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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
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8、虫人とエルフ


「虫人にはたくさんの種族がいます。

まず一番数が多い『飛蝗(バッタ)族』。次が『蜂族』と『蟻族』。

他に『甲虫族』『蝶族』『蜻蛉(とんぼ)族』といった空を飛ぶものや『蜘蛛族』『百足(ムカデ)族』『蟷螂(かまきり)族』などの地に居るものです。

その虫人族がどの種族からも畏れられる最大の理由は彼らの食欲です」

 マールの説明とさっきの男たちの言葉を総合してマリオは答えを導き出した。

「…つまり虫人族にとって僕らは食べ物ってこと?」

 マリオの言葉にマールは大きく頷いた。


「ええ、虫人族の目が赤く光ったらそれは空腹であることの現れです。

そうなったら動くものはすべて食料と認識されます。場合によっては同族とですら食い合いとなるんです。

唯一の例外が子育て期間中で、その時はどんなに空腹でも彼らは一切食事を取りません。自分の子を食べてしまったら滅びてしまいますから」

「なるほどね。…虫人と他の種族の交流がない訳が分かったよ」

 騒然となるギルド内を見回してからマリオは気になっていたことをマールに問うてみる。


「他種族と虫人族の間で戦いとかにはならないの?」

 話を聞く限り虫人族の存在はかなりの脅威だ。

普通ならそれを排除しようとするだろう。


「大昔にはそんな動きもありましたけど…」

 マリオの問いにマールは緩く首を振った。

「でも虫人族と敵対した国の殆どがすべてを食い尽くされて更地に変わりました。

それに空腹でない時の虫人族は話も通じますし、結構気のいい人達なんです。ですから…」

「触らぬ神に祟りなし。不用意に相手を刺激しないでやり過ごすことにしたんだね」

「はい、誰だって命は惜しいですから」

 納得の頷きを返してから、マリオはエルフ族に付いても聞いてみる。


「エルフも他の種族との交流がないって聞いたけど?」

「彼らはエトナ山に負けないくらいプライドが高いですから」

 この世界で最高峰と言われる山の名を例えに出し、マールは少しばかり忌々し気に言葉を継ぐ。


エルフは自らを『森人』と呼び、この世界を守護する『緑の王』が何代にも渡りエルフから選ばれたことを誇りとしている。

緑の王はこの世界に溢れる瘴気を魔素に戻すことが出来る植物の王。

七人いる王の中でも最も尊い存在なのだ。

ゆえにその王を輩出し続けるエルフはより気高い一族であると。


マールの話にマリオはイツキから聞いたことを思い返す。

魔法は術者の体内魔素を使うことで発動する。

日常生活で頻繁に使われる魔道具も内蔵されている魔石の魔素で動く。

そうやって使われた魔素は瘴気へと変質し、空中に飛散してゆく。


瘴気が増えると『瘴気溜り』と呼ばれる特に濃い場所が発生し、その影響を受けた生き物は、まったく別の物へと変わってしまう。


普通の獣が魔素が多い環境で変異したものを『妖魔』

その妖魔が瘴気によって変化へんげしたものを『瘴魔しょうま』という。


妖魔も十分脅威だが瘴魔はさらに厄介で、同じ種でも巨大で凶悪。

現れたら国が討伐に動くほどだ。


その瘴気を元の魔素に戻すことが出来るのがこの世界の植物なのだ。

それゆえ植物の君主である緑の王は世界の守護者として多くの者に慕われている。

「二酸化炭素を光合成で酸素に変える…みたいなものかな」

 そんなことを呟いてからマリオはマールに向き直った。


「えっと…つまり自分たち以外の種族を下に見て、まともに付き合おうとしない鼻持ちならない連中ってことで…合ってる?」

「はい、その通りです」

 思いっきり肯定するマールにマリオも苦笑を返す。


「以前、調度品の買い付けににゴーザにやって来たエルフ一行は特に酷かったですよ。下等な者とは口を利くのも汚らわしいって感じで、私たちに生ゴミでも見るような目を向けてきましたから。

態度も尊大で『我らに買われることを誉と思うがいい』とか言って、お金を地面に投げ付けて商品を持っていったそうです」

「…筋金入りのエルフ至上主義だね。勉強になったよ、ありがとう」

 礼を言ってからマリオは今日の宿について聞いてみる。


「ところでお勧めの宿とかあったら教えて欲しいんだけど」

 ギルドの受付嬢だけあって、そういった情報は豊富と判断したマリオの考えは当たっていたようでマールはすぐに口を開いた。


「そうですね。ランクはどれくらいのがいいですか?」

「ランク?」

「Aは一泊1000ドンの高級宿で、Bは一泊400ドン、Cは300ドンで、どれもお風呂と食事が付いてます。

Dは庶民宿で200ドンほど、食事は付きますけどお風呂はありません。

後はランク外の木賃宿で100ドン…でもこちらは食事も出ませんし、治安もあまり良くないところにありますから」

「だったらCでお願いします」

 マリオの言葉を受け、マールは少し考えてから弾き出した宿の名を告げる。


「でしたらコマドリ亭の斜め向かいにある『そよ風』が良いですよ。

此処も御飯が美味しいって評判の宿ですから」

「ありがとう、行ってみるよ」

 片手を上げて歩き出したマリオに、お気を付けてとマールが笑顔で声をかけ見送ってくれた。



「さてっと…宿に行く前に買い物を済ませようかな」

 ギルドの近くにはハンター御用達の店が多く集まっている。

服屋でシャツと下着を数枚購入してから、マリオは隣にある雑貨屋に足を向けた。


「いらっしゃい。何をお探しかね?」

 中に入ると気さくな感じのオジさんが声をかけて来た。

「旅に必要なものが欲しいんですけど」

「坊やは旅は初めてかね?」

 ここでも童顔のマリオは未成年に見られたようだ。


「ええ、なのでいろいろ買い揃えようと思って」

 もはや恒例となってしまっているので、マリオは訂正することなく店主と会話を続ける。

「だったらまずはこれだね」

 差し出されたのはA3用紙くらいの布袋だった。


「これは?」

「洗濯袋だよ。これには浄化の魔法が付与されていてね。中に入れて置くだけで汚れ物が新品同様に綺麗になるのさ」

「へぇ、便利ですね」

「その分、値段は張るけどな」

「いくらですか?」

「本当なら600ドンのところを今日は特別に400ドンにまけておくよ。

どうだい?」

「うーん、他に入用な物はなんですか?」

 マリオの問いに、そうだねと少し考えてから言葉を継ぐ。


「野営用の結界石付きテントは絶対に必要だね。他には火石、水石、簡易調理道具、回復薬や毒消しといった薬類ってところかね。一式買うなら安くするよ」

「他にも買いたいんでお店の中を見て回っていいですか?」

「ああ、好きに見てくれ」

 店主の言葉に頷くと、マリオは片眼鏡(モノクル)を取り出しこっそりと鑑定を掛けてゆく。


「洗濯袋とテント、それと火の石をお願いします」

「それだと…特別にオマケして全部で1900ドンだ」

「分かりました。じゃあこれで」

 リュックから金貨1枚と銀貨9枚を取り出してからマリオは何気ない調子で呟いた。


「約束した通り、買った物はユゲルさんに見せないとな」

 その言葉に品物をまとめていた店主の動きがピタリと止まる。

「ユゲル…って、Aランクハンターのユゲルさんかい?」

「ええ、街に入る時にお世話になったんです。僕が田舎から出てきたばかりと知って心配してくれたみたいで、買った物は一度俺に見せるんだぞって」

「そ、そうかい…ちょっと待ってくれ」

 言うなり店主はまとめた品を持ってそそくさと店の奥に消え、しばらくしてから戻って来た。


「毎度あり。ユゲルさんにはよろしく言っておいてくれ」

「はい、言っておきます。このお店で凄く親切にしてもらったって」

 にっこり笑ってマリオは渡された品をリュックへ収納すると早々に店を後にする。



「…お見事です。我が王」

 人気のない裏路地に入ったところで姿を現したイツキがそう声をかけて来た。

「ですが良くお判りになりましたね」

「まあね、海外での買い物と一緒だよ。やたら愛想が良かったり、すぐに破格な値引きをする店は要注意って言われてるから。

鑑定したら最初に渡そうとした物は付与が切れかかった粗悪品ばかりで、一見の客だし、すぐに旅に出るから支障が出ても文句は言ってこないと踏んで不良在庫の処分先にしようとしたんだろうね」

 軽く肩を竦めるマリオにイツキが問い掛ける。


「それで先ほどのハンターの名を出したのですね」

「うん、ユゲルさんには悪いけどその名声を利用させてもらったんだ。

ずっとこの街にいる有名人の顰蹙を買うような真似をしたら商売に差し障るからね。だから改めて渡してきたのは一級品ばかりだよ」

 にっこり笑うマリオの(したた)かさにイツキが感心しきった眼差しを向ける。


「ところでさ、イツキ」

「何でしょうか、親愛なる我が王」

「緑の王はエルフから選ばれるって聞いたけど」

 マリオの問いに、その隣にいるイツキが緩く首を振って口を開く。


「確かに先王に続き前の二人がエルフでした。それゆえ緑の王はエルフから選ばれると思い込んでいる者が多いようです。

ですがその前は人族、さらに前は獣人族が王でしたので三代続いてエルフから王が選ばれたのはたまたまです」

「そうなんだ。…でも当のエルフはそう思ってはいないんだね」

 マリオの言葉に、はいとイツキも頷いた。


「身の程知らずにも自分たちが選ばれた特別な存在だと吹聴して止みません。

他種族から王の威光に縋ることしかできぬ愚か者だと揶揄されていることも知らずに」

「言うね、イツキ」

 辛辣な言葉にマリオから微苦笑が零れる。


「僕としても他人を簡単に見下す者達と進んで付き合いたくはないから、エルフについてはスルーでいいかな」

「はい、エルフ達が何か言ってきても無視して下さって結構です」

 そうイツキが大きく頷いた時だった。

 


「…見つけたぜ」

「え?」

 突然、マリオの背後からそんな声が響いた。

振り向いた先にいたのは足首までの長いローブを纏った人物だった。

声からすると男らしい。

しかし目深に被ったフードと顔に撒かれた黒い布の所為で人相はまったく判らない。


「あなたは…」

 驚いたように相手を見るイツキ。

どうやら知り合いのようだ。


「久しぶりだな、世界樹。…お前が傍にいる上に、この王気。

こいつが新しい緑の王で間違いないな」

 ふむふむと頷くと、おいと相手はマリオに声をかけた。

「えっと…どちらさま?」

「こまけぇことはいいんだよっ。ちょっくら付き合えや」

「はい?」

 首を傾げるマリオを無視して、男はマリオの肩に手を置いた。

そして反対の手を高く掲げる。


「お待ちくださいっ!」

 男の意図に気付いたイツキが慌てて制止をするが、それを聞くような相手ではない。


「いくぜっ」

「ど、どこへ?」

「ついてくりゃぁ判るってもんよ」

 その言葉が終わる前に男の周囲に風が巻き上がる。


「え?…ふええっ」

 おかしな声を上げるマリオと共に、男の姿は小型の竜巻に乗り

空高く巻き上げられていった。






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