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20.違和感



 魔氾濫が起きている森の上空に飛び立ちながら、あたしはさっきのことを考えていた。



「『雷槌』……思ったよりは話せるのかしら?」



 邪魔者は問答無用で殺しに来るかと思ったけど、意外にもそんなことはなかった。

 むしろ、ヒュドラから助けてくれたような気がした。


 あんなに殺そうとしてきたのに、気になる。


 気になるけど、ハンターたちにはそうでもないようで。

 今もすぐ下の森からは、時折ハンターたちの悲鳴が聞こえる。



「『狂人』だぁあ!! 殺されるぞ!」


「逃げろ逃げろ!!」


「ぐわあ!!」



 時折バチッて音が聞こえたと思ったら、その場からハンターの悲鳴が上がる。おそらく『雷槌』が何かやっているんだろうと思ったけど、何をしているのかわからなかった。



「あれは、魔法? あいつも使えるの? でもあんな魔法は見たことない」



 さっき背後にいるヒュドラを一瞬で消し炭にしたあの現象。光ったと思ったら、もうすでにヒュドラは焼けていた。


 マナの動きからして、あれは魔法で間違いない。

 それも四属性と光闇以外の魔法。

 魔法使いの里にいたあたしでもあんな魔法はついぞ知らない。



「本当に謎だらけの男ね」



 彼がいるなら、ハンターたちは下手に前に出てこないだろうし、時間が稼げるとは思う。

 でも絶滅させるのはさすがに難しいはず。


 いくら魔法が使えるといっても、あの魔法は大規模殲滅魔法には及ばない。


 急いで、あたしが原因の悪魔を見つけないと。


 と思った時、



「ん?」



 上空、灰に染まった空からゴロゴロと雷が鳴る。



「え? ……まさか」



 いやな予感がする。

 その嫌な予感を裏付けるように。


 目を焼くほどの巨大な閃光、空気を切り裂く大轟音が連続的に響き渡った。



「きゃああっ!?」



 鼓膜が破れないように口を開けて叫びながら、慌てて高度を下げる。

 結界を張って、直撃しても大丈夫なようにしてから空を見上げる。



「なんて運が悪いのかしら。こんなときに落雷なんて……って、え??」



 目を剥いた。



「うそでしょ? もしかして、これって彼がやったの?」



 見れば、町のすぐ外周、魔獣たちの大軍勢がいる場所にいくつもの雷撃が落ち、木々は折れ、森は焼けていた。

 上からでも地面が見えるようになり、そこからは魔獣たちが雷の轟音と炎におびえ、四方八方に散らばっているのが見えた。



「雷の魔法……そんなの使えるやつがいるなんて……。『雷槌』とは、よく言ったものね」



 まるで、裁きを下す雷の鉄槌。

 あたしは森を壊さないように、ばれないようにって気を配っていたけど、あいつはまったくもってお構いなし。


 あいつがあたしに高度に気をつけろって言ったのには、こういうわけがあったのね。



 ……なんだか違和感がある。


 もっと知らなきゃいけないことがある気がする。



「っとと、そんなことよりもやることやらなきゃね。殺されたらたまったものじゃないもの」



 魔獣は『雷槌』に任せ、感覚を研ぎ澄ませて周囲のマナを探る。


 違和感……マナの違和感。

 魔獣たちがおびえる不自然なこの世ならざるマナの動き。



 ――見つけた。



 魔獣たちがやってきた東の森のさらに奥、そこに不自然にマナが集まりよどんだ場所がある。



「あんだけ町から離れてれば、気にせずに魔法ぶっ放しても大丈夫そうね。よーっし、あばれるわよぉ~」



 あたしは笑みを浮かべ、肩を回しながら全速力で、雷鳴響く空を駆けだした。




 ◆




「……あの魔法使いはやったようだな」



 しばらくして、魔獣たちが当初の勢いを殺し、来た道を引き返していった。



「やった……やったぞ!! 敵を押し返したんだ! 俺たちの勝利だ!」


『ウオオオオッッ!!』



 離れた背後、防壁の上から弓矢や投石で魔獣たちを迎撃していたハンターたちが勝鬨を上げる。



 ――フン、愚かなことだ。



 俺は踵を返し、町に戻らず、防壁に沿うように回り込み反対側の西へ急ぐ。


 途中、足を止める。



「満足か?」



 一言つぶやいた。

 すると、すぐ近くの木陰から、一人の人物がゆっくりと姿を現した。


 黒髪に赤い瞳の女。



「うん……ありがとう」



 こいつを見てると、イライラする。



「次にくだらない戯言を言ったら、殺してやるぞ」


「いつでもどうぞ」


「……チッ」



 女はぼーっとした、寝てんだか起きてんだかわからない顔で返事をした。

 相手にする時間も惜しい。



「いってらっしゃい……無事に、帰ってきてね」


「……」



 今の俺に、帰る場所なんてあるものか。


 放置して、俺は再び駆け出した。


 もうすぐだ。もうすぐそこに、ヤツがいる。




 ◆




「ねえ~、秀英っていったっけ? まだなの? その町は」


「しばしお待ちを。ヴァレリア様の情報ではこの山の奥、谷間に隠れ里があると」


「近づケバ、オレサマがわかる。あと少しダ」



 遠くにいた。

 見つけた。


 あいつだ、あいつらだ。


 ようやくだ、ようやくこの時が来た。



「ふ、ふははは……アッハッハッハッハ!!」



 森の中、遠くを見通せる少しだけ小高い丘の上で、抑えきれない笑いが漏れる。


 全身の血が沸き立ち、心の奥底で、ずっとくすぶっていたどす黒い猛毒のような憎悪が一斉に燃え盛る。

 煮えたぎる熱情を抑えきれず、口はずっと歪んでいる。


 竜の仮面に触れる。腰にある短剣に触れる。



「ソフィア、オスカー……もうすぐだ。あいつを、あいつらを」



 殺してやるぞ。


 竜の仮面の口が開く。

 外気が中に入り込み、酸素を取り込んだ脳がクリアになっていく。

 もやがかかっていた頭が、熱に浮かれながらも、刃のように澄まされていく。


 やがて、大軍を引き連れた天上人が近づいてきたときに。


 俺は魔法を発動させる。



「《霹靂神(ディエス・イレ)》」



 大群の頭上から、断罪の雷が降り注ぐ。

 上空から、さかさまに生えた大樹のように閃光は地面に近づくにつれ蜘蛛の巣のように末広がり、周囲一帯を燃やし尽くす。

 木々が焦げ付く匂いと熱気が充満する。


 空気を切り裂く轟音は、開戦を知らせる祝砲であり敵を呑み込む死の息吹。


 これだけで、遠目に見える軍の足並みは乱れ、混乱に陥った。


 だけどまだある。


 森に広がる火は、事前に仕込んでいた罠のある位置にまで広がった。


 すると、ごろごろと、地面を揺らし、木々を踏み砕く音が鳴る。

 転がっているのは大小さまざまな岩。


 二つの山の谷間にある軍が進軍している道に、殺到するように岩が音を立てて転がり落ちる。


 二つの山のふもとの谷間にある森に、隠れるように存在するセビリアに向かうには、必然的にもっとも標高の低い谷間を進むことになる。

 まさか軍が進みにくく整備もされていない山の中を進むわけもない。


 準備をするのは簡単だった。


 阿鼻叫喚の混乱に陥っている軍を見て、こらえきれない笑いが漏れる。



「アハハハハハハ!!! ざまあない!! 虐殺する側からされる側になった気分はどうだ! さいっこうの気分だろうな! 話を聞けないのが残念だ!」



 肩を震わし、腹を抱えて笑い転げる。



「ヒヒッヒヒヒッ!!」



 あぁ、腹が痛い。


 こんなに笑ったのはいつぶりだろう。久しぶりに愉快な気分だ。


 だけど、まだ足りない。


 俺の体を巡る沸き立つ黒い血を、まだ吐き出したりない。


 奴らを殺せと泣き叫ぶ。



「さあ、カットス。フリウォル。……次はお前らが、おもちゃのように死ぬ番だ」



 笑い、丘を滑るように下り、奴らの元へ向かった。




 ◆




 奴らのいる場所は、想像通り阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 魔法を使えない一般の兵士たちは、上空から落ちてきた雷になすすべもなく打たれ、大量の焼死体が流れる川の上に浮いていた。


 幸か不幸か、生きのこった兵士たちは電気のよく通る川から逃れるように左右に広がった。文字通り、閃光のごとく多くの兵士が死に至ったことで、上空からやってくる雷に気を取られ過ぎていた彼らは、横から挟まれるように迫ってくる岩に気付くのが遅れ、なすすべもなく押しつぶされる。


 まるですりつぶされてこねられるひき肉のよう。


 川にはいくつもの焼死体の他、潰れた死体がペンキをぶちまけたかのように広がっていて、文字通りの血の川が出来上がっていた。

 五体満足の死体は少ない。


 生きのこっている兵士たちはいるが、もはや軍としては全滅といっていい。

 軍事的行動はもうとれない。


 だがもともと、奴らには興味がないし意味がない。


 一般兵が何千何万といようと、たった一人でそれに匹敵する存在がいるのだから。



「どうなってるんだよ!! こんなのマルコスに知られたら、何言われるかわかったもんじゃない!」


「あのカミナリはなんだ!? タマタマ起きたハズガない! 広がった火事がネラッタように落石を起こすわけがない! すぐに周囲を調べろ!」


「すでに兵士たちは壊滅状態です! 調査は不可能ですよ!」



 一人でも軍に匹敵する存在。

 それが今、目の前で滑稽に右往左往していた。


 本当に、笑いが止まらない。


 奴らは俺がすぐ近くに迫っているのに、全く気付いていない。

 仕方ない、俺がいることを知らせてやろう。



「《霹靂神(ディエス・イレ)》」



 上空からまた轟雷が落ちる。

 滞空している奴らに直撃するコース。


 しかし、



「またキタナ!!」



 雷は奴らをよけるように左右に分かたれ、近くの逃げ惑っていた兵士たちに直撃した。


 舌打ちする。

 今のはカットスの仕業だ。

 奴の金属製の黒い短剣が列を成し、避雷針のような役割を果たしたのだ。雷が発生する直前のマナの挙動を感じ取ったのだろう。


 ということはつまりだ。



「ソコだな!!」



 俺の居場所がばれたというわけだ。

 顔の真横、すぐ後ろにあった木の幹に短剣が深々と突き刺さる。



「さすがカットス。第三席は伊達じゃない」



 刺さった短剣を引き抜き、俺は三人の前に姿を現した。

 姿を現した途端に、三人の眼は見開かれた。


 本当に愉快で愉快で仕方ない。



「久しぶりだなぁ? お三方? いつかのときは大変世話になった。今日はお礼参りにしに来たぜ?」 



 挑発的に、侮蔑的に。


 俺は笑う。


 仮面の口を開け、歪んだ口を見せつける。


 三人はようやく俺が誰だか気付いたのか、先ほどまでの混乱が嘘のように落ち着き、一転して見下してきた。



「なんだ、誰かと思えば出来損ないじゃないか。『雷槌』なんて大仰な名前だから、てっきり悪魔か天導隊の誰かかと思ったのに。拍子抜けだね」


「オトナしく隠れていればいいものを。雑魚をちまちま狩って自信がツイタノかもしれねいが、オレタチには敵わないってことがまだワカッテないようだ」


「…………」


 フリウォル、カットスが見下してくる。

 一方で秀英は何も言わず、俺を睨んでくるのみ。


 俺はいまだに見下してくる奴らがおかしくておかしくて、笑いながら剣を抜く。



「出来損ないね。お前らが完成されたっていうのなら、俺は一生出来損ないでいいな。同類になり下がるなら、死んだ方がマシだ」


「ならお望み通り殺してあげるよ! 君の首があれば、マルコスも喜ぶだろうね!」



 フリウォルが竜巻を二つ引き起こし、俺を挟み込むように責め立てる。体を吹っ飛ばさんばかりの暴風が吹き荒れる。


 俺は剣にマナを纏わせ、腰だめに構えて――


 一閃した。



「はぁ!?」



 竜巻が見事に両断され、掻き消える。残ったのはそよ風のような弱い風。

 自身の魔法があっさりと崩されたことで、フリウォルが滑稽な声を出す。



「馬鹿じゃないのか? 広範囲の魔法が、収束された魔法に勝てるわけないだろうが。格下しか相手しないからそうなる」



 魔法の基礎も知らない馬鹿に懇切丁寧に教えてやる。

 魔法とは、世界に満ちるマナに形を与えて起こすもの。つまり、マナで力を加えれば簡単に崩すことができる。


 もっとも、魔法を構築するための魔力が相手よりも強ければの話だ。


 だがフリウォルのように広範囲の竜巻なんて発生させれば、必要な魔力は非常に大きい。

 それを実現できるだけの魔力量があるのは脅威だが、使い方がなってないなら脅威にもならない。


 俺の短くも大事な講釈が気に入らないのか、フリウォルが見た目にたがわずガキのようにつばを吐いた。



「偉そうに! 一回攻撃を防いだくらいでいい気になるな! こっちは三人もいるんだぞ! 出来損ないが勝てるわけないんだから、無様に命乞いでもしたらどうだ!」


「ハッ、なんだ。出来損ないに負けるのが怖いから戦いたくないってか? ご立派な自信だな、クソガキ」


「チッ、減らず口を! おい、強秀英! お前がやれ!! 上級に上がりたいなら、そんなやつ叩き潰して見せろ!」



 フリウォルは足元にいる秀英に怒鳴る。



「自分で戦うのが怖いのか? ハハッ! 笑えるな!」


「何とでもいうがいいさ! 僕が出るまでもないってことさ! そいつに勝ったら僕が相手してやるよ!」


「とことんガキみてぇな奴だ」



 本当に挑発に簡単に乗ってくれる。


 一対一なら、望むところだ。

 俺は俺と同じく地面に立っている相手と向かい合う。


 釣り目で切れ長の瞳、黒髪をオールバックにして険しい顔をした、一見してきつそうな印象を人に与える男。


 強秀英(ジャンシューエイ)

 俺たちの同期だった男。



「秀英……」


「……こうしてお前に会えるとは思ってもみなかった」



 以前のような挑発的な笑みも浮かべない、憮然とした顔。

 秀英は背中に背負っていた長さの異なる槍を両手に持ち、構える。


 俺も剣を構える。



「戦うのは、この世界に来たばかりの席次争いの時以来だな」



 秀英がほんの僅か、一瞬だけ口元を緩めた。

 でもすぐに元のつまらない顔に戻る。俺は鼻で笑う。



「ふん、あのときと同じだと思うなよ」


「思うわけがない……いくぞ!」



 かつての同期が牙を剝く。


 ――手加減する気は、一切ない。






次回、「狂人vs狂刃」

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