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16.勇者か罪人か



 全員の杯が空になったので、おっちゃんたちがお酒を頼む。ついでにあたしもいくつか頼む。

 といってもお酒じゃなくて、普通の果実ジュース。


 この街は山の中にあるだけあって、自然の実りが豊富で果物の飲み物がとても安い。戦乱の中とは思えないほど。


 注文し終えたところで、若いお兄さんが話し出す。



「天上人がいくら強いっつっても、希望がないわけじゃないんだぜ?」



 明るい話に少しばかり興味がわいた。



「希望って?」


「天上人は確かに脅威だけどな、上層も一枚岩じゃないんだよ」



 運ばれてきたお酒を機嫌よく受け取り、唇を湿らせる。



「たしか反乱が起きてから一か月くらいたった時かな。おかしな事件がいくつか起きたんだ」


「おかしな事件て?」


「他の町を襲った敵の中に天上人モドキが何人かいたんだ。そのモドキが天上人と戦ったと思ったら、また別のやたら強い集団が現れて、軍を押し返したんだよ」


「天上人モドキ? やたら強い集団?」



 首をひねっていると、矢筒を背負ったおっちゃんBがナッツのようなつまみをひょいと口に放り込む。



「伝聞だしどこまでホントかわからないけどな。そいつらが何者かもわからねぇし目的もわからねぇ。ただの希望的観測さ」


「ただまぁ、上層にも俺達の味方がいるんじゃないかって話にはなって、一時期士気は上がったんだよ。ま、そのあとはてんで見てないがねぇ」



 口々に話す。

 三人も話半分くらいにしか信じていないらしい。

 疑っている、とはいえ、たった一度しか現れていないにもかかわらず、これほど噂になっているということは、よほど強い集団だったのかしら。


 結局、その集団がその後どうなったのかも誰も知らないみたいだから、眉唾物として流されているみたいだけど。



「でも! そんなもんよりも! 俺達にはもっとすごい味方がいるだろ?」



 お兄さんが、疑うおっちゃんたちを黙らせるかのように大きな声をだし、杯を机にどんと置く。


 あたしにはよくわからないけど、おっちゃんたちにはなんのことかすぐにわかったらしい。

 だけど、その声は先ほど以上に懐疑的だった。



「アレか? 確かに強いのは認めるが、味方かと言われると疑わしいな」


「平気で俺たちを殺すような奴だ。顔も名前も明かさねぇ。連中を殺した後は俺たちかもしれねぇぞ」



 素敵なあたしを置いてけぼりで話を進めるおっちゃんたちになんのことかと問いかけようとした。


 瞬間に。


 ドカンと激しい音を立て、ギルドの扉が勢いよく開いた。


 あまりの音にびくりと体が震える。



「もう、誰? もうちょっと静かに――」


「静かにっ」


「え?」



 文句を言おうと振り返ろうとしたとき、お兄さんがあたしの肩を掴み、黙らせた。


 何が起きているのか、誰がやってきたのか。



「来たぜ……今言ってたやつだ」



 小声で教えてくれる。

 ゆっくりと振り返る。



「――あいつはっ」



 思わず声が漏れた。


 やってきたのは、黒髪黒目のぼさぼさ頭。しなやかながらにも鍛えられた肉体が赤黒い服の上からでもわかる。

 足音も全くしない、無駄な力がない誰が見ても腕が経つと一目でわかる身のこなし。

 全身から厳かな神聖な気配をこれでもかと放つ聖人だった。


 だけど、一番目を引くのはそんなことじゃない。


 その男は竜の仮面をつけていた。

 顔全体を覆い隠し、唯一除ける目元は半眼で、まるで存在するものすべてをにらみつけるかのよう。


 彼の周囲のマナは怒りに満ち満ちていて、ただ歩くだけで空気が震えるようだった。


 彼が来たことで、あれほど喧騒に満ちていたギルド内が一気に静かになる。



「……『雷槌』だ」


「あれが? ……あの特徴は『躯作り』じゃないのか」


「『トカゲ野郎』……また傷が増えてる」


「『狂人』め、何しに来た」



 静かになったギルド内では、小さくささやく声が逆によく聞こえてきた。

 どれも決して好意的じゃない。


 だけど、入ってきた男は一切気にすることなく、ギルドの奥にある受付に行って話をしだした。

 男との距離が空いたことで、再びおっちゃんたちが話し出す。



「あれがさっき言った、味方かどうかわからない奴だ」



 同じ机で静かにもかかわらず聞きづらいほど小さな声。

 あたしたちは机の中心に顔を寄せ合う。



「味方かどうかわからないってどういうこと? ここにいるってことはハンターなんでしょ?」


「まさか。ハンターってのは、普通チームを組んでやるもんだ。ソロなんてやらない。ましてやあいつはハンター初めてまだ数か月。本来なら、ベテランに教わりながら依頼をこなさなければいけないんだ」


「じゃあ、どうして一人なの?」


「決まってる」



 おっちゃんAが一度言葉を切り、周囲に聞こえないか細心の注意を払い、



「他の連中全員殺したからに決まってるだろ」



 言った。



「あいつの初依頼で同行したベテランはみんな帰ってこなかった。あいつだけが血だらけになってな」



 おぞましい話に、あたしは顔をしかめる。



「さっき、いくつもの異名みたいなのが聞こえてきたけど……」


「ああ」



 お兄さんが指を全員に見えるように広げて、一本ずつ折りたたむ。



「『雷槌』、『躯作り』、『トカゲ野郎』、『狂人』……」



 指が四本折られ、小指だけが残る。

 残った小指も一瞬曲がりそうになったものの、途中で止まり、図らずも恋人がいるかのようなジェスチャーになった。


 だけど出てきた単語はどれもひどいものばかり。



「最初はいいとしても……あとの奴は物騒過ぎない?」


「そんだけの逸話があるんだよ」



 おっちゃんたちが順々に話し出す。



「まず『躯作り』。あいつと対峙した人間は、首なしの死体になり下がる。だから躯作りってな。ほら、見てみろよ」


 おっちゃんが受付にいる仮面の男を小さく指さした。

 顔を青くしながら必死に相手をしている受付嬢がちょっとかわいそう。



「あいつの腰だ」


「え?」



 あたしが見当違いのところを見ていたから、具体的に教えてくれた。


 あの男の腰。

 そこには、両掌に収まるくらいの壺が二つ下げられていた。



「あの壺がなに? ハンターだから何か道具とか必要なものが入ってるんじゃないの?」


「そんなんじゃない。いったろ? 『躯作り』だって」



 男から視線を切り、再び向かい合って小声で話す。



「あれにはな、人骨が入ってるんだよ」


「――っぇ!」



 驚きの声が漏れそうになり、慌てて口をおさえる。


 人骨? なんでそんなものを持ち歩いているの?



「誰の骨かは知らねぇ。だけどずっと死体を見て、燃やして弔ってきた俺たちにはわかる。あの壺から鳴る音。あれは間違いなく骨だ」


「さらにあいつが軍と戦うときは必ずハンターの誰かが死ぬ。しかもその後に一人で軍人の生首を掴んで戦場跡地を徘徊しているのを見たって話がしょっちゅう流れるんだ」


「……だから、『躯作り』ってことね」



 気味の悪い話ね。


 でも気になる話でもある。



「それで次は、『トカゲ野郎』だっけ。仮面が竜だから?」


「それもあるが、あいつの謎にも関係してるんだ」


「謎?」



 ずっと謎だらけですけど。



「さっきもいったがあいつに近寄ろうなんて奴はいねえ、だからずっと一人で戦ってる。そうなりゃ生傷は耐えねぇ。毎度毎度全身傷だらけの血だらけだ」


「今は、そうは見えないけど」



 確かに『雷槌』の衣服は血みたいな赤黒い色で、遠目にもところどころ赤いのが見えるけど、どれも返り血に見える。

 何と戦ったのかは、考えたくないけれど。



「今日はたまたまだ。いつもはひでぇ。血の匂い漂わせて血痕残しながらやってくる。だけど、そんだけ傷を負ってるのに、次の日にはけろりと傷なんてなかったかのようにまた戦いに出るんだよ」


「え? どういうこと?」


「わからねぇ。だから『トカゲ野郎』なんだ。脱皮するみてぇに傷は治る、そのたびに神聖な気配を強くする。謎だらけの野郎だよ」



 魔法がつかえるあたしでも、傷を治すなんてできない。

 傷を治すには、体内のマナに干渉する必要がある。だけど体内のマナは絶えず変化するうえに強固な意志を持っているから、操作なんてまずできない。


 謎なのも納得ね。



「次は『狂人』だっけ。まあ、これはわかりやすいわね。見たまんまだし」


「その通りだ。事実、奴と話した奴は言っていたよ。狂ってるってな」



 見方のはずのハンターは殺すわ、骨は持ち歩くわ、傷は勝手に治るわ、それはおかしいことこの上ないもんね。



「だけど一番狂ってるのは奴の標的のせいさ」



 おっちゃんAが言った。


 まだ何かあるの?

 もうおなかいっぱいなんだけど。


 そう思っていたけれど、おっちゃんたちはこれが一番大事とばかりに一拍置いて、あたしをまっすぐ見て言った。



「あいつの標的は天上人。何百何千と束になっても戦えないヤツらに狂ったように執着するから、そういわれているのさ」



 その言葉を聞いて、すとんと合点がいった。


 どうしてこの国に来た時に、あいつがヴァレリアと対峙するあたしに襲い掛かってきたのか。


 あいつが天上人を目の敵にしているからだ。だからヴァレリアは逃げたんだ。


 でもただの人が魔法使い相手に勝てるわけもないし、ヴァレリアが逃げる必要もない。


 視線を仮面の男に向けると、話が終わったのか、受付から出口へと歩き出した。必然的にあたしたちの方へ徐々に近づいていく。


 あ、受付の人が安心したのか気絶した。

 まあ、マナを感じられない普通の人が、こんな怒りに満ちたマナにあてられたら平常心じゃいられないわよね。


 このマナと向かい合っても普通でいられるのは、あたしくらいなものね。



「これで、異名の話は終わり?」



 謎は多いけれど、天上人と戦えるほどの力を持つ『雷槌』なら、この人たちが希望だというのも味方かどうかもわからないというのもわかる。


 彼の話は終わりかと問うと、三人は少しばかり口をつぐんだ。


 話すことはあるけれど、とても口に出してはいけないかのように。


 と、そのときに。



「……『親殺し』め」



 どこかの机から、ぼそりと声が聞こえた。

 次の瞬間。



「きゃーーーー!!!」


「あああ!!!?」



 ものすごい鼓膜をつんざく悲鳴、物が壊れる轟音が聞こえた。



「なになに!?」



 慌てて立ち上がり、音のしたほうを見る。


 息を飲んだ。



「……馬鹿め」



 後ろで、おっちゃんが呆れたような悲しげな声を出した。

 その理由は何か。



「テメェ……今なんつった?」


「……ガッ……ゲハッ! な、なにも!」



 『雷槌』が、さきほど言葉をこぼしたであろう人の首を掴み、持ち上げていた。

 その場にあった机は叩き割れ、見るも無残なことになっていた。


 首を絞められている男の人はじたばたと暴れているけれど、『雷槌』はびくともしない。

 徐々に徐々に腕に力が入っているのがわかる。

 段々と男の顔が青くなる。



「次に今の言葉を言ってみろ。……殺してやるぞ」



 地の底よりも暗い声で『雷槌』は言い放ち、男を離した。

 解放された人は、崩れ落ち、空気を求めて激しくあえぐ。


 『雷槌』は……いえ、『狂人』は一切謝罪もためらいもなく、何事もなかったかのように出口をくぐり、姿を消した。


 彼がいなくなった後も、ギルド内はこれまでにないほどの静寂に包まれていた。



「わかっただろ? ……あいつの最後の異名」



 後ろでおっちゃんが震えながら言った。


 あたしにもわかった。


 他のことなんて一切気にしない『狂人』が唯一猛り狂う、誰もが恐れて口にしない最後の異名。



 ――『親殺し』



 あいつについて調べようと思っていたけど……。




 うん! 明日からにしよう!





次回、「聖女か非人か」

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