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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
71/94

71、緑の王と勇者

評価、ブックマークをありがとうございます。

「72話 シグマの死闘」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。


「勇者の旦那、こいつを被ってくだせい」

 ラルナの街の手前でアレクが茶色の帽子を差し出す。

「え?」

 いきなりの事に首を傾げたヒロヤだったが、次の言葉に顔を曇らせる。


「此処いらじゃぁ黒目黒髪は特に忌み嫌われているんでさぁ」

 確かに黒の魔王に蹂躙されたミデア大陸の住人にとって、二百年経ってもそれは恐怖の象徴でしかないだろう。


「分かった」

 暗い気持ちで帽子を受け取るヒロヤの横で、敢えて明るい声でマリオが言葉を紡ぐ。

「それって某アニメの赤い豚さんが被ってた飛行帽にそっくりだね」

「…言われてみれば」

 まじまじと耳を覆い隠す長い布が着いた帽子を見つめる。


「せっかくだからそれを被って渋く決めてみる?」

「例の名セリフ?飛べないブ…」

「いや、やっぱり止めとこ。いろんなところからお叱りが来そうだから」

「確かに」

 クスリと笑うとヒロヤは髪を隠すように深く帽子を被った。

受け取った時に感じた気持ちがまったく無くなったことに感謝しながら。


 

「そこそこ大きな街だってのに…賑わいがなーい」

 つまらなそうに呟くミルィの横で、まったくだぜとリョクが同意する。

「屋台で売ってるモンもしょぼいしな」

 リョクの言葉通り、街中で売られているのは塩を振りかけた串焼きと薄く焼かれたピザに似た生地に野菜を挟んだものだけだ。

今まで通ってきた国に比べると、どうしても見劣りしてしまう。


「仕方ないわ。瘴気の影響で不作が続いているもの」

 ため息混じりのエリィゼの言葉に頷きつつ、マリオはぐるりと周囲を見回した。

緑の王であるマリオには、植物たちが過剰な瘴気を魔素に変換できず疲弊しているのが分かる。

確かにこれでは多くの実りは無理だろう。


その影響は商店の店先にも見て取れる。

並ぶ品数は少なく、その割に他と比べて高価だ。

何より道を歩く人たちの顔は暗く、あまり生気が感じられ無い。


「でも此処らはまだマシな方よ。聖結界に近付くほど状況は酷くなるもの」

「結界の向こうは草木一本無い荒野が広がっているって聞いたけど」

 レニーラの問いに、ええとエリィゼが沈痛な顔で頷く。

「まさしく死の荒野ね。いるのは魔王の犠牲者のアンデッドだけよ」

「そこを突破しねぇと魔王の所には行けねぇ訳か」

 そう言うリョクの声は楽しげだ。


「言っておくが魔王は私が倒す。抜け駆けは許さんぞ」

 魔王と戦う気満々のリョクを見て、小声でフレイアがそう釘を刺してきた。

「へっ、知ったことかよ」

「何だとっ!?」

 火花を散らす2人にアレクが元気よく声をかける。


「その先の宿屋で昼飯ですぜ。腹が減っては戦は出来ぬって言いやすから思いっきり食っておくんなせぇ」

「おう、任せとけっ。倉庫が空になるまで食い捲ってやるぜっ」

 フレイアを放り出してくるりとリョクの身体が反転する。

「あ、アタイもっ!」

 意気込むリョクに、負けじとミルィが勢い良く手を上げる。

「へい、こっちですぜ」

 アレクに先導され、一行は街中でも一際大きな宿へと歩を進めた。




 宣言通りに競うように肉を食べるリョクとミルィの様を眺めながらの食事が終わり、一同は思い思いに食後のお茶を楽しみ始めた。

するとマリオのテーブルにヒロヤがカップを片手に歩み寄ってきた。

「聞きたいことがあるんだけど」

「いいよ、どうぞ」

「んじゃ俺は腹ごなしに辺りを散歩してくるぜ」

 するとそう言ってリョクが席を立った。

たった2人しかいない同郷人であるマリオ達にゆっくり話をさせてやろうという気遣いだ。


「ありがと、気をつけてね」

「おう」

 軽く手を振るリョクの背を見送ってからマリオはヒロヤに向き直った。

「それで聞きたいことって?」

 笑顔での問いに、ヒロヤは身を乗り出すようにして口を開く。


「マリオは何時からこの世界に?」

「んー、だいだい半月くらい前かな」

「半月っ!?」

 返された答えにヒロヤは驚きに目を見開く。


「それにしては…凄くこの世界に馴染んでるな」

 そんな短期間だというのにマリオはまったく違和感なくこの世界に溶け込んでいる。

不思議そうなヒロヤに、それはとその理由を告げる。


「経験の差かな」

「え?」

「ヒロヤ君は日本以外の場所で暮らしたことは?」

「無いよ。海外に行ったのは修学旅行で3泊4日のシンガポールくらいだし」

 それはごく普通の高校生だったヒロヤにしたら当然のこと。

その言葉に頷きながらマリオが口を開く。


「僕の場合は母さんがイタリア人だったからヨーロッパにはよく行ってたし、学生の頃から一人で世界中を旅して回っていて文化や習慣の違いとかを多く体験してるからだと思うよ。辺境の国だと此処みたいに水道や電気の無い生活が普通で、町まで馬車で一日がかりってことがよくあったから」

 マリオの答えに納得するが、でもとヒロヤは新たな疑問を口にする。


「来て半月だったら魔素酔いは?」

「うん、それについては回避できるスキルを持ってたんで大丈夫だったよ」

「何だよそれっ、狡くねぇっ」

 思わず叫んでしまってから自分は悪くないとヒロヤは心の中で弁解する。

何しろ魔素酔いには3カ月近く苦しめられまくったのだ。

酷い頭痛と吐き気が繰り返し襲い、立ち眩みの所為でまともに動くことすら出来なかった。


「そこは女神さまに感謝かな。でも他に戦闘に役立ちそうなスキルは無いし、使える魔法も草木魔法だけだけどね」

「え?そうなのか」

 マリオが草木魔法しか使えないと知ってヒロヤの目に同情が浮かぶ。

他の魔法と違い戦闘に向かない草木魔法は不人気で、魔法師の中でもハズレ職と言われていることはヒロヤも知っていたからだ。


「それよりエリィゼさんから聞いたけど、動けるようになってからのヒロヤ君の成長は凄くて、特に剣技は光るものがあるって赤鬼王ライカムさまもお墨付きをいただいたそうじゃない」

「【剣術】のスキルがあったからな。おかげで助かってる」

 その後、ヒロヤとマリオは自分たちの近況を教え合う。


「でもお互いラッキーだったね、この世界に来てすぐに出会った人が良い人で。

おかげで黒の魔王みたいな扱いを受けずに済んだもの」

「え?」

 キリーナでの生活を聞いたマリオの言にヒロヤが怪訝な顔をする。

そこでマリオはイツキから聞いたこの世界に来たばかりの黒の魔王の話を披露する。


「そんなことが…」

「勝手に疫病にされて閉じ込められて、厄介払いに殺されかけた。僕らも一つ間違えたらそうなっていた可能性がない訳じゃないから」

 そう言われてヒロヤは改めて自分を拾い守ってくれたキリーナ国の人達に感謝の念を強くする。

女神の加護を持つ渡来人を保護したら、上手く丸め込んで利用するのが普通だろう。

しかしライカム王はそれを良しとせずヒロヤをごく普通の迷子として扱い、その意思を尊重してくれた。


「特にエリィゼには感謝だな。寝たきりの俺を付ききりで看病してくれて、動けるようになったら光魔法を教えてくれて、他にもこの世界に不慣れな俺の相談に乗ってくれたりとかさ」

「分かるよ、僕にもそう言った相手がいるから。本当にイツキには助けられたもの」

 ニッコリ笑うとマリオはヒロヤに問いかける。


「ところでヒロヤ君の恩恵は何だった?」

「俺の?」

「うん、君の恩恵が何か判れば魔王対策の助けになると思うんだ。あ、僕の恩恵は【賢者】だったよ。でも此処では文字通り賢き者って意味で、残念ながらゲームみたいに魔法のエキスパートって訳じゃないけど」


「そうなんだ。…俺のは【共鳴】ってなってたぜ。でもこれが何だか分からなくて、どう使えばいいのかも謎だし。これじゃ宝の持ち腐れだなって剣士学校の奴らによくからかわれた」

 ムッとした様子で告げられた言葉にマリオは腕を組んで考え込む。


「ヒロヤ君は部活とかしてた?」

「サッカー部だったけど、それがどうかしたのか?」

「もしかしてキャプテンだったとか」

「そ、そうだけど」

 良く分かったなとばかりに此方を見るヒロヤにマリオは自分の考えを伝える。


「君の【共鳴】って、仲間と力を合わせることで発動するスキルじゃないかな」

「マジでっ!?」

 マリオの言葉にヒロヤは大きく目を見開いた。

「うん、そもそも共鳴って他者の行動や思想などに深く同感することだから。目的を達成するために一丸となって行動するのが発動条件だと思うな」

「で、でもパーティを組んでも何も変わらなかったぜ」

 もっともなヒロヤの問いに、たぶんとマリオが言葉を返す。

「それはまだメンバーと仲間としての信頼関係が構築されてないからだと思うよ」

 【賢者】の恩恵を持つマリオの答えに今度はヒロヤが考え込む。


「仲間か…」

 言われて思い出すのはサッカー部の仲間たち。

全国大会の優勝を目指し、心を一つにして頑張っていた。

辛い練習に堪えられたのも皆がいたから。


「確かに今のパーティメンバーとはそこまでの仲じゃないよな…でもどうしたら」

「大丈夫」

 不安げに呟かれた言葉を受けてマリオが笑顔でサムズアップする。


「部活の仲間と同じように接すればいいんだよ。変に遠慮して壁を作ったらそれだけで離れてしまうこともあるからね。それに女の子は男の嘘を簡単に見抜けるから、無駄に格好つけた作った自分とかをひけらかすと途端に嫌われるからそこは注意した方がいいよ」

「そ、そうなんだ」

「うん、素直が一番だよ。ありのままで居た方が自分も周りも楽だからね」

「そう言えば…学校でモテてた奴はみんな自然体ぽかったな」

 同じキャプテンなのにバスケ部や野球部の彼らには学外のファンクラブ員すらいて大いに盛り上がっていた。


思えば素で過ごしていた彼らに比べ、自分は目立とうと意味もなくリフティングをしてみたり、オーバーアクションでシュートをしていた気がする。

女子達はそんな自分の浅はかさを見抜いたから寄っても来なかったのだろう。


「…なんか思い出すとスゲェ恥ずかしいし、今なら自分がイタイ奴だったって分かる」

 思わず両手で赤くなった顔を覆う。

「いいじゃない、それも青春だよ。それに悪い部分を知るのは良いことだし。それが分からないと直すことも出来ないしね」

 その言葉に頷きつつ、ヒロヤは感心したようにマリオを見返す。


「マリオは凄いな、俺と同じ年位なのに落ち着いてるし」

「えっと…ヒロヤ君って幾つ?」

「17、でも来月には18になるぞ」

 そう胸を張ってみせるが、次のマリオの言葉に驚愕の声を上げる。


「なら6つ下だね。これでも僕は24だから」

「はぁぁっ!?」

 ふにゃんとした笑みを浮かべるマリオはどう見ても十代にしか見えない。

過去に『天下無敵の童顔』と言われたのは伊達では無いのだ。

「ま、この旅で仲間との親睦を深めるといいよ。戦力増加は魔王討伐には必須だから」

 ポンとその背を叩くマリオに、衝撃のあまり上の空で頷くヒロヤだった。




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