88、世界の破滅と緑の王
感想、誤字報告をどうもありがとうございます。
「89話 女神イネスの誤算」は土曜日に投稿予定です。
少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「そんなにこの世界を守りたいか?生まれ育った世界でもないのに」
呆れを刷いたリョウの問いに、まあねとマリオは軽く肩を上げる。
「住めば都って言うだろ。それに此処で大切な仲間や友達も出来た。何より今の僕は緑の王だからね。この世界の植物達を愛し育てて行きたい」
凛然と言葉を返すマリオにリョウから派手なため息が漏れる。
「さすがの君もその辺りはしっかり洗脳済か」
だがその呟きをマリオが笑顔で打ち返す。
「洗脳が影響していることは否定しないけど、これは僕の意思だ。元々故郷への執着は薄い方だしね」
「つまり君も残念な負け犬ってことか」
「どういうことだよっ」
負け犬呼ばわりにヒロヤが怒りの声を上げる。
「転移や転生を望む者。そいつらは現実では大成できないと諦めてしまっている負け犬だ。だというのにまったく違う環境ならば高い地位に…勇者や英雄になれるかもしれないと泡沫の夢を見る。実にくだらない、現実で成功者になれないものが異世界でなるはずがないだろう」
得意げに自論を展開するリョウにマリオは呆れたように緩く首を振る。
「情け容赦なくすっぱり切り捨てるね。自分も同じとは微塵も思ってない訳だ」
「当然だ、元の世界では僕は研究者として輝かしい未来が待っていたんだ。こんな造り物の世界で終わってたまるものかっ」
「帰還を望むのは君の自由だけど。それに他者を巻き込むのはただの迷惑だよ」
嘆息するマリオの前に騎士となったサボが立つ。
その剣先をリョウに向け、抹殺する気満々だ。
「たった3人しかいない同郷者を殺すのかい?」
罪悪感を煽るリョウに返されたマリオの答えはにべもない。
「必要とあればね」
きっぱりと言い切るとマリオはイツキと交わした会話を披露する。
自らが世界に害をなす存在となったら天命を失うのを待たずその命を奪うように言うマリオにイツキが悲痛な様子で言葉を返す。
「…つまり世界という木を守るために害になるものを排除するのは庭師である貴方様の矜持…ということですか」
「うん、剪定の時にどの枝を切れば最良の結果になるのか見極めるのは凄く難しいし迷うけど、切る時に迷ってはダメなんだ。落とすことが木のためになると信じて容赦なく切り捨てないとね」
「…庭師って凄いんだな。そんな覚悟を持って仕事をしてるんだ」
感心するヒロヤにマリオは笑みと共に口を開く。
「庭師だけじゃないよ。生き物に関わる事を生業としている人はみんなそうさ。『他の命に対して常に畏敬の念を持て』って師匠である祖父ちゃんも良く言ってたしね」
そう言うとマリオはリョウへと顔を向ける。
「社会に出れば何に付けても責任と義務が生まれる。それを全うしない者は外道…道を外れた者として排除される。君は確かに優秀なのかもしれないけど、その言動を見る限り周囲の人と上手くやっていけてたとは思えないな」
「何を言い出すかと思えば。残念ながら僕は人間関係も良好だったよ」
言い返すリョウに、上辺はねとマリオが肩を竦める。
「どんなに分厚い猫を被っていても付き合いが長ければ自ずとその為人は見えてくる。良好に思えたのなら周りは君と深く付き合うことを拒否して距離を取っていたに過ぎない。そもそも戻った先で成功者になれるなら、何で魔法なんてものに頼ろうとする?それがないとなれないと自分でも思ってるからじゃないのかい?そんなことをすること自体が君が言う負け犬の証じゃないか」
「…本当に良く回る口だ」
マリオの話にリョウの瞳に紛れもない憎しみが宿る。
「君が言ってることは正しいのかもしれない。だが気に入らない。瘴気を生み出させるために遊んでやろうと思っていたが…気が変わった。君らは此処で消去する」
言うなりリョウは床に手をついた。
「姿を現わせっ、使徒たち!」
手が触れている床いっぱいに広がる魔法陣。
その中から…最初に現れたのは漆黒の腕だった。
徐々に床からその全身が浮かび上がる…それも十数体。
それらはロクサスダンジョンで出会った黒の使徒とまったく同じ。
「人を素体にしたゴーレム…いや、ホムンクルスか。捕らえた者を改造する…本当に悪の組織の首領だな」
そう独り言ちるマリオの前にいたサボが動いた。
「ムー」
気合と共に先頭の使徒が文字通り細切れになる。
「その姿になっても声は一緒かよ」
呆れるリョクに、何故か得意げにマリオが答える。
「いいでしょ。ギャップ萌があって」
「そうだけど…」
何かが違うとしか思えず、ヒロヤは盛大なため息を吐いた。
「遅れを取るなっ、我らも戦うぞっ」
「お前に言われるまでもねぇっ。行くぜ、タマ公っ」
「ガァッ」
フレイアの檄にすぐさまリョクとタマが戦闘に加わるべく前に踏み出す。
「待って、リョクさん」
「あ?何だ」
「戦うには此処だと狭いから場所を変えよう」
「何処へだ?」
「取り敢えず外かな」
マリオの言葉にリョクは怪訝な顔をする。
外と言っても此処は6階だ。
羽根がある自分はともかく、他の者はおいそれと移動は出来ない。
「そろそろ終わる頃だから」
微笑むマリオの言葉が終わらぬうちに塔全体が大きく揺れた。
「きゃぁっ」
「な、何?]
「床が動いてるー」
悲鳴を上げるエリィゼ達に、大丈夫とマリオが笑顔で手を振る。
「多少揺れるけどアタランテが支えてくれているから安心して」
「アタランテ?」
首を傾げるレニーラだったが、すぐに窓の外の景色の変化に気付いてポカリと口を開ける。
「じ、地面が見えます」
「ホントだー」
いつの間にか6階にあった部屋が1階の位置になっていた。
「どうなってるんだ?…わっ」
不思議そうに外に目をやったヒロヤは、壁の一面を食い散らかして姿を見せた巨大植物に驚く。
「御苦労さま。ラフレア」
マリオの声に巨大な口を持った赤紫の花のラフレアが嬉しそうに身体を揺らす。
「アタランテもありがとうね」
続いて現われた茨もくねくねと動いてマリオに応える。
「茨で支え、その間にその花が塔の他に部分を食い尽くしたか」
真相を悟ったフレイアが呆れ声を上げる。
「これで思い切り動けるよ」
「おう、行ってくるぜっ」
マリオの前で親指を突き上げてみせると、リョクは2人の使徒の首に両腕を絡ませラフレアが開けた穴から勢い良く外へと飛び出す。
「いいだろう、全力で潰してやる」
ニヤリと嗤うとリョウは新たな使徒を召喚する。
たちまち50人近くに増えた使徒を引き連れてリョクの後を追って行く。
「その首、今度こそ貰い受けるっ」
フレイアも飛び出して行き、それを見てヒロヤ達も意気込む。
「俺らも行こうっ」
「ええ、結界と回復は任せて」
「魔法攻撃で援護します」
「負けないよー」
次々と出て行く勇者一行に、マリオは傍にいるタマへと視線を向ける。
「僕のことは大丈夫だからみんなに協力してあげて」
キリーナの精鋭とは言え、ヒロヤはともかく彼女らに使徒の相手は辛いものがある。
「ガウッ」
分ったとばかりに声を上げるとタマはエリィゼ達を守るべく近くに走って行く。
「さて、僕も行こうかな」
最後に外に出たマリオの側にアタランテとラフレアが寄ってくる。
「最高のボディーガードだね」
そう笑うとマリオはリョク達の姿を目で追った。
「トウッ」
掛け声と共に放たれたリョクの飛び蹴りが決まり、使徒の一人が爆散する。
「いちいち可笑しな声を上げねば戦えんのか、お前はっ」
「うるせぇな!こうした方がカッコいいってマリオに教えてもらったんだよっ」
「マリオが?」
「おう、確かに声を出すと技も決まりやすいしなっ」
「…えっとぉ」
リョクとフレイアの会話に思わず突っ込みを入れようとして…ヒロヤはため息の後で口を閉じる。
その由来を説明するのが面倒くさかったのと、瞳をキラキラさてこっちを見ているマリオの様に諦めの境地に陥ったからだ。
「マリオが楽しいのなら…それでいいか」
無理やり自らを納得させるとヒロヤは迫って来た使徒に切り掛かる。
「行きますっ『水の精霊王たるウェンティルよ。その御力を我に与え給え』」
詠唱と共にレニーラが持つ杖の先から特大の水球が放たれた。
それによって吹き飛んだ使徒を、待ち受けていたミルィの拳が捕らえる。
「セイァッ」
右、左と連続で繰り出される打撃に使徒の装甲が拳の形に歪んでゆく。
そんなミルィの背後に別の使徒が迫るが。
「そうはさせないわっ、光結界っ」
エリィゼが張った光の幕が使徒を押し止める。
「今よっ」
「分かったー」
次の瞬間、笑顔で頷くミルィの強烈な踵落としが使徒の延髄に決まる。
「いいコンビネーションだな」
感心するマリオの目の前で使徒が四方からエリィゼ達に迫る。
「ガァァッ」
吹き荒れた絶対零度の冷気が使徒たちを凍り付かせる。
「ありがとう、タマちゃん」
「カッコイイ―」
レーニラとミルィの賛辞に軽く頷いて応えるタマだった。
「逃がさねぇぞ、この野郎っ」
「悪事を尽くしたお前もこれで終いだ」
左右を風と火の王に挟まれたリョウだったが、その顔に焦りの色は見えない。
「勇ましいことだ。だが君らでは僕を止められない」
「何だとっ」
「世迷言をっ」
此方を睨む2人の前でリョウは大きく両手を広げた。
「この世界の終わりを見せてあげよう」
不敵な笑みにフレイアの中に嫌な予感が広がって行く。
「何をする気だっ!?」
「計画より少し早いが次元の扉…ワームホールを開いてやる」
リョウの頭上に複雑な文様の魔法陣が形成されて行く。
「や、止めろっ!」
「もう遅い。君が大切に思い、愛おしむ世界の最期を見届けるがいい」
徐々に完成に近付いてゆく魔法陣。
「これならどうだっ!」
それを止めるべくリョクが風を纏わせた渾身の蹴りを繰り出すが。
「どわぁぁっ」
リョウの身に触れることなく、いとも簡単に弾き返されてしまう。
「反魔法かっ」
「そうさ、どんな魔法も僕の前では反射される。ついでに如何なる剣技や格闘技もね。だから言ったろう、君らでは僕を止められないと」
「くっ!」
悔し気に歯噛みするフレイアだが、対抗手段が見つけられず立ち尽くすことしか出来ない。
「さあ、これで完成だ」
頭上に浮かぶ魔法陣が淡い光に包まれる。
「集められた瘴気よ。この世界の壁を突き破れっ」
ゆっくりと、だが確実に魔法陣から放たれた光が天を目指して伸びて行く。
「もう…ダメなのか」
暗い絶望がフレイアの心を覆って行く。
その時だった。
東の空に赤い光が長く尾を引いて撃ち上がる。
「あれはっ!?」
驚くリョウの耳にマリオの声が届く。
「君の望みが消え去ったことを教えるものだよ」
驚愕を刷いた目に写ったのは…にっこりと笑うマリオの顔。
だがそれはリョウには酷く禍々しいものに見えた。
「此処からは僕のターンだ」
笑んだままマリオはゆっくりとリョウに向かって歩き出した。




