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41.おやすみ、あなた



 名もなき二人は、今日初めて本当の家族になった。


 うぅ、彼女がまさかやってくるとは思わなかったけど、彼が発つ直前で目覚めるなんて、なんてロマンチックなのかしら。


 思わずうるっと来ちゃった。



「『雷槌』も隅に置けねぇなぁ」


「きれいな子……」


「神々しい……」



 彼女を初めて見る町の人たちも、彼女を見て驚いている。

 パン屋の夫婦ですら、二人がつながっていたことを知らなかったのか、うるんだ目を見開いて口を開けている。


 今日一日だけで、彼らの世界はひっくり返る。


 辛かった日々は亡くなり、今日からは誤解なく分かり合えるようになる。


 ……あたしの役目もあと少しかな。

 二人がいれば、この国も何とかなっちゃうだろうし。


 彼がこの街を発つならついて行こうかと思ったけど、そうじゃないならどうしようかな。



「久々に泣いた……とっくに出涸らしたと思ってた」


「乗り越えたんだよ……これからは、いつでも泣ける」


「そんなに泣く気はないけどな」



 二人が落ち着き、離れる。

 泣き腫らしたひどい顔だけど、今まで見た中では一番健康的だと思う。


 彼はあたしの方を向いて、



「お前にも世話になったな。これ仕組んだのお前だろ」



 わざとらしい怒った顔を浮かべた。

 肩をすくめる。



「手紙をちょちょいと送って、ハンターにお説教しただけよ。良くも悪くも、あなたの日頃の行いじゃない?」


「お前が来なけりゃ、こんなややこしいことにもならなかったけどな」



 皮肉というか悪口というか、こいつの口の悪さはちょっとやそっとじゃ治りそうにないわね。


 それこそ、記憶をなくすくらい――え?



「ひとまずこのまま――ガファッ!!??」


「きゃああああ!!!」



 唐突に彼が何かに襲われ、前のめりにぶっ倒れた。

 目の前で白目をむいた彼がいきなり倒れこんできたから、思わずあたしは悲鳴を上げて避けてしまった。



「ぁ……っぁ」



 言葉が出ない……。


 さっきまで清々しい顔を浮かべていた彼は、今や白目をむいてぴくぴく痙攣しながら倒れている。


 だれがこんなむごいことを……。


 恐る恐る顔を上げると――。



「……そろそろ寝ないとだめだから」


「……っっぁ」


 息を飲む。


 そこには手頃の大きさの石を手に持った少女がいた。


 その石からは赤い液体がぽたぽたと……。



「な……何してるの?」


「なにって……この人はもう限界だから、寝かせてあげようと思って」



 どこにおかしいことがあろうかと、不思議そうに首をかしげる彼女に、あたしは初めて恐怖を覚えた。


 さっきまであった感動もついぞ消え、町の人たちまで顔を青くして言葉を無くしている。



「ぇ、と……このままじゃ彼死んじゃうんじゃないかしら」


「大丈夫、治すから」


 彼女は白目をむいて後頭部から血を流している彼の横に座り、手を添え目をつむる。



「お願い……治して」



 途端に周囲が神々しい白い光に包まれ、彼の傷が癒えていく。


 ていうか、お願いも治しても何も、やったのあなたでしょうに。


 ……とは、口が裂けても言えないので黙っておく。

 明日は我が身、南無。


 周囲の人たちの反応はと言えば――



「今のは加護? 奇跡の力か?」


「なんて神秘的な……まさしく神の御業」


「美しい……聖女様」



 彼女の蛮行……じゃなかった、慈悲の一撃は忘れて、初めて見る加護に見とれているみたい。


 まあ、見なかったことにしたほうがいいこともあるわよね?


 なーんて、思っていると、



「う、ううん……一体何が?」



 殴られ昏倒していた彼が目を覚まし、起き上がった。

 目の前にいたあたしを見る。



「あ、魔法使い。いまなんか――」


「えい」


「あがっ!」


「……っ……」



 あたしが質問に答える間もなく、起き上がった彼の頭を再び彼女が石で殴り気絶させる。


 また畔に血しぶきが舞う。



「治して……」



 そして彼女が傷を治し、



「うぅん……」



 彼が起き、



「やあ」



 彼女が殴り、



「ぐあっ」


 彼は気を失う。


 治して起きて殴って治して起きて殴って治して起きて殴って――


 ……なんということでしょう。


 魔法を使えるあたしでも、彼女を止めることができそうにありません。

 だって、彼女の泣き腫らした目、その赤い瞳はずっと怪しく光ってるんです。

 あれ絶対置いていかれそうになったから怒ってるんですよ、止めようとしなかったあたしが止めに入ったら、同じ目に遭うと思いませんか?


 治るから平気でしょ? てきな?


 あたしはいま、世界で一番この子が怖い。



「これが……世界で一番いいやつ?」



 疑わずにはいられない。


 そんな凄惨な光景だった。


 街の人たちも、奇跡のことなんて忘れて、猟奇的な光景にただ息を飲む。


 こうして彼らの心には、『雷槌』をはるかに上回る『聖女』の恐怖が刻まれるのでした。




 ◆




 何度も殴り続けて、ようやく彼は眠ってくれた。

 わたしは血に汚れた石を放り捨て、眠っている彼を背負う。



 「だ、大丈夫なの? 彼」



 魔法使いの女の子がなぜか引きつった笑みで聞いてくる。



「大丈夫じゃない。……このままだと彼は睡眠不足と過労で死ぬ」


「いや、そうかもしれないけど、そんなに頭殴りつけて大丈夫かなって……」


「こうでもしないと彼は寝ない。……大丈夫、彼はこの程度じゃ死なない」


「死ぬの死なないのどっちなの!? 過労よりもよほど即死しそうなんだけど! 永久に眠っちゃいそうなんだけど!」



 ……肉体的には頑丈だから、頭打ったくらいじゃ死なない。


 ……たぶん。


 うん、でもこれからは、彼以外にこの寝かし方するのはやめておこう。



「こうなったら、彼はしばらく起きないよ……みんなはこれからどうするの?」


「しばらく程度で起きるのかしら? ずっと起きないなんてことにはならないのよね?」



 ふふっ、心配してくれる彼女はやっぱりとてもやさしい。

 彼女の心配にわたしは笑って頷く。



「大丈夫……たぶん」


「ほんとに!? すごく心配になってきたんだけど!?」



 心配性だね。

 それなら、町の人たちの中に医者がいないか聞いて見てもらえば――


 あれ?


「どうしてみんな、目をそらすの?」


「……それは、うん、あなたの心がきれいすぎるからよ」


「? そっか」


 よくわからないけど、いないなら仕方ない。

 家に戻って、早く彼をベッドで寝かそう。


 と、おもったときに。



「あ、帰るならちょっと待って。――エフィメラ!」



 魔法使いの彼女が帽子を取って杖でたたく。

 すると物理的にあり得ない大きさの飛竜が飛び出してきた。



「グオオオ!」


「きゃあああ!!」


「ぎゃあああ!!」


「魔物だァ!!」



 途端に魔物に耐性のない街の人たちは阿鼻叫喚の大混乱。


 かくいうわたしはと言えば、



「すごい……」



 素直に感心していた。

 飛竜なんて初めて見た。


 雄々しく力強い命の鼓動。恐怖とともに空の王者にふさわしき貫禄ある威圧感が空気を張りつめさせている。


 呼び出した魔法使いの彼女は、ためらうことなく飛竜の背中に乗ってわたしに向かって手を伸ばす。



「エフィメラって名前なんだけど、彼女に乗っていきましょ。すぐにつけるわよ」


「やったっ」



 彼女の手を借りて、飛竜の背中に乗る。

 背負っていた彼を寝かす。


 飛竜の背中は大きくて、鱗はザラついているから滑り落ちる心配はいらなそうだった。



「あいやー!」



 彼女の背中に捕まると、彼女は気合の入った声を出す。

 すると呼応するように飛竜も一鳴きして羽ばたき、大きな体を宙に浮かした。



「あ、そうそう! 街の人たち!」



 飛び立つ直前に、彼女は少し下にいる怯えている町の人たちに声を掛ける。



「彼が起きるまでに準備しといてね!」


「準備って何を!?」



 ハンターと思しき人が聞き返す。


 彼女は太陽のような笑顔を浮かべて、



「進撃の準備!!」



 羽ばたく音に負けない大声で叫んだ。


 その言葉を皮切りに、わたしたちは大空へと飛び出した。




 ◆




 結局すぐにまた山小屋に帰ってくることになった。


 違うのは、寝ているのが『雷槌』で、『雷槌』が座っていた椅子に寝ていた黒髪赤目の少女が座っていること。


 ベッドに横たわる彼の顔は、なんというか、普段の険しい顔が嘘のような気の抜けた、年相応の少しだけかわいい顔をしていた。



「こうしてみると、顔は悪くないよね」


「ふふっ、こんなに穏やかな寝顔は初めて見た……起きた時が楽しみだね」



 聞けば、普段は彼は悪夢でも見ているかのようにうなされているのだという。

 見たことはないけれど、容易に想像できそう。それと比べれば、今の寝顔はとても穏やかで、争いとは無縁の少年のようでもあった。


 彼を見ていると、急に瞼が重くなる。



「ふわぁ~あ~。あぁ、あたしも眠くなってきちゃった」



 あくびをするあたしに釣られたように、少女ももともと眠そうな瞳をこする。



「わたしも眠いな……一緒に寝る?」



 彼女の提案に額に手を当て少しだけ考える。


 この家にベッドは二つ。

 一つは彼の、もう一つは彼女の。

 以前に泊まった時も、彼女と同じベッドで寝かせてもらった。



「そうだねぇ。なら、お言葉に甘えようかな。あなたの部屋って向こうよね?」



 立ち上がりながら聞くも、彼女はとぼけた顔をして、



「え? 向こうで寝るの?」


「え? 向こうで寝ないの?」



 向こうで寝ないならどこで寝るというのか。


 もしや、あたしのために増築でもしたのか、なんて淡い期待もつかの間。


 彼女は彼が寝ているベッドを指さした。



「ここで寝るの」


「はい?」


「ここで、三人で」


「……うそでしょ?」


「ほんと」



 え、いや、だって、三人で寝るにはベッドは狭いし、そうでなくても男の人と同じベッドで寝るなんてさすがに勘弁してほしい。


 だから、断ろうと思っていると――



「こっち」


「わわっ、ちょっと!?」



 腕を掴まれ、ベッドの上に放り出される。


 くぅ、思えば彼女は傷を加護で治して完全な聖人に至ったんだった。

 細身なのにすごく力が強くて、か弱い乙女なあたしでは逆らえない。


 ベッドの上に倒れ込んだあたし、すぐに起き上がろうとするも――



「うんしょ」


「えぇ?!」



 ベッドの奥に押しやるように彼女がさらに入ってきた。


 『雷槌』、あたし、少女、といった並びで狭いベッドの上にすし詰め状態になる。


 いや、これはさすがに――



「寝れないんですけど」


「おやすみなさい」


「きいてーーー!?」



 懇願むなしく、たったの数秒で彼女は深い眠りに入ってしまった。


 いや、うん、わかるのよ? 

 つい数刻前までひどい重傷で、回復には体力を使うし、あまり寝てない上に山を走って下ったんだから、疲れてるのはわかるのよ?


 でもそういうときこそ、ちゃんと自分のベッドで寝るべきじゃないかしら!


 ほぼ怪我人二人に挟まれるあたしの身にもなってほしいんですけど!



「しかも片方男だし……」



 恐る恐る、壁際、『雷槌』の方へ顔を傾ける。



「――っ」



 思わず息を飲む。


 顔がとても近かった。

 いつものような悪い顔じゃない穏やかな顔が目の前にある。


 つやのある黒髪に、男にしては長いまつ毛、少しだけ汚れた頬、分厚い胸板にたくましい腕。


 ……体が熱い。


 きっと二人と密着してるせい。



「……枕もないし」



 うぅん……。


 寝れるかなぁ?




次回、「冴えわたる……冴えわたる?」

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