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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
93/94

93、王たちの再会

誤字報告、評価、ブックマークを誠にありがとうございます。

「94話 それから…」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。


「それより我が王、そろそろお身体に戻られては」

 イツキの言葉にマリオは素直に頷く。

「ところでさ、戻るってどうやればいいのかな?」

 小首を傾げての問いにイツキが笑みと共に口を開く。


「簡単なことです。戻りたいと念じれば良いのです」

「そうなんだ。じゃあ早速」

 言われるままマリオは身体に戻ることを願う。


「…お早う、イツキ」

 目覚めは爽快なものだった。

目一杯働いて爆睡した後によく似ていて、マリオは大きく伸びをしてから起き上がった。


「お早うございます。我が王」

 傍らでこれ以上ないほどの笑顔でイツキがマリオを迎える。

「ところでお腹は空いていらっしゃいませんか?」

 言われてマリオは酷く空腹なことに気付く。


「うん、空いてる」

「でしたら此方を…」

 イツキが示した場所には6つバッグが並んでいる。


「これって…全部、マジックバッグ?」

「はい、六王君が定期的に中身を変えて我が王の目覚めに備えておられたものです」

「僕、そんなに大食いじゃないけど…でも有難いね」

 クスリと笑うとマリオは6つのバッグを眺める。

それは誰もがマリオの復活を信じてくれていた証だからだ。


「みんなは元気?ヒロヤ君達はどうしてるの?」

 マリオの問いにイツキはこの20年に起こったことを教えてくれた。


「六王君はどなたもお変わりなく、それぞれの聖域で王の務めを果たしておられます。ただ風の王君は一所に留まることを良しとせず各国を渡り歩いており、風の精霊王さまの小言が止まりません」

「リョクさんらしいなぁ」

 楽し気な笑いを浮かべるマリオにの前でイツキが話を続けて行く。


「タマは風の王君と旅をしております。初めの頃は我が王の御側を離れようとしませんでしたが、風の王君に『テメェが傍にいて何か変わるのかっ?それよりマリオの分も旅をして、あいつが居たらやっただろうことを代わりにしてやろうじゃねぇか』と言われ、供をするようになりました」

 イツキの話に、うんとマリオは大きく頷いた。


「さすがリョクさん、僕もタマにはじっと僕の帰りを待つより自由に旅をしてくれていた方が嬉しいもの」

 そう笑うマリオに、風の王君と言えばとイツキが話を再開する。


「この20年で虫人の扱いが大きく変わりました」

「そうなの」

「我が王が提唱した『通りすがりの虫人』を風の王君だけでなく、変身の実で姿を変えた多くの虫人が実行したおかげで他種族との相互理解が進み、5年前に都であるストーンフォレストにカトウ鉄道の支線が引かれ、駅周辺は多種族が行き交う大きな街になっております」


 昔から狩りの名手揃いの虫人の国には、深淵の森の奥地にしか生息しない妖魔の貴重な魔石や部位が大量にあった。

それを目当ての交易は細々とだが続いていたのだが、鉄道が通ったことと虫人への偏見が無くなったことで街は大いに栄えているという。


「でもよく通したよ。反対も多かっただろうに」

「そこはカトウ鉄道のオーナーであるカッセル夫人の鶴の一声で決まりました『目の前に宝があると分かってじっとしている馬鹿が何処にいるの』と」

「あの人らしいな…って言うかまだ現役なんだ」

 大変失礼な物言いに苦笑しながら、はいとイツキは頷いた。


「齢80になられますが増々血気盛んで、我の見立てでは後20年は健勝かと」

「うん、僕もそんな気がする。でも今の話を聞いて本当に20年が経っているんだって実感できたよ」

 そう笑うマリオに笑みを返すとイツキは話を続ける。


「この20年で最も変わったのはカイエード帝国でしょう。18年前に皇帝が亡くなり、その後を孫にあたる皇太子が継ぎました。新皇帝はそれまでの人族優先の法を撤廃し、他種族との共存政策を打ち出したのです」

「前とは180度の転換だね。ところで前帝が亡くなったのって…やっぱり命の実が手に入らなくなったから?」

 マリオの問いにイツキは静かに頷いた。


「摂取出来なくなった弊害は大きく、それまでの分を取り返すように一気に老化が進みました。最後は干物のように痩せ細り…それでも亡くなる寸前まで『我のような高貴な存在が下賤な者と同じように年を取って死ぬはずがない』『我の死は神への冒涜である。何が何でも生き延びさせよ』と喚き続けておりました」

「…凄いね」

 すさまじいまでの生への執着にマリオから呆れとも感心とも取れる声が漏れ出る。


「はい、その妄執に周囲も恐れを成したようで…本来ならば遺体はそのまま皇墓に収めるのですがアンデッドになり甦ることを防ぐために骨が粉になるまで火で焼き尽くしました」

「そこまで怖がられたのか」

 生前の横暴に周囲がどれだけ困っていたかが良く分かるエピソードだなとマリオは肩を竦めた。


「ですが跡を継いだ皇帝はオライリィ国王ガバナス殿の末娘を正妃に迎え、異種族も人族も平等に扱う賢政を布いており、今は他国と同じように多くの種族が暮らしております。…まあ、多少の衝突はまだありますが」

「それは仕方ないよ。いきなり仲良くしろって言われても反発はあるだろうし。でも前に行った時は息苦しい感じだったけど、それが無くなったのなら何よりだよ」

 嬉し気に笑うとマリオはヒロヤたちの事を尋ねる。


「勇者はキリーナ国の騎士となり、仲間の一人であった治癒師の娘と夫婦(めおと)になりました。子も生まれ幸せそうです」

 イツキの答えに、そっかとマリオが納得した様子で首を縦に振る。


「旅の間もエリーゼさんとはいい雰囲気だったしね」

「間もなく長子がかつての勇者と同じ年となり、親子で騎士となるのを楽しみにしておるようです」

 ヒロヤが幸せなことを確認したマリオは他のメンバーのことを聞いてみる。


「エルフの娘は国に戻り、族長をしているキルス殿の良きパートナーとしてエルフ国を治める手伝いをしております」

「レニーラさん、自分が進む道を見つけられたんだ。良かった」

 安堵の息をつくマリオにイツキはミルィの近況を教えてくれた。


「獣人族の娘は幼馴染のハンターと所帯を持ち、今は5人の子供の母です。勇者と共に魔王と戦った話を子供らに聞かせ『あんたらも母ちゃんみたいな強いハンターになりなー』と言って修練を課しております」

 聞くと丸太を担いで村を駆け足で一周させたり、水が入った桶を両手に持たせて一本橋を何往復もさせたりと、昔のカンフー映画のようなことをさせているのだという。


「うん、その姿が簡単に想像できるな」

 彼女の子供らに心の中で『頑張れ』とエールを送っていたマリオからクゥーと小さな音が鳴った。


「他の話は食べてから聞くことにするよ」

 お腹の虫を宥めるように摩りながらの言にイツキも同意する。

「その方がよろしいでしょう」

 にっこり微笑むイツキと共に、マリオは6つのマジックバッグを抱えて廟の外へと足を踏み出した。



 廟の近くにあるテーブルにバッグを置くと、マリオは手近なものから開けて行く。

「これって…ガンズさんのだね。分り易いや」

 バッグから出て来たのはプルン酒を始めとする酒蔵ダークキング製の名酒の数々と、それに合うツマミ各種だ。


「で、こっちの肉料理ばっかりなのがリョクさんで、和食中心なのがキリさん、魚料理がゼムさんで野菜や果物が多いのがカリーネさんかな」

 品選びにもそれぞれの個性が出ていて見ていて面白い。


「えっと…これは」

 どう見ても暗黒物質としか思えない品々にマリオの首が盛大に傾げられる。

「そちらは火の王君のバッグです。王が手ずから作られた料理ですなのですが…」

 申し訳なさそうに言葉を綴るイツキにマリオは笑って口を開いた。


「うん、でも気持ちは伝わってくるよ。得意じゃないのに人任せにせず自分で作ってくれたのは嬉しいから」

「それをお聞きななられたら火の王君もお喜びでしょう」

 優しい言葉に我がことのようにイツキは笑顔を浮かべた。



「御馳走さまでした」

 パンと両手を合わせて軽く頭を下げると、マリオはリュックにマジックバッグたちを収納して行く。

「会ったらみんなにお礼を言わないとな」

 そう微笑むと、よいしょと愛用のリュックを背負う。

もちろん、腰の袋にイツキの鉢植えを入れることも忘れない。


「えっと…此処は深淵の森なんだよね」

 旅支度を終えたマリオがそうイツキに確認して来た。

「はい、前に王の邸があった場所より少しばかり南東になります」

 そう言ってイツキが指さす先に大きな池が見える。


「黒の魔王の攻撃で出来た穴の跡か」

 イツキの異変を感じ取り、急いで転移して来た時に見た黒く焦げた大穴を思い出してマリオが呟く。

「この20年の間に池となり、焦土となった地も植物達で溢れるようになりました」

「良かったよ。やっぱり植物って強いな」

 満足げに頷くマリオの目に池の畔にある家が映る。


「あれは…」

 前にあった緑の王の邸によく似た造りの家に思わず伸びあがってそれを見遣る。

「王たる者に住む場所が無いのはいかがなものかとの光の王君の言により、六王君がそれぞれの力を使い造られたものです。我が王が目覚めたら使ってもらいたいと」

「至れり尽くせりだね」

 六王たちに感謝しつつ邸と緑に囲まれた池の周辺を一通り眺めるとマリオは立ち上がった。

 

「どちらに行かれます?」

「そうだな…まずは虫人の国へ行こうか。変わった姿をこの目で見てみたいから」

「承知いたしました。ではこのまま南下いたしましょう」

 そう言うとイツキは見た事のある直径3mはある巨大な白い球体を招き寄せた。


「サオレア草の種子です」

「懐かしいね」

 旅の初めにお宝が眠る洞窟に向かった時に使ったのと同じ綿毛にマリオは目を細めた。

「森の端に人族の街がございます。そこにはカトウ鉄道の駅がありますゆえ」

「うん、行こう」

 よっとマリオは巨大な綿毛に飛び乗る。

風に乗り、綿毛がゆくっりと浮かび上がった。




「ぼくね、本当の無敵っていうのは敵がいないほど強いんじゃなくて、誰とでも仲良くなって、敵なんかいなくなることだと思うんだ」

 揺れる車内で交わされる会話に、マリオは視線を窓から斜め前の席へと移す。

そこにはまだ幼い少年が同じ年位の男の子と話し込んでいる。


「そうかもしれないけど…でも俺は敵をぶっ倒すヒーローの方がいいぜ。何たってカッコイイからな」

 言うなり彼は両手を交差させて大変見覚えのあるポーズをとってみせる。

「行くぜ『変身っ!』…俺は通りすがりの虫人だっ、覚えておけっ」

 決め台詞もばっちりで思わずマリオは男の子に心の中で拍手を送る。

イツキの話の通り、虫人は随分と身近な存在となっているようだ。


「でも仲良くなって敵がいなくなるから無敵かぁ…子供にはいろんなことに気づかされるね」

 感心仕切りなマリオの耳にストーンフォレスト駅が近づいたことを知らせる車内アナウンスが届く。



「本当に変わったね」

 前に来た時は草原でしかなかった場所が、今では多くの人達が行き交う街となっている。

その事にマリオは大きく目を見開いた。


「ストーンフォレスト名物の蒸パンはどうだいっ?」

「通りすがりの虫人グッズは此処でしか買えないぜっ」

「今なら魔石が半値だぜ。これを逃がしたら一生後悔すんぞっ。さあ、買った買ったぁ」

 列車から降りて来た乗客目当てに物売りたちが盛んに声をかけ、周囲は実に賑やかだ。


「何だかゴーザの街に雰囲気が似てるな」

 この世界に来て初めて足を踏み入れた街を思い出し、マリオはその唇に笑みを浮かべた。

そんな賑わう街を離れ、マリオは一直線に聖樹の丘へと向かう。


「見えたっ…良かった。どっちも元気だね」

 大きく枝を茂らせる聖樹と、その隣の丘に立つ変身の樹。

たわわに実る黄色の果実が樹が健在なことを教えてくれる。

どちらもきちんと世話をしてもらえていることにマリオは安堵の息をついた。


「相変わらず此処は聖域なんだね」

 周囲に結界が張られていることを感じ取り、マリオは静かに踵を返した。

「…よろしいので?」

 近くに行かず帰ろうとするマリオにイツキが問いかける。


「うん、元気な姿が見れたし。それに結界を破ったらあの時みたいな大騒ぎになるだろうし」

 虫人の全種族が集まった前回を思い出し、マリオは懐かし気に2本の樹を見やった。

その時だった。


「わぷっ」

 突然、視界に広がった白いモフモフ。

思わず顔から引きはがすと、それは白と黒の縞模様の…。

「タマ…?」

「ミャァゥ!」

 歓喜の鳴き声を上げると仔猫サイズのタマがマリオの頬にその顔を擦り寄せる。


「久しぶり、元気だった?」

「ミヤッ」

 マリオにすれば別れたのは昨日の事のようだが、タマにしたら20年が経っているのだ。

全身で嬉しさを露わにし、マリオに甘え捲る。


「うん、待っていてくれてありがとう。これからもよろしくね」

「ミヤァッ」

 そんな会話を交わしていたら。


「…マリオか」

 唖然とした様子の飛蝗族姿のリョクが現われた。

霊獣であるタマもそうだが、リョクも王だけあってその姿は20年前と何も変わらない。


「タマ公がいきなり走り出したから何だと思ったらこういうことかよ」

 そんなことを呟くとリョクは早足でマリオの元にやって来る。


「リョクさんっ」

 向けられた笑顔にリョクにも笑みが広がって行く。

「おう、やっと起きたか。…寝坊助が」

「うん、待たせてごめん」

 ペコリと頭を下げるマリオに、いいってことよとリョクはその頭をぐりぐりと撫でる。


「わっ!」

 次いでその身を高く抱き上げた。

「これでまた一緒に旅が出来るな。やっぱお前がいねぇと何をしても詰まんねぇんだ」

 リョクにとってそれは真理だった。

この20年は何をしても何を見ても心のどこかに穴が空いたような虚しさが常に付き纏った。

けれどそれも今日で終わりだ。

マリオはこうして帰って来たのだから。


「行くぜっ」

 言うなりリョクはマリオを抱いたまま背中の羽を広げた。

「ど、どこへ?」

「お前が行きたいとこだ。俺は何処までも付いて行くからな」

「…ありがとう、リョクさん」

 邪気の無い笑顔を浮かべるマリオをリョクは強く抱きしめる。

もう絶対に離さないと心に誓って。




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