24.憩う少女たち
『加護』。
それは人が持つ意思の力。
人それぞれ異なる願いを叶える、神が与えた奇跡の力。
されど、『加護』を発現させるには並々ならぬ意志の力が必要であり、この世界に人は数多くいれど、発現させることができる人は数少ない。
一度も見ることができずに一生を終えることがほとんどだ。
そんな願いが具現化した奇跡の力を目の当たりにできたことは、これ以上ない幸運だと思う。
この子がいるから、彼は『トカゲ野郎』と呼ばれることになったのね。
これを知れたのはとてもいいことだと思う。
思うのだけれども……。
「ほら! だめだって! うら若き乙女がそんな簡単に男の前で脱ぐもんじゃありません! ましてやここに人がいるんですけど!」
全裸で『雷槌』と添い寝しようとする彼女をどうにかして引っぺがそうとする。
二人がそういう関係だったとしても、あたしがいる前でするのはやめてほしい。
「だって、寝てるし……」
「起きたら襲われるよ! あなたかわいいんだから、なおのこと!」
悪戦苦闘しつつも、ようやく赤目の美女を何とかしてベッドから引きずり出した。
眠いのか、全裸の彼女は目をこすりながら、不満げな声を漏らす。
「眠い……あなたは眠くないの?」
「いや眠いけど! でも男の人と全裸で添い寝なんて危ないし、風邪ひくよ?」
「でもいつもこうしてる……危ないことなんてないよ?」
「……いつも?」
横ですーすーと穏やかな寝息を立てている『雷槌』を見やる。
こいつ、頭おかしいくせにずいぶんとおいしい思いをしてるのね……。
「あなたも脱ぐ?」
「……はい?」
一糸まとわぬ彼女が何を勘違いしたのか、両手をあたしに伸ばして近寄ってくる。
「ちょちょちょ、待って? え、何する気!?」
「あなたも眠いなら、手伝ってあげようと思って……」
抵抗しようにも、神聖な気配を放つ半聖人である彼女の力は見た目にそぐわず強い。
抵抗むなしく、彼女の手があたしのスカートに伸び――
「大丈夫だから! それにあたしは――」
「えいっ」
一気に引き下げられた。
「あいやあああーーー!!!」
山小屋に、乙女の叫びが響き渡った。
◆
あたしは全裸にひん剥かれた。
かぽーん。
「あぁ~……しみるぅ~……」
そして今、白く濁った温泉につかり、気の抜けた声を出していた。
ここは山小屋の裏手にあった露天風呂。
どこかからか引いてきているのか、白く濁った温泉があり、あたしはそこに浸かっているのだ。
見上げれば夜空が広がり、昼間の雷雲が嘘のように晴れ渡り、きれいな月の周囲をきらきらと輝く星が彩っている。
くつろぐあたしの隣には、同じく真っ裸の女の子。
「ここは気持ちいいよね……寝る前に入らないと」
「そうねぇ、なんでここに温泉があるんだって疑問はあるけれど」
「あの人が引いてきた。……詳しいことは、わたしも知らない」
この子も知らないなんて、謎が多い男よね。
それにしても……
「? どうしたの?」
「い、いや、何でもない……」
彼女に顔を覗かれて、つい顔をそらす。でもすぐにまた彼女の顔をチラ見する。
――本当にきれい。
月明かりに照らされる彼女の顔は白くきめ細やかで、濡れた濡羽色の髪は肌に張り付きとてもあでやかだった。
眠たげな赤い瞳は温泉の湯気のせいか、月あかりを反射してどこかうるんでいるように見え、まるで祈りを捧げる聖女のよう。
ついつい、見とれてしまう。
と、ここで大事なことを聞くのを忘れていた。
「ねぇ、そういえば聞いてなかったんだけど、あなたの名前は?」
「なまえ?」
あたしは彼女の名前を知らない。『雷槌』の本名も。
だから尋ねたのに、彼女は素っ頓狂な顔をして首をかしげるだけだった。
え、もしかして……。
「あなた、名前ないの?」
「……たぶん、ない」
「なんてこったい」
思わず夜空を仰ぎ見る。
どこか不思議な印象を受ける子だとは思っていたけど、まさか名前がないだなんて。
ん、待てよ……。
「もしかして、彼の名前も知らないの?」
「知らない」
「ははぁ」
気の抜けた声が漏れる。
なるほどねぇ、異名が多いわけよね。
誰も本名を知らないなら、各々の印象で名前を付ける。それが異名となり、逸話となったってことね。
だけど、彼女にも異名の一つや二つあってもおかしくはないと思うのに、何もないらしい。
これだけ美人だし、半聖人なんだから、何かしら話題になってもおかしくはないと思うんだけど。
「あなたの名前は?」
「ん?」
考えていると、逆に彼女に名前を聞かれた。
一瞬、名乗ろうとして、でも辞めた。
「あたしはただの魔法使いよ。名前はないの。あなたと同じね」
「おなじ?」
「そう同じ。友達ね!」
「……ともだち?」
笑って言うと、彼女は一瞬、目を丸くした。
「ともだち……」
そして反芻し、
「ふふっ……ともだちだねっ」
見惚れてしまう笑顔を浮かべた。
――っ。
……これは、反則ね。
同性のあたしでも思わず顔をそらしてしまうほどの破壊力。
おのれ『雷槌』、こんな子を独り占めしてるだなんて、見た目にそぐわぬやり手の男、にっくき敵に違いなし。
なんて馬鹿なことを思いながら、聞きたかったことを聞くことにした。
「彼とはどういう関係なの?」
「助けてもらった……食べることも住む場所もままならなかったわたしに食事をくれて、住む場所をくれた。……生きる意味をくれた」
当時を思い出しているのか、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ、程よく膨らんだ胸に手を当てた。
「あの人はとっても優しい人……」
彼女の言葉にあたしは頷き損ねた。
だけど彼女は気にせず、今度は悲しそうに眉をひそめて言った。
「でも同時に、すごく苦しんでる人。今だってそう……彼はしばらくはこのまま起きない。数日はこのままなの」
「数日? だけど、『加護』で怪我は治ったんでしょ? なら明日にでも目覚めるんじゃないの? それとも、何か病気でも患ってるの?」
あたしの疑問に、彼女は小さな声で、
「……病気と言えば、そうかもしれないね」
つぶやいた。
よく聞こえなくてあたしは彼女に近づく。
「あの人は眠れないの」
「眠れない? 不眠ってこと?」
「そう。わたしはあの人が怪我で気を失っている以外で眠っている姿を見たことがない」
「……うそでしょ?」
信じられない話に、あたしの口が自然と開く。
「彼は自発的に眠れない。わたしが寝ている間もこの温泉をひいてきたり、罠を作ったり、魔法の練習をしたりしてる。横になっている姿すら見たことがない」
「よく生きてられるわね……」
「一度だけ聞いた。眠らないのって。そしたら、眠れないって。だからかな、彼はいつもぼろぼろになるまで戦って、気絶するように眠りに入る。わたしが怪我を治すけど、また戦いに出かけて傷を負って意識を失う。意識を失うと、不眠の負債を取り戻すかのように死んだように眠り続ける」
――絶句した。
そんな人間がいるの?
不眠はわかる。だけど、自ら傷を負って気絶しに行く人なんて聞いたことがない。
だって、そんなことは普通出来ない。
肉体的にも精神的にも苦痛が過ぎる。そのせいで不眠になりそうなもの。
だけど実際に彼は実践してる。
普通の人ならば即座にトラウマになって、不眠どころか精神病にかかり、二度と剣を取れないような体験を幾度となく繰り返す彼は、間違いなく強い人。
その強い彼が不眠になるほどのトラウマとは、いったい何なのか。
「彼は何も教えてくれない……優しく強い彼が、あそこまで狂わなければいけないモノとはなんなのか。わたしも気になるの」
「……」
少女は口元までをお湯に沈めて、そのまま黙ってしまった。
彼女の言う通り、あたしも気になる。
彼は不眠になったから狂ってしまったのか、それとも狂ってしまったから眠れないのか。はたまたその両方か。
悪循環に陥っている彼は、天上人を倒すことでしか自身の狂気を治める手はないのだと思っているのかもしれない。
――なによりも、違和感がある。
彼女の中の彼と、ハンターたちから聞く彼の間には大きな違和感がある。
この違和感が何なのか、彼の狂気はどこから来るのか。
……知らなきゃいけないことが、たくさんある。
「ねぇ、またここに来てもいい?」
「いいけど、あの人がなんて言うかわからない……数日は起きないだろうから、その間なら大丈夫だとは思う」
「うーん、なんだかコソ泥みたいになっちゃうね。彼がいるときにも来たいんだけど」
「……追い払われるか、殺されそうになるかもしれないよ?」
「そのときは真正面からぶつかってやるわ。不意打ちじゃなきゃ、負ける気はないもの」
心配してくれる彼女を見て、安心させるように微笑み、あたしは立ち上がる。
ざぶんとお湯が滝のように体から落ちる。
「のぼせちゃったわ」
「……そうだね。もう遅いし、眠いよ」
彼女も温泉から上がる。
あたしもそうだけど、彼女の白い肌が赤みを帯びていてつるつるとしている。
「それにしても、あなたの髪と肌は綺麗ね。元孤児なんでしょ? あいつと一緒にいてどうやって保ってるの?」
「? 特に何もしてない。……あの人にただやれって言われたことをやってるだけ」
「ということは、この温泉の効能? ……これは来るしかないわね」
こんな秘境に秘湯があるだなんて、グラノリュース国は開発が進んでないから、隠れた名所がたくさんありそうね。
……早くなんとかして、また旅に戻りたいな。
「そういえば、今日はここに泊まろうかと勝手に思ってたんだけどいい?」
「いいよ」
「泊まる部屋ある?」
「……彼と一緒に寝る?」
「え、遠慮しておこっかな?」
次回、「目覚めても」




