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1-1 相談部、入部。

『Credit: 信用。転じて、信用に基づく貸付可能額。』


 この世界では、他人からの信用をお金に換えることができる。信用をお金に換えることを「Credit」と呼び、以下の3つのルールが適用される。


 1.Creditは、支払い機能を持つデバイス(スマホ、ウェアラブル・デバイス等)を、Creditされる側の額に5秒当て、「Credit」と唱えることで行われる。Creditで得られた金額は、10秒以内にデバイスに入金される。

 2.一度Creditされたら、失った信用は二度と修復することはできない。

 3.お金を信用に換えることはできない。


 この物語は、人を信じることができなくなった少年が、再び人を信じることを願うまでのストーリーである。



 ーー空が青い。

 涼宮伊織は、窓の外の入道雲をぼんやり眺めながら、授業が終わるのを待っていた。校庭には、体育の時間であろう、半そでを着た20名ほどの生徒が、炎天下の中、必死に走っているのが目に入る。


キーンコーンカーンコーン


「……それでは今日はここまで」

 教師の言葉を合図に、筆箱をしまう音、椅子を引いて立ち上がる音、それらが混じりあって、教室は途端に放課後の顔をのぞかせる。


「涼宮くん」

 立ち上がって帰る準備をしていると、教科担当と入れかわりで入室してきた担任が声をかけてきた。


「星野先生。なんですか、今日はホームルームはないんですよね」

 星野は、ええ、と言葉を続けた。

「そうじゃなくって、涼宮くん、あなた部活動申請書、まだ出していなかったでしょう」

「ああ、部活ですか……」

 伊織は顔をしかめる。高校に入学してから3か月。ホームルームで何度も出すように言われ、そのたびに聞こえないふりをしていたのだが、ついに個人攻撃が始まったらしい。


「どうしても、入らないといけませんか? うち両親がいないので、なるべく早く帰りたいんですけど」

「事情はわかっているのだけれど、うちは校則で、1人必ず1つは部活に入らないといけない決まりなのよ。あまりこういうことを教師が言ったらいけないのだけれど、本格的な運動部じゃなくて、何か適当な文化部の幽霊部員とかでもいいから、とにかく名前を書いて出してくれないかしら」


 伊織は心の中で舌打ちをする。なるべく他の生徒と関わり合いになりたくないっていうのに、部活になんか入ろうものなら、無理やり青春とやらをさせられるに決まっている。しかし、星野は引く気配を見せない。


 伊織はふう、とため息をついた。

「わかりました。幽霊部員でいいんなら、入りますよ。先生、どこかいい感じに幽霊部員になれそうな部活はご存知ですか」

 そう尋ねると、星野は苦笑いを浮かべた。

「そうね、相談部なんかはどうかしら」

「相談部?」


 伊織は思わず聞き返した。相談部? 聞いたこともない。しかし、名前からするとかなり面倒そうな部活だが、幽霊部員で許されるのだろうか。

「ええ、相談部。私もよく知らないのだけれど、生徒からの相談を受け付けるみたい」

「そのまんまですね。相談なんて受け付けていたら、幽霊部員できなくなるんじゃないですか」

「あ、それは大丈夫よ。そもそも相談部なんて知らない生徒がほとんどだし、何かあっても生徒会に相談する子の方が多いもの」


 星野の答えに、伊織は呆れたため息をつく。

「それじゃあ、何のために相談部なんてものが存在してるんです?」

「うーん、よくわからないけれど、何でも特殊な相談だけ乗っているって話は聞いたことがあるわね。今は部員も1人だけみたいだし、とりあえず名前を書くだけならいいんじゃないかしら」


 とにかく申請書を出してほしいのだろう、星野の答えはまったく答えになっていなかった。

 だが伊織としても、さっさと片をつけて帰ってしまいたかったので、わかりましたと気のない返事をして、その場でささっと書類に記入した。


「ありがとう、涼宮くん!」

「それじゃあ、俺はこれでーー」

「あ、そうそう」

 なんでもないことのように、教室を出る間際に、星野はこう付け加えた。

「今日が相談部の活動日だから、今日だけは顔合わせで部室に顔をだすようにね!場所は地学室だから!」


 ーー話が違う。

 文句を言おうと口を開きかけたが、星野はそそくさと教室を去ってしまった。

 伊織は開きかけた口を閉じ、はあ、とため息をついた。

(今日だけ顔を出して、すぐに帰ろう。来週からは出ないと伝えるだけでいい)

 もう1人の部員が幽霊部員であることを祈りつつ、伊織は地学室へと足を向けた。



 がらがら、と建付けの悪いドアをスライドさせると、薄暗い地学室の中にはおさげ頭の女子生徒がちょこんと座って本を読んでいた。伊織が入ってきたことに気づくと、女子生徒は本から顔を上げた。

「ご相談者の方ですか?」


 ご相談者? と一瞬考えこむが、ここが相談部だということを思い出し、依頼人だと思われているのだと知る。

「いや、違う。俺は1年C組の涼宮伊織。今日から部員ということで、挨拶だけしに来た」

「え、部員ですか!」

 女子生徒はぱっと顔を輝かせた。

「嬉しいです、部員は私1人だけだったから、少し寂しくて」

 伊織は、余計な期待をさせないように、すみやかに訂正する。

「いや、俺は幽霊部員だ。事情があって、名前だけ登録させてもらっている。今日もすぐに帰るつもりだし、来週からも来ないつもりだ。悪いな」

 そう言うと、女子生徒はあきらかにしゅんとした顔になる。

「そう、なんですか。それなら仕方ありませんね……」

 その表情から、前言撤回することを期待しているのだろうと察せられるが、応えてやる義理はない。そういうことで、と踵を返そうとすると、女子生徒が慌てて引き留めた。


「あ、ちょっと待ってください! 少しだけ、お茶でも飲んでいきませんか? 私の自己紹介もまだですし、今日だけいらっしゃってくだされば、来週からはもう何も言いませんから」

 気は進まなかったが、来週からの自由を確保するためなら、と伊織は椅子に腰かけた。

 腰かけた伊織に、女子生徒はさっと湯呑を差し出し、トポトポと緑茶を注いだ。


「改めまして、私は1年A組の鈴鹿さくらと申します」

「鈴鹿? 珍しい苗字だな」


 そう言うと、さくらは一瞬身じろいで、すぐににこっと笑った。

「ええ、父が古い家の次男で、そこそこ名家なんです」

「ああ、それでずっと敬語なのか」

「そうなんです。直そうとは思っているんですが、なかなか癖が抜けなくて。私のことはさくらと呼んでください」


 知り合ったばかりの女子生徒を呼び捨てにするのはなかなか難易度が高いし、そもそも特定の誰かと仲良くなるつもりはないので、今後も呼ぶ機会はないだろう、と思いながら、伊織はああ、と適当に返事をした。


「高校生になりましたので、やはり誰かのお役に立てるようなことがしたいと思いまして、相談部に入ったんです」

「役に立つなら、生徒会の方がよかったんじゃないのか」

「いえ、生徒会は1年生は立候補できませんし、何より相談部のような案件は扱えませんから……」


 ここまで聞いて、伊織はふと疑問に思った。

「星野も言っていたが、相談部のような案件っていうのはなんなんだ? 特殊な案件とは聞いているが……」

「え、ご存知なかったんですか?」

 さくらは目を丸くさせる。

「相談部は、Credit専門の相談を受け付けるんですよ」


 一瞬、息が止まった。

「……Credit?」

「はい、Creditはご存知ですよね。信用をお金に換える行為です。Credit自体は、違法でもなんでもありませんが、取り扱いにはやはり注意が必要です。特に思春期ともなれば、軽はずみなCreditでトラブルを引き起こすこともあります。相談部は、そういったCredit関係の相談を受け付ける部活なんですよ」


「……悪い、退部させてもらう」

「えっ!?」

 さくらが驚きの声をあげたが、構わず席を立つ。


「ど、どうしてですか? 幽霊部員でも構わないので、今日だけでも……」

「悪いが、俺はCreditに関わるつもりはない。邪魔したな」


 伊織には、どうしても克服できないトラウマがあり、それが伊織の人格にも影響を与えている。人と関わりたくない。ましてや、トラウマの原因でもあるCreditに関わるなんて、まっぴらごめんだった。Creditに関わるくらいなら、他の文化部でもなんでも探したほうがいい。


「で、でも、入部してから1か月は退部できませんよ!」 

 さくらの言葉にぴたりと足を止める。

「伊織さんが、どうしてそこまで嫌がるかわかりませんけれど、今日1日だけお付き合いしていただけませんか? ちょうどこれから、ご相談者の方がいらっしゃるんです」

「は? ご相談者って……」


 どういうことだ、と続けようとしたとき、がらがらと、再び建付けの悪い扉がスライドされた。

「……ここが相談部?」


 相談者の登場で逃げられなくなった伊織は、今日一番の舌打ちを心の中でした。

いつもブクマ、感想等ありがとうございます。大変励みになっております。

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