86、世界の果てにあるもの
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「87話 創造神の箱庭」は土曜日に投稿予定です。
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「この先に魔王が…」
階段を上がり切った先にある重厚な漆黒の扉。
その取っ手を握る前にヒロヤは仲間たちの顔を見回した。
「これを開けたらもう後戻りは出来ないぞ」
「ええ、分かってるわ」
「大丈夫だよー」
「はい、覚悟は出来てます」
大きく頷くエリィゼ、ミルィ、レニーラ。
その3人を庇うようにフレイアが前に進み出る。
「奴との決着は二百年来の私の悲願だ。それに父上の死を冒涜した罪も存分に償ってもらう」
その瞳に闘志を秘めて言い切るフレイアに、ああとヒロヤが同意の頷きを返す。
「アイツの所為で不幸になった人達の為にも俺は戦う」
毅然と顔を上げてヒロヤは扉を押し開いた。
扉の向こう、そこには壁も床も天井も黒く染まった空間が広がっていた。
一番に目を引いたのは中央にある巨大な水晶球。
それを囲むように幾つもの大型の魔道具が鎮座している。
水晶球の傍らには一人の男が佇んでいた。
黒のローブを纏い、跳ね上がったフードにより端正な顔が露わになっている。
ヒロヤと同じ黒髪に黒い瞳、薄い笑みを浮かべた唇が動いて静かに言葉を綴る。
「ようこそ。同郷の勇者君」
「お前が魔王かっ!?」
その問いに相手は大きく頷いた。
「この世界ではそう呼ばれているね。僕は御影亨。改めてよろしく」
人の良さそうな笑顔。
何も知らない者が見たら好人物だと思うだろう。
「ホントに日本人なのか…だったら何であんな酷いことをっ」
詰め寄るヒロヤの前でリョウは背後にある窓の外を指し示しながら口を開く。
「その答えはあれさ」
「なっ…」
示されるままそれを目にしたヒロヤが絶句する。
「この世界の果てさ。僕もこれを見た時は愕然としたものだよ」
軽く肩を竦めるとリョウも窓の外に目をやる。
そこにはミデア大陸の最北端である絶壁があり、その先に青い海が見える。
しかしその海は遠くに広がることなく、途中ですっぱりと切断されたように途切れてしまっている。
「もっと詳しく見るかい?」
薄く笑ったままリョウは傍にあった魔道具を操作する。
すると水晶球に高度から撮ったとみられる映像が浮かぶ。
「これがこの世界の真実さ」
片手を上げて示された水晶球に映し出される景色。
四角形の箱に収められた海と大地…箱の端から溢れ出した水はすぐに雲となって地を潤す雨となる。
その箱の上を太陽と月が周回していた。
「まるで過去にヨーロッパで出回った世界の有り様の様だろう」
言われてヒロヤの脳裏に歴史の授業で習った『大地を7頭の巨大な象が支え、その象を亀が支え、さらに蛇が支える』という絵が浮かぶ。
「この世界は創造神とやらが造った箱庭なのさ」
「そ、そんな…」
地球は丸い。
それはヒロヤが暮らしてきた世界の常識だ。
その常識を根底から覆す事実に此処が異世界なのだと言うことを改めて知る。
愕然となるヒロヤの様に、エリィゼが不思議そうに声をかける。
「何をそんなに驚いているの?」
「え、エリィゼ?」
信じられないとばかりにその顔を見返してからヒロヤが問いかける。
「君はこれを見ても何とも思わないのか?」
だが返された答えはにべもなかった
「何を?だって神殿の教えの通りですもの」
エリィゼは心底から不思議そうに小首を傾げた。
「そうだよー。世界を造った神様の話は有名だもの―」
「はい、神は初めに世界と言う箱を造り、その中に海と大地を、植物と生き物を造って置かれたと幼い頃に神官様から教えられました」
当たり前の事のように言葉を綴るミルィとレニーラに、ヒロヤは驚愕の表情を浮かべて思わず一歩後ろへと下がる。
彼女たちにとって世界は四角く囲われたものであることが常識。
その認識の違いにエリィゼ達が全く異なる世界の人間だと言うことを思い知らされる。
「これで分かったろう、彼らは僕たちとは違う。創造神に造られたこの世界の駒に過ぎない。ゲームのNPCと同じさ」
「そ、そんなこと…」
反論しようとするヒロヤを遮ってリョウが言葉を紡ぐ。
「君だってゲームをするだろう。ゲームで敵を倒して心が咎めたかい?NPCが消えて涙したかい?」
「それは…無かったけど」
「彼らも同じさ。消えたところで何も困らない」
「でもっ…この世界はゲームじゃない」
必死になってヒロヤが言い返すが。
「似たようなものさ。この世界は造りもの…こんな紛い物だらけの世界など僕は御免だ。だからどんな手を使っても元の世界に帰る。君だって帰れるものなら帰りたい。そうだろう?」
リョウの呼びかけにヒロヤの心が揺らぐ。
帰りたくないと言えば嘘になる。
元の世界に残して来た家族や友達に会いたい。
サッカー部の仲間だって…もうすぐ県大会が始まるところだった。
そして自分に付き合って欲しいと告白してくれたマネージャー。
そう言えばまだ返事をしていなかったと思い出す。
「…帰れるのか?」
「ああ、この世界に満ちる瘴気。これを凝縮して一点に向けて照射すれば次元の裂け目…ワームホールを開くことが出来る。そこを通れば元の世界に帰れる」
「で、でも世界は他にもたくさんあるって…」
ヒロヤの反論をリョウはいとも簡単に覆す。
「何故この僕が帰還に此処まで時間をかけたと思う?瘴気を集めながら正確な座標を模索していたからだよ。僕が構築した計算式を使えば確実に元の世界に戻れる」
自信たっぷりに言い切るリョウ。
「一緒に帰ろう」
差し出されたその手にヒロヤがふらふらと近付く。
「ヒロヤっ!」
フレイアの声にヒロヤはハッと我に返った。
「奴の甘言に乗せられるなっ。何か裏があるに決まっているっ」
言われてヒロヤは魔王の所業を思い出す。
「造り物だからこの世界の人達に価値は無いって決めつけてあんな酷いことをしたのかっ?」
ヒロヤの問いに、もちろんとリョウは大きく頷いた。
「戦いを起こせば瘴気が大量に発生するからね」
「そんなことのためにっ!?」
リョウの話にエリィゼから憤りの声が上がる。
「貴方の所為でどれだけ罪のない命が失われたと思ってるのっ!」
その声の強さにヒロヤは前にエリィゼから聞いた話を思い出す。
エリィゼの曾祖父は子供の頃、ミデア大陸にある鬼人族の村に住んでいた。
だが魔王の侵攻により故郷を追われ、キリーナへと落ち延びた。
その辛い逃避行の最中、曾祖父は母親と幼い弟妹を飢えと病で失った。
泣く力も失い、虚ろな瞳を見開いたまま死んでいった幼子。
病に倒れ『私の分も幸せになりなさい』と微笑み…息を引き取った母。
それを目の前にしながら何も出来ず、自分の力の無さに歯噛みするしかなかった。
魔王さえいなければ、戦いなど起こさなければ死ななくて良かった命。
そんな曾祖父の慟哭と悔しさを伝え聞いて育ったエリィゼにとって、リョウの言葉は到底許せるものではない。
エリィゼの叫びにヒロヤの頭にエルドレットの最期の姿が甦る。
そして此処に来る前に見た村の惨状も。
この塔で戦った騎士や魔法師、そしてフレイヤの父。
彼らにしたことだけでもヒロヤは彼を許すことは出来ない。
「帰るにしてもお前の力は借りないっ。俺はお前がやったことが許せないっ!」
言うなり剣を構えたヒロヤに、やれやれとばかりにリョウは緩く首を振った。
「君はレアアイテムを落とす善良なNPCを殺せないタイプのプレヤーなんだね」
残念だよと軽く肩を竦めるとリョウは蠱惑的な笑みを浮かべて口を開く。
「殺さなければレアアイテムが手に入らないなら殺すしかないだろう。僕ならそうする」
そのままリョウは片手を上げた。
その手の中に大量の魔素が集まって行く。
「来るぞっ!」
「あの魔素量だとレベル5クラスですっ」
構えを取ったフレイアとレニーラの忠告に頷くとエリィゼは防御の結界を厚くする。
「負けないよー」
ファイティングポーズを取ったミルィがヒロヤの横に並び立つ。
「ちょっと待ったコール」
双方が激突寸前、暢気な声が辺りに響き渡った。
「マリオっ!?」
「話は聞かせてもらった」
どこかで聞いたセリフを口にしてマリオがリョクとタマを伴い窓から入って来た。
「何で窓っ?」
「いや、階段を使うより早いと思って。ね、アタランテ」
窓枠から伸びる茨に笑みを投げてからマリオはリョウに向き直る。
「初めまして、僕は…」
「自己紹介はいいよ。ようこそ緑の王と風の王」
「はい?」
「ええっ!」
リョウの言葉にヒロヤたちから驚愕の声が上がる。
「いきなりネタバレとは最悪だなー。もっとドラマチックな感じで正体バレしたかったのに」
不満気に口を尖らすマリオの横で、あのなぁとリョクが呆れ顔を浮かべる。
「気にすんのそこかよ。ま、そう言うことならこの姿になってる必要なねぇな…変身っ!」
声と共にリョクの姿が人族から元の飛蝗族に戻る。
「…そんなことを教え込んだのかい。まあその姿を見れば無理も無いけど」
「カッコイイでしょ。本郷さんにそっくりで」
にっこりと笑うとマリオは話を元に戻して行く。
「元の世界に帰るのは勝手だけど、帰っても死ぬだけだよ」
「え?」
とんでもない言葉にヒロヤが大きく目を見開く。
「どういうことだ?」
「簡単に言うと海水魚は淡水では生きられないってことだよ」
さらに首を捻るヒロヤにマリオは詳しく教えてやる。
「ヒロヤ君もこの世界に来たばかりの時にあっただろう。魔素酔い」
「ああ、マジで死ぬかと思った」
何しろ二日酔いに似た症状…酷い頭痛や吐き気が3ヶ月も続いたのだ。
おかげで症状が治まるまで寝たきりで、身動き一つできなかった。
「地球には魔素が無いからね。身体が魔素に慣れるまでそれだけの時間が必要だった。その逆もまたありだって思わない」
「…まさか」
「そう、魔素に慣れてしまった僕らはもう魔素の無い世界では生きられない。鯛やヒラメを川に放したらすぐに死んでしまうのと同じようにね」
マリオの話に愕然となったヒロヤの肩が大きく落ちる。
「…そっか、俺はもう帰れないのか」
「ヒロヤ…」
唇を噛み締めるヒロヤを気遣い、エリィゼがその手を握りしめた。
「大丈夫だよ、おかげで吹っ切れた」
伝わる暖かさに感謝の笑みを浮かべ、ヒロヤは毅然と顔を上げる。
「この世界は俺の第二の故郷だ。故郷を守るためにも魔王っ、お前を倒すっ」
決意も露わにヒロヤはリョウに剣を向けた。
「単純だね。人の言うことを簡単に信じてしまうのは致命的だ」
小さく嘆息するとリョウは嘲りの笑みを浮かべる。
「帰還にあたってこの僕がそれに気付かないとでも」
「まあ、君の事だから何か手は打ってるとは思うけどね」
マリオの返しに、正解だよとリョウは顎を反らす。
「魔素が無いなら持って行けばいい。地球を覆うくらいに」
「な、何を」
とんでもない話にヒロヤが呆れ顔を浮かべる。
「そんなことできる訳が…」
「凡人の君には思いつかない事だろうね。瘴気を集めることが出来る…それは魔素に対しても同じさ。集めた魔素をワームホールを通して別の世界へと移すことなど簡単なことだよ」
「そ、そんなことをしたらこの世界はっ」
悲鳴のような声を上げるレニーラにリョウはあっさりと言葉を返す。
「魔素を失ったら破滅するだろうね」
「そして君はそれを踏み台に魔王として君臨するわけか。元の世界で魔法が使えるのは君だけだから。でも君が魔法を使えば瘴気が発生する。それをどうする気だい?」
マリオの問いに、もちろんとリョウは大きく頷いた。
「ちゃんと植物を使って元の魔素に戻すよ。そのためのこれだからね」
得意げに上げた右手に浮かぶ緑の王紋。
「おい、そりゃぁ」
驚きの声を上げるリョクに、ああと愉悦を浮かべてリョウが言葉を返す。
「使徒にした奴のものを解析してコピーしたのさ。本物に比べると力が落ちるのが難点だけど、僕一人が使うだけなら申し分ない」
得意げなリョウにマリオから派手なため息が零れる。
「文字通り『世界の破壊者』だな。オリジナルは正義のヒーローなのに…残念だよ」
やれやれとばかりに首を振るとマリオはリョウを見据えた。
「君の思う通りにはさせない『その命! 神に還しなさい』」
好きなヒーローの決め台詞を口にしてマリオはリョウの前に立ち塞がった。




