94、それから…
94話に渡る長い話にお付き合いいただきありがとうございました。
拙い作品ですが少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
しばらくお休みをいただいてから、また何かお話を投稿したいと思います。
その時はよろしくお願いいたします。m(_ _)m
「…嘘だろ」
眼下に広がる光景に呆けた声をあげる。
街道の先にある丘を越えると、そこには小さな漁港があるだけのウェルテリア国の辺境・マリブの町があったはず。
しかし眼下にあるのは見事に整備された巨大な港。
何隻もの大型船が寄港し、それらを囲むように立ち並ぶ倉庫群。
活気に溢れている様子が遠目にもわかる。
「俺は夢でも見てるのか?」
「おう、誰かと思えばレドじゃねかっ」
呆然とする耳に懐かしい声が届いた。
「ザムじいさんっ?」
振り返った先に見知った髭面が笑っている。
「すべてのハンターの頂点、ハンター王に俺はなるっ…とかぬかして家を飛び出したきり音沙汰なしだったが元気そうじゃねぇか」
「っ…そ、それは」
家を出た時の捨て台詞を口にされてレドは盛大に顔を赤くした。
16の生意気盛りでは平然と言えたが、22となった今では完全な黒歴史である。
「で、ハンター王とやらにはなれたのかぃ?」
ニヤニヤと問い掛ける相手に、勘弁してくれとばかりにレドは首を振った。
「じいさん、分かって聞いてるだろ。頑張ってみたがD級になるのがやっとだった。世間には俺より強い奴が山程いるって思い知らされたよ」
肩を落とすレドに、ポンポンと宥める仕草でザムはその背を叩いてやる。
「ま、自分がどれ程かを知ったんならこの6年は無駄じゃなかったってことよ」
カッカッカっと豪快に笑うと、まあとザムは言葉を継いだ。
「無事に帰っ来れて良かった。オヤジさんもお袋さんも、メイアちゃんもずっと心配して。毎日、神殿に通ってお前さんの無事を祈っとたからな」
その言葉にジワリと涙がにじんだ。
粋がって故郷を飛び出した。
町では剣でも魔法でも自分に敵う相手はいなかったから。
でもすぐに自分が少し強い程度のガキに過ぎないと思い知らされた。
それでもそれを素直に認めることが出来なくて。
自らの強さを証明したくて、似たような境遇の奴らとパーティーを組み、危険な依頼を受けまくってと…無茶ばかりしていた。
そしてやらかした大失敗。
高レベルの妖魔に挑み、メンバー全員が大怪我を負った。
『命があったのが不思議だ』と言われた治療院のベッドの上で、飛び出して初めて故郷のことを思った。
父や母、妹、幼馴染の顔が浮かんだ。
帰りたい…強くそう思った。
けれど同時に不安だった。
勝手に家を飛び出して手紙の一つも出さなかった自分を家族達はどう思っているのか。
今更何しに帰って来たと罵られるだけではないか…と。
けれどザムの言葉がその不安を吹き飛ばしてくれた。
言葉を交わす彼らの背後から、うっそりと一つの影が現れた。
「なっ」
その異形にレドは咄嗟に腰の剣に手をかけるが。
「おいおい、うちの大事なサユリに物騒もんを向けねぇでくれよ」
「さ、さゆり?」
唖然となるレドに、おうさとザムは1mほどの木人の頭に手を伸べた。
「魔石で動くゴーレムでな。主人の言うことをよく聞くかわいいヤツさ。おかげで畑作業が格段に楽になったぜ」
愛し気にその頭を撫でる様にザムが本当に大事にしているのが分かる。
木目も鮮やかな丸い顔、小さな二つの目、可愛いらしい5本の指が付いた手。
採れたての野菜を一杯に詰めた籠を背負い、短い足をちょこちょこと動かして歩く様は確かに愛嬌がある。
「3年間は無料で貸し出し、その後はちっとばかり使用料を払うことになるが、さらに3年借り続けると無料で所有権が借主のものになるのさ」
「何だそれっ?」
説明された破格の条件にレドから呆れ返った声があがる。
魔石を使った貴重なゴーレムをタダで貸し、僅かな使用料を3年納めれば、そのゴーレムを自分のものにできる。
そんな話は聞いたことがない。
「ま、驚くのも無理はねぇな。俺も初めて話を聞いた時は騙じゃねえかと疑ったもんよ。けどこいつは光の王君が直々に進めてくれた政策だからな」
「光の王君?…何だって光魔法を授けるだけの王君がそんなことを」
レドの言葉にザムの顔が盛大に顰められる。
「おいおい、滅多なことをいうもんじゃねーよ。マリブ領内でそんなことを口にしてみろ。良くて袋叩き。悪くすりゃ後ろからブスリとやられるぜ」
剣を刺す仕草をして笑ってみせるザムだが、その眼には本気の光があった。
「ゴーレムのおかげでここらは見違えるほど豊かになったんだ。工事用ゴーレムのモモ、キン、ウラシマ、あと一、二、三とかが前に付いたタロウシリーズで港や街や道を綺麗に作り直してくださって。俺ら農民には農業用の美少女シリーズのゴーレムを与えてくださった。その恩恵に領民すべてが感謝している。ま、お前も街にゆけば分かるさ」
ニッと笑うとザムは先に立って歩き出した。
「そうそう、レド。お前の向かいに住んでたミーナちゃんだがな」
「ミーナがどうかしたのかっ?」
治療中ずっとその顔を思い浮かべていた年下の幼馴染の名を出され、思わず聞き返す。
「突然姿を消した男の無事を祈ってずっと帰りを待ってたんだが、明日にも隣町のパン屋のせがれと見合いをするんだってよ。イイ子だから幸せになって欲しいもんだぜ」
「…そんな」
愕然とするレドの耳にザムは意味ありげな笑みを浮かべた口を寄せる。
「急げばまだ間に合うんじゃねぇか?下手な意地は幸せの邪魔しかしねぇ。人間、素直が一番だぜ」
弾かれたように顔をあげると、少し迷った素振りをみせるが。
「…ありがとうな、ザムじいさんっ」
そんな言葉を残してレドは街に向かって坂を駆け下りてゆく。
「ほぉい、頑張れよ」
小さくなってゆく背にエールを送ると、ザムは傍らにいるサユリを見やった。
「ワシらも帰るか。今日も良い日になりそうだ」
コクリと頷くゴーレムを伴ってザムも街を目指して歩きだす。
いつものように自分たちに幸を与えてくれた王君に感謝を捧げながら。
「何をサボっておる、きりきり働かぬか。ゴーレムはまだほんの一部の地域にしか配備されておらぬ。目指すは全国制覇じゃ」
手にした扇をたたみビシッとその先で天を指し示すキリに、言われた相手は深いため息をついた。
「それだけの量のゴーレムを造るのにどれだけ時間がかかると…」
「ゆえに分業化してやったであろう。ボディやパーツは木工が得意なエルフ族が担い、其方は中枢の魔石に『ぷろぐらむ』とやらを組み込むだけの簡単なお仕事に」
キリの言い草に相手はムッとした様子で言葉を返す。
「それが一番手間が掛かるんだ。個体ごとに微調整が必要だからね」
「ならば気張るが良い。素体強化の付与魔法もしっかりとな」
その魔法のおかげで木製でありながらゴーレムたちはそこらの金属製のものよりも丈夫になるのだ。
何故そんなことをするのか。
それは石や岩を使えば確かに丈夫だが、身体が重すぎて動きが鈍くなり使い勝手が悪いからだ。
金属を使えば軽量化できるが、そうなると製作コストが格段に跳ね上がる。
総合的に見て木製があらゆる面で最適と結論付けられたゆえだ。
「まったく…どうして僕がこんな目に」
完成したゴーレム一つ一つに強化の付与魔法をかける。
魔石核の製作だけでなくそんな面倒事を押し付けられ、不満たらたらな様子にキリは薄い笑みを浮かべた。
「其方よりマリオの方が一枚上手と言うことじゃろ。いい加減に認めたらどうじゃ」
しかし相手は黙ったままだ。
絶対にそれを認める気は無いらしい。
「しかし早いものじゃのう。マリオが目を覚ましてもう10年が経つのかえ」
ゴーレム製作を再開した様子を見遣りながら何気にキリが呟く。
マリオがミデア大陸を荒廃から緑豊かな地へと変えたことは『緑の王君の奇跡』と呼ばれ、その名声はさらに高まった。
しかしその時に使った膨大な魔力の所為で王君は深い眠りにつき、神殿の紋章はいつもよりずっと弱い光を放つばかり。
植物達の成長に大きな変化は無かったが、それでも人々は緑の王の眠りに心を痛めた。
なので神殿の紋章が元の光を取り戻した時は世界中が歓喜に沸いた。
前王と違い、慈愛に溢れた新王の人気はうなぎ上りで、多くの者が王君へ感謝を捧げたいと神殿に押し掛けたものだった。
さて、その緑の王であるマリオだが…。
「リョクさーん。そっちは駅じゃないよ」
「わ、分かってらぁ。ちっとばっか間違えただけでぇ」
「…風の王君は変わりませんな」
その方向音痴ぶりに腰の袋から出た虹色の葉を揺らしながらイツキが深いため息を漏らす。
「リョクさんらしいよね」
「…ミャッ」
クスリと笑うマリオの肩でタマが呆れに満ちた声を上げた。
そんな風にリョクとタマと共に旅をしたいというイツキを連れて気ままに各国を回っている。
「んで、今度は何処へ行くんだ?」
「そうだね…」
少し考える様子でマリオは宙を見つめる。
「アイラリスに行こうか。獣人族の主食であるモロコーンに根腐り病が流行ってるんだって。どんなものか様子を見ておきたいから」
「おう…けど相変わらず便利なモンだな」
感心したようにリョクもマリオと同じように宙を見つめた。
「っても俺にゃまったく見えねぇけどよ」
そう首を竦めるリョクにマリオは笑んだまま軽く肩を上げた。
「何しろこいつらのおかげで魔王の居場所が突き止められたんだしよ」
続けられたリョクの言葉に、マリオはその時のことを思い返す。
「そう言えばさ。魔王の行方は未だに判らないんだよね」
リョク達と再会し、他の王君達への御礼参りの旅を続けているマリオが何気に聞いてきた。
「おう、精霊王たち総出で探してるんだがな」
悔し気な様子のリョクを見やりながらマリオは考え込む。
「イツキの植物ネットワークにも引っ掛からないなんてね。地に潜ったとしても、それならカリーネさんが分かるし」
うーんと首を傾げてからマリオは徐に口を開く。
「強力な結界を張ってすべてをシャットアウトしてるってとこかな」
「それでしたらお手上げです。我ら精霊の力をもってしても見つけることは出来ないでしょう」
イツキの言葉に頷きながらも、でもとマリオは言葉を継ぐ。
「また何か厄介事を仕出かす前にその身柄は押さえておきたいな」
そのまま考え込んでいたが、しばしの後に勢い良く顔を上げる。
「どんな強力な結界でも、その中に空気はあるよね」
突然の問いに驚いた様子でリョクが頷く。
「あ、当たり前だろ。でねぇと息が出来ねぇだろうが」
「だよね。だったら何とかなるかな…空気中には必ず彼らがいるから」
「彼ら?」
盛大に首を傾げるリョクに、マリオはにっこりと笑った。
「でもそれで見つけた魔王には驚いたよ。あんな露出狂だったなんて」
「そう言ってやるな。まあ、俺も初めて見た時には驚ぇたが」
その時のことを思い出したのか、リョクの顔が嫌そうに歪む。
「栄養液の詰まった球体に裸で浮いていたのでしたね」
イツキの言に、おうとリョクが声を上げる。
「扉を開けたらいきなり野郎の素っ裸なんぞ見せられるたぁ思わなかったぜ」
リョクの言う通り、居場所を突き止めて其処を急襲したまでは良かったが…。
辿り着いた奥の間にあったのは胎児のように液に浸かったままの魔王だった。
「先々代の緑の王を【解析】して究極の異常状態解除のスキルを得たと思われていたけど…」
「そう簡単に事は運ばなかった訳だな」
確かに魔王は【解析】によって王たちの不老の秘密…究極の異常状態解除のスキルを知ることになったが…。
しかしそれは神が与えた特別なスキルであり、さすがの魔王も体得することは出来なかった。
それで考え出したのが代謝機能遅行による延命措置だ。
スリープ状態にして一日の鼓動を極限まで減らすことにより、彼の身体は長い歳月にも大きな変化を起こさずに済んだ。
活動したい時は自らが造り出したホムンクルスに意識を移せばいい。
そうやって二百年の時を好き勝手に生きて来た魔王だったが、厳重な防衛システムを蹴散らし、強固な結界を潜り抜けて来たマリオ達に本体を発見され確保された。
こうなると彼に抵抗の手段はなく、あっさりと最初の話し合いの通りにキリの下へと連行され、その下僕として馬車馬の如くコキ使われることとなった。
「けど卑怯にも程がある。…花粉を利用するなんて」
ぶちぶちと文句を垂れるリョウにキリは童女のような笑い声を上げた。
「花粉はこの世界の何処にでも飛んでおるからのう。一つ一つは目に見えぬほど小さく、伝えられる事も断片的じゃが、それを繋げれば確固たる絵となる。其方らの世界にある『ぼうはんかめら』と同じようなものじゃな」
「チッ」
派手な舌打ちを返すとリョウはキリに向き直った。
「僕の身体は大切にしてくれているんだろうね」
「大丈夫じゃ、きっちり管理しておる。其方にはまだまだ働いてもらわねばならぬからの。そのホムンクルス以外にもスペアはたっぷりあるでの」
キリの言葉にリョウの顔が露骨に顰められる。
「とんだブラック企業だ。ほぼ休み無しで働かせるなんて。…この世界に来た時にまず労基署を作るべきだったよ」
後悔の言葉を綴るリョウだが、その口調は軽い。
その頭の中に逆転の計画があるからだ。
「…何を考えておるか知らぬが。馬鹿な考え休むに似たりとミヤビが言うておったぞ」
リョウを見据え、フンと鼻で嗤うとキリは言葉を継いだ。
「言っておくが魔石核に細工してゴーレムを自らの支配下に置き、反逆の軍と成す気であってもそれは無駄じゃぞ」
「なっ…」
計画を完全に見透かされ、リョウの顔に見事な斜線が入る。
「其方、利口のようで存外馬鹿じゃな。ゴーレムの素材が何か忘れたのかえ?」
「…素材」
言われてリョウは気が付いた。
「木製…つまり緑の王の支配下にあるってことか」
「そうじゃ、切り倒され材となっても木である以上、それらはマリオの臣下じゃ。臣下にとって王の言葉は絶対。魔石核の命令なんぞ、それこそ石に灸じゃ」
石に灸…何の効き目も反応もないことの例えを持ち出され、リョウはガックリと肩を落とした。
「けどよう、あの魔王がそう簡単に改心するとは思えねぇ」
「別に改心する必要は無いんじゃないかな」
「あ?」
マリオの言にリョクは呆けたような顔をする。
「彼が何を思おうと、していることは人助けだもの」
「…確か『やらない善よりやる偽善』だったか」
以前、ハイエルフの一族だったキルスに言ったことを口にするリョクにマリオは笑みと共に頷いた。
「僕が知っている言葉にこんなのがあるんだ
『相手の欠点を見つけ出すのが得意でも、それは何の自慢にもなりません。
人間が欠点だらけなのは当たり前だからです。
どれだけ欠点だらけの人の中にも、必ずいいところを見つけ出すことができる力。
それこそ讃えられるべき特別な力です』って」
「あんな野郎でもいいとこが一つくれぇはあるってことか」
「うん、魔王の事はキリさんに任せておけば大丈夫だよ。上手い具合に使ってくれるから」
「道具扱いはどうかと思うが…ま、これ以上悪さが出来ねぇなら今はそれでいいか」
ククッと笑うとリョクはマリオに手を伸べる。
「んじゃ、アイラリスに行こうぜ」
「うん、カリーネさんにも会いたいし」
「ミャッ」
「お供いたします」
笑い合う声が遠ざかり、辺りを優しい風が吹き抜けた。
「この世界に来れて良かったな」
そんなマリオの呟きをを乗せて。
"Fin"




