夢のつづき
あなたの代わりはいないだなんて
ただの気やすめでしかないってことは
何年も生きてれば誰だって気付く
そして当然俺だって例外ではない
けれどそんな俺にとっては
『代わりにならない奴』はいて
俺はたしかに
あいつにとって『代わりのいない奴』だったんだ
◆
世の中はおかしなことだらけだ。
それが18年生きてきた、赤星蓮という少年が出した結論だった。
やっちゃいけないことがあるのなら、それをしなくていい世界を用意してくれ。
金を人から奪わなくても子供一人で生きていける世界を用意してくれ。
薬や酒に逃げないでもいいような世界を用意してくれ。
金がなくても、大切な友人や家族を、助けられる世界を用意してくれ。
皆が競うように目指す『まともな人間』までの道は、俺にとってはあまりにも遠いんだ。
だから、赤星連は、世の中をおかしいと思った。
まともな親に恵まれず、社会から堕ちた先で、蓮はマフィアに拾われた。
確かな教育と、一人で組織のために働ける技術を叩き込まれた。
死ぬほど辛い日々が続いたが、マフィアの仲間は、蓮を家族として扱った。
泥水みたいな世界だったが、居心地は良かった。
蓮はここが自分の居場所だと思っていた。
多くの友人ができた。
多くの家族に囲まれた。
戦友と呼べる人と、くそくらえな世界を走ってきた。
それが、蓮の知るかぎりの『幸せ』だった。
しかし、世の中はおかしなままで。
マフィア同士の抗争に政府が中途半端に介入し、血で血を洗う争いは誰にも止められなくなった。
文字通り死と隣り合わせの日々が始まった。
それから、2ヶ月経った頃。
───薄暗い路地裏で、蓮と、もう一人。
二人の少年がアスファルトに腰を下ろしている。
毒々しいほどに赤い髪をしている方が赤星蓮。
もう一人は深い青色の髪をしていた。
油の匂いと、下水道の匂いがする。
荒れた息を落ち着かせながら、蓮が空を見上げた。
雑居ビルに切り取られた夜空が、いつもより暗く見えた。
隣で浅く息をしている青髪の少年も、蓮にとっては『家族』の一人だった。
彼の名は青瀬颯。
蓮にとっては戦友と呼ぶべき人間であり、仲間であり、家族。
遠い異国の地であるアメリカを、共に生き抜いてきた日本人だ。
「……颯。おい、颯」
蓮はタバコを咥えながら、アスファルトを見つめる颯に声をかける。
気だるそうに颯は蓮を見やった。
切れかかった電灯が、死相の出ている颯の顔を照らす。
「何だ?」
「火ィ持ってねェか。さっきのドタバタで落とした」
「おう……」
けだるげに返事をして、颯は胸元に手を突っ込んで、がさごそとまさぐる。
しかし、引き抜かれた手にあるのはライターではなく、べったりと付着した血だった。
それは颯が、ここまで逃げる途中で、銃弾の雨に穿たれた事実を示していた。
そして蓮にとって、まったく予想外のことではなかった。
蓮の猫のように見開かれた瞳孔が、徐々にもとの大きさに戻っていく。
「……死ぬか?」
「ああ、死ぬ」
「そうか」
タバコの火を諦め、蓮は頭を壁につけ、夜空を見やる。
やっぱり世の中はくそくらえだ。
最後の最後だというのに、悪運のひとつもくれない。
「颯、俺は、やるだけやれただろうか。あいつらも……アイラも、先生も……誰も守れなかったけど。何もできない、何もしないだけの……いるだけのやつに、ならずに済んだだろうか?」
「…………」
「……颯」
視界がかすれる。
颯だけじゃない、蓮もとっくに血を流しすぎた。
誰にも見つからなければ、出血多量で死ぬだろう。
分かるのだ。
───そうやって、いくつも傷つけてきたから。
自分の番だと分かるのだ。
都会の喧騒が消えて、鼓動の音だけが、蓮の世界に鳴り響く。
───やり直しは望まない。
あのとき、ああしていればなんて、多すぎて、もう。
けれど、何か───この世界に、『何か』があるのなら。
祈りたい。
挑みたい。
俺を、こんな俺を、大事だと言ってくれた、ほんとうの家族の───。
…………。
◆
『この』世界を救ってみせろ
もしも成し得たなら、お前に『やり直し』をくれてやろう
後悔しかなかった、お前の世界で────
絡みつくような、声だった。