血染めの開演
バニラたちの住む村は、ちょうど大陸の南南東にある。
二、三日馬をさらに南へと走らせれば、間もなく海が見えてくるような位置にある。
そんな村から、大陸全体のちょうど対角線上の位置。
大陸全体の北北西。
冬は厳しい寒波が押し寄せるこの土地にも、バニラたちが住む村に、よく似た集落があった。
村人たちは毎日を泣いて、笑って過ごし、毎日の食事や天気に一喜一憂していたかもしれない。
領主たちはもしかしたら、フリットやその父のようにずる賢く、悪どい支配をしていたかもしれない。
しかし、今やそれを確認する術はない。
赤星蓮がこの異世界に足を踏み入れた、それとちょうど同じ時刻。
『異世界から来た』と主張する"人々"が、その土地を蹂躙したからだ。
村も、領主の館も、見るも無惨な姿に成り果てていた。
炎に包まれたこの土地は、まさにこの世の地獄と化していた。
その地獄の中央に、その女は立っていた。
白い手には鈍く黒光りする、この世界に不釣り合いな武器。
灼熱の業火に照らされたシルエットは細長く、赤い眼光は見るものを凍りつかせるように鋭い。
煤を被った銀髪は、彼女の力強い意思を主張するかのように輝いている。
端正な顔立ちではあるが───もしも村に生き残りがいて、彼女のその顔を目に写したなら。
きっと彼女を、悪魔と見間違うだろう。
「何人殺した?」
艶やかな唇から飛び出したのは、氷を具象化したような、冷たい語り口だった。
「10人からは数えてないよ。……気分が良くてさ。こんなにウザくて、悲しいのに。翼でも生えた気分だ」
彼女の言葉に返事を返したのは、眼鏡の奥にある瞳から、幼さを垣間見せる、童顔の少年。
無邪気な笑顔を浮かべた彼の口元には、真っ白で鋭い犬歯が垣間見える。
命を燃やす炎には、ひどく不釣り合いな笑顔だった。
きっとその笑顔は、争いから遠く離れた、町中の公園にあるべきものなのかもしれない。
少年の手にも、やはり女と同じ獲物が握られていた。
目にも留まらぬ速度で、鉛を放つ近代兵器。
すなわち、拳銃だ。
「……サブリナは?僕よりはそりゃやっちゃってるだろうけど」
「60人。炎に焼かれた人を足せば、もっと多いと思う」
サブリナと呼ばれた銀髪の女は、その言葉を発するときも、眉一つ動かさなかった。
一方で少年の方は、貼りつたような笑みが剥がれないままひきつっていた。
「さすが」
「……あなた一人?」
「違うよ。兄さんは南側」
そう、と相づちを入れ、サブリナは眼鏡の少年を引き連れるように、南の方角へ向かう。
炎が彼女の行く道を開けるように端へと燃え広がっていく。
怨嗟の声は、炎が作る風の音で聞こえない。
「……今更怖くなった」
少年が口を開く。
「僕が殺したのは10人くらい。みんな家族とかがいてさ。誰かにとって大切な誰かだと思う。僕らにとっての蓮みたいに」
「そうね」
「僕らがやったことって、やっぱり……僕らを殺したやつらがやったことより、よっぽどひどいんじゃないかな」
「そうね」
沈黙があたりを包む。
轟々と鳴る炎の音も、その沈黙に押し殺されるように小さくなっていく。
サブリナは目を細め、艶やかな唇を動かす。
「……なら、考え方を変えよう。アッシュにはそれしかない。後戻りはできないから」
「え?」
「私達が殺したのはこの世界の人間。私達の世界とは違う。だから、人じゃない」
アッシュと呼ばれた少年は、みるみるうちに顔を青くする。
「そんな風には割り切れないよ!僕は……」
「……人じゃないから、あなたは10人も殺せたの。あなたは人を殺せる人間じゃない。なのに、さっき言ってたでしょう。気分が良いって。彼らが本当に人間なら、あなたはそんな言葉を使わない」
サブリナの言葉ははっきりとしていた。
迷いなく、己の行いに打ち震えていたアッシュの心を射抜く。
「今日のことを忘れようとするくらいなら、そう考えて。残虐な自分のままでいなさい」
「………」
「『無責任』とは、自分のした行いを、忘れようとすることだ」
アッシュの心持ちは、母のとある一言を、一生忘れられなくなる子供のようだった。
「それでも悩むなら、蓮に会えた後、聞けば良い」
「……ずるいな。それ」
アッシュは諦めたように笑って、地面に転がる焦げた死体を見た。
感情が液体になったみたいに、涙がこぼれ、そして乾いた。
炎の世界ではひどく目立つ、真っ青な髪をした少年を、サブリナは視界に捉える。
家族である彼に、サブリナは呼びかけた。
「颯」
パチパチと弾ける火花の音に紛れて、自分の名前を呼ばれた気がして、青髪の少年は振り返る。
青瀬颯の頬には───この異世界の住人の返り血が、べっとりと付着していた。




