【短編】20歳になってクールな幼馴染と宅飲みしてみる
20歳になった新見 蓮は、同い年であるクールな幼馴染である早川 美結と宅飲みしてみることになった……。
そしたら、酔い潰れてめちゃくちゃデレてきて甘い。
ヤバい……。
エアコンがバッチリと稼働していて、部屋は少し肌寒いくらいには涼しいはずなのに、むしろ身体が熱い。
心臓がバクバクと音を激しく立てていて周囲の騒音すらまったく意識に入ってこない。
「ねぇ?聞いてるの?……もう1回言わないと、だめ?」
目の前に広がるのは、頬が赤らんでいて、目元を蕩けさせながらも上目遣いでまっすぐに見上げてくる美少女。
普段だったら絶対にこんな顔はしないであろう、というか彼女とは幼稚園の時からずっと一番近くで過ごしてきた彼女だがこんなにも油断しきった顔は一切見たことがない。
少しだけ化粧したのか、赤く熟れた唇が色艶めかしく弧を描いていて瑞々しい。透き通るような亜麻色の背中まで伸びたロングヘアーは一本も絡まることもなく緩やかなカーブを描いている。
彼女の赤く染まった顔は眼前に迫っており視界の中いっぱいに収まっている。そこから視線を逸らそうとしたが、彼女が着ている格好があまりにも刺激的な格好であったことを思い出して目線を再度顔に戻した。
夏真っ盛りの季節のため、上下半袖であるのだが彼女の透き通った雪のように白い肌が多く晒されていた。黒い半袖は二の腕までしかなく、首元も大胆に開かれていてそこからは鎖骨だけではなく少し視線を下に下げれば隙間から僅かな膨らみとその黒い影が見られるだろう。
下もまたかなり際どい格好をしており、流石にスカートではないが太腿まで惜しみなく晒された黒のショートパンツを履いている。
彼女のスラリとした長くて細い足にフィットするサイズ感になっているため、彼女のスタイルの良さを強調しており色っぽさが大きく増していて長時間眺めることは身体に毒である。
全身真っ黒でまったくお洒落とも言えないし、外に見せられるような格好ではない。
しかし、その真っ黒さが彼女の透き通るような穢れのない真っ白な肌、彼女の女性らしい柔らかそうな膨らみと華奢なスタイルを際立たせている。加えて、彼女の家で2人きりという空間でこれを着ているという現実が俺の理性をゴリゴリと削っていく。
こんな状況下でもあるにも関わらず、それすらどうでもよくなるくらいの緊急事態が発生しているのである。
「ねぇ?れーんー……すーきー。へへへっ、好き好き好きぃー!」
突然の告白。……しかも互いの体勢がよろしくない。
四つん這いになって、俺の眼前にまで迫る彼女。最初は距離を置こうとじりじりと後退っていたのだが、彼女の個人部屋でそこまでの広さはないためにすぐに俺の背中は壁に当たってしまった。
後ろには壁、前には四つん這いで距離をぐっと詰めた彼女が「ふふふっ」と欲しい景品がすぐ目の前にあるみたいに瞳をキラキラとさせている。
逃がさないと言わんばかりに、俺の両手には彼女の小さくて細い指が絡まって抑えつけられている。
後退するために伸ばしていた膝の上にまたがっているため、足も下手に動かせない。
眼前にまで迫った彼女の口から漏れる吐息は俺の顔にかかってきてくすぐったい。
甘ったるい匂いとそれに加えて僅かなアルコール《・・・・・》の香りが鼻を刺激する。
……そう、つまりである。彼女は酔っているのだ。
「ねぇ~!聞いてるのぉ!……へへへ、すきぃ!……美結はね、蓮が、しゅきぃ~!」
「……」
久々の帰省で20歳の誕生日を迎えた夜、初めてのお酒を幼馴染みと宅飲みすることになった俺は開始3分でデロデロに酔ってしまった彼女から告白を受けることになってしまったのだった。
◆◆◆
(約30分前)
すっかり日が沈んで真っ暗にもかかわらず、気温は下がることなく汗を垂れ流しながらもパンパンに膨らんで重いスーツケースをゴロゴロと引きずりながら懐かしい道を歩いて行く。
「にしても、1年じゃまだそんなに変わってないよなぁ」
久し振りに地元に帰省してきた俺、新見 蓮は、ずっと住んできた地元を離れて去年の春から隣町のアパートで一人暮らしをしながら大学に通っている大学2年生である。
しかし、親から『いい加減に戻ってきて顔を出しなさい!』と怒られてしまったので夏休みになったのをきっかけに地元に帰省していた。
大学2年生で経済学部に所属しているのだが、特に追加の授業もなく、サークルも所属しておらず、バイトも1つしかやっていないので比較的暇であるため、2週間、バイトから暇をもらって実家に帰ることにしたのだった。
去年の3月に地元を離れるときの記憶と比較しながら、頻繁に通っていたパン屋さんがまだ潰れていないことにホッとしたり、道路が舗装中だったり、前まで空き地だった所にパスタ屋さんができていたりしていた。
微妙な変化ではあるものの1年間地元を離れて生活したことで住み慣れた町という感覚が薄れているのをどこか寂しく思いながらもだらだらと歩き進めて実家に辿り着いて、インターホンを押した。
家の中で呼び出し音が鳴っているのが微かに聞こえてくるが物音一つもしない。
そういえば、我が家に1台あるはずの車が駐車場には止まっておらず、家には電気も一切ついておらず人気が一切ないことに気付いた。
一瞬、家を間違えたか?と疑ったがどう見返しても目の前にそびえる家は18年間暮らしてきた家であり見間違えるはずもない。
帰省してこいと言われ、ちゃんと事前に連絡もして日時も伝えたのにもかかわらず家には誰もいない。
夏の暑さに加えてあまりにも酷い出迎えに苛立ち、文句の一つや二つを言ってやろうとスマホをカバンから取り出したとき、ガチャリと横のからドアが開く音がした。
自分の家ではないことは方向からしてわかったのでそのまま横を向いて顔を上げて見ると、華奢で長身の女性が立っていた。
透き通った亜麻色の髪が家から漏れ出る光を反射させながらふんわりと揺れている。スッと細められた目はキリッとしていて冷たい。
そして何かを探すかのように視線をさ迷わせながら俺と視線が合うとその瞳からは先程の冷たさが消えて僅かに熱が籠もったように感じた。
見覚えのある女性の姿に懐かしく感じていると、彼女は俺の家にまで回り込んで端正整った綺麗な顔ではあるが人形のように無表情の顔のまま口を開いた。
「おかえり、蓮」
淡々とした飾りっ気のない一言。だけど懐かしく、胸の中にスッと染みこんで心を温めてくれる彼女の言葉に俺は少し照れくさくなりながらもまっすぐ彼女こと、幼稚園の頃からの幼馴染である早川 美結を瞳に捉える。
「ただいま、美結」
◆◆◆
「それで、何で俺は美結の部屋にいるんだ?」
久し振りに入った美結の部屋を見渡しながら、俺は美結に説明を求める。
美結に連れられて俺は一旦美結の家に入れてもらえることになったのでお邪魔したのだが、家にいたのは美結一人だけで、彼女と一緒に暮らしているはずのご両親がいらっしゃらない。
俺が戸惑うのを美結は一切気にすることなくリビング……ではなく美結の部屋に俺を招き入れた。
いくら幼馴染みだからとはいえ、いい年をした男女が狭い部屋の中で2人きりというのはかなり問題である。
彼女、早川 美結は俺の幼稚園からの幼馴染であり、現在は地元の国立大学に通う。今年20歳になった俺と同い年の大学2年生である。
彼女は昔から数学や理科科目が得意で理学部を専攻している。後に化学を専門的に学んでいきたいとこの前言っていた。
性格は非常に落ち着いて冷静沈着。基本的に物事はクールに淡々と当たり前のようにやり遂げていく、それだけの知見、判断力、行動力を持ち合わせている。まぁ、面倒毎に自分から突っ込んでいくことはないが、障害が立ち塞がったときはなんなく乗り越えてしまう。
見た目は長身でありながらスラリとした体躯をしており細い腕や足はしなやかな線を描いていて美しい。
顔立ちも整っていて、程よく血色を帯びた白い肌に少しキリッとした目、果実を連想させる赤く熟れた唇、背中まで伸びている透き通った亜麻色の髪は、一本一本丁寧に手入れされておりキラキラと輝いていてふわさらっとしている。
そんな彼女とは互いに名前で呼び合う仲であり、大学、住んでいる場所こそ違えどたまに連絡をとったりしながら与太話をしたりしている。まぁ、昔からの腐れ縁ってやつである。
美人で何でも基本はできてしまう幼馴染に対して俺は残念としか言いようのない程度しかできないのだが美結は距離を置くことなく俺と関わり続けてくれている。
まあ、これには美結もあまり友達作りは特異ではなく昔から話せる人の方が安心するということで、美結からの信頼を得られているようで今も交流が続いている。
「何で?って、さっきも説明したでしょう?蓮の家族は夏休み旅行に出掛けてて、私の両親は共働きで2人とも急用が発生したから家には帰って来られなくなったの。だから、こうして私が家に入れてあげたんでしょう?」
「いや、それは理解してるんだが……」
「そう。だったら、そういうことよ。適当に荷物を降ろしてそこに座って」
さも当たり前のように淡々と事情を説明して、近くにある机を指さして座るように促された。
これ以上の反論は認めないと言わんばかりの視線に抗議は諦めることにして、俺は懐かしさと若干の居心地の悪さを感じながらも素直に席に着いた。
そんな俺の様子を見ながら、美結は僅かに口角を上げて微笑む。
端から見れば何も表情など一切変わっていないように見えるが、さっきまで張っていた肩も力が抜けていてかなり気楽な様子になっている。
まぁ、長年の付き合いというやつである。
「そういえば、何で今年は帰ってきたの?」
「何でって言われても特に理由はないよ。去年帰って来てなかったから親にいい加減に帰ってこいと言われたからくらいだよ。まぁ、あとは自分でご飯を用意しなくてもいいとか、だらだらしたいとかかな」
「そう、だったら去年も帰ってこればよかったのに」
美結も俺と机を挟んで俺と向かい合う形となり席に着いた。人の家であぐらで座る俺に対して、美結は自分の家、自分の部屋であっても正座で所作だけでも気品溢れるオーラが滲み出ている。
そんな懐かしく、そして1年前よりも格段に綺麗になったと思う幼馴染を眺めながらも話を続ける。
「去年は、バイト入れすぎて帰る暇がなくなっちゃったんだよ。この日も暇だ、あの日も暇だ……みたいな感じでシフト申請しまくってたらいつの間にかほぼ毎日バイトで予定が埋まってた」
「……それ、大丈夫なの?お店の経営的に大丈夫?人員不足なんじゃない?」
美結にジト目で見られる。何か不満なのか俺に口では言わないが目線で訴えてくる。
「まぁ、確かに人員不足かもしれん……とまぁ、大学生になってもバイトくらいしかやってないよ。そっちはどうなんだ?」
電話やメールで互いの近況報告を交えながら雑談したりしているのである程度話は聞いているが久し振りに顔を合わせたことだし直接話を聞いておきたいと思った。
「私?別に特に言うことはないよ。大学行って、塾のバイト行っているくらいだね。蓮みたいに一人暮らしじゃなくて実家暮らしだからたまに家事を手伝ったりはするけど」
「そうは言っても、結構生徒から人気あるんだろ?この前だって塾長からもうちょっとシフト数を増やして欲しいってお願いされたんだろう、早川先生?」
「その言い方、止めて……。そうだけど、ちゃんとお断りさせてもらった。別に私はそこまでお金が欲しいわけでも、生徒に教えることにやりがいを感じているわけでもないし」
おどけて言った俺の呼び方に嫌悪感を示しながら、淡々とどうでもよさそうに話してスマホの画面を開いて何かを突っついている。「ごめん、美結」と謝ると美結も「別にそういうのじゃないから、親に連絡だけ入れておく」と言われた。
美結は俺のことをこの家に泊めようとしているようで親にその許可を求めているらしい。
普通に考えて俺は今日ホテルに泊まるべきなのだろうが美結に強く拒否されたので大人しくしている。
少し個人的な期待をしないわけでもないが美結の両親ならちゃんと俺の宿泊を止めてくれると信じている。
「既読ついた……」
美結の独り事を耳に入れながらも、俺は美結の部屋を見渡す。
美結の部屋に入ったのは中学校振りで3年前の記憶と比べたのだがそこまで部屋の中は変わっていなかった。
あの時よりも本棚の数と高さ、参考書の数が増えて彼女が今使っていると思われる大学の参考書が目立つ。
カーテンやベッドは水色で全体的に淡色で清涼感漂う部屋となっている。
他に何か物が置いてあるというわけではなく自分の部屋であっても必要最小限のものしかおいてないのでさっぱりというか味気ない気もするが、これも美結らしい。
昔からあんまり物集めに関心がなく必要な物しか買わなかった。
だけど、流石女子の部屋というかなんとなくではあるが女の子の匂いがしてほんのりと甘い匂いが漂う。
こんな部屋の中に、女子と2人きり……という現状のヤバさに危機感を募らせながら呆けていると美結の方も連絡を終えたのかスマホの画面を見せてくる。
そのスマホの背後では美結の顔が若干口角が上がっており、珍しく嬉しそうにしている。
「……泊まっていいって」
「マジかよ……」
「何、不満なの?」
美結がスマホの画面を閉じて机に置いてジッと細めで見てくる。
「あのなぁ、一応男女2人きりなんだけどな」
「別に問題ないわよ。蓮には私を襲う勇気はないでしょう」
なぜか自信満々にふっと笑いながら立ち上がって見下ろしてくる。ちょっとムカついたが美結の言うとおりなので素直に返事をする。
「まぁ、確かにその通りだから。とにかく俺はリビングで寝るから美結は部屋で寝てくれ、ちゃんと鍵も掛けろよ」
指をドアの方に指し示しながら軽く注意を促すと、なぜか美結はつまらなさそうに、いやどこか不満そうに俺を冷たい視線で射貫いていく。
正しいことを言った気がするのだが背筋がやけに寒い。どうやら美結の望む回答ではなかったようだがこれ以上の正解があるのだろうか。
そんな俺に呆れたのか「はぁ」と溜息を吐いて顔を俯かせた後、美結は再度座り直して俺と視線を合わせる。
再度顔を合わせた瞳はゆらゆらと揺れていて、いつもと違う。顔にはそこまで変化を見せていないが、亜麻色の髪を耳に掛けたりしながらどこかそわそわとしている。
時々見える髪の合間からは白い耳が見えるはずなのだが、血色の良い赤色をしている。
急に色っぽくなった美結の様子に、胸の中でドキリと不覚にも激しさを増したのを実感しつつも俺は平静を努めながら「どうした?」と美結の言葉を待つ。
「蓮って、一昨日誕生日だったでしょ?……ようやく20歳になったわけだけど、まだお酒って飲んでない……よね?」
「あ、あぁ。まだ飲んでないよ。今年も美結が祝ってくれて嬉しかった。ちゃんとボールペンは届いてたよ」
「そっか、良かった。……そ、それじゃあさ?」
俺の回答に強ばらせていた頬を緩めてホッとしたのも束の間、再度緊張感を身に纏った美結はグッと掌を握りしめながら不安そうに尋ねてきた。
さっきまでまっすぐに見据えられていた目線はあっちこっちと右往左往しており忙しない。発せられる言葉もおどおどしていて彼女の中で余裕さが消えていくのがわかった。
「わ、私も、20歳になったけど飲んだことないんだよね、お酒。ちょうど、きょ、今日飲もうと思って買ってきたから……い、一緒に飲まない?」
「……えっ?」
◆◆◆
いきなりの美結の申し出に驚いたものの、お酒のせっかくのお誘いなので美結の申し出に素直に受けることにした。
美結は直前まで不安そうだった顔が消え、嬉しそうに頬を少しだけ赤く染めると、「お、お酒取ってくる」バタバタと慌てて俺に顔を見られまいと覆い隠すように部屋から出て行った。
美結が立ち去って急に静かになった部屋に一人取り残される。
音を立てながらエアコンが効いているはずなのに身体が少し暑い。
先程までの顔を赤く染めて恥ずかしくも嬉しそうにした美結を初めて見て美結の新鮮な一面を見られてかなり動揺しているのがわかった。
昔から十分に綺麗で顔立ちも整っていていてスタイル抜群で男子からよくモテていた。
まぁ、彼女は告白してきた奴全員振っていたが……。
そんな彼女と幼馴染をやってきて彼女の女性としての魅力に気付かないわけではなかったが今さらになって、感情が表に出て表情がコロコロと変わっていくのをみて初めて可愛いと思って心臓が大きく音を立てていた。
美結がお酒を取りに行っている間、俺は気分を落ち着けるのも兼ねてスマホを取り出し、親に連絡と愚痴を入れる。
旅行中なので仕方ないとは思う……はずもなく、『流石に帰省するとわかっている息子を放置しますかね?』と向こうに送りつけて、『美結の家に泊まる』と一言添えて既読が付く前にスマホを閉じた。
その後、しばらく待ったのだが5分たっても美結は部屋に戻ってこなかった。
お酒を取りに行くだけなのに少し長くないかと気になって美結を呼ぼうとして立ち上がってドアの前に立った瞬間、ドアが勢いよく開かれ、目の前の光景に思わず絶句してしまった。
冷めたはずの熱が振り返ってくる。
心臓がどくんと大きな音を立てて刻み始める。
ドアを挟んだ向こう側には缶を2本とグラスが2つ。
そしてお水が入ったコップが2つだけがのったお盆をもった美結がいたのだが格好が端的に言えば刺激的すぎてよろしくない。
「ん、……どうしたの?邪魔、どいて」
「お、おい……その格好はどうしたんだよ?」
「……べ、別に、暑かったから脱いだだけ」
「だからってその格好は……」
「な、なにか……も、文句ある?」
「い、いや何も」
少し頬を赤くしながらも細めでスッと睨まれるので、俺はドアの前からどいて美結の進路を空ける。
美結が机に再度向かっていくのを背中から眺めているのだが、やっぱり格好がよろしくない。
上は黒の半袖のシャツを着ており、真っ白で細い二の腕が見られる。普段ならそこまで肌を外に出すことのないのだが、ここまではまだよい。
問題はショートパンツを履いているということだ。
さっきまで少しゆったりとした紺色のロングスカートを履いていたのにいつの間にかこれまた黒色のショートパンツに履き替えていて、何より丈が短すぎる。
こちらも真っ白で無駄なところはないが程よく肉付いた太腿は惜しげなく晒されている。シンプルな格好と上下真っ黒なために彼女のスタイルの良さや綺麗さをこれでもかと主張していて目に毒すぎる。
しかも、あれだけ平気なフリをしているのに本人の頬はきっちりと赤く染まっていて多少言動がおぼつかないので明らかに恥ずかしがっており彼女自身わざとやっているのがたちが悪い。
流石にこれ以上の直視は俺の理性が危ぶまれるので、どことなく視線を外してもう一度座り直す。
美結が持ってきたのはアルコール3%のものだった。ぶどう色の背景の上にひらがな4文字で表記された黒字がよく目立つ。
缶と見た目からは他のぶどうジュースと大差はないのだが、そこにアルコールという表記があるだけでこれが酒なんだと、特別感が一気に増している。
「は、はい……わっ私も開けるから、蓮も……開けて」
美結に手渡された缶に指を入れてプルタブを勢いよく開けるとプシュっ!シュコっ!と気持ちの良い音が2つ鳴り響く。
なんとなく手と鼻を近づけて匂いを嗅いでみるが今のところはまだぶどうジュース感が否めない。それは美結も同じ事を思ったようで目を細めながら首を少し傾げている。
「お酒っぽい匂いする?」
「いや、よくわからん」
「そ、そうよね……とりあえず注いでみましょう」
氷の入ったそれぞれのグラスに注いでいくとシュワッという炭酸の音と共に氷がカランコロンと揺れてガラスと鳴り会う音が涼しさを感じさせる。
注ぎきったところで、改めて手を仰いで嗅いでみると今までのぶどうジュースにはないツン?と来るような感じが襲ってきて、もしやこれがアルコールなのか?と思ったがもう鼻が慣れてしまったのか、アルコールが3%と弱いからなのかはわからないが違いはわからなくなっていた。
疑問に思いながらも美結の方を見ると美結は「うっ」と呻き声を上げて不快そうな顔をしてグラスを顔から離していた。
「蓮はなんともないの?」
「いや、最初はちょっと来たけど今はもうなんともない。美結は大丈夫か?」
「わからない。だけど少し変な匂いがする……蓮は平気みたい」
とまぁ、よくわからない感想を互いに述べる。お酒という初めての状況なだけ、いつもは落ち着いている美結も少しだけテンションが上がっているようだ。
「まっ、冷たい内に早く飲んでみようぜ」
「それもそうね」
俺と美結は顔を合わせてグラスを前に突き出す。
「じゃあ、改めまして……乾杯!」
「乾杯……んっ」
グラスを合わせてガラスの甲高い音を鳴らして一口お酒を飲む。
なんだろう……思っていた味の斜め上だった。
なんというか思ったよりジュースという感じはせず甘い感じはしない。ぶどう味のはずなのに味のない炭酸水を飲んでいるような感覚に近い。身体の中が少し熱く感じて胸より少し下あたりのところに何か違和感を感じる。みんなこれで酔わないとは言っていたが異物を体内に取り入れている感がすごい。
しばらくは2人とも黙って初めてのお酒を堪能していたのだがそろそろ美結と初めて飲んだ感想を共有してみたいと思って話し掛けた。
「美結はどうだった?」
「……」
「あれ?美結?」
「……」
美結に声を掛けたのだが一切返事をしない。
水かさの変化から美結もお酒を少しだけ飲んだみたいなのだが糸がプツリと切れたかのようにぼうっとしている。不思議に思って美結の横にまで回り込んで顔の前で手を振る。
「おーい、美結さーん。大丈夫?」
「……ん」
ピクリと肩を震わせた美結がグラスを机に静かに置く。だが、それだけで美結は返事をすることない。
よく見ると俯かせている顔からはいつもより赤みを見せていた。不審に思って美結のそばに近づいたとき……。
俺の身体が押し倒された。
急な出来事で驚いたのだが、すんでのところで腕に力を入れて倒れそうになる身体を支える。
気付けば美結の真っ赤に染まった顔が眼前に迫っており、キリッとした目ではなくとろんとした目こちらを見つめていた。
「……き」
「えっ?」
「すき」
「はっ?えっ?」
「蓮、好き」
突然の告白。
たった一言。「好き」……この一言だけだが破壊力が凄まじすぎる。目の前にぐっと顔を近づけた美少女が顔をりんごのように赤めらせて目を蕩けさせている。そして、俺を押し倒そうとしている。
「こら、逃げないの」
そう言って、ジリジリと距離を詰めてくる美結。俺はそれに負けないように後退ったのだが、狭い部屋だ、すぐに背中は壁とぶつかって俺の逃げ道はなくなった。
「へへっ、逃げられないね。捕まえた」
「ひゃいっ!?」
美結の手が俺の手の上に重ねてくる。
いきなり手を触れられたことで一気に身体の熱がぶわっと上昇するのを感じた。身体の熱さに対して美結の少し小さく、手はひんやりとして冷たい。
……というか、美結の手ってこんなに柔らかいんだな。
最後に手を握っていたのはいつだろうか……記憶も曖昧になるほど薄れた過去の話になってしまうが確か小学校低学年の時だった気がする。
あの時よりも大きくなった手。白くて柔らかくて綺麗な手。
細い指はとても繊細で力を入れたら簡単に折れてしまうのではないのかと不安にも感じてしまう。
そんなことを考えている間にも美結の侵攻は止まらない。
むしろ押せ押せと言わんばかりに顔を近づけてくる。
美結の少しアルコールの入ったどことなく甘い匂いが鼻に当たってくすぐったい。
「ねぇ、きいてるのぉ?すきぃって言ってるんじゃんっ」
「いや、それはちゃんと聞こえているんだけど」
「だから言ってるでしょぉ、すきなの、蓮!」
「好きって言われても、お前そんな素振り一切見せなかっただろ!ていうか、口調もいつもと違いすぎるし確実に酔ってるだろ!」
気恥ずかしさからつい逃れたくなってしまい、少し声を大にして美結に尋ねる。
「えぇ~?酔ってないよぉ。今はね、すっごく何でも言える日なの~!いつもは表に出そうとしても恥ずかしくなっちゃって、怖くなっちゃって何もできないけど、すごくふわふわして今なら何でもできる気がするよ!好きぃー!」
はい、それが酔ってます。
まさかの美結さん、お酒は全くダメだったという事実が判明。
と、とりあえず、美結を落ち着かせないと……そ、そうだまずは水だ!
先程美結が自分で水を持ってきていたことを思いだしてまずはそれを飲ませようと試みる。
「わかった、わかった。まずは一旦落ち着こう、美結?そこにある水を飲まないか?……」
「飲まない!」
「美結~」
ぶんぶんと綺麗な亜麻色の髪を揺らしながら幼子のように首を振る。
そんな美結を離そうと本格的に力を入れて体勢を整えようとした瞬間だった。
「いやだ!」
ガタンという音と共に背中から痛みを感じる。
突然の大きな声にびっくりした俺は油断してしまったようで背中を床に押し付けられる形で完全に美結に押し倒されてしまった。
「わたしは、本気で蓮のことが好きなの!蓮は仲の良い女友達としか思ってないのは知ってるけど、それでも昔からずっと大好きだもん!ずっと一緒がいいの!」
「……美結」
「わたしは口下手だから、あんまり言葉多くに話すこともできないし、色々な人とコミュニケーションをとることも難しくて、でも一人だと寂しくて皆と遊んでみたかった……でも皆のペースにはついていけなかった。だんだんと皆から声を掛けられなくなって独りぼっちになっちゃってぇ。でも、そんなときに蓮が話し掛けてくれた!一緒に遊んでくれた!おどおどとしたわたしだったけど、最後までちゃんと待っててくれて返事をしてくれたことが嬉しかった!……何よりも側にいてくれた。蓮はお友達が多いからいつもずっとってわけじゃないけどわたしを見捨てないでくれた。皆とペースが違うわたしを無理に合わせるわけでもなかったのが嬉しかった。ちゃんと、私を見てくれてる気がしたから!」
とても口下手とは思えない感情的に言葉をまっすぐと俺にぶつけてくる。
その言葉に懐かしい光景が思い出された。
この話をしているのは俺達がまだ幼稚園のとき、俺と美結は今よりもずっと小さくて、美結は怖がりで一人でいつも寂しそうにして絵本を持っていた。
そんな美結に接していたのはそれがなんとなくかわいそうだと思っただけ、だけど、俺が接するだけでちょっとわかりづらいけど嬉しそうに笑った顔がすごく可愛かったのは覚えてる。
そこからだ、他の友達との合間を見つけては美結のところに行って一緒に絵本を読んだり、折り紙をしたり、時には少し外に遊びにいて砂場にも行ったりした。
そのまま小学生にあがった俺と美結は、実は家も隣同士だということに気付いてちょくちょく遊んだ。
それが中学、高校、大学になっていって男女の距離というものがわかってから少しずつその頻度と距離が遠のいた。
それでも、たまに遊んだりもしたし、勉強を教えてもらったりもした、基本美結の方が勉強ができるから。
朝夕で偶然会えば、一緒に登下校もした。大学になってからは別々になってしまったけど、定期的に電話もたくさんしたし、誕生日にはプレゼントの送り合いもやっていた。
今年は美結からボールペンを、俺は、髪留めを送って、それを誕生日当日に付けて恥ずかしそうにしながらも口角は少し上がっている美結の自撮り写真が送られてきておもわず胸が高鳴ったこともあった。
「ずっと、好きだった。小学校、中学校、高校と同じところに通って、少しずつ昔みたいに気軽に会えるわけではなくなったけど……たまには一緒に遊んだり、過ごしたりして、その時間がすっごく楽しくて、ドキドキして、温かくて、幸せで……でもちょっと恥ずかくて、少し寂しかった」
「……」
「近くにいるようで、遠い……どこまで踏み込んだらいいのかな?わたしはこんなにも好きなのに蓮は一切気にしてないみたいだし。でも下手に気付かれてこの関係が崩れるのが何よりも怖かった。蓮とはかなり長い年月を一緒に過ごせているけど、この気持ちが気付かれたら絶対元通りにはならない……だから必死に隠していたのに……なのに」
俺のを手を掴む美結の手が僅かに震える。さっきまで蕩けていた目の色は変わっていて、瞳が揺れている。
「蓮とは別の大学に通うことになって、一人暮らしのために蓮が離れちゃって一年間全く会えなかった。電話やメールのやり取りはたくさんした。だけど、顔を合わせて会えたわけじゃない。これまでよりずっと一緒に過ごす時間もなくなって、わたしの知らない蓮が増えていく」
「美結……それは、」
それは、俺も同じだ……なんてことは言えなかった。
美結の言うとおり、俺は美結をその手の目で見たことがない。異性として意識することはあれど好意とか、女の子として美結を見たことがなかった。
電話やメール越しで語られる内容は俺が直接見聞きしたものじゃない。
コミュニケーションが苦手だった美結に友達ができたこと、塾でバイトしているときの様子、授業で興味のある分野を勉強しているときや班を組んで実験しているときの美結は俺も知らない。
そのことに嬉しくも思いつつ少しだけ寂しいとは思ったが、それは仕方のないことで本人が楽しければ良いとそう思っていたことだったから、美結みたいに深刻に思ったことはなかった。
少なくとも今の時点で俺は美結に女の子に向けた好意を抱いていない。
「だから、今回は蓮に帰ってきてもらったの。親から言われれば流石の蓮も帰らざるを得ないもんね。家族旅行にわざわざ蓮抜きで行ってもらって、お母さんとお父さんにも家を空けてもらうようにお願いした……初めてのお酒を口実にもっと距離を詰めたい、わたしをもっと意識して欲しかった」
美結の言葉で一応納得した。この帰省自体、美結に仕組まれたものであったということだけだ。
「……これでも、蓮はわたしをみてくれない?」
「確かに、めちゃくちゃ意識したよ、美結のこと。すごく綺麗になって、可愛くて、お酒に弱すぎるというのもまた可愛らしい……それに、その格好はちょっとし、刺激が強すぎる。」
口に出すのも恥ずかしくてたまらないが、ここまで美結がしてくれたことに何のリアクションを返さないのは失礼だと気付いて素直な感想を打ち明けることにした。
さっきから心臓が鳴り響いて止まない。美結の策にはまんまと嵌まってしまっている。
しかし、格好に関しては美結の相当恥ずかしかったようで俺の指摘に顔を真っ赤にさせて目線を下にうつむかせた。
「そ、それはっ!……ん~!……この方が意識してもらえるとアドバイスを頂いたから……あと、別にお酒に弱くはないもん」
「あ、はい。ちなみにそのアドバイストやらは誰から……」
「……わたしのお母さん」
「そうですよね……」
「ち、ちなみに上下黒色なのは……蓮のお母さんから蓮のカラーボックスの中にそ、そういう本があるから……だとぉ~っ!」
「……人生おわた」
「ご、ごめんなさい」
「い、いや、美結は謝らなくていい。……たぶん」
許さん!
何勝手に俺の部屋を漁って嗜好を晒してくれてるんだ!?……っておい待てよ?もしかしてこの話美結のご両親にも伝わっているのでは!?
背中に冷や汗が流れるのを感じながらもひとまずその話は頭の片隅に追いやる……今は美結のことを考えなければ……。
俺は美結のことを……。
なんて、美結のことに意識を割こうとして顔を美結と目を合わせたとき、直感的にヤバいと感じた。
「好きだよぉ~」
両頬に美結の両手が添えられる。
熱くなって美結から見ればきっとリンゴのように真っ赤になっているであろう俺の頬と比べてふんわりと撫でるようにして触れる美結の細い指先はひんやりとして冷たい。
だけど、その冷たさと少しくすぐったくなるような手つきが気持ちよくて、何より艶めかしい。
美結に押し倒された俺は魅入られるかのように黒くて綺麗に澄んだ瞳から目が離せなくなる。
心臓が激しく音を立て、美結の蕩けた声以外、全く耳に入ってこない。
「蓮、好き」
美結の指が俺の頬をつーっと撫でる。
「恋人になってよ」
美結の手が俺の髪をぽんぽんと撫でる。
「わたしね、蓮と色々なことしたいなぁ」
頭を撫でるのは満足したのか撫でた手は少しだけ下に降りてきて俺の額に軽くデコピンをして遊び出す。
にへらと笑っていたずら好きの幼い子のように何度もぺしぺしと人の額で遊んでいる。
抵抗しようと思えば抵抗できた。
美結は最初から俺を強く押えてなかったし、今なんて俺の顔をペタペタとしているだけなので起き上がるのは簡単だが、金縛りにでも遭ったかのように俺の身体は固まってしまっていた。
「蓮とたくさんお電話したいし、毎日やり取りしたい」
美結の手はさらに下がって鼻の頭を人差し指でぐにぐに軽く押したりしてくる。
「蓮ともっと会って、たくさん話したい、遊びたい、一緒の時間を過ごしたい……デートもいっぱいしたい」
美結の人差し指がさらに俺の肌を伝うようにして下がってくる。
その感覚に全意識が勝手に吸い寄せられる。
そして、小さな1本の指は難なく目的の場所に辿り着いた。
「そしてね、デートの最後には……」
彼女の指が触れる。
彼女の指に冷たさが、熱さが、流れ込んでくる。
「キス、したい」
そして、そのか細い指先は確かな想いを伝えるのと同時に震えていた。
「美結……お前……」
好意と同時に伝わってくる別の感情、今の俺にはそれを想像することはできても到底理解できない、その資格すら許されていない。
本気だ。
確かに彼女は酔っている。
たったアルコール3%のお酒で、しかもグラス1杯にも満たない量で。
だけど、言葉の端々まで美結の気持ちがこめられている。
ここまでされて美結の気持ちに誠心誠意向き合わないわけにはいかない。
だって、俺にとって美結は大切な……
ドンっ!
あれ?
突然生じた音と身体全体に加えられた重さと温もりと、柔らかさに思考がフリーズした。
あの~、美結さん?
さっきまで覆い被さっていた美結は力が抜けたかのように倒れ込んできて彼女の顔は俺の胸当たりに埋められる。
絡みついた足はそのままにより全身が密着する形でべったりとくっついた俺と美結。
その体勢のまますりすりと甘えるかのように胸に顔をすり寄せてくる。
「ねぇ?れーんー……すーきー。へへへっ、好き好き好きぃー!」
「ねぇ~!聞いてるのぉ!……へへへ、すきぃ!……美結はね、蓮が、しゅきぃ~!」
「美結のこと、蓮は嫌い?」
「それとも、好き?」
「これから、好きになってくれる?」
「美結はね、ずぅーっとね、蓮のことが大好き!」
「だから……」
美結の言葉から勢いが消える。
眠気が突然回ってきたらしく覆い被さっている美結の体温はいつもよりポカポカとしている。
そして、今にも消えていなくなってしまいそうな儚い声が静寂な部屋に響いた。
「だから、おねがい……美結を好きになって……もう、つらいよ……」
こんなにも苦しくて、儚くて、切実で、胸が締め付けられるような痛みに俺はハッと息が詰まる。
棘の付いた鎖が心臓が締め上げているのではないかと感じてしまうくらい心が痛い。
その痛みでようやく、これまで動けなかった身体を動かすことが可能になった。
「すぅー、……スヤスヤ」
気付けば、美結は寝息を立てていたので、起こさないように身体を起こして彼女のベッドまで運び入れた。
その時に彼女の目尻に見えた涙の跡、自分のシャツが濡れていたこと、くちゃくちゃになっていた全てを見て見ぬ振りをしながら、美結のベッド……の近くで寝転がってそのまま目を閉じた。
美結……俺は……
◆◆◆
「おはよう」
「んあ?……」
ベッドの近くで寝ていたはずの俺の身体の上にはタオルケットが掛けられていて、声を掛けてきた美結の声音は落ち着いていていて、淡々としている。
「おはよう、蓮」
「ん、おはよう、美結」
再度挨拶を求められて、俺は声のした方に顔を向けて挨拶を返す。
そこには、顔を赤くしながらも優しく微笑みながら俺のすぐ横で座っていた美結がいた。
格好は流石に着替えたのか水色の上下ロングスカートに変わっていて、清楚感漂う見た目で落ち着くはず……なのだが、逆に昨日の扇情的な光景が思い起こされて少し恥ずかしい。
いつまでも寝転んでいるのは身体に悪いので「タオルケット、ありがとうな」とだけ言って起き上がる。
美結は「そ、そう……ど、どういたしまして」と細々と呟いている。
美結の顔を見ると、耳まで赤く染まっていて膝の上で手をもじもじと絡ませながらずっとソワソワとしている。
目が合えば、瞳を潤わせながらバッと目を逸らして、唇をわなわなと震わせている。
「……」
「……」
気まずい。
あの顔は確実に昨日のことを覚えていらっしゃる!
えっ?どうする?
今なら、お酒だからと言ってなかったことにできる?……彼女の本音を全て聞かなかったことにして今までのように幼馴染として生活しようとすればたぶんやれる。
いやいや……、
「蓮、昨晩のことなのだけど……」
彼女が意を決した目でまっすぐと見つめてくる。
好意、喜び、羞恥、期待、希望、不安、恐怖……様々な感情が遮られることなくストレートに伝わってくる。
美結自身が逃げ道を塞ぐのと同時に、俺自身もまた退路が塞がれた。もとより逃げるつもりはなかったのだが、何分向き合う覚悟が決まっているのかと問われるとそうではない。
美結の真剣な態度に対して本当に申し訳ないが、美結のことが大切だからこそ一朝一夕で出せる話ではない、とは思っている。
美結がひと呼吸置く。
手をギュッと胸に持っていき自身を鼓舞するようにグッと力を入れる。俺もそれに釣られて肩に力が入る。
「私は蓮が好き」
時が止まってしまったかのような感覚にとらわれる。
綺麗だ。
今の感想はたったこの一言。
これ以上飾るものはたぶんない。
あったとしても今の俺にはこれ以上のものを持ち合わせていない。
「恋人になりたい」
息が止まる。
言葉を発しなければと思いながら口を動かしても何も聞こえない。微かに漏れ出る息だけが虚しく空気に漂う。
そんな俺の様子を見て、美結は力の入って肩が少しだけ降りてフッと笑った。
「だから、これは宣言……蓮に私のことをもっと見てもらうから」
「……あぁ」
気の抜けた声しか出ない俺に反して美結は生き生きとしていて、空元気とはまた違う少しだけ陰りを実感しながらも言葉の端々には意志の強さが垣間見える。
美結が不敵の笑みを浮かべて大人な彼女には似合わないはずのあどけない笑顔を浮かべる。
「覚悟してよね」
そんな子どもっぽいキラキラとした笑顔に自分の鼓動が一段と大きく音を立てたというのは美結には内緒だ。
◆◆◆
「お疲れ様です。……ふあ~、疲れた」
凝り固まった身体を解きほぐすように腕を伸ばして自転車にまたがる。
今日も深夜までバイトとして働き店を閉める。一緒に今日のシフトに入っている人に一言挨拶を交わして店を後にする。
少し生温い夜風に吹かれながらいつも暮らしているアパートに向けてペダルを漕ぐ。バイト先から住んでいるアパートまでそんなに時間は掛からないが如何せん坂道なので行きは下り坂で楽なのだが、帰りは上り坂できつい。
今日のバイトについて溜まったストレスをグチグチと思い出したり、そもそもなんでうちの店にはマネージャーがいないんだよ!バイトだけで店を回すとか……などと愚痴づきながら今日のバイトの疲労感を誤魔化す。でないと、ペダルを漕ぐ足が簡単に止まってしまう。
結局、帰省自体は1週間ほどで終わった。
個人的にはもう少しだらだらしたかったのだが、人手不足が理由でバイト先に呼び戻された。
……あぁ、なんでこんなバイト先で働いているのだろうか俺は。
そして、美結のことだが結論から言うと保留だ。
素直に言うしかなかった、美結のことは幼馴染、仲のよい女友達でしか見れてないと。
その上で俺は時間を求めた。あそこまでされて本当に情けない話だと思うが勢い任せだけで返事はしたくないし、美結もそれを望んでいないように感じた。
その後は、適当に実家で過ごしながら、地元の友達と遊んだりした。
親に自分の趣味がバラされたことは文句を言ってやりたかったが、美結のことも踏まえると話をしない方がよいと思ったし、その手の話題に触れてくることもなかった。
たぶん、美結や俺から察したのだろう。もし仮に付き合っていたら歓迎ムードだったはずだ。赤飯が見えたし……。
美結とは電話やメールでのやり取りはしたが、顔を合わせて会うことはしなかった。
本音をぶつけ合って気持ちのすれ違いを確認した分だけ照れくさくて恥ずかしいし、何より気まずい、申し訳なさが勝ってお互いに避けたと思う。
お酒をあれから親と飲んでみたりしたがやはり美味しくなかった。
そして、まだ結論付けるのは尚早かもしれないが度数の高い酒を飲んでも意識がはっきりしていたことからどうやら俺は酔えないらしい。
どれだけ、飲んで身体がポカポカとしていてもふわふわとした感覚など到底やってこなかった。
そんなこんなでアパートに無事帰ってきた俺は自転車に鍵を掛けて階段を上って自分の部屋のドアに鍵を差し込む。
そういえば、今日バイトに行く前に引越し業者がやって来て隣の部屋に荷物を運び込んでいた。
これまでずっと空き部屋だったのだが誰かが引っ越して来たらしい。一年間隣が誰もいなくて気楽に過ごしていたのだが今年はどうやらそうはいかないようだ。
出会ったら挨拶しようとだけ思いながら鍵を回して玄関に入って……、
「おかえり、蓮」
玄関の電気が付けられるのと同時に、聞こえるはずのない淡々とした声が玄関に響く。
いつもは夏の蒸し暑さや湿気ぽい匂いが鼻につくのだが、今日は清涼感溢れ、どことなく甘い香りがする。
俺は疑念を確信に変えるため顔を上げる。
「おかえりって言ってるのだけど」
「美結、ただいま……ってなんでうちにいるの!?」
思わず声を上げてしまった俺を美結は、しぃーと人差し指に唇を持っていき『もう夜遅い』と宥める。
わけがわからなくて、動揺が抑えきれないまま固まってしまう俺を放置して美結は告げる。
「今日から、私隣の部屋に住むからよろしくね」
彼女の笑みがいたずらっ子が悪戯が成功したかのようにニコニコと笑っている。
大学は?バイトは?……ていうかどうやって俺の部屋に入ったの?などといった疑問が思い浮かぶのと同時に美結の口が動く。
「大学もバイト先の塾も、地元とここのちょうど中間あたりの位置だったから通学時間や距離にそこまで変わりはないし、この部屋に入れたのは蓮のお母さんから合鍵をもらってた」
「そ、そういえば……そうだったな……って!?」
だから、なんで息子の鍵を人様に渡すんだよ!
「あの、くそババァ」
「ふふふっ、今のセリフは伝えた方がいい?」
「あっ、いえ止めてください。お願いしますマジで」
それは俺の財布が死んでしまうので勘弁してください。
軽く俺をからかうと口角を上げて目の前まで近づき、俺に指差す。
その指し示す先は俺の唇。
触れそうで触れてこない距離感。
そのいじらしさが余計にあの日の熱を思い出させる。
「時間はただではあげない。覚悟しててって言ったでしょう?」
一度壊れた歯車は噛み合わない。上手く回していくためには新しい別の歯車を作っていく必要がある。歯車を作るのに必要な材料は用意された。後は、どのような歯車を作り、組み合わせて回していくのだろうか。
俺は回したい。
この後、今度は心の底からお酒を美味しく飲める日がやって来るのだがそれはしばらく先の話だ。
半年ぶりに書いてみたのですが、読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、評価をよろしくお願いします!
美結さんの酔っ払い方は変速すぎた……今後、付き合う話も書きたいかも。