65、聖女が齎したもの
評価、ブックマーク、誤字報告をありがとうございます。
感謝に堪えません。
「66話 哀れな人形と死の荒野」は土曜日に投稿予定です。
少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「本当にこのままでよろしいのですか?」
「ええ」
王君ではなく普通に試練を成し遂げた者として扱って欲しいというマリオの願いにより、大仰な出迎えはない。
「構わねぇさ、それにこの方が肩が凝らなくていいぜ」
「こういった方達なので気遣いは無用です」
イツキの言葉にレンは困惑顔のまま頷いた。
「どうぞ、こちらです」
レンに導かれるままマリオ達は御殿の廊下を進んでゆく。
「綺麗な庭ですね」
池を囲むように配された木々や草花の絶妙な配置に感心しながらそう口にすると。
「はい、国一番の庭師が丹精込めて世話をしておりますので」
言葉の端に嬉しさを滲ませながらレンが頷く。
「そうなんですか。僕も庭師なので出来たらお話を伺いたいです」
「では後ほど王君の下に向かわせましょう」
そう請け合うとレンは主の間へと歩を進める。
「姫様、試練達成者の方をお連れしました」
最奥にある部屋…母屋の外側に下げられた御簾越しに声をかけると。
「入るが良い」
凛とした声が返ってきた。
「失礼します」
「邪魔するぜ」
リョクと二人してレンが引き上げてくれた御簾をくぐって中へと入る。
「よく来たの」
畳が敷かれ、几帳と呼ばれる移動式のカーテンや屏風で仕切ってある広い部屋の
奥にある台座の上から声がかかる。
そこにも御簾が下げられ姿は見えないが、声の調子からすると歓迎されているようだ。
ゆっくりと上がってゆく御簾。
其処から姿を現したのは白銀髪に勿忘草色の瞳、額から白い2本の小角を生やした鬼人族の美女だった。
「本物の鬼姫ちゃんだ」
ネットでよく見かける言葉を呟いてからマリオは居住まいを正した。
「この度はありがとうございます」
「礼など無用じゃ、同じ王であろう」
藤色の唐衣の袖先から出した檜扇で口元を隠しながら、光の王はコロコロと童女のように屈託のない笑い声を上げた。
「いえ、試練の間も護衛を付けてもらいましたから。そのお礼はちゃんと言わないと」
マリオの言葉に光の王はつまらなそうに息をついた。
「何じゃ気付いておったのか…姿を見せて良いぞ」
「はっ」
声に応じて天井から一つの影が降り立つ。
その姿は時代劇に出てくる忍びとまったく同じ。
「僕らの事はトゥルーさまから聞いたんですか?」
「そうじゃ、彼の方は影さえあれば何処にでも姿を現せるでな」
その話に大きく頷くとマリオは部屋の隅に控える忍びに向き直る。
「見守ってくれてありがとうございます。シグマさん」
礼を言われ黒尽くめの相手が僅かに動揺を見せる。
「何故私だと…」
覆面の下から現れた顔はギルドで会った鑑定人のシグマに間違いない。
「僕にはとても優秀な目と耳を持った仲間がいるので。光の王さま…いえ、キリさんもギルドまで姿を変えて様子を見に来てくれてありがとうございます」
「…告げ口したのは世界樹さまかえ」
「我が王の力となるのが我の勤めゆえ」
じろりと向けられた視線に、しれっとイツキが言葉を返す。
「闇の王ガンズだけでなく水の王ゼム殿や土の王カリーネからも良しなにと言われた其方に興味が湧いての。どんな者か見てみたくなったのじゃ。確かに皆が言っていた通りじゃったな」
楽し気にマリオを見やるとキリはシグマに顔を向けた。
「試練に挑むと聞き急ぎシグマを遣わした。これでもこ奴はキリフのギルマスで配下中でも一番の手練れなのでな」
「私の出番はありませんでしたが」
苦笑するシグマに、いえとマリオは緩く首を振った。
「見守ってもらっていると分かって心強かったですから」
「しかし気取られていたとはな。…私もまだ修行が足りんな」
「最初に気付いたのは僕ではなくタマですから、それは仕方ないかと」
言われてシグマはダンジョン見た氷雪虎の姿を思い返し頷く。
確かに人の技では霊獣であり、狩りの名手でもあるタマから隠れ続けるのは難しいだろう。
「つまりあん時のババアが光の王だったのかよっ。相変わらず芝居がかったことが好きな奴だな」
呆れ顔を浮かべるリョクに、当たり前じゃとキリが言い返す。
「一度きりの生じゃ、思い切り楽しまなければ損じゃろ。よくミヤビもそう言っておった」
「聖女さまが?随分とポジティブな方だったんですね」
マリオの言葉に、そうじゃなとキリが同意する。
「見知らぬ世界に迷い込み、それでもたった一人で自らが持つ知識で医療を発展させた剛の者じゃからな。何より恩恵から漏れた者達の怨嗟よりわらわを救ってくれた恩人じゃ」
キリの話によると『試練』を設けることによって世界中から押し寄せていた陳情者は減ったが、達成できなかった者の恨みは光の王へと向けられた。
そもそも病人や怪我人が減ったりいなくなる訳ではなく、根本が解決していないのだから無理もないが。
特に酷かったのが自分勝手な正義を振り翳し、今度の光の王は無能だと声高に批難する者達だった。
彼らは恩恵から漏れた者達を味方につけると王君に仕える者達に見舞金を払えと要求してきた。
その勢いに押された者が言われるままに金を払ってしまったのも悪かった。
一度そういった例があると、今度はそのことを笠に着てさらなる金を要求するようになったのだ。
やがてその金額は莫大なものとなり、そうなるとそれを食い物にする者が現われた。
見舞金を取って来てやると言い、その前にと高額な手数料を要求しそのまま行方をくらます詐欺が横行するようになった。
そうやって病気や怪我がで苦しむ者達をさらに不幸に陥れたのだ。
キリーナ国の役所も詐欺師たちを次々と摘発はしたが、捕まえてもすぐに新たな組織が生まれてまったく減る様子が無い。
そのこともキリは自分が不甲斐ない所為だと自らを責めた。
即位以来、止まぬ批難の声と自分の力不足への自責は常にキリを苦しめていた。
だが150年前、試練を達成して渡来人の女性が光の城へやってきた。
彼女は異世界の知識だけでは限界があると、治癒魔法を得意とする光の王に教えを乞いに来たのだ。
彼女の話を聞いてキリはその想いと行動に感銘を受けた。
黒の魔王と同郷ということで周囲から恐れられ、何度も命を狙われていたというのに彼女はそれを厭うことなく医者として人々を救うことに奔走していたからだ。
「頼ってきたすべての者達を救えぬことを気に病むわらわにこうも言ってくれた『どんなに最善を尽くしても失敗することはあるし、最高の結果を残しても文句を言う輩は必ずいるものよ。そんな連中のことなんていちいち気に病む必要はないわ。それより出来ることを一つでも増やした方がずっと建設的よ』とな」
2人は意気投合し、キリは治癒の極意を、聖女は異界の知識を教え合い、互いに掛け替えの無い友となった。
「確かにその通りですね。僕の故郷の言葉にこんなのがあるんです。
『「みんな言ってるよ!」「みんなが迷惑してるんです!」
誤魔化すな。その「みんな」って「わたし」だろ』って。
他人をダシにしてクレームをつける人の言葉なんて聞くだけ無駄ですから」
キリの話に頷いてからそんな言葉をマリオが紡ぐ。
「其方も言うのう。見掛けと違い、中身はミヤビ同様に強かじゃな」
マリオの言に一瞬呆けた顔をしてからキリは愉快そうな笑い声を上げた。
「このお城の様も聖女さまから教えてもらったんですね」
周囲を見回しながらのマリオの問いに、そうじゃとキリが嬉し気に頷く。
「ミヤビの友人が描いたというゲンジモノガタリを元とした全巻十五冊の漫画本をくれての。その話があまりに素晴らしかったので前の城をすべて壊して一から作り直したのじゃ。それに合わせて調度や衣装も全部話と同じに変えたしの」
「酔狂にも程があんぜ」
キリの話にリョクは呆れ返った。
改築やその他にかかった手間と費用を考えると、他人事ながら頭が痛くなる。
聖女のおかげで長年の憂いが晴れてはっちゃけたのだろう。
とは言え確かにこれはやり過ぎだなと思ったマリオの脳裏にかつて聞いた言葉
『オタクは金銭感覚が狂っているわけではない 気が狂っているだけである』が甦るが…。
賢明な彼は口にすることは無かった。
「でも全巻なんてよく持ち歩いてましたね」
相当な重量になるはずだと感心するマリオに、それがのとキリが持っていた訳を教えてくれた。
「此方に来る前、知り合いに『フキョウ』する為に鞄に入れておったそうな」
「布教…ですか?」
不思議そうに首を傾げるマリオに、キリが楽し気に言葉を綴る。
「ところでマリオよ」
「何ですか?」
「其方と緑碧は2人きりで旅をしておるのじゃろ」
「タマも一緒ですけどね」
「ミャッ」
忘れては困るとばかりに鳴いてみせるタマをスルーしてキリがとんでもないことを聞いてきた。
「それで其方たち、どちらが攻めで受けなのじゃ?」
「はいぃぃ!?」
「何だそりゃ?」
頓狂な声を上げるマリオの隣でリョクが不思議そうに首を捻る。
「藤壺の話も若紫や明石の君も良いが、何よりミヤビが勧めてくれたのが主人公の源氏と親友の頭中将との禁断の愛の話じゃ」
「いや、それは本篇には微塵も出て来ませんよね。っていうかそれって完全に二次創作ですからっ」
フキョウ=腐教の意味に気付いたマリオが慌てて訂正を入れるが、聖女からどっぷり腐海に引き込まれ済みのキリは聞く耳を持たない。
「男子が2人揃っていて愛が芽生えぬ訳がなかろう。其方らのことを聞いた時、久方ぶりに滾ったぞ」
「二次元は自由ですけど実在の人物は対象にすると名誉棄損で訴えられますよっ。だいたい僕らはそんなんじゃありませんからっ」
必死で否定するマリオだがキリはまったくブレない。
「何を言う。緑碧よ、其方もマリオのことを気に入っておるのであろう?」
「もちろんだぜっ。コイツは俺にとって大切なダチだからな」
「つまり愛しておるのじゃな」
「おかしな方向に話を持って行かないで下さいっ」
最後の方はもはや悲鳴だ。
かつてマリオが庭師として在籍していた派遣会社に『腐女子』という人種がいた。
彼女は好みの男が2人以上いれば勝手に頭の中で腐らせていた。
時には人数を増やして三角形や四角形という話にして。
それでも一人で妄想して楽しんでいる分には害はない。
しかし彼女はその内容を漫画にして『リアルBL』というジャンルでネットで売り捌き、利を得ていた。
しかもリアルの追求とかで登場する人物の名前や職業、容姿はそのままで簡単に本人が特定できる情報が満載だった。
ハーフで見目が良かったマリオも当然その餌食となり、自分と別の庭師との物を教えられて目にした時にはさすがに頭の中が真っ白になった。
すぐに他の被害者たちと訴えを起こして差し止めたが、彼女は『崇高な男同士の愛を世に知らしめて何が悪い』と言い返して最後まで謝ることは無かった。
以来マリオは腐った人達とは金輪際関わらないよう気をつけていたのだが…。
「まさか異世界にまで『腐女子』がいたとはね」
それを齎した聖女を少しばかり恨みたくなってしまうマリオだった。




