68、ミデア大陸へGO!
評価、ブックマーク、誤字報告をありがとうございます。
「69話 精霊王たちの内緒話」は土曜日に投稿予定です。
楽しんでいただけるよう頑張ります。
「まだかなー?」
焦げ茶の丸耳が可愛らしいクマ獣人の女の子が隣のエルフ族の少女に問いかける。
「もうすぐ竜車が来るから、それに乗って出発よ」
「そっかっ、いよいよだねー」
大きく頷くと彼女はパンとナックルを付けた両手を軽く叩き合わせた。
王都であるキリフの西門にはハンター姿の5人が集まっていた。
真紅のマントを羽織った人族の女剣士、エルフ、獣人族、鬼人族の女性たち。
そんな彼女らの中心にいるのが勇者の称号を持つヒロヤと言う名の少年。
仲良く話し込む彼女らを見ながらヒロヤは小さなため息をついた。
完全にハーレムパーティで『リア充、爆ぜろ』案件だが、実力重視の結果この面子となった。
そう説明を受けたがヒロヤ当人は未だ戸惑いの中にあった。
何しろ以前は部活に忙しく、彼女いない歴=年齢だったのでメンバーとの距離が測れないのだ。
「どうしらいいのかな」
困ったように呟くヒロヤに青髪に翡翠色の瞳の鬼人族の女性が声をかける。
「本来なら盛大な壮行会を開くところなのですが…」
「いや、いいよ。僕はそう言ったことは苦手だしさ」
驚いて首を振るヒロヤに続いてミルィが声を上げた。
「ヒロヤもこう言ってるじゃん。仕方ないよー、エリィゼ。密命なんだからさー」
「…ありがとう、ミルィ」
申し訳なさげな鬼人族の女性…エリィゼを、そう言ってミルィが宥める。
何しろ今回の目的は黒の魔王の動向を探るというものだ。
魔王復活が巷に知れ渡れば大騒動になるし、人々へ与える不安や影響も大きい。
よってすべてが極秘扱いとなり、彼らも一般のハンターに身をやつして行動することになったのだ。
「お待たせしやした」
そこへ大型の竜車が姿をみせ、御者席から降りてきた男が愛想の良い笑みと共に頭を下げる。
それから後ろの扉を開けて中を披露する。
「水と食料は積み込んでありやす。他に積むものがあったら遠慮なく申し付けておくんなさい」
車内の後は荷物置き場になっており、前方の左右に二席づつの座席が見える。
「俺っちはアレクっていいます。目的地までちゃんと運びますんで大船に乗ったつもりで安心なさってくだせい」
「ああ、よろしく」
軽妙な下町言葉に面食らいながらもヒロヤはアレクに軽く頭を下げ返す。
「…さすがは忍びだなぁ」
「おう、完全にお調子者の御者にしか見えねぇぜ」
そのやり取りを竜車の影から見ていたマリオとリョクからそんな感想が漏れる。
目的に応じて姿や為人を自在に変えてみせる様は見事としか言いようがない。
「そこに居るのは誰だ」
それまで無言だった女剣士がマリオ達に気付いて問いかけてきた。
「へい、相乗りしてもらうハンターでして」
カモフラージュの為に他のハンターチームが途中まで同行すると聞かされていたので、その場に居た全員が納得したように頷く。
「初めまして、僕らは…」
「マリオ君っ!?」
驚きの声で名を呼ばれ、その相手を見たマリオも目を見開く。
「レニーラさん!」
それはエルナネスの里で別れたレニーラに間違いない。
「「どうして此処に!?」」
次に出た言葉は仲良く同時だった。
「て、てめぇは!?」
同じようにリョクも驚きの表情を浮かべ女剣士を指さす。
しかし相手は心当たりが無いようで訝し気に首を捻るが…。
「火の…グェッ」
次の瞬間、いきなりリョクの首に見事なラリアットを喰らわす。
「少しばかりあちらで話そう」
言うなりリョクの首に腕を回したまま勢い良く駆け出した。
「リョクさん!」
「フレイア!?」
驚くマリオ達を尻目にリョクを浚うように近くの建物の影へと走り込んでゆく。
「誰だ、貴様は!?何故私のことを知っているっ」
ドスが効いた声での問いに、リョクはゲホゲホと咳き込んでから相手を睨み付けた。
「知ってるも何も…初めて会った時にテメェから名乗ったんじゃねぇかっ」
「何?」
「自分が火の王だってよ。そうだろう、この真っ平らっ」
「まさか…風の王か」
その言い草に覚えがあったが、しかし容姿がまったく違うことに戸惑う。
「おうよ、信じられねぇならこいつでどうだ」
言いながら首に巻かれた赤いスカーフを緩めると、その下から紋章が現われる。
「確かにそれは風の王の紋章。…だがどうして人族の姿に?」
「それは僕が生らせた『変身の実』の効力です」
後ろからかかった声にフレイアはまじまじと相手を見返す。
「お前は…」
「初めまして火の王さま。緑の王をやってますマリオ・タチバナです」
真紅の瞳に長いオレンジの髪を高い結い上げたクール系美少女を見返しながら、マリオは笑顔で手を差し出した。
その様をしばらく見つめ、フレイアはためらいがちに手を取った。
「…私はフレイア・サガン。火の王だ」
「はい、よろしくお願いします」
ふにゃんとした笑みを浮かべるマリオを見返してからフレイアはリョクに向き直る。
「何故、王であるお前たちが此処にいる」
「そのセリフ、そっくりテメェに返すぜっ」
そう言われフレイアは少しばかりの逡巡の後で口を開く。
「私は…自らの力に奢り、魔王を討ち漏らした。その失態を雪ぐべく斥候部隊に志願したのだ」
「でもこんなに早く行動を起こしたってことは、フレイアさんは魔王の死に疑いを持ってたんですか?」
「ああ、私が放った炎に包まれながら奴は…嗤っていた。それは死に逝くものが浮かべるものでは無かった。もしかしたらという思いが長く心に引っ掛かっていたのでな」
そう言ってからフレイアは後悔の言葉を綴る。
「魔王を討ったことを賞賛される度、本当に自分はその賞賛を受けるに値するのかという思いがあった。それは此の二百年、ずっと付き纏い負い目となっていた。だから今度こそ魔王を討つ。それが私の使命だっ」
毅然と言葉を綴るフレイアにマリオは気の毒そうな眼差しを向ける。
「そこまでガチガチに自分を縛りつけなくてもいいと思うけど」
そうは言うが自分の言葉くらいで揺らぎはしないだろうとマリオは小さく嘆息した。
「イツキ並みに真面目で、イツキ以上に融通が利かないタイプみたいだし」
「確かに思い込みの激しさなら七王の中でも一番な奴だからな」
マリオの呟きにリョクも小声でそう応じる。
「でも王さまが3人もいる一行って考えたら凄いね」
「確かに前代未聞だな」
軽く肩を竦めるとリョクは西門の方へと目をやった。
「そろそろ戻った方がいいぜ。アレクの奴が気を反らせてくれちゃいるがそれも限界だ」
虫人の特性である優秀な聴覚で彼らの会話を拾ったリョクの言葉にマリオも頷く。
「そうだね、詳しい話はまた後ででいいですか?」
「ああ、構わない。私も王であると知られるのは不味い」
頷くフレイアを伴って3人で来た道を戻ってゆく。
「へぇ、フレイアとリョクさんは昔馴染みなんだー」
動き出した竜車の中、興味津々といった様子でミルィが話しかける。
「フレイアってあんまりしゃべらないからさー。どんな人なのか謎だったんだ。所作が綺麗だからもしかしたら高貴な姫様だったりー」
あながち間違いではない予想に、僅かだがフレイアが身動ぎする。
「ケッ、もったいぶってるだけでそんな大した奴じゃねぇよ。コイツは」
「緑碧、それはいささか失礼だろう。相変わらず口の悪さは天下一品だな」
「何だとっ、この真っ平らっ」
「その言葉、二度と言うなと申し渡したはずだっ」
チャキッと手にした剣の鍔を鳴らすフレイアに、おもしれぇ遣るかとリョクが拳を握るが。
「もう、ケンカしないの」
笑顔でのマリオの仲裁に2人して渋々ながら剣と拳を引っ込める。
余談ながら此処での胸囲カーストは
エリィゼ→ミルィ→レニーラ→フレイアである。
「すっかり仲良しですね」
その様にレニーラが楽し気な声を上げる。
「フレイアが親しみやすくなったのは良かったわ。私達って急遽集められたから、まだお互いのことが良く分かってないものね」
そう言うとエリィゼはヒロヤを見やった。
「せっかくだから此処で改めて自己紹介をしない?」
「そうだな」
エリィゼの提案にヒロヤは大きく頷いた。
「じゃあ、最初はアタイからー。アタイはミルィ、見ての通りのクマ獣人だよー。ジョブは拳闘士で好きな食べ物は肉とエナの実」
実に分り易い紹介に誰もの顔に苦笑に似た笑みが浮かぶ。
「ミルィさんは何でこのパーティーに参加したんです?」
マリオの問いに、決まってるじゃんとミルィは胸を張った。
「支度金がタップリ出たからだよー。おかげで思いっきり肉が食べられたもん」
「ミルィらしいわね」
クスリと笑うと隣に座っていたレニーラが立ち上がって優雅な礼をしてみせる。
「私はレニーラ、エルフの魔術師です。火と水と風の魔法が使えますから後衛として頑張りますね」
「さっきの質問ですけど、レニーラさんはどうして此処に?」
「それは…自分の進む道を決めるためよ。人に言われるままに生きるのではなく、自分で選んだ道を歩みたい。それを実現させる第一歩と思ってパーティーの募集に応募したの」
「魔法に長けたエルフ族がいてくれると心強いですもの。レニーラは選考するまでもなくすぐにパーティー入りが決まりましたから」
エリィゼの言葉に誰もが納得の頷きを返す。
「私はフレイア。剣技と…火魔法が得意だ」
「え?それだけぇ」
少しばかり不満そうに見やるミルィの視線にフレイアは観念したように言葉を継ぐ。
「パーティーに参加したのは…その…う、腕試しだ。修行の成果を知りたと思ったのでな」
「ふーん、フレイヤらしいね。それで好きな食べ物は?」
「…さ、魚と果物だ」
その答えにミルィは安心したように大きく頷く。
「良かったー。肉が好きだと私の分が減るもん」
「大丈夫よ、食料は十分に積んであるから」
クスクスと笑いながらエリィゼが後方に山と積まれた荷物を指さす。
「次は私ね。鬼人族の光魔術師のエリィゼよ。回復の事なら任せてね。それとヒロヤの世話役でもあるわ」
「世話役?」
小首を傾げたマリオの横で、ええとエリィゼが頷く。
「知っている人もいるけど…ヒロヤは4ヵ月前にこの世界にやって来た渡来人だから、いろいろと手助けが必要なの」
その言葉に知らなかったミルィとレニーラが驚きに目を見開く。
「渡来人…黒の魔王と同郷の?」
「言われてみれば黒目黒髪だぁー」
2人の目に宿る怯えにヒロヤは顔を曇らせた。
黒の魔王と同郷…それはこの世界に来てからずっとヒロヤに着いて回っている。
教えられた魔王の所業に、誰もから怯えられるのは無理も無いと思うが…。
それでも同一視されるのは良い気分ではない。
しかしぎこちなくなった車内の雰囲気を、マリオが放った言葉が一掃する。
「それなら僕も同じだね」
「え?」
思わず見返したその顔には邪気の無い笑みが浮かんでいる。
「僕はマリオ・タチバナ。ヒロヤ君と同じ世界から来た渡来人だよ」
「はいぃぃ!?」
「嘘ぉぉ!」
驚愕の叫びが席巻した車内が静かになるのを待って、マリオが笑顔で言葉を継ぐ。
「マリオって言っても緑の帽子好きな弟はいないし、ジャンプしても金貨は出ないし、トカゲに乗ったり、キノコが好きな訳じゃないから」
「いや、その意味が分かるの俺以外いないからっ」
見事な突っ込みをしてくれるヒロヤに、マリオはふにゃんとした笑みを返した。




