話せば分かる
葉巻の匂いが染みついた応接室。
戦いから一夜明けて、蓮はリズとホッブズを連れて、この村の領主、つまりエルド家に直接訪れていた。
先日に闘いを経て、エルド家に仕えていた用心棒は激減。
ましてや百人相手に大立ち回りを演じた小さな赤い怪獣相手に、フリットとその父であるマリオはその来訪を拒むことができなかった。
窓から差し込む日差しに照らされた蓮の表情は、間違いなく獲物を見つけた悪人の顔。
それを領主であるマリオは歯噛みしながら睨みつけていた。
両者は赤いソファに座って、間に割って入るものは重厚なテーブルだけだ。
「そんな怖い顔するなよ、領主サマ。何もとって食おうってわけじゃないんだからよぉ」
マリオの顔には青筋が浮かんでいるが、言い返してくることはなかった。
「せがれのやらかしのケツは拭いてもらうぜ。ついでに、好き勝手やってきた分のツケも含めてな」
「ツケだと?」
「この部屋にも宝石がずらり。道中でもいつ使うんだかわからない豪華な品がたくさんあった。税金を使ってやることは、蒐集家の真似事じゃないだろうに。見たところアンタは悪者じゃぁないが、少しの贅沢なら許されるって自分を正当化するタイプだろ。今の状況で、村の長を目の前にして、言うことはあるか?」
蓮は自分に学問を教えた師を必死に思い出し、彼の説得術を真似て言の葉を紡ぐ。
有利な立場だからか、追い詰められた側の経験がたくさんあるからか、とにかく言葉はつらつら、とうとうと出てくる。
そのことが、蓮は自分のことなのに少し意外だった。
「マリオ公。徴収しすぎた税の還付と、この領地でも首都でやっている司法と行政の設立を認めてくれ。一度暴政をした人間を信じられるほど、我々には余裕がない」
ホッブズは姿勢を正し、敬意を持って、しかし確かな自立の意思を持って村の長としてマリオに進言してみせる。
後ろ盾がない状態で、下の人間に『大人の喧嘩』の土俵に引き摺り出されたマリオは、少しの躊躇のあと、首を縦に振ることとなった。
「決まりだなぁ。あぁ、息子にももう少し構ってやれよ。俺はあんたら親子のことは嫌いじゃない」
「く…流れものに何を言われようと嬉しくないわ!」
葉巻を噛み、マリオは静かに蓮を睨む。
それに対して蓮は屈託なく「ははは、だろうな」と笑う。
適度な敵意を心地よく感じているように見える蓮に、リズは困惑を隠せなかった。
「村からも追い出さない。住まいも失わない。あんたは変わらずボスのまま。これ以上素敵な結末は、あんたら親子にありゃしねぇよ」
それで納得しないなら───。
その意味を込めて、蓮は悪魔のように笑って見せた。
目を逸らし何も言ってこないマリオに、ホッブスはこの講和に決着を見た。
◆
「よくあんな口が回るわね…」
帰り道、エルド公の手配し『してくれた』馬車の中。
素直に感心したように、リズは深呼吸を交えて蓮に言う。
「ああいう面倒ごとに慣れてるだけだ。リズたちの村にバニラを送ったときの方が億倍緊張したぜ」
喧嘩でも鉄火場でもそうだが、とにかく『慣れ』は強い武器だと思っている。
緊迫した状況は心も体もこわばるが、それがデフォルトになればむしろそこが一番のびのびできる。
気を遣わなくていい『敵』よりも、自分の縁のない『平和な世界の住人』との会話の方が、蓮にとってはよっぽどイレギュラーだ。
「蓮、ありがとう。娘から事情は聞いた。お前はこの村の英雄だ」
「やめてくれ、こっぱずかしすぎる。顔から火が出るわ」
「慣れない世界で不安だろうが、俺たちの村はお前を歓迎する。お前は家族だ、いつでも頼ってくれ。なんなら住み着いて、うちの娘をもらってくれてもいいぞ」
何勝手に決めてるのよ、と癇癪を起こした猫みたいに噛み付くリズに、ホッブズはがははと笑う。
「家族……」
かつて、血以外の全てを分け合った家族を思い返す。
また、会えるのだろうか。
自分が生きる理由の全てだった、硝煙の匂いがする愛しき人々に。




