72、シグマの死闘
評価、ブックマークをありがとうございます。
「73話 豊かな実りと風の王」は土曜日に投稿予定です。
楽しんでいただけるよう頑張ります。
「どうやら無事にミデア大陸に着いたようじゃな」
「はっ」
「マリオを同行させたのは正解じゃったな。あの者は人を和ませ繋がりを深めることに長けておる」
「そのようです。緑の王君の執り成しで勇者一行も仲も良好とのこと。姫さまの慧眼恐れります」
続けられたシグマの言に満足げに頷くと、ところでと光の王は別の問題を口にする。
「黒の魔王の下より逃げて来たという魔術師じゃが…名は確か」
「エルドレッドと名乗っております。本名ならば彼の者はウェステリア国が手配中のお尋ね者です」
明確な困り顔を浮かべ、シグマは件の魔術師が此処にやって来た経緯を思い返す。
「何だお前…ああ、キリーナの忍びか」
魔王の動向を探っていた男は、まだ幼さを残すその声に動きを止めた。
「い、いえ。あっしはただの薬売りで」
しかしその答えに相手は鼻で嗤って言い返す。
「誰が考えたか知らないけどその設定、無理があり過ぎるよ」
その言葉に彼も頷かざるを得ない。
まるで『モノ〇怪』の主人公のような紫色の頭巾に水色の着物と袴、大きな薬箱を背負った姿は物凄く目立つ。
それが死の荒野の近くで目的もなくうろつくとは誰も思わないだろう。
『頭領~っ、だから言ったんです』
人知れず探索といったら由緒正しき『トーヤマの薬売り』に身をやつすと相場がきまってるだろう。
そんなことを言って送り出したアレクに心の中で苦情を入れながら男は相手に向き直った。
「ま、いいさ。僕もその方が都合がいい」
油断なく此方を見つめる薬売りに相手は軽く肩を竦めながら言葉を継ぐ。
「忍びなら安全に此処から出て行ける方法を知ってるだろう。魔王の下から逃げて来た僕を保護してよ」
「は?」
「だってあいつ、好きなだけ魔法を研究させるって言っておきながら全然約束を守らないんだ。そのうえ偉そうに僕に命令するし。あんな奴の所にいたって少しも面白くないから出て来たんだ」
とんでもないことをさらりと言ってのける相手に、薬売りは懐疑の眼差しを向ける。
「あーその目、僕の言うことを信じてないね。けどホントの事さ。それに僕を味方にした方が何かと得だよ。これから魔王が遣ろうとしてることを教えてあげるよ」
その言葉に迷いを見せた薬売りだったが…最終的には相手を連れ帰ることにした。
「派手な疑似餌ほど大物が掛かりやすいとアレックスが言っておったが。その通りのようじゃな」
感心する光の王に、シグマも無言で頷く。
もっとも疑似餌にされた忍びからしたら、たまったものではないだろうが。
「瘴気を使って何か仕出かそうとしている…そ奴はそう言っておったな」
「はっ、それと黒の魔王が不老である訳も教えましたが、それ以外は姫様に直接会って伝えると口を閉ざしております」
「しかしわらわに会って何とする気じゃ?」
「魔王についてさらなる有益な情報を持っているのは確かのようですが、何が目的かまでは」
そのまま言葉を切るシグマに、ふむと光の王は顎の下に手を置いて考え込む。
「まあ良い、離れの間に連れて来るがいい」
「目通りを許すので!?」
驚くシグマに光の王は笑みと共に頷いた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず…ミヤビがよく言っておった。恐れていては何も得られぬからの」
「しかし御身に何かありましたら」
「分かっておる。念のため聖結界は二重に張っておく」
その言葉に不安を感じながらもシグマは主の命を遂行すべく動き出した。
「何だよ、こんな藁の床に座れってっ。椅子は無いのかい?」
「此処ではそれが仕来りだ」
今まで収容されていたところと違う平安風の部屋に文句を言うエルドレッドにピシャリとシグマが言い放つ。
「まったく、信じられないよ。獣みたいに地に座るなんて」
悪態をつきながらエルドレッドは畳の上に腰を下ろした。
しばらくして奥から内命婦のレンが優雅な所作で姿を現す。
「どうぞお召し上がりください」
その前に緑茶と菓子を置くが、それを見てエルドレッドは露骨に眉を顰めた。
「何だ、これ?…沼みたいな色してるじゃないか」
「聖女さまが伝えたニホン茶だ」
シグマの言葉にエルドレッドは呆れ顔で口を開く。
「ホントにおかしな国だよ。渡来人の女が伝えた物を有難がるなんてさ」
フンと顎を上げると今度は隣にある菓子に難癖を付け出す。
「この泥団子みたいな奴…まさかこれが菓子とか言わないよね」
「聖女さま由来のエナ大福と赤豆大福だ。お前の故郷であるウェステリアで大評判の菓子で貴族でもなかなか口に出来ぬそうだ」
「あ、そっ。でも僕は御免だね。こんな地味で田舎臭い菓子なんて」
小馬鹿にしたように二つ並んだ大福を見やると、それよりとシグマに向き直る。
「本当に光の王さまに会えるんだろうね」
「いいから大人しくしていろ、じきにお見えになる」
それきりどちらも口を開くことなくただ時が過ぎてゆく。
「その菓子は気に入らなかったかえ?」
不意に響いた声にエルドレッドは勢い良く顔を上げた。
「あんたが…」
引き上げられた御簾の向こうに光の王が泰然と微笑んでいる。
「それは緑の王の手土産での。わらわのお気に入りなのじゃ」
「緑の王っ!?…じゃあ此処には二王がいるってことか」
不敵な笑みを浮かべるエルドレッドの前で、いやっと光の王は緩く首を振る。
「緑の王は3日前に旅立った。この世界を見て回るのが何よりの楽しみと言ってな」
その言葉にエルドレッドは忌々し気に舌打ちをする。
「何だよっ。だったら暢気に待ってないで早くに動けば良かった。そうしたら2つに増えたのに」
エルドレッドの言葉に不穏なものを感じ、シグマは静かに懐のクナイに手を伸ばす。
「何がじゃ?」
「決まってるだろ、あんたと緑の王の…首だよっ」
言い終わる前にエルドレッドが動いた。
「炎よ」
素早く立ち上がり、その手に炎の球体を出現させる。
「略詠唱かっ」
突然現れた火球にシグマから声が上がる。
本来ならば長く唱えなければならないものを一言で済ませる。
確かに便利だが、それを行うには桁外れの魔力とそれを制御する力量がいる。
誰にでも出来ることではない。
「そうさ、僕は天才だからね。こんなことくらい簡単さ」
不敵に笑うとエルドレッドは光の王に向けて火球を放つ。
「姫さまっ」
しかし火球は光の王に届く前に四散してしまう。
「大事ない。これくらいでわらわは倒せぬぞ」
手にした扇を広げて口元に寄せると、それでとエルドレッドに問いかける。
「わらわの首を得て何とする?」
「決まってるじゃないか」
ニッと笑ってエルドレッドは楽し気に言葉を綴る。
「古代魔法の魔導書全巻と引き換えてもらうのさ。それが手に入れば僕は魔王以上の。世界最高の魔法師になれる」
「貴様っ!」
あまりに勝手な言い草にシグマから怒りの声が上がる。
この世界を守る七人の王。
その存在は絶対で、この世界の住人ならば感謝と畏敬の念しか持たないのが普通だ。
しかし目の前の少年はそれをいとも簡単に覆す。
それも自らの欲望の為に。
この世界では明らかな異質。
まさか尊い存在たる王を害する者がいるとは思わず、簡単に自らの主に近付けてしまったことをシグマは激しく後悔する。
「ほう、自らの欲望に此処まで正直な者は久々じゃな。しかしわらわが死ねば次の王が立つまで光魔法は使えぬぞ。その間に怪我を負ったら何とする?」
「僕が怪我を負うようなヘマをする訳ないだろ」
「じゃが他の者はそうは行くまい」
「知らないよ。僕以外の者がどうなろうと関係ないからね」
完全に他者を切り捨てているエルドレッドに光の王は派手なため息をつく。
「まさに『傍若無人』を体現しておるの」
「何だよ、それ」
「ミヤビが教えてくれた言葉じゃ『傍らに人、無きが若し』他人を無視して勝手で無遠慮な行いのことを指す」
やれやれとばかりに首を振る光の王だったが、天井裏からその身を守るように周囲に十数人の忍びが姿を現した。
「もはや逃げ道はない。潔く降参しろ」
「この程度で僕に勝ったつもり?随分とおめでたい頭だね」
シグマの言葉を鼻で嗤うと、エルドレッドは両手を上げた。
「青火よ」
たちまちその手の中に今度は青白い火の玉が姿を現す。
大きさは先程のものより遥かに小さいが、感じる魔力は倍以上だ。
「火は赤より青の方が温度が高いって知ってるかい?」
言い終わる前に火球が光の王を目指して飛んでくる。
「無駄じゃ」
それを扇で払う仕草をすると、火球は左右に分かれて逸れて行く。
「残念っ」
しかし火球はくるりと方向転換をし、光の王ではなく周囲の忍びに襲い掛かった。
「がっ!」
「ぐっ」
自在に飛び回る火球により忍び達の身体に次々と小さな穴が空いてゆく。
しかもそのどれもが致命傷だ。
「ほら、早く治さないと死んじゃうよ」
「外道がっ…」
悔し気に唇を噛むシグマ。
確かに光の王ならば一度に忍び達の傷を治すことが出来るだろう。
しかしそうなると結界の強度は大きく落ちる。
治癒と結界…高度な2つの魔法を同時に繰り出すのは光の王と言えど簡単な事ではないのだ。
「だがそこまでだっ」
「えっ?」
ピタリと喉元に寄せられたクナイ。
「お、お前…どうしてっ?」
目の前に居るシグマと全く同じ人物が背後に現れたことに驚くエルドレッド。
そんな彼にシグマが静かに言い放つ。
「奥義『影分身』最初からお前が見ていたのは俺の影だ。本体はずっとお前の背後にいた」
「はっ、さすがは忍びってことか」
軽く肩を竦めたエルドレッドだったが。
「でも…甘いよ」
「何っ?」
エルドレッドの足元、その影の中から鋭い剣が飛び出しシグマの身を貫いて行く。
「影なら影で対抗しないとね。この僕が火魔法しか使えない訳ないだろ」
倒れたシグマをせせら笑うとエルドレッドはさらなる闇魔法を展開する。
「この城には他に何人いるのかな?そいつら全員を闇剣で刺し殺してやってもいいんだけど?」
床を覆うように現れた闇の魔法陣。
彼が命じれば、言葉通りそれはこの城にいる者を皆殺しにするだろう。
「まさに鬼畜の所業じゃな。さすがは黒の魔王の下僕といったところかの」
「ちょっとやめてくれよ。僕はあいつの下僕なんかじゃない、対等な取引相手さ」
「ほんにそうだと良いがの」
憐憫の目を向ける光の王にエルドレッドが眉を上げて言い返そうとした時だった。
「うぐっ!?」
不意を突いてエルドレッドの口の中に何かが詰め込まれる。
見ればそれは床に転がっていた2つの大福。
「出された物は残さず、きちんと食べきれ」
言うなりシグマは大福が邪魔で詠唱が出来なくなったエルドレットの両腕を切り落とす。
「っっっ…」
何が起こったのか分からず…しかしすぐに自分の身の変化を知ったエルドレッドからくぐもった悲鳴が上がる。
倒したと意識の外にあったシグマの反撃に彼の目に憎悪が灯るが。
「奥義『影縛り』…これでもう貴様に自由は無い」
足元の影にクナイを打ち込むと、そのままエルドレッドは微動だにしなくなった。
「大丈夫かえ?」
「はっ、大事ありません」
そうは言うがその身からは大量の血が流れだしており、誰の目にも瀕死の重傷だ。
「まったく…そなたの頑固さは一級品じゃな」
苦笑を浮かべると光の王は手にした扇をひらりと返す。
その動きに合わせて部屋全体が光に包まれ、エルドレッド以外の怪我が綺麗に完治する。
「これで良し。その者じゃが…」
そう扇の先でエルドレッドを指し示した時だった。
「何っ?」
「これは…」
エルドレッドの首にあったチョーカーが突然光り出す。
「転移魔法かえ?…周到じゃな、魔王よ」
呆れる光の王の目の前からエルドレッドは静かにその姿を消していった。




