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魔剤戦線異状なし  作者: Vojack
ゴールデンタイムラバー
3/11

普遍的脅威

 ぴん、とあたりの空気が張り詰める。


 フリットは思わずごくり、と唾を飲み込む。

 その矢先だった。

 一段と強い風が吹き、あたりの葉が一斉に擦れ合う。

 ざあっ、という音があたりを彩った瞬間、護衛の一人が警棒を振り下ろしながら蓮に向かって突進する。


 振り下ろされた警棒を、蓮は少し身を捩ってかわす。

 そのまま警棒を両腕で絡めとり、体を回転させながら警棒の持ち主に接近。

 不意に距離を詰められた男は身じろぎする。

 蓮は回転の勢いをそのままに、右足を振り上げる。

 鋭い蹴りは男の顎に命中。

 男は一回転して、ゴン、と。

 あっという間に彼は地面を舐める。


「っ!?」


 フリットの表情に焦りが浮かぶ。

 倒れ伏した男はぴくりとも動かない。


 護衛から警棒を奪った蓮。

 まるで元々の持ち主であるかのように、身の丈以上の警棒を慣れたように握る。

 スナップをきかせ、風を切る音とともに警棒を手中で回転させ、男たちに向かって構えた。


 一瞬の静寂。


 フリットや護衛たちが、蓮をただ者ではないと認識した瞬間だった。


「もう一度だけ言う。バニラから離れろ、ボンボン」

「ふっ……ざけるなっ!!これ以上父上を愚弄するな!!全員でかかれ!たかが一人だ!!」


「俺はお前の親父には言及してねえンだがな」


 用心棒たちが蓮を囲む。

 その数は六。


 じりじりと円が迫るように、蓮と用心棒たちの距離は縮んでいく。


「…………。」


 そして、ある距離を越えた刹那───。

 堰を切ったように、警棒を携えた男たちがなだれ込む。


 空気を引き裂くような音を立て、蓮が警棒を回転させる。

 脅威を感じ、動きを止める護衛。

 回転させた警棒の勢いを殺さないまま、蓮は見えないはずの背後の護衛の足を払う。


「うわ!」


 不意を突かれ転ぶ男。

 そこが蓮にとっては、包囲網の『穴』だった。

 

 蓮は後退し、倒れた男を踏みつけ、蓮は他の護衛たちと距離を保ちながら警棒を振り回す。

 警棒が風を切る音は、まるで威嚇する獅子の咆哮のように森を駆け巡る。

 

 蓮に勢いよく接近し、警棒を振り下ろそうとする二人の男。

 しかし、蓮からすれば、その動きはあまりに緩慢で不用意であった。

 射程圏内に自分から入ってきた二人を、蓮は右、左と薙ぐ。

 勢いを逆に利用され、彼らもは盛大に吹き飛ばされる。


 右に吹き飛ばされたものは丘を転がり。

 左に吹き飛ばされたものは背中を木の枝に強打し、そのまま顔面から地面に倒れる。


 ようやく最初に足を払われた男も立ち上がるが、ついでと言わんばかりにその頭を蓮に踏み潰され意識を手放した。


 まるでアクション映画のように、流麗に、軽やかに。

 三人の暴漢を処理した蓮。

 本当に映画なら、このまま次々と他の護衛が襲いかかるシーンかも知れないが。


 格の違いを見せつけられ、残った三人は警棒を構えたまま身震いしていた。

 

「あと三人」

「何をしている、たかが一人相手だぞ!いけ、お前たち!なんのために金を払っていると思っているんだ!!」


 喚くようなフリットの号令に、残った三人も、なかばやけくそなのか、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 そしてそれは、蛮勇に終わる。

 

 三人のうち、二人は、自由自在に操られた警棒の餌食になった。

 残りの一人は、蓮の線の細い体から出てくるとは思えない、鋭い後ろ回し蹴りにより沈黙した。


「ふー……」


 護衛全員の戦闘不能を確認し、蓮は最後に警棒をフリットへ向ける。

 フリットは鼻息を荒くして、精一杯に蓮を睨む。

 プライドが傷ついたのか、拳は握られたまま震えている。

 その後ろでは、バニラが体を丸めて震えていた。


「終わりだ。うちに帰れ、金髪」


「っ……!」


 こちらまで聞こえてきそうな歯ぎしりをして。

 とうとう、フリットは自らの腰に据えていた剣を引き抜いた。


「侮るなよ!!不法入国者め!!ここからは決闘だ!!エルド家の名に誓い、貴様を討つ!!」


 どうやらフリットは、ここまでの惨状を見せつけられてなお退くつもりはないようだ。


「へぇ……」


 思わず笑みが溢れる。


「何を笑っている!!」

「いや……こんな状況になっても、バニラを人質に取ろうとはしねぇンだなって思ってよ。根性あるじゃねェか、見直したぜ」

「チィ、言わせておけば……!ならば見せてやろう、魔力をその身に宿せし、魔道士の力を!!」

「あ……?」


 聞き慣れない単語に思考が途切れる。

 『魔道士』?

 そんな言葉は小説や漫画の中か、薬でおかしくなった奴の口からしか聞いたことがない。

 訝しげな表情をする蓮に、不意に声が届く。


「蓮さん!!逃げて!!フリット公は『魔道士』です!!」


 バニラは縛られたままなんとか目隠しを外していた。

 叫び声は彼女のもの。

 その声は未だ恐怖に掠れていた。

 それを押し殺してでも、蓮に伝えねばと。

 バニラは喉を裂いて叫んだ。


「もう……遅いッ!!」


 瞬間、太陽の光に逆らうように、フリットの剣が輝きを見せる。

 ボウッ!と大きな音とともに、その剣に炎が宿る。


「……これが『魔法』ってやつか」


 なにやら物知り顔で、しかし興味深そうに、蓮は静かにフリットの動きを観察する。

 炎はまるで意思を持つかのように、剣に纏い、猛り、唸る。


「大したやつだ、この魔法を見て退かないか。ハハッ……犯罪者のくせに、キモが据わっている」


 あくまでも上から目線で語るフリット。

 しかし、その額には冷や汗。


「……『ここ』で長く世話になるつもりなんだ、撃ってこいよ、ボンボン」


 蓮は腰を低く、さらに攻撃的な型に構える。

 正面から叩き潰すと宣言するかの如く。


 フリットも腹を据える。

 炎を宿した剣を、振り上げるために深く構える。



「───『炎閃』ッ!!」



 目を見開き、フリットが渾身の一撃を放つ。

 轟!と、振り上げられた剣から、刃の形をした炎が射出される。

 飛び道具と化した炎は、巨大な手裏剣のように、熱を持ってこちらに向かってきた。


「!!」


 炎は唸り、形を崩さない。

 高速回転したまま飛んでくる。

 

 一つ踏み込み、全身の力を警棒に無駄なく伝える。

 

 ────この一撃でこの『魔法』を打ち破れなければ、きっと俺に、この『世界』での先はない。

 蓮はそう思った。

 深く息を吸い、吐き────空気を置き去りに、警棒が唸る。


 刃状の炎と、何の変哲もない警棒がぶつかり合う。

 耳をつんざくような破裂音と共に───軍配は上がった。


 瞬く間に、フリットに接近。

 『敗北』の二文字がフリットの思考を侵す。


 炎の刃は、『炎閃』は、破られたのだ。


「貴様ッ……一体ッ……!」

「ただの死に損ないだ」


 今までに、幾千幾万と振り下ろしてきた───。

 空気を薙ぐ旋風脚が、フリットの意識を刈り取った。



 腕の拘束を解き、目隠しを外し、自由の身になっても、バニラの震えは止まらなかった。

 バニラは自分を抱きかかえるように、腕を交差する。

 

「俺のせいで難癖つけられた。悪いことをした」

「い、いえ……蓮さんのせいじゃ、ないですよ……」


 バニラは気丈に笑って見せるが、止まらない身震いが、かえって痛々しく見える。


「バニラ、帰り道を案内してくれ。送っていく」

「あ、ありがとうございます……。あはは、実は、腰抜けて立てなくて……」


 わかっていると言い、そのままバニラの体をひょいっとかかえる。

 細く小さく、頼りない体だった。


「まずはどっちに行けば良い?」

「え!?えーっと、西ですね、西なので……あっちです!」


 蓮は太陽を見やる。

 気の抜けた爬虫類のような顔でしばらく観察した後。


「……あっち東じゃね?」

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