34.世界で一番
周囲の光景に、頭が破裂しそうだった。
この身を焼け焦がすほどの苛烈な感情が体中を駆け巡る。
だけどその熱も冷えてしまいそうなほどに衝撃の光景が目の前にある。
「お願いします……あいつを……助けてくださいッ」
『雷槌』が頭を下げた。
地面に這いつくばるように手をついて、傷だらけの顔を地面にこすりつけるように下げていた。
あの傲慢で不遜で横柄な彼が、たくさんのハンターの前で素顔を晒して頭を垂れている。
それが、信じられなかった。
震える声で、力ない体で、必死に歯を食いしばり。
――なんでこんなことになってるの?
彼がこんなことをする必要がどこにあるのか。
「ハハハ!! 見ろよ! あの『親殺し』がみじめにはいつくばってるぜ!」
「醜い顔だな! まさしくバケモノだ! 街の連中に見せてやりたいぜ! 見世物としては最高だ!」
「助けてほしいだ? 大笑いの言葉だな!」
周囲のハンターたちが笑っているのが理解できない。
どこをどうみたら、これが笑える光景なのか。
「お前が今まで殺してきた連中をお前は助けようともせずに殺してコレクションしてるんだ! そんなお前が助けてくださいだと? ふざけんのも大概にしろ!」
ゴリラ顔の男がバカな正義感を振りかざし、大真面目に怒りをあらわにして唾をまき散らす。
一方で、もっと馬鹿で軽薄そうな顔をした、彼の背中に剣を突き刺した男が笑って言った。
「いいじゃないか! 聞いてやろうぜ! どうやって命を助けてもらうつもりなのかさ! 壺が壊れて怒っても、魔女様が来た途端におとなしくなったんだ! 最後まで聞いてみようじゃないかよ! 負け犬の命乞いをよ」
男の発言は聞き捨てならなかった。
「壺ですって?」
「おうよ魔女様! これっすよ!」
男がこれ見よがしに自慢するように足元にあるものを指さした。
「――ッ!!!」
心臓が止まる思いだった。
「こいつが後生大事に下げていた壺ですよ。大事な人だったかな? コレクションして持ち歩くくらい大事な人らしいんで、俺たちで埋葬してやろうと思いましてね! 壺を割ってここで埋めてやろうと――」
頭が真っ白になった。
気付けばあたしは――
「この屑野郎!!!!」
「がえっ!!!???」
男を魔法で吹き飛ばしていた。
はるか後方に高く舞い上がり、汚いうめき声を漏らして湖に落ちていく。
周囲のハンターたちはそれを見て、さっきまでの勝ち誇った顔が嘘みたいに静まり返る。
それでも、あたしの溜飲は一切下がらない。
それどころか、何も理解していない彼らにどんどんと怒りが次から次へと沸き立ってくる。
もう我慢できなかった。
「あんたたち、這いつくばりなさい」
「はいっ?」
呆けた顔をする彼ら。
さらに怒りが湧いてくる。
「這いつくばりなさいって言ってるのよ」
再度言っても動かない彼ら。
言葉も理解できないのかしら、このサルは。
あたしは杖を手に持って、頭を下げ続ける『雷槌』を指し示した。
「彼がこうして頭を下げているのに、あんたたちが頭を上げて見下ろしているのが気に入らないの」
「えっ? いや、でも――」
杖を上から下に振り下げる。
「這いつくばりなさい」
「――――ッ!?」
「ぎゃああ!!」
「ぐあああ!?」
途端にハンターたちが頭から地面に突き刺さる。
数十人のハンターたちが一斉に地面に這いつくばり、いや、めり込む姿は圧巻だった。
地面からくぐもった声が聞こえる。
だけど、一切気分は晴れなかった。
「ひどいことを……かわいそうに……痛かったでしょう? つらかったでしょう? みすぼらしいけど、ちょっと我慢してね?」
膝をつき、地面に散らばった骨を拾い集める。
壺は無残に割れてしまったから、代わりに懐から取り出した小袋に一つ一つ丁寧にきれいにしてから入れていく。
土がついたら濡らしたハンカチできれいにぬぐい、砕けた骨は一片のこらずかき集める。
時間をかけて集め終わった骨は、頭を下げる『雷槌』の顔の横にわかるように置いた。
「ごめんなさい、あなたの大事な人をこんな風にさせてしまって」
彼に声を掛ける。
「『雷槌』?」
されど、彼から反応が見られない。
もしかして、気を失ったとか?
とっくに気を失っていてもおかしくない傷だけど、まさか、死んでないわよね?
最悪の予感が頭をよぎる。
彼の頬に手を添えて、顔を上げさせる。
「――ッ!!?」
息を飲んだ。
彼の顔は、ひどいものだった。
前のような寝不足と疲労によるものだけじゃない。
その顔は口元を中心にひどく焼けただれ、ところどころ炭化して黒くなり、膿が湧いていた。
醜い、ひどい顔。
顔だけじゃない、体の前面が大やけどを負っていた。
体の方はあたしの魔法のせいだと思う。
だけど、この顔の火傷は違う。
こんな、唇もまともに原形をとどめてない、舌まで焼かれている口は―――
「ひどい……どうしてこんな……」
こんなひどい傷で、どうやってしゃべっているのか、どうやってあんなにも必死に戦っていたのか。
「ねえ、教えて? 何があったの?」
「……」
聞いても彼は何も教えてくれない。
「どうしたの? 気は確か?」
心配になって彼の目を見るけど、瞬きはしているし、瞳孔は揺れている。だから無事なはずなのに。
……ん? 瞳孔が揺れている?
「まさか……」
彼の顔の前で手を左右に振る。
だけど、彼の瞳は一切追わない。
「あなた……目が……耳が……」
そんな――ッ。
思わず手を離す。
すると彼はまたすぐに頭を下げる。
「やめてよ、あなたがそんな状態になってまでこんなことする必要はないのに――」
「お願いします……」
「――ッ」
あたしの言葉が届かない彼は、また悲痛な声で懇願する。
「お願いしますッ、あいつを、助けてくださいッ。あいつは、あいつは……世界で一番、いい奴なんだ」
「待って、あいつって、彼女のこと? 何があったの!?」
「あいつは……」
土下座をして、彼が彼女のために懇願し続ける。
「あいつは、いつも笑ってくれるんだ。……今日はおまけしてもらえたとか、サービスしてくれたとか、焼き立てがもらえたとか……。店の人と仲良くなったとか、どうでもいいことばっかり……。嬉しそうに、笑って教えてくれるんだ」
普段とは全く違う、初めて聞いた優しい声音。
「俺は……味なんてわかんねぇのに……優しいことなんて、何もしてやれねぇのに……あいつはいつも、笑って迎えてくれるんだ……。帰って、お帰りって……起きて、おはようって……いつも近くで、笑って言ってくれるんだ」
震える声で、当たり前の日常を、これ以上ない幸せのように語る彼。
いつかのあの子が話してくれた、とても幸せそうな二人の日常。
「あいつはッ!! 世界で一番いい奴なんだ!! 俺なんかのために笑ってくれる、幸せにならなきゃいけない奴なんだ! ……俺なんかのために、死んでいい奴じゃないんだッ……」
彼女を突き放してきた彼の、彼女を想う本当の気持ち。
「お願いします……あいつを、助けてください。……俺を、殺してもいいから、あいつだけは助けてくださいっ。……お願いします、お願いします……」
お願いします。
壊れてしまったかのように、彼はひたすら繰り返す。
見ていられなかった。
「――エフィメラ!」
たまらず叫ぶ。
するとすぐに、あたしの飛竜は飛んできてくれた。少しばかり歯は欠けているけど、あたしの魔力のおかげでほとんど傷はいえた。
「お願い、彼を家に連れて行ってあげて。優しく、そっとね」
「グルゥ」
指示を出して顎を人撫ですると、エフィメラは器用に尻尾を這いつくばる彼の腹の下に差し入れて、自分の背中に乗せた。
怪我をしている彼をいたわるように、エフィメラはゆっくり、静かに羽ばたき飛んでいく。
「お願いね」
瞳に浮かんでいた雫を拭う。
わかりにくいけど、二人は確かに繋がっていた。
彼は狂ってなんかいなかった。
音も光も味も失っても、それでも守りたい何かがあった。
顔も体も焼けただれても、それでも戦う理由があった。
――そんな彼を笑うことなんて、いったいどうしてできようか。
それができてしまう人間を、あたしは心から軽蔑する。
そしてそいつらは、今目の前にたくさんいる。
「――さあ、自分たちがしたことの責任。ここで全部償ってもらおうかしら」
この怒りのはけ口は、元凶にすべてぶつけるとしましょうか。
次回、「荒ぶる太陽」




