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9.真実



 翌日、朝早くに軍は出立した。

 まだ日が昇ったばかりの時間帯にもかかわらず、僕たちは上層の人たちの喜びの声をいっぱいに浴びて、上層の町を囲う防壁の外に出た。


 上層の人たちに知り合いはあまりいないけれど、誰もがとてもいい顔をしていて、優しそうな人ばかり。

 彼らのためにも、この遠征、頑張らなければいけない。



「最初に行く町は、マドリアドだ。徒歩で数日カカル。精々歩くコトダナ」



 出立する直前に、カットスは変わらず傷だらけの継ぎ接ぎだらけ、不気味な顔をゆがめながらそう言った。


 今回、遠征部隊を率いるのはカットスとフリウォル。

 僕とソフィアはカットスの部隊、オスカーと秀英はフリウォルの部隊だ。


 といっても、二つの部隊は別行動をとるわけではない。

 同じ町に行って、作戦行動時に二手に分かれるくらいだ。


 ただ、カットスと言い争った僕とソフィアの二人が揃っているということは、だ。



「カットス、もしかしたら何かするつもりなのかな」


「そうかもしれないわね。一応気を付けたほうがいいわね」


 隣にいるソフィアからくぐもった声が聞こえる。


 彼女は今、昨日町で買った竜の仮面をつけているために、声がこもっている。少し聞き取りづらいが、聞かれたくない話をする分にはちょうどいい。


 そのまま警戒しつつも、出立してから何もないままに二日が過ぎた。

 上層の外はのどかな自然が広がっていて、特に何かに襲われることはなかった。まあ、このあたりは上層が近いし、過去の遠征で既に安全が確保されているんだろう。


 上層の外、中層を歩いている間、カットスはとくにちょっかいをかけてくることもなく、地上を隊列を組んで地上を進んでいる僕たちの上でぷかぷかと身一つで寝そべるような体勢で浮いている。



「すごい魔法の腕前ね……」



 カットスの浮遊を見てソフィアは感嘆の息を漏らしていた。



「そうなの?」


「ええ。魔法で空を飛ぶ方法は二つあるの。道具に乗るか、身一つで飛ぶか。道具に乗った方が重心は常に一定で、あとは体でバランスを取るだけで簡単なんだけど、身一つで飛ぶ方は体勢によって制御が大きくぶれるから、安定して飛ぶのは大変なのよ。それをあんなふうに軽々と行うなんて……」



 魔法の使えない僕にもわかるようにソフィアが教えてくれる。


 言動に問題はあれど、カットスは実力は間違いなく第三席の天上人、つまりこの国で三番目に強い男というわけか。



「オスカーたちは無事かな」


「あっちはフリウォルっていったっけね。あの一見してこどもにしかみえない緑髪の人ね」



 別部隊だから連絡の取れないオスカーと秀英の身を案じる。

 まだカットスよりも温厚そうとはいえ、フリウォルも女好きの一面がある。まああの二人は男だし、たぶん大丈夫だとは思うけれど。


 この二日間は特に問題なく順調に進んでいる。

 気合入れてきたのに、拍子抜けするくらいだ。本当に悪魔なんているのだろうか。


 他の兵士たちにも特に緊張は見られない。むしろとても戦意が高揚していた。まるで漁に出る前の船乗りのようだ。


 そうして、二日目もただ歩いただけで終わり、また一晩明かし、早朝にまた進軍を開始する。


 それにしても中層は広いな。

 これだけ歩いても、まだ町一つ見えない。悪魔がいるからもう人はいないと聞いていたけど、かつては生活圏があったはずなのに。


 と、思っていた時だった。



「お! 見えタゾ! 今回の目的地ダ!」



 上からカットスの声が降る。


 英雄である天上人の声に兵士全員が湧きあがる。



「おお! マドリアドだ!! あそこに今回の獲物がいるんだな!」


「たんまり蓄えてそうだ! 腕が鳴る!」


「悪魔を一人残らず駆逐するぞ! 俺たちにあだなすものは皆殺しだ!」



 全員が手に持つ武器を打ち鳴らし、軍靴を踏み鳴らす。

 ゆっくりと一定のペースを保っていた軍の足並みが徐々に速度を上げていき、一気に町が大きくなっていく。



「あれが、マドリアド……」


「悪魔の拠点?」



 ただし、近づくにつれて、僕とソフィアの眉根は寄っていく。

 マドリアドと呼ばれている町は、一見して中は見えない。


 外側を覆うように石造りの堅牢な防壁に覆われており、町というより要塞といったほうが近い気がする。


 僕たちは悪魔を知らない。

 知能を有するとは聞いていたけれど、これほど堅牢な町を維持することができるのだろうか。


 いや、きっとできるんだ。僕たちが今持っている武具も、元をたどれば悪魔が作ったものなのだから。



「気を付けていこう。敵は思った以上に厄介かもしれない」


「そうね。兵士たちの様子から敵は手ごわいかもしれないけど、倒せない敵じゃないわ。上級天上人がいるし、まずは自分の安全を第一にね」



 ソフィアと目を合わせ、頷き合い、もはや駆け足となった軍の足並みに合わせて足を前に出す。


 勢いに乗った軍が、速度を殺さずに頑丈な壁にぶつかろうとした直前に、



「オラオラ! フリウォル! やれ!」


「あいよー」



 上からカットスの声がした。


 それにこたえるフリウォルの声。


 その直後。


 マドリアドに向かって、横向きに竜巻が起きた。



「なっ!?」


「きゃあっ!?」



 走りながら、風に飛ばされそうになるのを必死に耐える。頭部を守るために頭に手を回し、顔を下げる。

 再び顔を上げると、そこにあったのは。



「おっしゃああ! 壁が壊れた! 天上人万歳!」


「さあいけいけ! 悪魔を殺せ!」


「手柄を上げろ! 邪魔するものは踏みつぶせ!」



 あっさりと壊れ落ちた頑丈そうな防壁。

 まるで飢えた魚が傷口を貪ろうとするかのように、兵士たちが雄たけびを上げ、町になだれ込む。



「さあいこうソフィア! 僕らも戦うんだ!」


「ええ! 行きましょう!」



 僕たちも負けじと声を上げ、町へと足を踏み入れた。



 ――それが、悪夢の始まりだとは知らずに。




 ◆




 町に足を踏み入れてすぐは、周囲は兵士たちの姿であふれ、灰色の身体を持つ異形の悪魔の姿は見られなかった。


 ならば、この先か。


 そう思い、ひたすらひたすら前へ進む。

 この作戦には……いや、この戦いには作戦なんてない。言われたのは、ただただ悪魔を駆逐しろの一言だけ。


 死骸に群がる虫のように僕らは町に入り込み、進み続ける。


 兵士たちは水が布にしみこむときのように、町中にくまなく広がるように進軍していく。

 一方で僕とソフィアは敵の頭がいるだろうと思われる町の中心に向かって進み続けた。


 進み続けて、僕たちの周囲にいる兵士たちが少なくなった時。



 僕たちはここで、ようやく違和感に気付いた。



「ここ……本当に悪魔の根城?」



 思わずつぶやいた。


 隣にいるソフィアも戸惑っているようで、あたりをしきりに見渡している。



「ここ、まるでついこないだまで人がいたみたいに、生活感にあふれてる。いや――」



 ――あふれすぎている。


 口から出かかった言葉を、ソフィアは飲み込んだ。


 周囲を見れば、このあたりは商店街だったのだろうか、床にいくつもの布が敷かれ、その上にまだ食べられそうな果物や野菜、着れそうな服がきれいに並べられていた。


 たぶん、これがいつも軍が上層に持ち帰る戦利品なのだろう。


 でも、悪魔がこんなことをするのだろうか。


 何も知らない僕らには判断ができなかった。



「聞いた話じゃ、悪魔は生殖機能を持たないんだったよね?」


「ええ、そうよ。倒されれば灰へと還る……となれば、人らしい生活を送る理由なんて一切ないし、そもそも高位の悪魔がいない限り、それほどの知能を持つ個体はいないときいていたのだけれど」



 考えられることは二つ。


 だけど、そのどちらもあまりいい予想ではない。

 だが、想定すべきは一つだ。



「これだけの生活を送れるということは、高位の悪魔がいるってことかな?」



 僕の言葉に、ソフィアは目に力を入れてつぶり逡巡する。



「……そうね。とにかく、注意して進みましょう」



 頷いて再び歩き出す。


 それにしても、ここに並べられている物は本当によくできている。

 上層にいてもこれほどの服や食料を目の当たりにすることはめったにない。


 なるほど、兵士たちが遠征に対して意気込むわけだ。



「ダメだとはわかっているけど、ついつまみ食いしたくなるわね」



 竜の仮面をつけたソフィアが、ゴクリと喉を鳴らす。

 この作戦が始まってからずっと仮面をつけていて、食事中も兵士たちの目があるからと、外さずに味気ないレーションだけを口にしていた彼女は、目の前のみずみずしい果実が欲しくてたまらないようだ。



「ね、ねぇ、ウィリアム。一つくらい、いいわよね?」



 いいもなにも、もうすでにその手は赤い果実を一つとってしまっているだろうに。



「仕方ないな。周囲は僕が見ておくよ。だけど毒があっても知らないよ」


「それは大丈夫。パッチテストもしたし、この果実、見たことがあるから」



 おう、パッチテストもしたとは、手が早いことこの上ない。

 初陣で戦場であるにもかかわらず飯を食える彼女は、肝が据わっているな。


 呆れつつ、彼女が一口、果実を口に含んだ。


 その瞬間だった。



 ――近くの建物から轟音とともに、幾人もの人影が襲い掛かってきた。




 ◆




 最初に湧いた感情は驚愕だった。



「この悪魔どもが!!」


「死ねっ!!」



 建物の内部から爆発が起き、その爆風に乗って幾人もの人が剣を向け、襲い掛かってきた。



「……ッ!」



 とっさに僕はソフィアの前に躍り出て、手にしていた槍で敵の剣を防ぎ、回転させるようにして剣先を滑らせ、空いた手で短剣を抜き、敵の首を掻き切った。


 敵の首から、噴水のごとく赤い液体が吹き出して、僕の顔にびちょりとつく。


 考えるよりも先に、勝手に手が動いてしまった。

 たくさんの痛みとともに文字通り叩き込まれ染みついた動きによって、急に現れた敵は一瞬で物言わぬ骸となった。



「……ペッ。何だ……これは」



 口に入った血を吐きながら、混乱する頭を落ち着ける。

 しかし、敵は待ってくれなかった。



「いたぞ! こっちに天上人モドキだ!」


「……モドキ?」



 建物からではなく、背後にある路地裏につながる小道に人がいて、こちらを指さし声を上げた。

 行動もさることながら、言葉の内容にも気にかかる。


 何よりも彼らの装い。

 軍服でも異形の灰色の姿でもない。


 なにより僕の顔についた血液は、まだ僅かに生暖かい。



 ……彼らはただの人間だ。



 混乱している最中にも、僕たちはあっという間に囲まれる。


 いたって普通の人たち。

 その手に剣や槍、盾、弓を持った人たち。


 あっという間に膨れ上がった敵を前に、僕は背中に汗が流れていくのを感じた。



「どうなってるんだ……」



 目の間にいるのは、どう見たって悪魔じゃない。


 ただの人、ここで普通に暮らしていたとしても何も不思議じゃないほどに。


 何よりも。


 彼らが僕らを悪魔と呼んだこと。

 僕らは彼らを悪魔と呼んだこと。


 何かがおかしい。決定的な何かが掛け違っている。



「ウィリアム!」


「っ!?」



 僕が混乱している最中に、敵は、いや敵かもわからない人たちは一斉に襲い掛かってきた。


 降り注ぐ弓矢の雨と、合わせるように槍を一直線に僕たちに向け、突っ込んでくる人たち。槍を持つ人たちを守るように盾を構えた人たちも突進してくる。


 とても軍人とは思えないお粗末な連携、しかし一朝一夕でできるほどでもない動き。


 降り注ぐ矢を、槍を回転させて防ぐ。



「ソフィア!」


「こっちは大丈夫よ! 魔法使いなんだから、心配しないで!」



 横目でちらりとソフィアを見る。

 彼女は風を発生させているようで、矢が彼女の近くに寄った瞬間に見えない手で優しく押されたかのように向きを変え、何もない地面に落ちていく。



「ううおおおお!!」


「略奪者どもめ! 悪魔め!」


「俺達の怒りを思い知れ!」



 口々に恨みの言葉を叫びながら突っ込んでくる。



「ウィリアム! お願い!」


「わかった!」



 ソフィアの掛け声とともに、僕は前に出る。

 代わりにソフィアが後ろへ下がり、魔法で僕を支援する。


 ほぼ同時に迫る敵の槍。

 槍の切っ先が僕に触れようとする直前に、僕は一歩左に踏むだし、最も近い槍を払う。



「おおおおお!!」



 槍を払われ、がら空きになった敵の懐に、回転させ切り返した槍の石突を叩きこみ、そのまま力任せに横なぎに大勢を巻き込み吹き飛ばす。


 まるでほうきでごみを散らすように敵が飛んでいく。



「さすがウィリアムね! 馬鹿力!」


「それはどうもありがとう!」



 背後から飛んでくるソフィアの声に、半ば無理やり笑いながら答える。

 彼女は電撃を飛ばし、盾を持った敵を全員しびれさせていた。彼女のおかげで、僕は槍を持った敵に専念できた。



「撃て撃て! 援護しろ!」



 しかしまだ敵は残っている。弓を構えた敵が一斉にまた矢を放つ。



「任せて!」


「わかった!」



 防御はソフィアに任せ、僕は弓矢隊に迫る。



「来たぞ! 構えろ!」



 控えていた剣を持った敵が、僕を囲うように迫る。


 普通なら防ぐなんてできないような、剣の嵐。

 だけど僕は、今までひたすら防ぐことを学んできた。


 槍を地面に突き刺し、反動と槍を利用して高くジャンプし、剣の包囲を飛び越える。



「なに――」



 頭上すら飛び超え、敵の一人の背後に降り、振り向きざまにうなじを殴る。


 包囲を超え、一角を崩した。

 頭のいない集団は、こうなればあまりに脆い。



「はっ!」



 足を動かし、立ち回りを工夫して常に一対一になるように動き回る。敵の身体を盾にして、その死角から短剣を投げつける。



「アガッ!!?」


「ぐっ!」


「ぎゃあ!」



 瞬く間に敵の数が減っていく。

 弓矢隊もソフィアの電撃によって既に戦闘不能に陥っている。


 あっという間に、目の前には腰を抜かして半べそかいた男が一人になった。


 僕とソフィアは男に詰め寄り、槍を突き付ける。



「おい、教えてくれ」


「な、なんだ!? お、教えるから、命だけは!」


「安心して、ここにいる誰も死んでないから。……最初の人だけは残念だったけど」



 さすがに最初に襲われたときは余裕がなくて、相手の命を慮ることはできなかった。

 だが彼らがただの人間だとわかってからは、命を奪いたくなどない。



 ……彼らは殺しても灰になどならないのだから。



 誰も死んでないと言われ、少し落ち着いたのか、男は話し出した。



「教えてくれってなんだよっ」


「この街はなんだ? 僕たちはこの街が悪魔の巣窟だと聞いてきた。だけどここに悪魔はいない。まるで、ただの……」



 町だ、と言い切れなくて言葉に詰まる。

 ただの町の防壁を崩し、押し入ったなんて思いこみたくなかったから。


 何かの勘違いだ。

 そう思いたかった。


 しかし――



「何言ってんだ!! 悪魔はお前らだ!!」


 金切り声で男は叫ぶ。

 唾と涙を飛ばしながら、僕らを指さし糾弾する。



「俺達はただ普通に暮らしてるだけだ! 自分たちの飯を自分たちで作って、自分たちの武具は自分たちで作って、そんで魔物から身を守って過ごしてるだけだ! 本当の悪魔とだって、俺らは自分で戦ってる! 必死に開拓して作り上げた町を、お前らはあとからやってきて好き放題に略奪して殺して回る! 挙句の果てに俺たちが悪魔だと? お前たちの方がよっぽど最低最悪の悪魔だ!!」



 おびえていたことも忘れて、男はつらつらと怒りを叫ぶ。



「……そんな」


「……なんてことを」



 僕たち天上人は国の象徴、英雄なんかじゃない。





 ――ただの略奪者だったのだ。






次回、「選別」

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