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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
73/94

73、豊かな実りと風の王

評価、ブックマークをありがとうございます。

「74話 天才魔法師の最期」は土曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけるよう頑張ります。


「おい、マリオ」

 小声だが心配げな顔での呼びかけに、何とマリオは首を傾げた。

「お前、朝から魔法を使い続けてるだろう」

「あ、バレた」

 軽く首を竦めるマリオに、まったくとリョクから派手なため息が漏れ出る。


「植物達が少しでも元気になってくれたらと思って、そうすれば瘴気も減って行くし。いきなり多くの魔法を使うと植物達への負担が大きいから『活性』の魔法をちょっとづつね」

 言いながらマリオは窓の外に広がる景色を眺める。

瘴気の所為で萎れていた草木が、心なしか元気になったように見える。


ミデア大陸に入って3日目、北に向かうに従って周囲はどんどん荒涼とした風景に変わって行き、同時にそこに住む者たちの困窮も激しくなり痩せ細った姿が多く見られるようになっていた。


「無茶すんな、俺らは不老だが不死じゃねぇんだからな。王じゃなきゃ気付かねえくらいの魔法でも使い過ぎは命力の枯渇に繋がるんだぞ」

 目の前の惨状を何とかしたかった気持ちは分かるが、王と言えどその力には限界があるのだ。

「ん、ありがと。程々にしておくよ」

「そうしろ。…さっきからこっちを睨んでる奴が鬱陶しいからよ」

 言われて目を向ければ、フレイアがきつい眼差しで此方を見ている。


「フレイアさんにも心配かけちゃったね」

 ごめんなさいと口の形だけで謝ると、一瞬驚いたように目を見開いた後ですぐさま顔を反らせる。

しかしその耳は真っ赤で照れているのが丸分かりだ。


「まったく…素直じゃねぇんだからよ」

 呆れたように言葉を綴ったリョクだったが、その目が剣呑に細められる。

「気をつけろ、マリオ」

「また瘴魔の襲撃?」

「いや、違う。コイツは…」

 言い淀むリョクを不思議そうに見ていたマリオの耳にアレクの焦った声が届く。


「あぶねぇっ!」

 急停車した竜車に座席から放り出されたミルィから抗議の声が上がる。

「ちょっとぉ、何なんの!?」

「すいやせん。急に人が飛び出して来やして」

 言われて窓の外を見れば、まだ少女と呼べる年頃の女の子が道に立ち尽くしている。


「お、お願いですっ。私を買って下さいっ!」

「えぇぇ?」

 とんでもない申し出にヒロヤから頓狂な声が上がる。

必死な様子の相手は、痩せ細り薄汚れてはいるが顔はそこそこ整っている可愛い子だ。


「見ず知らずの相手に身売りとは穏やかではないわね」

 ため息混じりにそう言うとエリィゼは話を聞くべく立ち上がった。

「あ…」

 竜車から降りて来たエリィゼを始めとする一行を見た少女の顔が、たちまちのうちに曇ってゆく。

続いて現われたリョクを見てその顔に明確な怯えが走る。


「どうやら訳ありみたいだね。僕はマリオ、君は?」

「リコル」

 小さな声で答える少女に改めて問いかける。

「身売りしなければならないほど困っているの?」

 レニーラの問いにコクリとリコルが小さく頷く。


「前から多くは実らなかったけど今年は特に酷くて。今までは奴隷商が買い付けに来ていたから、そのお金で何とかなっていたんだけど」

 彼女の視線の先には荒れ果てた畑が広がっている。

つまり奴隷商までもが見放すほど、この辺りは困窮しているということだ。


「そんな…」

 その悲惨な話にヒロヤは絶句する。

日本で何不自由の無い生活を送って来た彼からしたら信じられない事なのだろう。


残される家族の為に親が奴隷として子を売らざるを得ない状況。

しかし今はそれすらも出来ない。

何よりショックだったのが、自分を取り巻く環境の酷さを語る少女の眼差し。

その目には憤りも悲しみも無く、当然の事として受け入れてしまっている。

それは今まで豊かな生活を知らずに生きて来たことに他ならない。

おそらくお腹いっぱい食べた経験も無いのだろう。


「それで切羽詰まって強盗の真似事か?」

「え?」

 リョクの言葉に怪訝な顔をしたヒロヤだったが続けられた言葉に驚く。


「隠れてる奴らも出て来いっ。でねぇと此処ら一帯に火魔法をお見舞いすんぞっ」

 すると慌てた様子で近くの草むらから5つの人影が姿を現す。

その誰もが十代前半、日本なら中学生と思われる年頃の子達ばかりだ。


「なるほど…この娘を囮に竜車を停め、その隙に襲う気だった訳か」

 呆れたように呟くフレイアの言に先頭にいた少年が怒りの眼差しを向ける。

「悪いかよっ、こうでもしなくちゃ俺らは生きて行けねぇんだっ!」

「何、開き直ってんだっ。だからって盗みをしていいことにはならねぇだろうがっ」

「だったらどうすりゃいいんだよっ。俺らにこのまま飢え死にしろって言うのかっ!?」

「ちょっと落ち着こうか。此処で言い争っても疲れるだけだから」

 ヒートアップする会話に、ふにゃんとした笑みを浮かべたマリオが割り込む。

その穏やかな声にリョクと少年はバツが悪そうに黙り込んだ。


「で?詳しい状況を教えてもらえる」

 リュックから菓子を取り出したマリオの横からアレクが人数分のお茶を差し出す。

それを貪るように食べていた彼らが落ち着いたところを見計らって事情を聴いてみる。


「俺らはこの先にあるヨーナ村から来た。見ての通り畑はあの有様で食う物がねぇ。だから村の大人たちが領都まで出稼ぎに行ったんだ」

「けど半年経つのに何の連絡も無いの」

「金も食い物も送られてこないし、村にはもう食うもんなんて無いから」

「それで悪いとは思ったけど、隊商を襲って食料を奪おうって計画を立てたんだ」

 口々に語られた彼らの話に一行の誰もから深いため息が漏れる。


「それって計画ですらないわね」

「見事なくらい行き当たりばったりの行動だわ」

「相手がアタイらだったから良かったけどー、普通の隊商だったら襲った時点で護衛に殺されて終わりだよー。盗賊は問答無用で殺してもいいことになってるから」

 エリィゼ、レニーラに続いてミルィがそう言えば、一気に少年たちの顔から血の気が引く。


「だっらどうしたら良かったんだよっ。村には腹を空かせた弟や妹が待ってんだっ」

「じっちゃんやばっちゃんだって腹が減ってるのに…それなのに俺らに食わせてばっかで自分らはホンの少ししか食わねぇんだ。このままじゃ…」

 たまらず声を上げた彼らに渡す答えを持つ者は無く、誰もが黙り込む。


「あ、あの…良かったら」

「やめておけっ」

 財布の袋に手を掛けたヒロヤの言葉をフレイヤが強い口調で遮る。


「安易に助けようとするな。その恩恵から漏れた者の恨みを考えろ」

「う、恨み?」

 訳が分からない様子のヒロヤに向かいエリィゼが悲し気に言葉を継ぐ。

「飢えた子供を哀れに思った貴族がその子に金貨を与えたことがあったの。これで何か買って食べなさいって。でも…その晩、その子と家族は金貨を狙った者達に殺されてしまったそうよ」

 エリィゼの話にヒロヤは言葉も無い。


「一人を助けてもそれは問題の解決にはならない。むしろ余計なことになる。地球でも貧しい国は治安も悪いからそう言った話はよく聞いたよ」

 続けられたマリオの話にヒロヤは大きく息を吐いた。

「俺は…本当に何も知らないんだな」

 この世界の事だけじゃなく元居た世界の事すら何も分かっていなかった。


衣食住の世話はすべて親がしてくれて、学校に行って、部活をして、合間にゲームをして。

将来に対しての漠とした不安はあったけれど、安穏と日々を過ごしていた。

そんな中でも少し気を回して周りを見ればマリオが言ったことを知ることは出来たはずなのに。


「知らないことは悪いことじゃないよ。知らないならこれから知ればいいんだし」

 落ち込むヒロヤを元気付けるようにその背を軽く叩くと、マリオはリコルへと顔を向けた。

「出稼ぎに行った人たちが帰って来れないのは聖結界を越えて来たアンテッドの出現で国境が封鎖された為だよ」

「何だってっ!」

「そんな…」

 初めて聞く事実にリコル達から悲痛な声が上がる。


「じゃあ、父さんたちは俺らを見捨てた訳じゃ…」

「きっと君たちや村のことを心配してると思うよ」

 ニッコリ笑うマリオの言葉を受けてヒロヤが勢い良く顔を上げる。

「ならアンテッドのことを解決すれば村を助けられるってことか」

 意気込むヒロヤに、うんとマリオが頷く。


「まずは自分に出来ることをね。それが他人(ひと)を助けることに繋がるから。それと安易な情けはトラブルを呼ぶだけだけど、でもだからって何もしないっていうのも良くないよね」

「何をする気だ?」

 咎めるように此方を見るフレイアに笑みを向けながらマリオが言葉を継ぐ。


「初日のレッドボアだけど、あれを遣わしてもらっていいかな?」

 勇者一行が倒した5体の瘴魔だが、最初は運ぶ術が無いということで討伐証明である牙と魔石を取ったら放置するはずだった。

だが勿体ないとマリオがリュックに入れて預かることになった経緯があった。

「それは構わないけど」

「アタイらの分は取っておいてよねっー」

 頷くヒロヤの横で慌ててミルィが言葉を挟む。


「大丈夫、ビックボアには手をつけないから」

 そう笑うとマリオはアレクに声をかける。

「僕らはこのまま彼らの村に行くよ。後から追いかけるから先に行っていてもらえる」

「ちょ、待てよっ」

 マリオの言葉にヒロヤが慌ててその肩を掴む。


「俺らも一緒に行くさ」

「そうですね。このまま素通りと言う訳にはゆきませんもの」

 ヒロヤに続きレニーラも同行を申し出る。

「分かったよ、一緒に行こう」

 苦笑を浮かべてマリオは頷いた。



案内されてやって来た村は、少年たちが言った通りに酷い有り様だった。

老人たちは枯れ木のように痩せ細り、子供たちも栄養失調児特有のお腹ばかりが飛び出し痩せた手足という姿をしている。

「確かにこれは壊滅一歩手前だね」

 深く息をつくとマリオはリュックから2体のレッドボアを取り出した。


「す、すげぇ」

「こんなデカいボアは初めて見たっ」

 興奮する彼らの声と久しぶりに見る豪勢な食材に村中の者が広場に集まって来る。

「痩せた身体にいきなり重いものは良くないから雑炊を作るわ。余った分は干し肉にしておけば備蓄できるし」

 エリィゼの言葉に頷くと皆して作業を開始する。


「これはポルンの木?」

「そうよ、昔はたくさんの実が生って村の名物だったってバアちゃんが言ってたわ」

 広場の端を囲むように立っている木々を見て何気に呟いたマリオに、そうリコルが答える。

「でも私は実が生ったとこは見たことが無いけど」

 軽く肩を竦めるリコルの背後で彼女を呼ぶ声がした。

どうやら雑炊が出来上がって配膳を手伝えということらしい。

笑顔で走ってゆくリコルを見送ってからマリオはポルンの木に向き直る。


「…そっか、ずっと村の人達に大切にされてきたから恩返しがしたいんだね」

 ポルンの木の声なき声を聞き、マリオは静かに右手を上げた。

「瘴気に負けない強さを君たちに与えるよ【進化】…それと【活性】と【豊穣】を」

 その言葉が終わると木々を暖かな光が包み、それが消えた時には…。


「う、嘘っ」

「凄ーいっ」

「実がいっぱいだぁ」

 歓声を上げて子供たちがポルンの木の下へと駆け寄ってくる。

その目に映るのは林檎に似た真っ赤な実がたわわに成る姿。


「はい、どうぞ」

 枝からもいで手渡すと、子供たちからさらなる歓声が上がる。

「美味しいっ」

「甘ーいっ」


「これは一体…」

 奇跡のような光景にフレイアを除き呆気に取られる勇者一行。

その後からやれやれとばかりに首を振ってリョクが近づいて来る。


「草木魔法の大盤振る舞いだな」

「うん、僕に出来ることはこれしかないからね。それに肉だけじゃ良くないでしょ、ポルンの実には栄養素がたくさんあるから野菜不足解消になるし」

「…ったくよう、相変わらずのお人好しだぜ」

 ニッコリ笑うマリオの頭をリョクは苦笑と共にぐりぐりと撫でて行く。 

 

「リョクさんもね」

「あ?」

「ボアの魔石に風の加護を付けて広場の真ん中に置いていたでしょ。上空に風を吹かせて瘴気をこの村に近付かせないためにだよね」

 いくら食べ物に事欠く状態だと言っても彼らの痩せ方は異常だ。

植物達にこれだけ瘴気の影響が出ているのだ。

此処に住む村人たちにも健康被害が起きて当然だろう。


「それを魔石一つで解決するなんて、さすがは風の王さまだよね」

「あ、あたぼうよ」

 そう言い返しながらも照れた顔で横を向くリョクを楽し気に見つめるマリオだった。





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