91、滅者vs緑の王
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「92話 魔王の最期」は土曜日に投稿予定です。
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『「無知迷妄は我らを誤り導く
哀れな者達よ、己が眼を開け」 Leonardo da Vinci』
祖父のルイージから教えられた言葉を口にすると、マリオは悠然と立つ滅者を見やった。
「君もある意味、そんな愚者の被害者なんだろうけど」
驕りと傲慢に支配された者達から造り出され、故郷の文明を滅ぼし、さらに別世界をも滅ぼさずにはいられない業を背負わされた滅者。
そのことに憐憫を感じはしたが…マリオはそれを振り切るように毅然と顔を上げた。
「けどこの世界で好き勝手はさせないよ」
ゆっくりと滅者に近付くマリオの耳に小さな呻き声が届く。
「何…を…する…気だ」
その声に目を遣ると血まみれ状態のリョウが顔を上げて此方を見ている。
「良く言うだろう『押してダメなら引いてみな』って。君とは真逆の方法で対そうと思うって」
「真逆…友和とでも…言う…つもりか」
「さすがの僕もそこまでお花畑じゃないよ。そもそもあのシステムに感情があるかどうか謎だしね」
マリオの言葉にリョウは訳が分からないと言った顔を向けた。
「だったら…どう…やって」
「まあ、そこで大人しく見ていなよ。緑の王の戦いを」
そう微笑むとマリオは再び滅者へと歩を進める。
「具体的に何をされるのです?」
近くまで歩み寄ったマリオの傍らにイツキが姿を現わした。
「方法としては簡単なんだけどね」
軽く肩を竦めるとマリオは自分を守るため両隣で油断なく身構えているタマとサボを労わるように撫でながら言葉を継ぐ。
「女神さまが教えてくれた情報によると、あのシステムは星に害をなすものを敵と認定している。だからまずはその逆をしてみようと思うんだ」
「逆…ですか?」
幼い仕草で小首を傾げるイツキに、うんとマリオは頷いた。
「つまりいつもと同じことをするんだよ」
そう笑うとマリオはリュックから小袋を取り出す。
「それは…」
「うん、癒しの木やポルンの木…他にも旅の間に出会った木や草達から分けてもらったものだよ」
そう言うとマリオは種をタマとサボに手渡す。
「適当な間隔を空けて撒いて来てくれる?」
「ガウッ」
「ムムー」
任せろとばかりにタマとサボが左右に分かれて走り出す。
しばしの後、それらが地にばらまかれたのを見てマリオは右手を高く掲げた。
「君らに緑の王の祝福を…【成長】そして【増殖】」
その言葉が終わると辺りを暖かな光が包み、それが消えた時には…。
地平まで広がる緑豊かな森と草原が姿を現わす。
マリオの足元に広がるのはこの世界で初めて出会ったヤグニマ草。
そしてコマドリ亭の庭にあった花々。
その横に虫人族の都ストーンフォレストで助けた聖樹と変身の樹が風に枝を揺らしている。
他にも回復薬の原料であるメルル草、レダ草、ロルア草。
バラに良く似た姿をしたローラの花、赤い実をつけたエナの蔓、ダンジョンの限られた場所にしか実らないはずのレグルの木。
その実を食せば十年命が伸びる、故に命の実と呼ばれるニナの木。
酒造りに欠かせないプルンの実は甘い香りを辺りに漂わせ、たんぽぽによく似た花達は白い綿毛を周囲に飛ばし、癒しの木やポルンの木の根元には冬薔薇が可憐な花を咲かせている。
「相変わらず、とんでもねぇことをしやがるぜ」
「凄いーっ」
「本当だな。あっと言う間に荒れ地が草原と森になった」
不毛の荒野を一瞬で緑豊かな地へと変えたマリオに、リョク、ミルィ、ヒロヤが呆れと感心が混ざった声を上げる。
「これこそが七王の中でも緑の王が特別と言われる所以だ。他の六王は戦う力はあっても育てることは出来ぬからな。燃やすしか出来ぬ私など特にそうだ」
少しばかり悲し気に呟くフレイアの前で、へっとリョクが小馬鹿にしたような笑みを漏らす。
「何言ってやがる。特別もクソもねぇ、みんな同じ王だ」
「しかし私は…」
「ってマリオの奴が言ってたぜ」
「マリオが?」
首を傾げるフレイアに、おうとリョクはマリオの言葉を伝える。
「植物は土と水、それに光がなければ育たない。けど光ばかりではダメで闇と言う休息が必要だし、風によって花粉や種を飛ばしてもらわなければ増えることが出来ない。そして火は焼くことで痩せた地を豊かにする。植物が育てば動物や虫も育つ。火、水、風、土、光、闇どれ一つ欠けても命は育めない…ってな」
「…マリオらしいな」
苦笑を浮かべてからフレイアはゆっくりと顔を上げた。
「ならば私も王としてマリオと共に戦おう」
「俺もだっ…と言いてぇところだが」
言葉を濁し、リョクは困った顔で頭を掻く。
「ああ、攻撃すれば敵とみなす相手では我らは何も出来ぬ」
「見てるだけってのは性に合わねぇが、ここはマリオを信じて任せるしかねぇ」
歯痒い想いを抱きながら風と火の王は滅者に対するマリオを見つめた。
「まだ駄目か…」
小さく息をつくとマリオは動かぬ滅者を見つめる。
目の奥にある光が戸惑うように明滅をしているが、それ以外の変化は見られない。
「此処が平穏で破壊による守りは必要ないって判断してもらうには、まだインパクトが足りないってことだね」
「ですが我が王、これ以上となりますと」
心配げなイツキに、大丈夫とマリオは親指を立ててみせる。
「トゥルーさま」
「何だい?」
足元の影から姿を現わした闇の精霊王にマリオが頼み事をする。
「ガンズさんに瘴気を開放して欲しいと伝えてもらえますか」
「いいのかい?」
驚く闇の精霊王に、ええとマリオが深く頷く。
「切り札として取っておくつもりでしたけど、そうも言ってられないので」
小さく笑うとマリオは上空に光輝く魔法陣を展開して行く。
「…あれは」
マリオが作り出した魔法陣を目にしたリョウは驚きの表情を浮かべた。
「そうか…ちまちまとミデア大陸中に小さな森を造っていたのはこの為か」
その唇にはいつしか笑みが浮かんでいた。
「さすがは【賢者】と言ったところか。点在する森を線で繋げば…それ自体が巨大な魔法陣となる。僕が二百年かけて集めた瘴気を使えば発動には十分だ」
リョウの言葉を証明するかのように東の空に現れた漆黒の瘴気の渦を取り込むようにして魔法陣が発動する。
「だが、これほどの力を使ったら…君はもう」
リョウの呟きを掻き消すように魔法陣から膨大な光が溢れた。
神は「光あれ」と言われた。
すると光があった。
神はその光と闇を分けられ、光を昼、闇を夜と名付けられた。
そして神は空と海と大地を造られた。
神は言われた。
「地には青草と、種を持つ草と、実を果樹とを、水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天の大空を飛び、獣は地に溢れよ」
そして神はすべての植物、すべての動物を造られた。
神はまた言われた。
「我々を模って人を造ろう」
神は自分の形に人を創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。
また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物を治めよ」
『どこで間違えたのかな』
白濁した意識の中で、不意に浮かんだ聖書の一説。
『みんな同じ命なのにね。それを忘れて大切にしなかったから君のような存在が生まれてしまったのかな…それとも』
神々は嫉妬深い。
何故なら神々とて永遠ではないからだ。
神の黄昏は時の定め
古き力が衰えた時、新たな力が取って代わるは世の常
それを恐れて、神々は謀略を仕組む。
永遠に人を自分たち以下に留め置くよう
自分たちだけが至高の存在として君臨できるよう
人の中で神々に並び立つ力の持ち主を
意図的に滅ぼそうとする。
自分たちを脅かす新たな力…その存在を…。
『すべては神の計画なのかな。力を持ち過ぎた者を消去するための』
かつて聞いた北欧神話の語りを想い浮かべ、マリオは傍らにいる存在に問いかける。
『今回の対象は黒の魔王だった訳ですか?…女神さま』
マリオの問いにイネスは緩く首を振った。
「創造神様の御心は判りません。ですがそのようなことをなさる方では…」
イネスの言葉に今度はマリオがやれやれと首を振る。
『貴女にとって創造神は絶対者だから悪く言うはずもないのは分かるけど…けど今回のことは意図的なものでしょう』
マリオの言にイネスは黙ったままだ。
『魔王に対抗する為に同じ渡来人であるヒロヤ君を勇者に仕立て、倒させようとした』
重ねてかけられた言葉にイネスは観念したように頷く。
「それについては否定しません。魔王…彼はこの世界を壊す者ですから排除は当然かと。ですがその計画を貴方が狂わせてしまった』
本来ならヒロヤはこの大陸での戦いで仲間であるエリィゼ達を使徒たちに殺され、一人残された彼は復讐鬼となって魔王に挑むはずだった。
『勇者パーティが女性ばかりだったのはそう言う意図があったんですね。異性なら情が湧きやすいし、無くした時の罪悪感や喪失感も深いから』
えげつないなぁと独り言ちると、でもとマリオは反論する。
『加勢してヒロヤ君達を助けたのはリョクさんで、僕は何もしてないすけど』
肩を竦めるマリオを、いいえとイネスが否定する。
「貴方と出会わなければ風の王が虫人の都から出ることは無かった。貴方の存在が勇者を魔王抹殺の道具から、ごく普通の戦士へと変えてしまいました。…彼にとってはその方が幸せでしたでしょうが」
『それで計画を変更することにした訳ですか』
呆れを刷いた口調のマリオに、イネスは静かに頷いた。
『今のヒロヤ君では魔王を倒すには心許ないと判断した貴女は別の方法をとることにした。確実に魔王を葬れる者を呼び込む為に敢えて魔王に次元の扉を開けさせた。二百年分の瘴気に匹敵するだけの魔素がああも簡単に集まったのは貴女の助力があったから』
「その通りです。さすがは【賢者】ですね」
感心するイネスにマリオは軽く肩を竦めることで応える。
『ですがそれでこの世界が滅びては本末転倒ですよ』
「それについては心配していません。…貴方がいるのですから」
『重い信頼をどうもありがとうございます』
かつて返した軽口をもう一度口にするマリオをイネスは笑みと共に見返す。
「貴方を緑の王に選んで良かったのか、悪かったのか。私の手の中で大人しくしてくれる者では無いのは確かですが、どうかこれからもこの世界を守ってください」
『ええ、僕はこの世界が好きですから』
マリオの言葉にイネスの顔に安堵の色が広がる。
徐々に覚醒してゆく意識。
ゆっくりと目を開いたマリオの視界に飛び込んできた緑。
死の荒野と呼ばれ、生き物の影すら無かったミデア大陸が楽園に変わっていた。
樹齢百年を超える大木があちこちに生え、その枝に多くの実をつけて甘い香りを周囲に漂わせ。
それを囲むように多くの草達が艶やかに色とりどりの花を咲かせている。
そんな豊かな森の中を多種多様な動物が駆け巡り、多くの虫たちが飛び交っているのが見える。
圧巻なのは遠くに見える広大な黄金の波。
たわわに実をつけた麦の群れが風に吹かれるまま左右に揺れている。
大きな森の中央に…不思議な樹があった。
姿は人に良く似ていて、まるで人が樹に変わったようにも見える。
「そうか…君は此処に残ることにしたのか」
それはかつて滅者であった者。
身体に巻き付いた太い蔓と一体化し、枝先に藤に似た紫の花を咲かせている。
「帰ろうと思えば帰れたのに、そうしなかったのは…少しはこの世界を気に入って居たいと思ってくれたのかな」
小さくそう呟いてから漸くマリオは自らの異変に気付く。
「身体が…透けてる?」
そう、今のマリオは幽霊のように実体のない存在となっていた。
「力を使い過ぎた弊害か…。どうしたものかな」
考え込むマリオの耳に聞き慣れた声が届く。
「お目覚めですか。我が王」
幼い姿のイツキが満面の笑顔でマリオを迎える。
「イツキ。あれからどうなったの?」
「それについてはあちらでご説明いたします」
「…よろしくお願いします」
初めて交わしたのと同じ会話を懐かしく思いながらマリオはイツキの後を追って歩き出した。




