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19.雷槌



 あたしが思っている以上に、状況は複雑かつ急速に動き出している。


 まず軍の襲来。

 まあ、これはいずれ来るだろうと思っていたから今更慌てることもない。


 だけど問題は、同時に《魔氾濫(スタンピード)》が起きたこと。


 魔氾濫とは、魔物や動物が何かの要因で堰を切ったようにあふれ出す現象のこと。

 普通ならまず起きない。


 だけど、この世界には悪魔がいる。

 人類、いや、生命の敵ともいえる悪魔が原因で魔氾濫と呼ばれる現象は発生する。


 悪魔が意識的か、無意識的に魔氾濫を起こしているかは定かじゃないけど、どちらにしろ、悪魔が放つ身の毛もよだつ戦慄を、討伐することによって消し去れば、魔氾濫は自然と収まるはず。



「厄介なのは、悪魔も魔法を使うということ。中位の悪魔ならあたしがいれば余裕で対処できるけど、ただのハンターには荷が重い」


 頭の中を整理したくて、口に出す。

 悪魔を見つけさえすれば、どうとでもなるんだけど、問題はこの街が森の中にあるから、四方八方に可能性がある。



 見つけるにも時間がかかる。

 ハンターたちを守りながらとなると、余裕はない。



「あの子は手があると言っていたけど、彼女は戦えるのかな。半聖人だから、その辺のハンターよりは戦えると思うんだけど」



 疑問は尽きない。

 パン屋で会ったあのはかなげな美女が、まさかあんな『狂人』と近しい間柄だなんて。


 それにあの『狂人』。


 相対してわかった。


 確かにあれは常軌を逸している。

 有無を言わせず、いきなり殺しにかかってくるほど激烈だとは思わなかった。

 一歩間違えば、あたしは一言も会話することなく死んでいた。



「うぅ~……。今までの人生で一番死ぬかと思った」



 身震いした体を抱きしめる。


 怖かった、本当に。


 だけど、感じたのは、恐怖だけじゃない。



「怒りだけじゃない……悲しみ? 後悔?」



 マナを通して、彼の意思をわずかに感じた。

 苛烈な怒りだけでなく、その奥底に深い悲しみと後悔があった気がした。


 あれは、ただの『狂人』じゃない。



「執拗に首を狙うのには、何か理由があるのかしら」



 自分の首に触れる。触れた手を見れば、僅かばかりに血がついていた。

 ほんの薄皮一枚切れた程度、でもあのままだったらどうなったかわからなかった。


 気になることはたくさんある。

 だけど今は、それどころじゃない。


 魔氾濫を何とかしなければ。


 目をつむり、感覚を研ぎ澄ます。



「魔物の群れは……よかった、まだ接触はしてない」



 強い魔力を持つ魔物に関しては、魔法使いのあたしならマナを通して存在を感知できる。

 ただの動物はわからないけど、おそらくまだ町にはやってきていない。


 でもそれも時間の問題。


 魔物たちは東から群れを成してやってきている。町の防壁にぶつかった後は、南北に広がるように町を覆うに違いない。

 そうなる前に、できる限り魔物の数を減らさないといけない。



「森の中で、それも魔法をあまり見られないようにとなると、使える魔法は限られる。ちょっと厳しいかも」



 弱気になりそうな気持ちを、頭を振って追い出した。


 とにかく、やるしかない。


 あたしのせいであの子が死ぬことになるなんて考えたくもない。


 ひとまず、魔物たちがやってくる東側に集結しているハンターたちに見られないように、あたしは町に降りて様子をうかがう。



「いいか! 連中は大群だ! だがこの街を滅ぼしたいわけじゃない! 町から出ずにとにかく取りつかせないことだけ考えろ!」


「何を言ってんだ! 連中は一目散にこの街に向かってる! 構えるだけじゃ、アッと今に飲み込まれちまうぞ!」


「だからって打って出てどうする! 簡単に呑まれて終わりだ! 人がいてなんぼだ! いちど町を放棄して、奴らが通り過ぎてからまた戻ってくればいい!」


「それじゃ軍と戦えないだろう!!」



 ダメだ、ハンターたちはまとまり切れずに、まだ具体的な対策を取れずにいる。


 仕方ないのかもしれない。

 だってこの街は軍と戦うことをメインに想定していたらしいし、軍の襲来と同時に、めったに起きない魔氾濫の発生なんて考えなければいけないことが多すぎる。



「さすがに、実績のないあたしのいうことは聞いてくれないだろうし、ここは先に打って出て守るしかないかな?」



 あたしは再びほうきに跨り、空へと飛び出す。

 街を覆う防壁を飛び越え、魔獣たちがいるであろう森の中へと降り立った。


 うっそうとした森。

 地面は湿り気のある黒茶色、その地面も大量の落ち葉によって隠れていて、足を一歩踏み出すたびにかさかさと音がなる。

 上を見上げても、木々によって日光が遮られ、昼間にもかかわらず薄暗い。


 まあ元々、今日は真っ黒に近い分厚い雲が空を覆っていたから暗かった。森の中だと、本当に夜みたいに暗くて、少しばかり恐ろしい。


 雨とか雷が降らないわよね?

 そんな懸念を抱えながらも戦いに備える。



「ここならばれないかしらね……《魔女の悪戯キュルビスシュトライヒ》」


 帽子を取り、杖ではたく。

 中からたくさんのかぼちゃが現れ、ひとりでに森の奥へと進んでいく。


 あのかぼちゃは魔法で作った特別製。

 自律的に動いて、触れれば小規模の爆発を起こす優れもの。



「爆発系統はこれ以上のものは使えないかな。となると次は……《落とし穴(エルデロッホ)》」



 次々と、周囲の地面からぼこぼこと音が鳴る。でも一見して特に変化はない。



 森の中で使える魔法と言えば、風か土魔法なんだけど、風はともかく土は苦手なんだよねぇ。


 この基本的な魔法しか使えない。

 それにもしハンターたちが外に打って出てきたら彼らは落とし穴があるなんて知らないから、最悪彼らがかかってしまう。


 これはもう祈るしかないかなぁ。



「念のために、もう一度。《魔女の悪戯》」



 ぽんぽんぽんと、かわいらしいかぼちゃの人形たちが出て行った。

 これなら、ハンターたちを巻き込むこともない……たぶん。


 そのままいくつも魔法で対策を打っていると、少し先で、いくつもの爆発音が聞こえた。同時に、地面が徐々に揺れ、木々がざわめき始める。



「来たね」



 魔物たちが近づいてきてる。

 冷や汗が背中を伝う。



「これは……思った以上にやばいかも」



 伝わる振動から、相当な数の魔獣がいる。

 いくらなんでも、この数をばれないように退けるのはかなり、いや、とても厳しい。



「手があるなら、早くしてね!」



 ほうきに跨り、杖を携え、あたしは森の中を駆けだした。




 ◆




 まずいまずい。


 魔獣の勢いは想定以上だった。

 いくらあたしでも、魔力が尽きそう。


 慣れない魔法ばかり使ってるってのもあるけれど、森の中、木々を吹き飛ばさないように配慮するとなると、精密な魔法ばかりで破壊力に優れる魔法を使えない。


 そのせいで撃退に効率の悪い魔法ばかりを使う羽目になった。



「ああー! 悪魔どこ! とっとと出てきてよ!」



 魔獣の相手はしていられないと、原因である悪魔を探しに行こうとするも、魔獣たちが多すぎて進めない。


 四足歩行に牙が生えた人の大きさほどもあるイノシシ、群れを成し三次元的に襲い掛かってくるサル、木々をなぎ倒しながら進んでくる二つ首の大蛇。


 他にもすごく強力な鎧熊に毒蜘蛛、サラマンダーに化けミミズ。



 あたし虫苦手なんだけどー!!



「炎の魔法が使えたら楽なのに! もー!」



 叫びながら、必死に手を動かす。

 ぜんぜん進めない。


 と、あたしが隠れて手をこまねいているとき。



「思った以上に敵は少ないぞ! これなら他の連中を出し抜ける!」


「とっとと終わらせて町を救うぞ!」


「名を挙げるぞ! 悪魔を探せ!」



 後ろの方から、ハンターたちの声がした。



「まっず……」



 冷や汗がたらり。


 このあたりにはたくさん落とし穴を作ってるし、かぼちゃだって動き回ってる。

 彼らが出てこないと思ったからやったのに、結果的にあたしのせいで彼らが出てきちゃった! 


 どうしよう、どうする?


 いっそあたしが抑えるからって説明してさがってもらう?

 でも、こんないたいけでかわいらしい少女が言っても、きっとみんな守りたくなっていうこと聞いてもらえないに違いない。



「グォオオオッッ!!!」


「あ、やべ」



 必死に頭を巡らせている間、あたしの横を、巨大なクマが猛烈な勢いで通り過ぎていった。目を血走らせ、よだれを垂らしながら、一目散にハンターたちのいる場所に向かっている。



「待って! あ、だめ!!」



 一頭が、あたしが作った防衛線を超えてしまったことで、一気に瓦解、津波のように魔獣たちが街に一斉に押し寄せた。


 当然、あたしの背後に迫ってきていたハンターたちにも。



「わああ!! なんだこいつらは! こんなにいるなんて聞いてない!」


「鎧熊に、サラマンダー!? すぐに逃げろ! 退避だ退避だ!」


「町を捨てて避難するしかない!」



 ハンターたちはやってきた魔物の大群を一目見て、すぐに敵わないと見るや撤退を決意した。

 その判断の速さは然る者ながら、この大軍を見れば誰もが思うが自然のごとく。


 しかし、ここまで来てしまった彼らは、正直にげるのも危うい。


 仕方ない、ここはもう隠れるのはやめて、彼らの救出を――



「ギィヤアアア!!!」


「―――ッッ!! やば!!」



 振り返ろうした矢先、背後から猛毒を持つ九つ首の大蛇ヒュドラが迫ってきていた。



 ――こんなのがいるなんて聞いてない!



 振り向きざま、吐かれた猛毒ブレスを杖を構え、結界を張って防ぐ。


 だけど、



「シャアアアッ!!」


「ちょっ!」



 あたしの張った結界に毒を吐いた首以外の八つが噛みついてきた。


 これじゃあ、結界を解いたとたんにあたしがやられる!

 だけど、このままじゃ後ろにいるハンターたちが危ない!


 結界でヒュドラを止めながら、首だけ回して背後を見やる。



「鎧熊だぁ!! 来るな、来るなぁ!!」



 怯えるハンターたち三人の悲鳴が聞こえる。


 魔法が使えるのに、助けられない!


 人の身長を優に三倍は越える、体が硬質化した熊の野太く鋭い爪が、ハンター三人のうちの一人に迫る。


 ハンターの胸に、爪が突き刺さろうとした瞬間に――


 男の体がくの字に曲がり、味方を巻き込みながら吹き飛んだ。



「ぐわああああ!!!」


「がああ!?」


「ゲフォッ!?」



 三人のハンターの叫び声が木霊する。



「――え?」



 あたしは、ヒュドラに襲われてることも忘れて息を飲む。


 そこにいたのは、



「どいつもこいつも使えねぇ」



 赤黒い衣服に身を包んだ竜の仮面をつけた男。



「……うそ……『雷槌』?」



 途端に背中に冷や汗が流れる。


 鎧熊は標的だった三人のハンターを見失い、代わりに現れた『雷槌』を見つけると、先ほど同様に獰猛に牙をむきだしながら食い殺しにかかる。


 鋭い爪と牙が『雷槌』に迫る。


 しかし――



「……ジャマだ」



 彼はあっさりと鎧熊の攻撃をかわし、剣を持っていた方の手首を軽く回した。


 たった、それだけ。


 それだけで、



「グォ……ォ」



 熊の首が上に刎ねられ、首なしの骸になり果てたデカい体が突進の勢いそのままに数メートル進んで地に沈む。


 少し遅れて、『雷槌』の手に大きな熊の生首が降ってくる。



「……成果なし、か」



 『雷槌』は熊の生首を手に何かをつぶやくと、そのまま血に濡れた剣を構えながら吹き飛ばしたハンターたちのもとに歩み寄る。


 彼に蹴られ、吹き飛ばされたハンターは気を失っていて、巻き込まれたハンター二人はなんとか立ち上がりだしていた。


 そこに、『雷槌』がやってくれば……



「ひ、ひぃいいい!! 『雷槌』だあぁ!?」


「クソ、仲間をやらせるか! ここで止めてやる!」



 一人は泣きながら腰を抜かし、もう1人のゴリラみたいなごつい顔をしたハンターは足を震わしながら剣を構える。


 『雷槌』は下らなげに鼻を鳴らすと、彼らの前に熊の生首を放る。



「――! よ、鎧熊!」


「く、来るな!」



 自分が死んだ瞬間すらもわからなかった鎧熊の首は、なおも牙をむき出しに生前の威容をそのままに彼らを睨んでいた。



「ここで殺してやろう」



 熊同様に『雷槌』が彼らに牙を剥く。



「ひ、ひぃい!!!」



 ハンターの一人は気を失った仲間に目もくれずに逃げ去った。



「畜生! お前、ここでこの町が滅んでもいいのかよ!」



 残ったゴリラ顔のハンターは背負った剣を抜き、構える。

 しかし、



「俺の邪魔をするなら全員殺す。とっとと失せろ」


「クッ……ソが!」



 彼は『雷槌』の圧に押され、唇をかみしめながら、気を失ったハンターを背負って逃げ出した。

 『雷槌』はそれを追うことはしなかった。


 代わりに振り向き、次はあたしの番とばかりにこっちに歩いてくる。


 顎に冷や汗が垂れ、地面に落ちる。


 なんで『雷槌』がここにいるの? 

 あいつは、街の反対側、軍が来た方角に向かったはず。


 逃げなきゃ、殺される。


 結界にヒュドラが噛みついている今、下手にこいつに攻撃されたら、いくらあたしでもただじゃすまない……ッ。


 彼はゆっくりと、あたしを見据えて足を進めてくる。


 やがて、距離が詰まり、あと数歩踏み出せば剣が届く位置で『雷槌』は足を止めた。


 ゆっくりと剣をあたしに向ける。


 あたしは即座に、帽子を盾にしようと、頭に手を伸ばす――



 その瞬間に、顔の真横を青白い閃光が迸る。



「「「ギシャアアア!!」」」



 直後に聞こえたのは、ヒュドラの悲鳴の合唱。


 振り向けば、全身が黒く炭化したヒュドラが煙を上げて倒れこんでいた。



「い、今のは……?」



 理解できない。

 何が起きたの? 今。



 「魔法使い。偉そうに説教しておきながら、何もできてねぇな」



 視線を戻せば、くだらなそうに『雷槌』が剣を下ろしていた。

 なおも警戒しながら、問いかける。



「なにをしたの? 今」



 何が起きたのかわからなかった。


 でも……助けてくれた?


 混乱したまま、彼に尋ねるも、案の定、彼は答えてくれない。



「どうでもいい。この状況を何とかしないといけないんじゃなかったのか? それとも、方便で逃げ出す言い訳だったのか? もしそうならここでお前を殺してやるぞ」



 再び感じる殺気。


 だけど、彼の言葉に一筋の希望が見えた気がした。



「手伝ってくれるの?」


「軍が来るまで時間がある。邪魔になりそうだと思っただけだ」


「素直じゃないのね」


「見捨ててほしいなら喜んで見捨ててやる」



 殺気は感じるけれど、即座に殺されることはないと判断して、あたしも杖を下ろす。

 『雷槌』は足をどこかに向けながら言った。



「お前が天上人じゃないというのなら、証明して見せろ。この魔氾濫の原因を突き止め収めたなら、この場では殺さないでやる。旅人としてどこへなりとも出て行くんだな」


「あんたはどうするの?」


「このうるさい騒動を終わらせる。やることが溜まってるんだ」



 わかりにくいけど、協力してくれるのかな。


 言い方はいちいち腹立つけど。


 あたしは急いでほうきに跨り、原因の悪魔を探しに行くことにした。


 でも森から飛び立つ直前に、



「空を飛ぶなら、高さに気を付けるんだな」



 『雷槌』が言った。



「?」



 それだけ言って、彼は姿を消した。

 首をかしげながら、今度こそあたしは空へと飛び立った。


次回、「違和感」

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