80、世界の果てと魔王城
感想、誤字報告をありがとうございます。
「81話 魔王vs勇者」は土曜日に投稿予定です。
少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「これが聖結界か」
目の前に広がる光の壁にヒロヤから感嘆の声が漏れる。
左右に長く広がる様は万里の長城のようだ。
「ええ、普通は通り抜けることは出来ないけど私達には光の王君からいただいた指輪があるから」
上げられたエリィゼの指にはシンプルなリングがある。
「そうだな」
小さく頷くヒロヤにアレクが声をかける。
「こっから先は竜車は使えやせん。結界の中は瘴気が濃すぎるんで騎竜が瘴魔に変わっちまいます」
「確かにそうね」
「だったら食べ物はー?」
「各自のマジックバックに入れて行くしかないわ」
「ええーっ」
ため息混じりのレニーラの言葉にミルィから悲痛な声が上がる。
それだと持って行ける量は水を含めると5日分がいいところだからだ。
「へい、ですからこいつを」
差し出されたのは少し大きめな背嚢だった。
「これは?」
「光の王君からの心づけでやす。これでしたら10日は食いつなげるんで」
それだけの量が入るくらい高性能なバッグということだ。
「光の王君の御厚意、有難くいただく」
そう頭を下げるとフレイアはアレクから背嚢を受け取る。
「それとコイツも預かってきやした」
アレクの手にあるものを見て誰もが息を飲む。
「転移の魔道具…だよな?」
話に聞いただけなので確信が持てず疑問形なヒロヤの言葉に、ええと驚いた顔のままエリィゼが頷く。
「しかも魔石付きとは」
呆れたように息をつくとフレイアは分厚い図鑑サイズの四角い箱を見つめる。
転移の魔道具は便利だが、起動に多大な魔力を必要とする。
しかしカトウ工房によって作り出された最新作は魔石付きで誰でも使えるようになっている。
「その分、値は張りますが」
どうやらその値段を知っていたらしいレニーラが深いため息をつく。
「それだけ期待されてるってことなのか」
「でもこれがあればそんなに歩かなくてすむよー」
苦笑するヒロヤの横で嬉し気にミルィが言葉を綴る。
確かに転移の魔道具を使えば格段に距離が稼げて移動が楽だ。
「お前はこれからどうするのだ?」
アレクから超高級品の魔道具を受け取りながらフレイアが問いかける。
「一度キリーナに戻りやす。皆さんが結界に着いたことを報せねぇといけやせん」
「そうか、気をつけて行け」
「今までありがとう」
礼を言うヒロヤに、とんでもねぇと慌てて手を振るとアレクは深々と頭を下げて御者席へと戻る。
「それじゃ皆さん、キリーナでお持ちしておりやす」
大きく手を振りアレクは竜車を操ってその場を後にした。
「それじゃあ俺らも行こうか」
「ええ」
「任せてー」
「お供します」
「相手にとって不足はない」
力強く頷く仲間を見回してからヒロヤは覚悟を秘めた顔で結界の中に踏み出した。
「…頭領」
しばらく進んでから停まった竜車の傍らに30人程の忍びが集まって来る。
「御苦労」
深く頭を下げる部下たちの前でアレクは一瞬で御者の姿から忍者装束へと変わる。
「勇者一行の護衛は継続しつつ、これより魔王領探査の任へと移る」
「はっ」
竜車の後を気配を消して付いて来ていた彼らが小さく頷く。
少数精鋭だと思われていた勇者一行だが、実は忍付きの中規模部隊だったのだ。
彼らの指にも勇者たちと同じリングが光る。
その姿は音もなく結界の向こうへ消えていった。
「…これは」
結界を抜けた途端、辺りの景色が一変する。
草木一本、生えていない荒涼とした地が何処までも続いている。
生き物の気配もまるでなく、まさしく死の大地だ。
「何かこっちに来るよー」
聴覚に優れているミルィが険しい顔で前方を指さす。
その先に現れたのは…。
「やはりアンデッドか」
「しかも妖魔のね」
「この地で動くものと言ったらそれしかいないのでしょう」
身構えるフレイアの横でエリィゼとレニーラが油断なく言葉を交わす。
「前衛は俺とフレイアとミルィ、後衛にレニーラ。エリィゼは回復を頼む」
以前と変わらぬヒロヤの指示。
すぐさま所定の位置についた一行の動きは前とはまったく違う。
此処に来るまで瘴魔を相手に実戦を重ね、そのチームワークは見違える程に洗練されている。
「来たぞっ」
5人がそれぞれに構えを取ると、5体の猪に似た妖魔のアンデッドが姿を現した。
「正眼に構えて、急所を狙う。…ホーリースラッシュっ」
静かに息を吐くとヒロヤは手にした剣を一閃させる。
上段から振り下ろされた光魔法を纏った剣はボア・アンデッドの首を捕え、次にそれは大きな音と共に身体を離れて地に転がった。
「うむ、こうも早くに体得するとは勇者の称号は伊達ではないな」
ヒロヤの剣技にフレイアが満足げに頷く。
覚醒したからかヒロヤの成長は目を見張る程で、フレイアの教えをすぐに身に着けていった。
同時に行われたエリィゼとレニーラによる光魔法の修行も順調で、魔法剣士として申し分のない腕になっている。
「先が楽しみなことだ。…私も負けてはおられぬなっ」
そう微笑むとフレイアは自分に向かって突進して来たボア・アンデッドを炎の剣で消滅させた。
ミデア大陸の北の果て…。
そこには漆黒の塔が立っている。
細く、そして高く聳える姿は教会建築のカンパニーレ(鐘塔)のようにも見える。
その最上階に一人の男が佇んでいた。
黒い髪に黒い瞳、その面差しは整ってはいるが…。
唇に浮かぶ酷薄な笑みが彼を酷く冷淡に見せている。
「…その調子で戦い続けて欲しいものだ」
見つめる先にあるのは巨大な水晶球。
其処には勇者一行の戦いの様子が映し出されている。
彼が各地に放った小型ゴーレムが見たものが映像化される魔道具だ。
「さすがは『勇者』と言ったところか、瘴気の発生量が他とは桁が違う。…不良在庫の処分先としては実に優秀だ」
クッと笑みを零すと彼は遠くを見つめるながら言葉を綴る。
「瘴気を効率的に集める為とは言え、我ながら長い時間をかけたものだ」
そう言うと彼は一冊の本を手に取った。
魔法を使わせれば瘴気が増える。
そう思って戦いを起こしたが…戦いだけでは思ったほど瘴気は得られなかった。
だからまずは魔法を使う者を増やすことにした。
魔王の同郷者と言うだけで迫害されていた聖女に協力者として近付き、何くれとなく助けてやった。
『簡単に人が死ぬことのない世の中にしょう』
そう言ってやれば聖女はそれは嬉しそうに笑って頷いた。
光の書と呼ばれる医学書を作り、聖女と共に多くの治療院に配って回った。
おかげで人口は増え、同時に使用される魔法も増えた。
「錬金王にも感謝だ。魔道具が普及すればするほど瘴気も増幅し続けた」
姿を変え弟子としてカトウの下に潜り込み、それとなく地球由来の技術の開発ヒントを与えてやった。
『魔道具で人々の暮らしを豊かにして行きましょう』
その言葉にカトウは大いに喜び、次々と発明を商品化していった。
それが人を助けると信じて。
「だが自分たちのして来たことが本当はこの世界を消滅させる為の手助けだったと知ったら…2人はどんな顔をしただろう」
楽し気な笑みを浮かべてから彼は窓の外へと目をやった。
「この景色を見た時、勇者は何と言うかな?この世界が守るに値しないと悟るくらい賢ければいいが。…まあいい、邪魔をするなら排除するまでだ」
そう独り言ちると彼は傍らの装置に歩み寄る。
瘴気の貯蔵状態を示す…水晶球と同じカトウの加護である【錬金】を【解析】して作り上げた魔道具だ。
「もう間もなく瘴気は目標量に達する。そうなれば地球への帰還が叶う」
愛おし気に装置を撫でていた手が停まる。
「…馬鹿な」
唖然とした後、彼は急いで水晶球を操り出す。
「どういうことだっ」
怒りも露わに睨み付ける先にあるのは緑豊かな森。
死の荒野と呼ばれ、不毛の地である場所に次々と小規模ながら森が誕生していた。
普通ならばこれほど瘴気が濃ければ植物は枯れてしまう。
しかしその森の植物たちは瘴気に負けず元気に葉を茂らせている。
その効果は覿面で、微量ながら瘴気の量が減少してきていた。
「世界樹は燃やし尽くしたはずだ。…まさか女神め、新たな世界樹を誕生させたかっ!?」
怒りの眼差しを天に向けると彼は皮肉めいた笑みを唇に乗せる。
「この僕を抹殺する為にわざわざ『勇者』なんてものを誕生させた女神だ。それくらいは遣りかねないか。…いいだろう、ならばその世界樹も消し去るだけだ」
クルリと踵を返すと彼は全ゴーレムに命令を下す。
「探せ、世界樹をっ。この世界をくまなく回り必ず見つけ出せっ」
そのまま小さく息をつくと彼は【解析】を始める。
「だが世界樹が生まれただけではこうはならない。何者かの意図を感じる。…緑の王かっ」
自分と同じ世界からやって来た同胞。
【賢者】の加護を持ち、暇つぶしに始めた『黒の人形師』という遊びの邪魔をしてくれた相手の顔を思い返す。
「いずれ仲間にに引き込んでその知恵を利用しようと好きに泳がせていたが…敵に回ると言うなら潰すまでだ」
その才を惜しむかのように一度閉じた目が開かれる。
そこには残酷な光が宿っていた。
「まずは新たな森の殲滅か」
呟きと同時に彼の足元に魔法陣が生まれる。
「…ファイヤーランス。すべての森を焼き尽くせっ」
塔から放たれた無数の炎の槍がミデア大陸各地へと散っていった。
「どうやら魔王の野郎、気付いたみたいだぜ」
上空を横切って行く炎を視界に捕らえ、リョクがマリオに声をかける。
「うん、遅すぎるくらいだけどね」
ニッコリ笑うとマリオは足元に撒いた種たちに【成長】と【進化】を放つ。
するとたちまち芽吹いて勢い良く天を目指して伸びて行く。
「いくらでも燃やせばいいよ、その倍の数の森を生み出すだけだから…これが僕の戦い方だ」
そう宣言するマリオに、おうとリョクが手を上げる。
「守りは任せろ。なぁタマ公」
「ガウッ」
大きくなったタマがマリオを守るようにその傍に身を寄せる。
「絶対に吠え面かかせてやるからな。首洗って待ってろ、魔王っ!」
北に向かって拳を振り上げるリョクにマリオも力強く頷く。
「排水溝に潜んでるピエロと出会ってしまえって思えるくらい僕も魔王のことが嫌いだからね。イツキにしたことがどんなに酷いことだったか気付かせてあげるよ」
笑んだままの言葉だったが、その目は全く笑っていない。
「…怒らせちゃいけない奴を怒らせたな。馬鹿な野郎だ」
「ガウッ」
呆れ声でのリョクの言葉に同意の頷きを返すタマだった。




