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35.荒ぶる太陽



 彼をここまで追いつめた原因は、天上人だけじゃない。

 今、地面に頭をめり込ませているこの街のハンターたちのせいでもある。



「さて、人間として生きる資格もないあなたたちの話を聞きましょうか」



 辺り一面には重力の魔法がかけてある。

 常人では起き上がることすらできない超重力下。


 といっても、万全の状態の彼ならすぐに起き上がってこれるでしょうけど。


 まあ、人ですらない彼らには無理な話よね。



「ねえ、教えてよ。どうしてこんなことをしたのか。どうしてこんなことになっているのか」



 このハンターたちを率いていたゴリラ顔のハンターに近づき声を掛ける。


 もっとも、地面にめり込んでいるから、顔なんてわからないし覚える気もない。



「フガガッ……ヴァア!」


「なに? 聞こえないんだけど」



 ふがふが言ってて何も聞こえない。人の言葉をしゃべってもらわないと理解できないんですけど。


 仕方ない。


 杖を振るい、重力魔法を解く。

 すると途端にハンターたちは顔を上げ、息を荒げて詰め寄ってくる。



「魔女様! これは一体どういうことですか!!」


「あの罪人を逃がすなんて!」


「殺された連中が浮かばれません!」



 何も理解してない彼らが自分を疑うこともせず、あたしに詰め寄ってくることがひどく不快だった。



「伏しなさい」


「――ッ!」



 再び地に這いつくばらせる。

 とはいえ、しゃべれないのも困るから、膝をつく程度にとどめる。



「あんたたち低レベルの知能に合わせると話が進まないから、あたしから聞くわ。あんたたち、自分の立場わかってんの? いや、わかってないわよね」


「立場? 我々はハンターで、今は軍からこの街を守って――」


「守ってる? 本当に?」



 最後まで聞く価値もなく、遮った。



「あたしが来たのは最近だけど、それだけでもわかることがたくさんあるの。まず一つ、あんたたちはまるでこの街を守れてない」


「な――!?」



 心外だとばかりに顔をゆがめるハンターたち。そんな顔される方が心外なんだけど、一応聞いておく。



「自分たちは守れていると?」


「当たり前だ! 俺たちハンターが軍からこの街を守ってる! 軍の動向調査をして、逐一敵が来てないか調べているし、魔氾濫からこの街を守った! それは魔女様だって知ってるはずだろ!」


「そうねぇ、確かに魔氾濫の時にはこの街にいたし、あんたたちの戦いぶりも知ってるわよ?」


「それなら――」


「そのうえで言ってるの」


 ぴしゃりと遮る。


 話を邪魔されたくなくて、再び顔を地面につけさせる。


 うめき声の中、あたしは歩きながら話し出す。


「まず軍の動向調査だけど、あれって危険だからかなり高額の依頼よね。最近は天上人が軍を率いてくるから、見つかったらまず逃げられない。死んだらそのまま燃やされて、帰ってくることはほぼありえない」


 パン屋のおばちゃんたちの娘夫婦が帰ってこなかったように。


「あとこれはギルドの人に聞いた話だけど、最近危険な高額の依頼は、大抵『雷槌』が引き受けているそうね。そのどれもが軍に関係するものばかり。まあ、動向調査は一人でやるものじゃなくていくつかのチーム行うものだから、あんたたちもそれなりにやっていたんだろうけどね」


 このあたりはまあ、彼らの活動は認めなくもない。


 でもそれは最初だけ。

 それに活動していることとこの街を守れているかどうかは全く以て別問題。



「職員に聞いて、動向調査の結果を半年分教えてもらったの。そしたらびっくり、『雷槌』が来てからの生存者の数が驚くほど増えてるじゃない。これはたまたまかしらね?」



 何人かのハンターからは息を飲む声が聞こえる。彼らも初耳だったかもしれない。

 だが当然、知らないから仕方ないなんて通らない。



「しかもそれだけじゃない。彼が『躯作り』と言われた理由。軍との戦闘あとで彼が死体を漁っている姿がしょっちゅう目撃されるそうね。それは決まって同じ依頼を受けたハンターが死んだときにだけ。

それであんたたちは彼がハンターを殺しているんじゃないかと考えた」



 噂が流れて以降、彼が依頼を受けたときは誰一人として動向調査をやらなくなった


 つまりこいつらは、彼一人に軍の動向調査をさせていた。


 街を守るだなんだと言って、自分たちの命可愛さのために彼にすべて押し付けた。



 ――そもそも彼は、ハンターを殺してなんかいない。


 

 ハンターが死んだ場所で、彼が何をしていたのか。



「彼は動向調査で亡くなった人の遺体を探していたの。決して骨集めが趣味なわけでも、生首偏愛家なわけでもない。軍と戦って死んだ人を弔えるように、遺族に送るために漁っていたのよ」



 彼が首を落とすのに固執するのは、別の理由があるだろうけど、『躯作り』と言われる理由にはこういった経緯があった。


 それをただ仮面をつけて不気味だからという理由で、理解しようともせずに遠ざけ蔑む。



「彼が最初に依頼を受けた時に指導に当たったハンター。名前はなんて言ったっけね? 何人かは彼らの敵を討つんだって息巻いていたけど、馬鹿なんじゃない?」



 話していて、本当に腹が立つ。



「彼は彼らを殺してなんかいない。軍の動向調査は危険な仕事。たまたま軍に遭遇して、二人は命を落とした。彼も懸命に戦ったんだろうけど、正義感の強い二人は戦いに参加して死んだ。彼は二人の遺体を弔い、遺骨を持ってギルドに帰った。それをあんたたちは、不気味だから、という理由で遠ざけ、嗤ったのよ。この中に一人でも亡くなった二人の実家を訪ねた人はいるかしら?」



 返事を聞くために魔法を弱め、顔を上げさせる。


 されども、誰もいったと答える人はいない。

 あきれてものが言えない。



「あの二人は結婚してパン屋を開きたいんだってね。それ自体は知っていた人がいるんでしょうね。でももし二人の実家に行ってエウラリアさんの両親に話を聞けば、まず彼を蔑む言葉なんて出るはずがない」



 あのパン屋のおばちゃんとおっちゃんは、感謝していた。


 二人の遺骨と遺品を届けてくれてありがとうと。

 これでちゃんとした形で、二人を弔うことができると。


 実際に恩を受けた人たちは、彼だと知ることはできずとも、ちゃんと感謝している。


 だけど、知れるはずの立場にあるハンターの彼らが、知ろうともせずに人の恩人に唾を吐く。



「ご立派よね? 独りよがりな正義感を満たすために、戦った人をいたわる彼を目の敵にして一体感に酔いしれる。軍に歯が立たないあんたたちには、身近な上に一人しかいない彼はいい標的だったんでしょうね? 死者を厳かに送り出すために秘密に行動している彼と、死者を出汁にして彼を排斥するあんたたち。町を守っているのはどっちでしょうね?」



 本当に腹が立つ。

 あたしは、努力が報われない世界は嫌い。


 これはその典型。

 あと少しで最悪の形で終わるところだった。


 あたしははいつくばっているうちの一人、ゴリラ顔で正義感の強い男の前に立ち、杖を突きつける。


 彼はあたしを見上げて、青ざめた顔をしていた。



「あんた、自分の戦友が彼のせいで怪我をしたっていって突っかかったらしいわね?」



 彼はあたしの言葉に、我が意を得たりとばかりに顔を綻ばせ、口を開いた。



「そうだ! 魔氾濫であいつが勝手な行動をとったせいで、俺の戦友が倒れたんだ! 街のみんなの平和のために戦いに出た仲間をあいつは巻き込んだんだ!」



 身振り手振りで必死に言い募る。

 滑稽な道化にしか見えない。



「街のため、完封ねぇ」



 わざとらしく溜息を吐くと、男は途端に固まり、一気に顔が赤くなる。



「嘘じゃない! 本当にあいつのせいで仲間が――」


「自業自得でしょ」


「――ッ!?」



 杖を振り、地に伏せる。

 なんだかもう説明するのもめんどくさい。


「あんたは街のために戦いに出たとか言ってるけど、自分のためでしょ?」


「何を――」


「あんたのちっぽけな自己満足の正義を満たすために、街の外、魔獣が押し寄せる防壁の外に打って出た。他の人たちは『雷槌』の雷を警戒して防壁の内側に引っ込んだのをいいことに、外に出て自分が一番勇敢で街を守ってるって、正義のヒーロー気分に浸りたかったんでしょ? でもあっけなく彼にやられて、苛立ったあんたは彼に矛先を向けて目の敵にするようになった」



 杖を振りながら投げやりに教える。

 彼に連れられてここに来た全員に聞こえるように。



「ぜんぶ怪我をしたお友達の手当てをしたギルドの人が教えてくれたわよ。言っとくけど、ギルド職員は彼が来てからの街の変化を、依頼を通した数字で知ってる。彼らはみんな知っていた。彼がほぼ一人でこの街を守ってる。魔氾濫も彼がいなければ、魔獣の群れにあっけなく沈んだでしょうね」



 まあ、あたしも手伝いをしたけれど、隠れながら町を守り切るのは無理だった。


 だけど彼は、自分の悪評も利用してうまく街を魔氾濫から救った。


 それに泥を塗ったのは、他でもない、正義気取りのこの男。


 一番許せないのは……



「あんたが一番許せないわ。いつまでもこそこそしてないで出てきなさいよ」


「――ッ!」



 木陰から息を飲む音がわずかに聞こえる。

 だけどもそいつは出てこない。


 溜息を吐き、杖を振る。



「うわあああ!!」



 途端に叫びながら男があたしの目の前に飛んできて、顔から地面にめり込んだ。


 泥にまみれたその男は、軽薄そうで青白い顔をした矮小な家畜以下の生き物。

 彼に剣を刺し、壺を踏み割った畜生。



「あたしは、あんたが一番許せない。何度殺しても足りないくらい」



 大人数で攻め立て、彼の背中から剣を刺し、彼の大事な故人を足蹴にして高笑いする男。


 平気で人を、あの子を見捨てようとした男。



 ――あたしを利用しようとした男。



「こそこそこそこそ、人の陰に隠れておきながら、やるこということだけは一丁前よね。なんの取り柄もない自分のちっぽけな自尊心を満たすためだけに、彼を刺し、あたしを利用しようとした」


「り、利用しようとしたなんてとんでもない! 俺はただ、新しい英雄様の誕生に花を添えたくて――」


「違うでしょ、あんたたちが欲しかったのは、町を守ってくれる英雄なんかじゃない」



 こいつらがあたしをどうしようとしたのか。



「あんたたちが欲しかったのは、自分たちに都合のいい、操りやすい看板でしょ? 彼は強い、いや、強すぎる。自分たちの立場が無くなって居づらくなり、目障りになった。無意識か意識的かは知らないけど、扱いづらい彼を排斥して、この街での強者の地位を取り戻したかった。そこで現れたのがあたしね」



 ま、あたしは彼と違って愛想もいいし、可憐な美少女だから近づきたくなるのはわかる。



 ……間違っても、扱いやすいと思ったわけじゃないわよね。



「ずいぶんと見くびられたものよね。このあたしが、あんたたち低能のいうことをほいほい聞くとでも? ハンターたちの間に流れる噂を操って彼を孤立させ、彼を倒せそうな人がいたら、陰から手を回して自分がのし上がるつもりだったんでしょ?」



 どんどんと男の顔から血の気が失せていく。


 反対にあたしは、頭に上った血を冷やすために一度深呼吸をする。


 いやな奴らのことを考えても仕方ない。

 それにいつまでもここでバカの相手をしていられない。


 もう日は沈み、東の空からは月が見えていた。



 ……そういえば、あの子と一緒に入ったお風呂でも、あんなふうに月が見えてたかしらね。



「あたしは、あの二人が好き。お互いが受けた恩義を、嫌われる覚悟と死ぬ覚悟を持って返そうとする二人は、この世界で一番美しい。これ以上にきれいなものなんて、この世界にはそうそうない。……あたしは旅人だから、出会う人への恩義は忘れない。恩を忘れてしまえば、あたしはただの流浪の物乞いになりさがる」



 努力が報われない世界は間違っている。


 懸命に生きる人が救われない世界は、正さなければいけない。



「あんたたちはそれを忘れた。この街を守り、己が身を犠牲にして一人の少女を救おうとする彼を裏切り、踏みにじり、命を奪おうとしたあんたたちに生きる価値などありはしない。今ここでその命、あたしが燃やし尽くしてあげる」



 ――《赫赫天道(ソール・リベラティオ)


 あたしの頭上、すべてを見下ろす太陽が夜にもかかわらず新たに昇る。

 一気に周囲の温度が跳ね上がる。


 代わりに重力から解放されたハンターたちが腰を抜かし、泣きながら言い訳をし始めた。



「待ってくれ! 俺は知らなかったんだ!! あいつが、『親殺し』がいいやつだったなんて!」


「そうだそうだ! そいつが情報を操作したんだろ!? なら諸悪はそいつじゃないか! そいつに責任がある!」


「おい!? ふざけんなよ! お前らだって、あいつが最悪だって、『親殺し』に違いないって言っただろうが!」



 なおも醜い彼ら。

 こんな連中に彼が傷つけられたかと思うと、はらわたが煮えくり返る。


 彼らは間違いなくこの街の、彼の敵だ。



「あんたたちが軽々に使うその言葉。意味わかって言ってるわけ?」


「え――?」


「親殺し」



 由来がわからないこの異名の出どころを知ったときは、愕然としたわ。



「この異名だけは、由来がわからなかった。だけど『雷槌』や『躯作り』と同じくらいに定着したのは、泰然とした彼が唯一反応するからね。図星だと思ったあんたたちは、事実だとし、侮蔑の意味を込めて彼をそう呼んだ」


「じ、事実だ……あいつは、『親殺し』だ! だって、図星じゃないとあんなに怒らないだろ!? あいつは育ててくれた親を殺すような最低野郎だ!」


「全く以て度し難いほど愚鈍な輩ね」



 図星を言われて怒る理由を、彼らは微塵も考えなかったのかしら。



「彼は確かに親を殺したのかもしれない。でも、それは決して本意じゃない。何か、そうせざるを得ない、血の涙を流しながら行わなければならない理由があった。親を殺したという事実を認めたくないからこそ、彼は怒るの。理由も何も知らないあんたたちが、軽々しく口にしていい言葉じゃないの」


「……」


「さて、理由も由来も知らないのに、この異名は、いったいどこから来たのかしらね?」



 この問いかけには、誰も答えなかった。


 ただ頭上にある太陽のせいで乾く瞳をしばたたかせるだけ。



「『親殺し』の由来は、ほかでもない、敵である天上人が彼をそう呼んだから。あんたたちは、敵の言葉を使って味方である彼を侮辱したのよ。これを、敵対行為と言わずに何というかしら」


「……し、知らなかった。知らなかったんだ!!」



 見苦しく泣きながら、言い訳をする畜生たち。

 彼らの言い分を鼻で笑った。


「知らなかった? 知らなかったで済ましていい行為なのかしら? これは。あんたたちは今日、間違いなく、この街の英雄を殺そうとした。知らなかったですむとでも? 彼がいなくなれば、この街はすぐにでも滅ぶ。だってもう軍にこの街の存在がばれたんだもの」


「――! あ、あなた様がいる!」


「馬鹿じゃないの? あたしはただの旅人。この街のために戦う義理なんてないし、ましてやこんなことする連中のために戦う気なんて一切起きない。なんなら彼を手伝って滅ぼそうかと思うくらいよ」



 そもそも知らなかったなんて、言い訳にもならない。



「人はみんな無知。それは仕方ないことよ。だけど、知ろうとしないことは恥ずべき事よ。あんたたちは、知ろうともしなかった。無知を自覚することもなく、調べようともせず、彼を殺してちっぽけな自分の世界だけを満たそうとした。この街にきてたった数日のあたしがここまで知れたのに、ずっとこの街にいるあんたたちが知らないのは、明らかな罪よ」


「……そ、そんなこと言ったって――」


「馬鹿は自分の無能を自覚しないから困りものよね。探求欲はわかないくせに、言い訳だけは湧いて出てくる。あたしは自分の無知を知っている。だから知りたいの。だから聞いて、調べて、理解した」



 あたしが旅をしてるのは、知りたいからに他ならない。


 知り続けなければ、人として生まれた意味がない。


 今度こそ、ハンターたちは全員沈黙し、うなだれた。


 あたしは頭上の太陽を、さらにひときわ輝かせる。



「あたしの怒りは、いくら吐き出したところで収まらない。……あんたたちにできることは、二つに一つ。ここで太陽刑に処されて死ぬか、彼に謝罪し、彼のために死ぬか。後者なら、あたしの怒りは吐き出せば収まるくらいには静まるかもね?」



 彼らの返答は一つだけ。


 太陽はさらに輝き、夜闇を払う。


 太陽に安易に手を伸ばした者は焼かれて灰へと還りゆく。





次回、「愛しき月夜」

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