89、女神イネスの誤算
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「90話 魔王vs天使」は土曜日に投稿予定です。
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「派手な疑似餌ほど大物が掛かりやすい」
唐突なマリオの言にリョウは怪訝そうにその顔を見返す。
「キリーナの友達が言っていたことなんだけど。その通りだね」
そう笑うとマリオは光が上がった方向へと目をやった。
「せっかく作った魔法陣だけど、もう役には立たないね。何せ動力が断たれてしまったんだもの」
その言葉通り魔法陣は途中で動きを停め、跡形もなく消えて行く。
「あっちには君が大事に溜め込んだ瘴気の貯蔵施設があるよね」
その言葉にリョウの顔色が明確に変わる。
「ところでさ、君って戌年の生まれ?」
相変わらず話の見えない展開にリョウの眉間に深い皺が寄る。
「違うが…それがどうしたっ」
「いや、大事なものを土に埋めて隠すなんてイヌみたいだなと思って」
マリオの言葉にリョウは地下施設の場所が完全に露呈したことを悟る。
「君にしては迂闊だったね。土の中はその王たるカリーネさんの独壇場だってことを忘れてたのかい」
「…確かに、こんな瘴気の濃い僻地に王が来る可能性を考えなかった僕のミスだ」
「素直に反省するんだね『俺は悪くねぇ』とか某ゲームキャラみたいに開き直るかと思ったけど」
意外だと此方を見るマリオにリョウから派手な舌打ちが漏れる。
「だがいくら土の王と言えどこの広大なミデア大陸の中から良く見つけ出せたものだ」
悔しさを滲ませた言に、まあねとマリオは軽く肩を上げる。
「時間はかかったみたいだけど。光の王さま自慢の影の軍団は優秀だから」
「光の王だとっ!?」
「そう、中でも頭領であるアレクさんは歌って踊れる最強の忍びっていうのがキャッチコピーだしね」
忍びの定義を間違えてないかと至極真っ当な感想を抱いてからリョウは己の失態に歯噛みする。
「派手な疑似餌…つまり君らは僕の注意を反らす為の囮だった訳だ」
「正解。魔王と呼ばれる君が勇者の称号を持つ者の存在を知れば注目せざるを得ない。君が僕らに夢中になっているうちにアレクさんたち本隊が瘴気が集められている場所を特定するってのが今回の作戦だったんだ。ちなみに発案者は水の王であるゼムさんだよ」
「…もっと確実な策で殺しておけば良かった」
ゼムに対して時間差の呪いなどという悠長な方法を取ったことを今更ながら悔む。
「しかし集めた瘴気は膨大だ。それを解き放てばこの世界は…」
「その心配はないさ。瘴気はカリーネさんが掘り出した施設ごとある場所に収納したから」
そう言われてリョウは気付く。
「収納…空間魔法かっ」
「それも正解。ガンズさんが闇魔法で造った異空間に取り込んだんだよ。この後、世界に悪影響が及ばない程度に少しずつ拡散して行くって」
「この大陸に5人の王が集まっている訳か…どおりで」
自分が劣勢の訳を悟ってリョウは自嘲の笑みを漏らした。
そんなリョウにマリオは自らが知る言葉を披露する。
「ソクラテスの『無知は罪なり』には続きがあるんだ。
『無知は罪なり 知は空虚なり 英知持つもの英雄なり』
現代語訳すると『馬鹿は損する。勉強ができるだけの者は役に立たない。学んで行動する者だけが成功する』っていったところかな。君は二番目だね」
断言するマリオにリョウの顔から笑みが消える。
「僕が何も学んでないと?」
「君は魔法の構造式を研究をしたり、ゴーレムを造ったりはした。でもそれは元の世界での考えに捕らわれたままでのことだ。この世界のことは何一つ分かっていない。分かろうとしない。そんな君に成功が訪れる事はない」
言われたリョウの顔に歪な笑みが広がる。
「いいだろう。僕を否定する君に最高の絶望を与えようっ」
叫ぶなりリョウは上空に巨大な魔法陣を形成する。
「何をする気だっ!」
それまで2人の遣り取りを黙って見守っていたフレイアから焦りの声が上がる。
「瘴気の方が成功確率が高いので採用したが…その代わりを魔素で出来ない訳じゃない」
リョウの言葉通り、急速に魔法陣の周囲に大量の魔素が集まって行く。
それを機に周囲にいた使徒たちがまるで糸の切れたマリオネットのようにバタバタと地に倒れ伏す。
どうやら魔法陣に動力源である魔素を吸い取られてしまったからのようだ。
「瘴気に比べて魔素は簡単に集められるのが利点だ。開けっ、ワームホールっ!」
先程と同じように天に向かって伸びる光の矢。
やがてそれはナイフのように空の一角を切り裂いてゆく。
「ムー」
その様に危険を感じたサボがマリオの身を抱えて後方に飛び下がる。
「でかした、サボ公っ」
マリオの安全を確認するとリョクは大きく構えを取った。
「テメェの好きにはさせねぇっ、ソニックバスターっ!」
「抜け駆けは許さんっ。奥義・青海斬っ!焔の舞っ」
逆巻く風と炎の渦がリョウに襲い掛かる。
「無駄だと言ったはずだっ」
しかい風と火の王の最大の技を受けてもリョウには何の変化もない。
反魔法の前ではすべてが反射されてしまうからだ。
「くっ」
「こ、このぉっ」
弾き返された魔法その身を焼き刻まれフレイアとリョクから苦悶の声が漏れる。
しかし…。
「ケッ、これで終わりと思うなっ!」
「何を…する気だ…」
黒く焦げたマントの中から顔を上げたフレイアは、ヨロりと立ち上がったリョクの動きに驚く。
「やめろっ、緑碧っ!」
「俺は世界一諦めの悪い男なんでなっ」
言うなりリョクは風を纏わせた拳を突き出す。
「馬鹿の一つ覚えか。何をしても無駄…」
だが次の瞬間、リョウの目が驚きに見開かれる。
「ば、馬鹿な」
反魔法で造られた絶対防御の半透明な盾。
リョクの拳を中心に徐々に亀裂が入って行く。
「止せっ、緑碧っ。そのままでは腕が弾け飛ぶっ」
フレイアの言葉通り、リョクの拳からは大量の血が流れ出している。
「リョクさんっ」
遠くから聞こえる悲鳴に似たマリオの声。
その声を耳にしたリョクの顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「俺はなぁ…マリオのヒーローなんだよっ。ヒーローって奴は絶対ぇ負けねぇんだ!」
気迫のこもった叫びと同時に盾が砕け散る。
だがリョクも無事ではなく、右肘から先がミキサーにかけられたように捩じ切られてしまう。
「まだだぁっ」
失った右腕に代わり、左の拳が唸りを上げて振り下ろされた。
「がっ!」
その拳は顔面を捕え、次にはリョウの身体が木の葉のように後方へと飛んで行く。
「こいつで決めるっ!」
続いて繰り出された飛び蹴り。
その様はマリオが憧れたヒーローの姿そのもの。
「ぐわっ!」
しかしその蹴りはリョウから放たれた風魔法で防がれてしまう。
「ウィンドウォール…風の壁かっ」
悔し気に呟くとフレイアは弾き飛ばされたリョクの元へと駆け寄る。
「緑碧っ…足が」
リョクの左足は膝から下が無くなっている。
「へっ、足くれぇ安いもんよ。…俺の勝ちだ」
言われてリョウの方に顔を向けると。
「蹴りは…フェイントか」
小さく呻いて屈み込む顔の左側と肩が夥しい血で染まっている。
リョウが言った通り、リョクは蹴りながら同時に残った左手で風の刃を放っていたのだ。
「おう、さっきマリオが言ってただろう『派手な疑似餌ほど大物が掛かりやすい』ってな。同じ手に二度も引っ掛かるたぁ魔王の名が泣くぜ」
ふんと得意げに顎を上げてみせるリョクに、フレイアから派手なため息が零れる。
「そのために手足を失うとは…稀に見る馬鹿だな。貴様は」
「なんだとぅ…イテェっ」
言い返そうとした顔が痛みに大きく歪む。
「大人しくしろ。いくら虫人が丈夫でも限度がある」
「リョクさんっ」
そこへ泣きそうな顔でサボに守られながらマリオが駆けて来た。
「すぐに治すからっ」
言いながらペットボトルを逆さにして中の回復薬を振りかける。
さすがは女神謹製だけあって見る間にリョクの傷が治って行く。
「おう、ありがとうよ」
千切れた手足も元に戻り、リョクは勢い良く立ち上がった。
「さぁて、続きと行こうぜっ」
構えるリョクに、此方も治癒魔法を駆使して傷を治したリョウが笑みを浮かべて答える。
「御免だね。…それに試合には勝ったが勝負に負けたのは君だ」
「なんだとうっ」
「リョクさんっ」
身を乗り出したリョクだったが、マリオが指差す先を見て声を無くす。
「空が…裂けた」
愕然となるフレイア。
上空に浮かぶ大きな亀裂の向こうには暗い空間が広がっている。
「発動中に邪魔をされた所為で規模は小さくなったが、概ね成功だ。此処から僕の栄光への道が始まる」
哄笑を上げるリョウと空の裂け目をヒロヤたち一行も驚きに満ちた顔で見つめていたが…。
「な、何だこれっ!?」
突然、裂け目から恐怖を感じる程のとんでもない重圧が押し寄せる。
「どうなってやがる」
訝し気に裂け目を見ていたリョクの頭の中に焦ったような女の声が響いた。
『想定外の事態です。滅者がこの地に降り立ちます』
「…女神さま?」
それはマリオが前に聞いた女神イネスの声に間違いない。
どうやらその声は此処にいる全員にも聞こえたらしい。
皆、不安げな顔で上空を見つめている。
「そうか、この世界から出て行けるってことは別世界からも此処にやって来れる。僕らがそうだったように」
今更ながらに気付いたマリオの言に、馬鹿なとリョウが反論する。
「僕の計算は完璧だ。あの先は地球に繋がっているはずだっ!」
「本当に地球と繋がったとして…それは何時のだい?」
「え?」
マリオの問いにリョウは虚を突かれたような顔をした。
「日本で僕らは同じ時間の中にいた。でもこの世界にやって来たのはバラバラだ。現に僕と君では二百年の時差がある。あの先にある世界が僕らが知る地球とは限らないんじゃないか」
「それは…」
マリオに言われてリョウもその可能性に思い至る。
その時、裂け目から何かがやって来た。
「…天使?」
淡い光に包まれたその姿を見たヒロヤの口からそんな言葉が漏れ出た。
身の丈は3メートルほど。
無機質な肌は足首まである袖なしの服らしきもので覆われている。
背には薄い光が形作る6枚の羽根があり、確かに天使のようにも思える。
だがその表情はギリシャ彫刻のように動かず、何の感情も見受けられない。
『彼の者は人の手により造られしもの。惑星管理システム・タイプZ0-GU』
女神の言葉と共にマリオ達の頭にある情報が流れ込む。
温暖化、地中、海中への有害物質蔓延による壊滅的なまでの環境の悪化。
これ以上の悪化を防ぐため優良なものを残し、無用なものは滅ぼすという理念の元に造られた惑星管理システム。
その使命はただ一つ。
星を守ること。
目的遂行の為に弾き出された答え。
削除項目…人類。
人類が消えれば星は守られる。
そして始まった…ジェノサイド。
人類と人工物が消え去った荒野に立つ滅者。
だがこれで終わりでは無かった。
裂けた次元…滅者はその先に知的生命体を感知した。
新たなステージを得た滅者は清掃作業を開始する。
『すべては製作者の意志のままに』
その小さな呟きを聞いた者はいなかった。
「ファンタジーからいきなりSFへの転換か…物語が停滞した時によく取られる手法だよね」
そんなことを呟いてからマリオは深いため息をついた。




