんて思うな。死ぬ気でいればそれでいい」



 尊大に、高慢に。

 椅子のひじ掛けに肘をつき、頬杖をついて足を組む。


 こういえば、誰かしらの反感を買い、楯突いてくるだろう。その楯突いた人間を見せしめにして、一時的でいいから団結力を図る。


 少々乱暴だが、どうせ戦いが終わった後のことなど俺は知らん。



 さあ、来るならこい――



 と思ったのだが、



『ハッ!! 何卒ご命令を!!』



 はい?


 なぜか誰一人も反対することなく、むしろ頭を垂らして見せた。

 一言一句揃った、練習でもしてきたのかと思うくらいの揃いよう。


 この場にいるのは下層民を除いた、中層の町々の代表者たちだ。つまり、連れてきたのはルナマリナだ。


 何かしたのか?


 まあそれは後でいいとして、淡々とやるべきことを述べていく。



「お前らのやることはまず下層民の引率と、上層の制圧だ。武具も食料も持ってきたんだろうな」


「下層民はろくにモノを持ってきていません。彼らにも配るとなれば、そう長い期間は持ちません」



 眉に傷のあるオッサンが言った。



「やってきたのはどうせ口減らしの木偶どもだ。戦闘ではろくに使えん。連中には別のことをさせる。お前らの中で下層に近い町はどこだ?」



 聞くと、数人が手を挙げた。


 同時にフィデリアが机の上にグラノリュース天上国の地図を広げる。地図といっても正確なものではなく、輪郭があやふやで防壁だけが鮮明に書かれた適当なものだけだ。


 全員でその地図を覗き込むように腰を上げて話し出す。



「中層の地上には町がほとんどない。そのせいで、食料の生産はどこもギリギリだ。だから下層民にはこの拠点周囲に町を作ってもらう。肥沃で日当たりもいいこの場所なら、いい麦の生産地になるだろう」


「それはつまり、長期戦を想定している、ということですか?」


「まさか、その逆だ。一瞬で終わるだろうな」



 話が前後してしまったのは申し訳ないが、今のはただの余談だ。下層民の扱いなんぞ多くない。


 中層民ですら扱いに困るというのに、それでも下層民を集めたのには理由がある。



「連中にも戦いに参加させる。平和を自分たちが犠牲を払って手に入れたありがたいものだとわからせるためにな。戦の時は武具だけは持たせる。だがそれだけだ」


「ここでも彼らは木偶、ということですか」


「俺からいわせりゃ、ここにいる数人を除いて全員木偶だ。気に食わないなら結果で示せ。数日後には仕掛けるぞ」



 癖になってしまった挑発じみた話し方も、彼らは突っかかってくることなく順調に話し合いは進む。


 これから始まる戦いに不安はない。


 だけど、この状況になったことに対しては、いささか疑問は尽きないな。




 ◆




 滝下の街、バルセロシアのギルド長、アルバンは震えていた。

 それは、恐怖ではない。


 感動、畏怖、羨望、そんなものをはるかに超える崇拝の念が心の底から湧きあがっていたのだ。



(――神の遣い)



 全身にまとうひどく濃密で神聖な気配。


 体から放たれる、肌を刺し、心臓を掴まれるような威圧感。


 使者としてやってきた男の隣に座る『聖女』も、聖人として恥ずかしくないほどの神聖な気配を纏っていた。

 しかし、その男は格がはるかに異なっていた。


 竜の仮面をつけた男、ウィリアム・アーサーと名乗ったその男は、中層の街の重鎮たちを前にしても一切気負うことなく堂々と、こうすることが当然であるかのように尊大に話し出した。



(噛みつくなど、できるわけがない。上に立つのが当然なのだ)



 アルバンの足は震えていた。


 何の誇張もない、ありのままの事実。


 すべてで敵う気がしない。すべてにおいてここにいる者を圧倒する実力者。


 事前の噂から漏れ聞く、唯一不安だった情緒の不安定さも、今は微塵も感じられない。


 圧倒的な神格は揺らぐことなく、しかしてその奥に底なしの憤怒が満ちている。


 逆らえばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。


 何よりも、ウィリアムに従うセビリアのハンターたちの顔。



(信じ切り、勝利を確信しているあの目。妄信に近いほどの信頼を勝ち取るなど、それだけの器があってのことよ)



 賭けるしかない。

 恐怖の象徴、その先駆けであったカットス・ロートレザーを単独で討ち取った武勇、敵の正面に地下拠点を設営して見せるなど、たぐいまれな知恵と指揮。


 飛竜すら従える彼らについて行けば、我らは決して負けないのだと。



(ワシが生きている間にこんな御仁に出会えるとは。……長生きはするものよの)



 天上から遣われた、主上の器。



(天上の王、我らが王よ。――この命の価値、存分に高めてくれようぞ)



 初めて味わう感動に震えながら、彼らは主上の言葉に全身全霊を傾ける。

 こうして彼らは恐怖によって集められ、圧倒的な神格と未知の前にひれ伏した。



 未来の変革を確信しながら。

 自らの手で作っていくのだと実感しながら。




 ◆




 かたっくるしい会議も終わって、地下に作られた急造の会議室はあたしとウィリアムだけになった。



「長かったあ~」



 固まってしまった首周りの筋肉をほぐしながら、あたしは机に腰かけてつぶやいた。


 ウィリアムも同じだったのか、両手を上げて伸びをしてあくびをした。



「ただ決まってることを話すだけなのに、ずいぶんとかかったなあ。馬鹿に説明するのはいつも骨が折れる」



 会議のときとは違う気の抜けた声。


 あたしは首だけを彼に向ける。



「というより、あたしとしてはあなたがあそこまで考えてこの作戦を決行したほうが驚きだったわ。あれを普通の人に理解しろってほうが難しいんじゃないかしら」


「でもお前は指示しただけでわかったじゃないか」


「あたしと他の人を一緒にしないでよ。これでも天才なんだから」


「ハッ」



 ウィリアムは鼻で笑って、机の上に広げられていた地図を手に取った。


 きっと今も、彼の頭の中ではいろいろなことを考えていることでしょう。


 だけど――



「ずいぶんと先のことばかり考えてるのね。戦いに勝つことだけを最優先にすればいいと思っていたんだけど」



 さっきの会議の時も、彼はずいぶんと戦いが終わった後のことを考えていた。


 そのために国中から人を集めてきたんだろうし。


 彼は地図から顔を上げて話し出す。



「戦いに必要なのは、お前とマリナだけだ。他の連中はいらん。でもセビリアの連中はやたら気合が入っているし、命を使ってくれというから、戦い以外で使っただけだ」


「まあ確かにあたしの前では、天上人なんて敵じゃないけど。でもそれにしては、ずいぶんと念入りに気を配ってるんじゃない? 命を使うなんて言っておきながら、戦いとはあまり関係のないところに人を配置したり、戦が終わった後の町おこしとかつながりの強化とかしたり。下層の壁の破壊なんて最たる例じゃない?」


「相変わらず推断が好きな奴だ」



 仕方ないとばかりに彼は肩をすくめる。


 あたしは浮いている足をぶらぶらしながら口をとがらせる。



「あたしは知りたがりなの。あんたがちゃんと頭の中を話してくれれば、聞かずに済むんだけど」


「興味のないことはとことん知ろうとしないくせに。まあいいか。わかっていると思うけど、一から説明してやるよ」



 ウィリアムは立ち上がって、あたしにも見えるように地図を再び机の上に広げる。



「俺たちがやったことは三つ」


「中層の街に協力を求めること。

 下層との間の壁を破壊し、下層民を連れてくること。

 そして上層正面に拠点を構えること」



 一つ目はマリナが、二つ目はあたしが、三つめはウィリアムが請け負った。

 当然セビリアのハンターギルドも全面的に協力してくれて、あたしたち三人の指揮下に入っている。



「どれもがちゃんと意味がある。もっとも、ほとんどは戦いのためじゃなくてそのあとのためだけどな」



 彼は丁寧に説明してくれた。


 まずマリナことルナマリナがやった、中層の街に協力を求めること。


 これは彼の中のある考えが起因している。


 それは――



「平和の価値は一律じゃない」



 というもの。


 対価無きモノに価値はない。

 無料とかタダをありがたがる人がいたり、善意でやってるんで~とかいう人はいるけれど、それをしてはいけないことだって存在する。


 その一つが平和。


 タダで手に入ってしまうということは、すなわち対価を払う価値がないとも取れてしまうのだ。



「つまり彼らには平和のために犠牲を払え、平和の価値を理解しろ、ということで呼び集めたってことね」



 人は誰にも思い入れというものがある。

 その思い入れによって、すべてのものに価値が生まれる。


 有体に言えば、苦労して近づけた好きな人からの手紙を捨てられないのと同じように。

 他人にとっては何の変哲もない紙切れでも、思い入れ一つで物の価値は大きく変わる。


 そしてそれは、対価を払えば払うほどに大きくなる。


 障害があるほどに恋が燃え上がるように、戦の犠牲は大きいほどに平和の価値は高くなる。



「戦いにあまり関係ないところに彼らを配置したのは?」


「戦いと結び付くと真っ先に思いつく犠牲は命だが、それ以外にも実はある。それに戦いにろくに連携も取れない他の街のハンターやハンターですらない下層民を混ぜれば、混乱の極みだ。無駄なことをさせるくらいなら、別の犠牲を払わせる」



 聞いてみて、なるほど、筋は通っていて道理にかなう。



 彼が払わせる犠牲、というより対価は、焦燥、不安、苦渋、恐怖といった負の感情。

 存分に負の感情を味わうことで、勝利したとき、彼らは平和の価値を真の意味で理解する。



「下層民がこんなに来るとは思わなかったけどな。あんまりに多いと、個人当たりの対価が減る。楽勝すぎるのも問題だからな」


「ま、その点はあなたがみんなを威圧しているから引き締まるんじゃないかしら。それも考えてあんな態度取ってるの?」


「まさか、あれも素だよ。連中は嫌いだ。セビリアの連中も等しくこの世界の人間はみんな嫌いだ。違うのはルナマリナとウィルベルだけで、対等に接する気なんか一切ない」



 彼は笑った。

 会議の時とは違って今は仮面を斜めにしているから、表情はとても分かりやすい。


 不愛想かつ尊大だったさっきと違って、あたしの前では気安く接してくる彼に、少しだけ嬉しく思ってしまう。


 顔には出ないように、会話を続ける。



「下層民は戦いに来たと思ってるんだろうが、持つのが武器ではなく鍬や工具となれば、不信感や不満も溜まる。きっと俺に文句の一つも言いたくなるだろう。まあ、その点は勝利を持って黙らせれば、下げてから上げるみたいにいい感じに平和を好きになってくれるだろ」


「そんなことまで考えてるなんてねぇ。あんたって頭いいのね。あたしくらいには」


「考える気もねぇくせによく言うな」



 下層民は町おこし、中層の町々にはその下層民を支援させることで、戦後の復興や脅威が無くなった中層で町の連携のための第一歩を歩ませる。


 街の代表は仲を深め、下層民は食い扶持を得る。


 この戦いが終わった後は、きっと今までにないほど中層と下層は一丸となって盛り上がるに違いない。


 でも問題が一つある。



「こんなど真ん中で町おこしを今やれば、軍に察知されるでしょ?」


「そのために俺がここで軍の足を止めている。でなければ、中層の街は守りを捨ててここまでやってくることはできなかっただろう」



 今いるのは、上層の目の前。

 すぐに気付かれ、軍を派遣されるであろう場所だ。


 にもかかわらず、こうして地下に拠点を築けたのはウィリアムが軍を全滅させていたからだ。



「他の場所に町狩りに行く予定だった軍はいなくなり、脅威が無くなった町のハンターたちはこの場所までやってくる余裕ができる。上層正面目の前のこの場所なら、各町との交易都市の建設場所としてもぴったりだ」


「ほぇ~。言われてみれば、この場所をまず押さえない理由はないわね。土地は肥沃だし平原だから日当たりもいい、作物を育てるのにも最適。町を作れれば、かなり大きいね」



 あたしには戦略眼なんてないから、この手のことは思いつけない。

 ウィリアムは睡眠不足で碌に頭の回らない状態でずっと頭を働かせ続けてきたから、脳みそのキレがあがったのかしら。


 さて、これで中層と下層の住人達から協力を得た理由はわかった。


 陽動と町おこしもかねてここでひたすらウィリアムが軍を足止めしていた理由も。



 次は数日後にひかえた決戦の日についてだ。





次回、「心の機微」

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