67、勇者と忍び
評価、ブックマーク、誤字報告をありがとうございます。
「68話 ミデア大陸へGO!」は土曜日に投稿予定です。
少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「アレックス…ってのは」
「何言ってるの、リョクさん」
盛大に首を傾げているリョクにマリオが事も無げに答えを告げる。
「ほらこれ」
差し出された名刺を見て漸くリョクはその名の正体に気付く。
「ガンズのクソジジイの所にいた鬼人のネェちゃんの兄貴か」
「うん、アレッサさんから教えられてたから後で会いに行こうと思ってたけど」
意外なところで繋がったとマリオは笑みを浮かべた。
「アレッサか、久しぶりに聞いた名じゃな。元気にしておったか?」
「はい、ガンズさんの酒造所で経理をしてました」
「あのクソオヤジのケツを叩いてキリキリ仕事させてたぜ」
続けられたリョクの話にキリはコロコロと楽し気な笑い声を上げる。
「相変わらずのようで何よりじゃ」
そうキリが言った時、音もなく一つの影が部屋の隅に姿を現す。
「影の軍頭領アレックス、お呼びにより推参いたしました」
平伏するその姿は妹であるアレッサによく似ていて、同じ薄紫の髪と黒い小角の持ち主だった。
「此度の勇者一行へ従者となり影ながらの護衛をするよう命じたが、それにこの2人を同行させよ」
その言葉にアレックスは一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが…すぐに平静に戻してみせる。
「かしこまりました。ところでその方々は…お一人は風の王君でございますね」
さすがは忍び、前に即位の挨拶に来たリョクのことはしっかり認識済のようだ。
「そうじゃ、隣におるのが新しい緑の王じゃ」
「なっ…分かり申した。身命を賭してお守り致します」
毅然と言葉を綴るアレックスに、いえと慌ててマリオは言葉を紡ぐ。
「僕らの事は普通の従者として扱って下さい。リョクさんはもちろん、僕もゼムさんから自衛手段をもらっていますから」
「しかし…」
七王に何かあれば世界への影響は絶大だ。
それを思うと素直に頷けない。
「僕らよりも勇者を守って下さい。多分彼が魔王討伐の要となるはずです。それが女神イネスさまのご意志ですから」
「め、女神さまのっ…分かり申した。そのように致します」
頷くアレックスにキリはマリオ達を客間に案内するように命じる。
「わらわはこれからやることがあるでの」
扇越しでも分かる意味ありげな笑みに、マリオから派手なため息が零れる。
「さっきも言いましたけど…自分の趣味に他人を巻き込むのは止めてくださいね」
どうやらこれから執筆活動に入るらしいキリにそう釘を刺すと。
「分かっておる。他所なる者に迷惑はかけん」
少しばかり詰まらなそうに口を尖らすが、約束は守ってくれるようだ。
「ところで世界樹。久方ぶりに会えたのだ、少しばかり付き合ってくれ。お前は王と同じで聖域に引きこもったきり滅多に姿を見せないからな」
「我はこの世界の事を眷属たちより逐一報告を受けておりますゆえ、出歩く必要が無いだけです」
引きこもり呼ばわりは心外とばかりにイツキが光の精霊王に言い返す。
「仲が良いんだね」
「いえ、我が王。そう言った訳では」
ブンブンと首を振ってイツキが否定する。
昔からこの光の精霊王は真面目な性格のイツキをからかって止まないのだ。
どうやらその反応が彼の笑いのツボをいたく刺激するらしい。
思いっきり嫌な顔をするイツキを可笑しそうに見やってから光の精霊王はマリオに向き直る。
「というわけで君の精霊王を少し借りるよ」
イツキをオモチャにする気満々の様子に苦笑を浮かべながらマリオは頷いた。
「これを機会に苦手意識を克服したら。長く付き合う相手ならなおさら」
「…はい、我が王」
笑顔での言葉にイツキは不承不承ながら頷いた。
「此方が勇者殿の行軍の予定でございます」
別室に着くなりアレックスは懐から一枚の紙を取り出した。
そこにはミデア大陸に向かうルートと日程が書かれている。
どうやら出発は2日後のようだ。
「その…もっとざっくばらんに話してくれないかな。ただの従者に敬語は不自然でしょ」
「よろしいので?」
「おう、俺もマリオも堅っ苦しいのは嫌ぇだからな」
続けられたリョクの言葉に頷くと、ではとアレックスは居住まいを崩した。
「そう言ってもらって助かったぜ、俺も堅苦しいのは苦手でよ。俺のことはアレクと気軽に呼んでくれ」
カカッと豪快に笑うなりグイっと掌で鼻の下を拭う。
「でも王宮の庭の佇まいは見事ですね。特に木と草花の配置が絶妙で」
「お、そいつを分かってくれるたぁ嬉しいぜ」
ちゃきちゃきの江戸弁で答えるアレクにマリオも笑みを返しながら庭談議に花を咲かせる。
「それに透かし剪定で混みすぎたりしている枝を適度に落とす様も凄いし」
「あいつは強剪定と弱剪定を上手いこと使い分けるといい感じになるんだぜ」
大きくなり過ぎた樹木を小さくすることを目的としたものを強剪定。
不要な枝先をおとすことを弱剪定という。
その見極めは熟練の庭師でも難しい。
「切り戻しもしてますよね」
それは枝を半分から三分の一あたりで剪定し、樹幹を保つ技法のことだ。
「そいつに気付くたぁ、お前さんもなかなかの腕だな」
アレクが上機嫌でポンポンとマリオの肩を叩いた時だった。
「頭領っ」
庭に通じる入り口から黒装束の男が顔を覗かせる。
「そろそろ『あとらくしょん』の時間ですぜ」
「おう、すぐに行くぜ」
「アトラクション?」
小首を傾げたマリオに、見てもらった方が早ぇとアレクは2人を連れて別室へと向かう。
「これって…」
「転移の魔法陣か」
部屋の床全体に描かれているのは試練の時に見たのと同じ魔法陣だった。
「おうさ、こいつで王都までひとっ飛びよ」
アレクが言い終わるなり魔法陣から光が溢れる。
「王都で何を?」
「そいつは着いてのお楽しみだぜぇ」
カカッと豪快に笑うアレクと共にマリオ達の姿は王城から消え去った。
「我が名は不知火。捕らえた姫を返してもらいに来たっ」
「ふん、取り返せるものなら取り返してみせるがいいっ」
「不知火殿っ」
「御安心召されよ、姫。今すぐ自由の身にしてご覧にいれる」
ニヤっと不敵に笑うアレク。
「…アトラクションってこういうこと」
目の前で繰り広げられた立ち回りに、マリオから呆れとも感心とも取れる声が零れる。
「ガンズのオヤジがあいつを有名人だといった訳だぜ」
明らかに呆れを含んだ声でリョクも見得を切るアレクを見つめる。
王都の一角で行われていたのは忍び達が活躍する寸劇…いわゆる『忍者ショー』だった。
その中心にいるアレクには観客、特に若い娘達から悲鳴に似た歓声が浴びせられている。
周囲の観客に聞いたところ、歌って踊れる最強の忍び…というのが彼のキャッチコピーなのだそうだ。
これも立派な観光事業支援という仕事だそうで、他にも『しんせん組VSじょうい浪士』『いっしんたすけVS悪徳やくにん』などがあるという。
「でもこれって…まったく忍んでないよね」
忍びの意味を根底から覆す様に思わずため息が零れるが、これはこれで有りかとショーを楽しむことにする。
「喰らえっ!」
アレクの首を目掛けて相手の鎖鎌が放たれる。
「笑止千万っ」
それを簡単に手にした忍者刀で弾き返すと、アレクは地を蹴って上段から切りかかった。
「うおおっ!…む、無念っ」
バッタリと敵が倒れ込んだ途端、隅に控えていた姫がアレクに抱き着く。
「感謝します。さすがは不知火殿」
「何、これくらい雑作もござらん」
そう言って笑うアレクに周囲からヤンヤの喝采が上がる。
「よっ、キリーナ国一っ」
「凄げぇぞっ、アレクっ!」
「素敵っ、アレックスさまぁぁ!」
それを受けて観客に手を振り返す様は完全にアイドルだ。
「大盛況だったね」
楽屋にアレクを尋ねると、おうと元気の良い声が返って来る。
「忍者物は人気が高くてよ。こっちとしても遣り甲斐があるぜ」
得意げに胸を張るアレクだったが、だがようと少しばかり顔を曇らせる。
「最近、ネタが尽きて来てな。見たこともねぇ新しいもんを構想中なんだが…なかなかこれってのが無くてよ」
「だっらこんなのはどうです」
ニッコリ笑ったマリオが口にした話に…。
「そいつはスゲェ!。おい、脚本屋を呼べっ。出来次第すぐに稽古に入るぞっ」
意気揚々と立ち上がったアレクにマリオが待ったをかける。
「出来たら主役はリョクさんで」
「お、おいマリオっ。藪から棒に何言い出しやがるっ」
「えー、だってリョクさんのカッコ良いところ見てみたいし」
そう言ってうっとりとした顔をするマリオは完全に自分の世界に入ってしまっている。
「…またかよ」
その様に見覚えがあるリョクは絶望に満ちた顔で天を仰いだ。
「だいたいなっ、お前さっき光の王に『自分の趣味に他人を巻き込むのは止めてください』とか言ってたじゃねぇかっ」
「それは…そうだけど」
さすがに自分が言ったことだけにマリオが気まずそうに目を逸らす。
「いいじゃねぇか。男なら此処はドンと覚悟を決めたらどうでぇ」
「いや、だからってなっ」
それでも必死に食い下がるリョクの肩にポンとアレクの手が置かれる。
「大丈夫だ、通し稽古さえやっとけば後はどうにでもなるっ。さっ稽古場はこっちだ」
「テメェ、他人の話を聞けぇぇ」
ズルズルと引きずられて行くリョクの叫びが虚しく辺りに響いた。
「助けてーっ」
「悪の組織に攫われちゃうよー」
「はぁっはっはぁー、お前らを改造して我が組織の手先としてくれる」
黒いマントを羽織りドクロの仮面をつけた怪人に寺子屋バスが襲われた。
その時だった。
「待て待て待てぇー」
「ぬ、何者だっ」
「テメェらの野望はこの俺様が防いでみせるぜ。…変身っ!」
たちまちその姿が虫人の飛蝗族へと変わる。
激闘の末、見事な蹴り技で打ち倒される悪の怪人。
「む、無念。貴様はいったい…」
「俺は通りすがりの仮面騎士だっ。覚えておけ!」
「仮面騎士さんっ、どうもありがとうー」
笑顔で手を振る子供らに手を振り返すと。
「とうっ!」
彼は大きくジャンプし屋根の向こうへと姿を消した。
「昔に観たヒーローショーのままだね。懐かしいなぁ」
しみじみと呟くマリオの隣で、リョクが屍のように脱力している。
「お前ぇのたっての頼みだから引き受けたが二度と御免だからなっ」
「うん、ありがとうリョクさん。…両親が死んで、生まれ育った所からいきなり知らない場所に連れてかれて、会ったことも無かった爺ちゃん達との暮らしに慣れなくて落ち込んでた僕に希望をくれたショーをまた見れて嬉しかったよ」
楽し気に言葉を綴るマリオが本当に嬉しそうで、リョクは深いため息の後でその頭の上に手を置いた。
そのまま幼子にするようにグリグリと撫でてゆく。
「リョクさん?」
「お前がそうやって笑ってくれるんなら、これくれぇ安いもんだな」
「おう、お疲れさん」
そこへ満足げなアレクがやって来た。
「客も大喜びだったぜ。評判がいいんでこの仮面騎士物は今後も続けてゆくことが決まったぞ」
「俺はもうやらねぇからなっ!」
思わず立ち上がったリョクに、分かってるさとアレクが笑顔で手を振る。
「今後は他の奴が持ち回りでやってくぜ。んで今回の礼っちゃなんだが…俺の馴染の店に招待するからよ。思いっきり食べてくれ」
「おう、そう来なくっちゃな。後悔するなよっ、限界まで食いまくってやるからなっ」
「てやんでぇ、上等だっ。店ごと借り切ってやる」
「…楽しそうで何よりだね」
唾を飛ばしながら言い合う2人の間で、ふんにゃんとした笑みを浮かべるマリオだった。
「ヒロヤ、出発の準備は出来た?」
「ああ、もらったマジックバッグに必要な物は全部詰めたよ」
仲間の問いかけにそう答えると彼は良く晴れた空を見上げる。
「この世界に来て4か月か…」
迷い込んでしまった異世界。
最初は何が何だか分からなくて不安だった。
その不安は今も消えた訳ではないが…。
「それでも遣らなくちゃな。俺は勇者なんだから」
そう自らに言い聞かせると那賀川紘也は与えられた使命を果たすべく歩き出した。
ミデア大陸に向かって。




