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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
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85、父の愛と娘の涙

感想、評価、ブックマークを誠にありがとうございます。

励みになります。

「86話 世界の果てにあるもの」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります


「ち、父上…」

「仇のお前に父と呼ばれる覚えは無いっ」

 そう言い切るとフレナガンはフレイアに切り掛かる。


「私は貴方と戦う気はないっ」

「そちらに無くとも此方にはあるっ。娘を殺し、しかもその名と姿を奪った貴様を討たねば娘に…フレイアに申し訳が立たん」

 切なげな、それでいて決意のこもった顔でフレナガンはフレイアを睨み付けた。


「覚悟っ」

 手にした大剣がフレイアに向け振り下ろされる。

「くっ…」

 それを自らの剣で受けるが、さすがは帝国の元将軍。

その剛力の前にフレイアが押し切られる。

何とか振り払うが彼女の劣勢は明らかだ。


「ならば…炎よっ」

 たちまちその剣が炎に包まれ火剣へと変わる。

「ふん、早々に馬脚を露したか。ワシの娘は火魔法は使えぬ。それこそがお前が偽者だと言う証よ」

 フレナガンの言う通り、火の精霊王に出会うまでフレイアが火魔法を使うことはなかった。


「ち、違う。私は…」

「大人しく我が剣の錆となれっ」

 フレイアに迫る剣先。

だが混乱する彼女の回避は遅い。


「待ってくれっ!」

 フレナガンの剣を受けヒロヤが親子の間に割って入る。

「こんなことおかしいだろ。そもそも誰があんたに娘が死んだって教えたんだ?その時、父親のあんたは守ってやらなかったのか?」

 立て続けの問いにフレナガンの視線がヒロヤへと移る。

その問いの何かが彼の琴線に触れたらしい。


「…ワシには長く子はフレイアしかいなかった」

 ポツリと呟いてからフレナガンは遠い目をして語り出した。


帝国でも武門の誉と言われ続けていたフレナガン家。

若くしてその当主となった彼は家の名を辱めぬようにと剣の修行に励み、厳しく自分を律していた。

その努力の甲斐あって誰もがフレナガンのことを帝国一の武人と褒め称えた。


そんな彼にとっての唯一の悩み。

それは跡取りとなる男子に恵まれぬこと。

娘を生んだ妻は産後の肥立ちが悪く、医療師から次の子供は望めないだろうと言われていた。

養子を取ることも考えたが、生憎と親戚筋の男子も長子ばかりで年頃の次子はいなかった。

何よりもその血脈に(こだわ)った彼は、まだ年端も行かぬ娘を跡取りとして鍛えることを決意する。


泣いて止める妻の懇願を振り切り、彼は男でも辛い修行を娘に課した。

これでフレイアが逃げ出せば彼も諦めがついたのだろうが…。

フレイアは父親の期待に応えるべく、彼が思った以上の頑張りを見せた。


どんなに厳しい指導にも音を上げることなく喰らいついてくる娘。

生傷や青痣の絶えない身体を見て泣き伏す妻や、その妻に大丈夫だと笑みを返す娘の姿を陰から見て心は痛んだが、フレナガンにはもはや止めるという選択肢は無くなっていた。


そうやって鍛え上げ続け、その剣の才を開花させてゆく娘の様に満足を覚えていた頃、妻から子を身籠ったと教えられた。

まさかの想いの中、時が満ちて生まれたのは焦がれ続けた跡取り息子だった。


その誕生に驚喜した彼の中には娘の存在はまったくと言って良いほど残ってはいなかった。

当然、その胸の内を思いやってやることも。

跡取りを得た嬉しさに浮かれたまま彼は娘にこう言った。


『剣の修行はもうしなくてよい。これからは母を見習い、何処に出ても恥ずかしくない貴婦人となるのだ』

 彼も自分の我が儘に付き合わせてしまった娘に対して負い目を感じていた。

だからこれからは他の令嬢たちのように着飾ったり、ダンスを楽しんだりして欲しいと思ったのだ。

しかしそれが娘にとって死刑宣告に近いものだとは思いもよらなかった。


『父上にとって私はもういらない存在になったのですね』

 寂し気にそう呟いた娘。

その呟きに彼は自分が犯した過ちに気付いた。


そんなことはないと弁明しても娘は哀しい笑いを浮かべるだけ。

周囲がいくら勧めても頑なにドレスを着ることを拒み、いつものように独り剣の修行に励むばかり。

女としての幸せを掴んで欲しいという彼の願いを嘲笑うように14才になった娘は帝国騎士団の入隊を希望した。


もちろんその願いを彼は一蹴し、伝手を頼って娘に似合いの婚約者を用意した。

そうすれば娘も騎士になるなどという夢を諦めるだろうと。

だが彼はフレイアの想いを甘く見ていた。


そんなことで諦めるようなフレイアでは当然なく。

連れて来た婚約者に剣で勝負を挑み『私に勝ったら婚約を認める』と宣言した。

その実力を誰よりも知る彼が案じた通り、婚約者は娘に完膚なきまでに打ち据えられ、這う這うの体で逃げ帰ってしまう。


その後も選んだ婚約者候補をことごとく打ち負かす娘に、彼は怒りに任せてこう言った。

『次の相手を倒したら勘当だ』と。

 こう言えばさしもの娘も大人しく婚約を承諾するだろうと思ったが…。

彼の予想は大きく覆ることとなる。


フレイアは悠々と勝利するとそのまま身一つで家を出て行ってしまったのだ。

慌てて連れ戻そうとその後を追ったが、家を出る覚悟を決めていた娘は用意周到に逃亡計画を練っていたらしく、その行方は杳として知れず。


ここに至って漸く彼は自らの行いを後悔する。

男として育てておいて、後継ぎたる弟が生まれたらあっさりとお払い箱。

しかも今までの彼女の努力をまったく顧みず、それを捨てて今度は女として生きろと強要する。

確かにこれではこんな家など出て行きたいと思うだろう。


「あれから必死に娘の行方を探したが…見つけられなかった」

 深いため息をついてからフレナガンはフレイアを見返した。

「ずっと娘に謝りたい、ワシの願いはお前の幸せだけだったと…そう伝えたいと思い続けていた」

 後悔に満ちた告白にフレイアはマリオの言葉を思い出す。


『自分の我が儘でフレイアさんに剣の修行ばかリさせていたことにずっと罪悪感があった。だから弟が生まれた今ならもうそんなことせずに着飾ったり、ダンスをしたり、娘らしいことをして欲しかったんじゃないかな。凄く不器用な愛情の示し方ですけど』


「父上…やはり貴方は」

 思わず歩み寄ったフレイアだったが、放たれた叫びにその足が止まる。


「その姿でワシを父と呼ぶなっ。私の唯一の望みを絶った貴様がっ」

 憤怒の表情で睨み付けるとフレナガンはフレイアに剣先を向ける。

「違うっ!私は本物のっ」

「言うなっ!」

 キンと高い音を立てて2つの剣が切り結んだ。


「言っても分からぬか。ならば実力で私だと認めさせるっ」

「笑止っ、返り討ちにしてくれるっ」

 交差した剣越しに睨み合い、互いに一歩も引かない。


「止めろよっ!親子で殺し合うなんて」

 再び割って入ろうとしたヒロヤをフレイアが一括する。

「手出し無用!これは私たちの問題だっ!」

 いったん離れ、構えを取り直すフレイアにヒロヤが言い返す。


「私たちじゃないっ!俺ら全員の問題だろうっ」

 ヒロヤの言葉に弾かれたようにフレイアの顔が上がる。

「そうだよー」

「フレイアさんは一人じゃありませんっ」

「私たち仲間でしょう」

 続けられたミルィ、レニーラ、エリィゼの言にフレイアの顔に驚きが広がる。


「…そうだったな」

 驚きが治まるとフレイアは嬉し気に頷いた。


『でもフレイアさんにもいるでしょう』

『え?』

『火の精霊王さまは心からフレイアさんのことを思っていましたよ』

『…確かにそうだ。私にはイシュガルドがいたな』

『それに僕らもです。僕ら…ヒロヤ君やエリィゼさん、レニーラさん、ミルィさんもフレイアさんの仲間で友達ですよ』


「…マリオには助けられてばかりいるな」

 過去の会話を思い返し、フレイアは笑みを零した。


「私には仲間がいる。だから例え父上であろうと負けはしない」

 背後で見守るヒロヤたちに頷き返すとフレイアはフレナガンに向き直った。

「私が本物かどうか、この技を受けて判断するといいっ!」

 言うなりフレイアは手にした剣をを背負うように構える。


「そ、その構えはっ」

「ああ、父上が私に教えてくれたフレナガン家に伝わる奥義…青海斬っ!」

 勢い良く下に向けて振り切られた一撃。

それは波のように広がった衝撃波と共にフレナガンを襲う。


「ぐぁぁっ!」

 まともに技を喰らい吹き飛ばされる身体。

勢いのまま壁に叩きつけられる。


「…み、見事だ」

 ゆっくりと上げられた顔には驚きと歓喜が見て取れる。

「この技が使えるのはワシとフレイアだけ。お前は間違いなくフレイア…ワシの娘だ」

「父上っ」

 弾かれたようにフレイアがその傍に駆け寄る。


「父上、剣の修行を頑張れば貴方に褒めてもらえた。私はそれが何より嬉しかった。私は決して不幸ではありませんでした」

「そうか…」

 目を細めてフレナガンは大きく頷いた。


「フレイア、ワシは…」

 その手を伸ばしフレイアに触れようとした手が止まる。

『つまらないなぁ、僕はハッピーエンドは嫌いなんだ』

 天井から響いた声にその場に居る誰もの顔が上がった。


「ぐぁっ!」

 途端にフレナガンの身体が大きく揺れ、手や足の先が黒く染まって行く。

「父上っ!」

 エルドレットと同じ変化にフレイアから悲痛な叫びが上がる。

 

『第二ラウンド開始と行こう』

「魔王っ、お前!」

 楽しげな声にヒロヤが怒りの声を上げた。


「人を(もてあそ)ぶのもいい加減にしろっ!。お前には良心が無いのか!?」

『嫌だなぁ、僕にだってちゃんとあるよ。ただこの世界に存在するものに使わないだけさ』

「お前はっ」

 怒りに震えるヒロヤの前でフレナガンがその手を握るフレイアを振り払う。


「そうか、貴様が魔王か…ならば思う通りにはさせんっ」

 剣に縋るように立ち上がるとフレナガンは半分以上黒くなった身体を見下ろし、次いでフレイアに目を向けた。

「フレイアよ」

「は、はい。父上」

「ワシの望みはお前の幸せだけだ」

 そう笑うとフレナガンは剣身をその首に添えた。


「達者で暮らせ」

「父上っ!」

「魔王よっ、ワシの生き様に刮目せよっ」

 宣言と同時に剣が一閃する。

「いやあぁっ!」

 悲鳴をあげるフレイアの目の前にゴロリとフレナガンの首が転がった。


「父上ぇぇっ!」

 咄嗟に落ちた首を抱え込むが、無情にも首はすぐに砂と化してフレイアの腕の中から消え失せてしまう。

「漸く想いを伝えられたのに。もっと貴方と話したかったのに…」

 床に手をついたまま涙を流すフレイアに誰もが遣り切れない想いを抱く。


「…魔王、お前だけは絶対に許さないっ!」

『ならば上がって来るといい。僕は逃げも隠れもしない』

「ああ、待ってろっ」

 怒りに燃えた目でヒロヤは天井を睨んだ。




「ヒロヤ君たちはこの上かな?」

「おう、もう天辺に着いてるんじゃねぇか」

「だったら急がないとね」

「確かにな、魔王相手にゃあのガキんちょじゃちっとばっか頼りねぇからな」

 ハッキリとした物言いにマリオの顔に苦笑が浮かぶ。


 塔の近くに取り出した種を置きマリオが優しく声をかける。

「アタランテ、お願い」

 それに応えてスルスルと緑の茨が塔の壁に巻き付いて行く。


「行こう、リョクさん」

「おう、最終決戦と行こうぜ」

 意気込むリョクと共にマリオは塔を見上げた。





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