63、光雲山の試練
長いこと休んで申し訳ありません。<(_ _)>
地獄の年末進行から解放されましたら、気が緩んだのか体調不良となりまして
文字通りの寝正月を過ごすことになりました。
未だ完全回復とはなりませんが、体調に合わせて投稿してゆく所存です。
更新は遅めになると思いますがどうかよろしくお願いいたします。
「…それ、美味しいの?」
食堂に行ってみると、高く積まれた空の食器の横でリョクが此処の名物だという餡子パスタを食べていた。
茹で立てのパスタの上には餡子だけでなく同量の生クリームも乗っていて、その周りをトロピカルなフルーツの角切りが散らばめられている様はなかなかに衝撃的だ。
「おう、変わった味だが食えるぜ…けど俺には甘すぎらぁ」
餡子パスタを待て余し気味のリョクに、だろうねとマリオが同情の眼差しを向ける。
「こいつはもういい。別のを頼むぜ」
そう言ってリョクがほとんど手をつけていないパスタの皿を脇に寄せると。
「いらんのならわらわが貰うぞ」
ヒョイと伸びて来た手が素早く皿を奪って行く。
「あなたは?」
上品な仕草で餡子パスタを口に運び出した白銀髪の老婆に問いかける。
「わらわはキリ。まったく最近の若い者は食べ物を粗末にし過ぎじゃ。わらわが幼い頃は食うや食わずの毎日じゃったと言うに」
ギロリと此方を睨むキリに、すみませんとマリオは頭を下げる。
「おや、今時にしては珍しく素直な子じゃの」
たちまち相好を崩すキリの前でマリオが笑みと共に言葉を継ぐ。
「よくジイちゃんが言っていたんです『可愛くば2つ叱って3つ褒め、5つ教えて良き子にせよ』叱ってもらえる有難みを忘れるなって」
「ほう、そのような御仁に育てられたのなら納得じゃの」
感心した様子で頷くと、ところでとキリが問いかける。
「キリーナには何をしに?」
「会いたい人がいるんです」
すぐに返された答えに、ふむとキリはマリオを見返す。
「わらわはこう見えて顔が広いのじゃ。言うてみるが良い、橋渡しをしてやろうぞ」
キリの申し出にマリオは困った顔をした。
「いえ、その…」
「何じゃ、歯切れが悪いの」
「会いたいのは…光の王さまなんです」
その名にキリは驚いたようにマリオを見返す。
「会ってどうするのじゃ?」
「光の王さまに聞きたいことがあって」
「ならば光雲山に向かうのじゃな、しかし簡単には会えぬぞ。試練を達成せねば道は開かれん」
「試練だと?」
大皿に盛られたお好み焼き風ピザを完食したリョクが怪訝そうに聞き返す。
「そうじゃ、しかも試練の内容は時によって異なる。光の王の居城に辿り着くのは至難の業じゃ」
「おもしれぇ、その試練とやらはこの俺が蹴散らしてやるぜっ」
意気込むリョクにキリは楽し気な笑みを浮かべた。
「無事に会えると良いの」
「はい、頑張ります」
「結果を楽しみにしとるでな」
笑顔を返すマリオに軽く手を振るとキリは杖を突きながら食堂を出て行った。
「前の時は風の姐ちゃんの魔法で一気に光の城に飛んでったが、今回はそう言う訳にはいかねぇからな」
「そうだね、頼みごとをするのにショートカットは失礼だもの。此処は地道に登って行った方がいいと思う」
翌朝、子竜車を乗り継いで辿り着いた光雲山の麓。
山道への入り口には大きな石の門があり、荘厳な雰囲気を漂わせている。
しかしながら…。
「兄ちゃん達もお参りかい?だったら名物の肉巻き握りを買ってきな」
「それよりこっちの神聖水を持って行った方がいい。御利益があるぜっ」
その門前は大勢の参拝客目当ての露店が並び、客引きに余念がない。
イツキの話だと山の中腹に女神さまを祭った神殿があり、険しい山道を登ることで他で祈るより御加護があると評判なのだそうだ。
「けっ、そこらの湧き水から無料で汲んできたヤツの何処が神聖なんだっ」
「うるせえ!心意気だ。心意気っ」
「それよりこれを買わないかい?」
言い合いを始めた売り子を押し退けて、小柄なおばさんが光雲山の姿が刺繍された三角の布を勧めてきた。
「聖女様がいた世界でペナントって呼ばれてる有難い品なんだよ。他にもキーホルダーやストラップって下げ飾りもあるよ」
そう言って店先にある色とりどりの紐で組まれた飾りを指し示す。
他にも『女神さま饅頭』や『光雲山せんべい』といった菓子を売る店も数多く軒を連ねている。
「完全に観光地化してるね。懐かしいって言っていいのかな」
「女神さまの威光を飯のタネにするとはな。どいつもこいつも商魂たくましいこって」
複雑な顔で苦笑するマリオの横でリョクが呆れたように呟く。
「いいんじゃない、信仰の在り様は人それぞれだもの」
「確かにな。女神さまを敬う言葉を口にしていても腐った奴はいるし、その反対の奴もごまんといるからな」
マリオの言葉に頷くとリョクは山門を目指して歩き出した。
「我が王」
「何?イツキ」
周囲の参拝客の目から逃れるように木立の影からイツキが声をかけてきた。
「山門から先は光の王君の聖結界内で我は山道に入ることが出来ません」
イツキの言葉にマリオが納得顔で頷く。
「試練に手助けは厳禁ってことなんだろうね」
「はい、ですので一足先に王君の居城に行っております。どうか御無事で」
「大丈夫だよ。リョクさんとタマが一緒だしね」
「任せとけ、すぐに光の王の所に行ってやるからよ」
「ミャッ」
意気込むリョクとタマに笑みを向けるとイツキは胸に手を当てて頭を垂れる。
「到着をお待ちしています」
そのままイツキの姿は空気に溶けるように見えなくなった。
「結構、急勾配だね」
「おう、年寄りやガキには難儀な道だな」
そんなことを言いながら2人して他の参拝客に混じって山道を登ってゆく。
だが虫人であるリョクと『神気を浴びた健康優良体』の称号のおかげで身体能力が上がっているマリオはすぐに他を引き離してどんどんと先に進む。
「あ?何だこりゃ」
しばらく行くと人気のない二股道に出くわすが、そこに立っている板の文章に眉を寄せる。
「参る者は右へ、目通り願う者は左へ…か。此処が神殿と光のお城への分かれ道みたいだね」
「どうするよ?」
「此処は指示通りでいいんじゃないかな。罠とも思えないし」
「ミヤァ」
マリオの答えにタマも賛同し、ならとリョクは左の道へと歩を進める。
「今度は何だ?」
小一時間ほど登ると再び分かれ道となり、そこには同じように『参る者は右へ、目通り願う者は左へ』と記された板が鎮座していた。
前との違いはその下にとても小さな文字で書かれた一文。
『夜をこめて 鳥の空音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ』
「これって百人一首…清少納言のものだね」
「へ?」
盛大に首を傾げるリョクに、そのあらましを教える。
「僕の世界の女性歌人の作なんだけど、意味は…孟嘗って人が秦国から逃げる際に一番鶏が鳴いた後にしか開かない函谷関にさしかかったのが深夜だったんで、仲間にニワトリの鳴き真似をさせて関守をだまして通り抜けたっていう故事を使って『函谷関と違い、逢坂の関は決して許さないでしょう。あなたは翌日に宮中の物忌があるから鶏の声にせきたてられて帰ったと弁解しますが、そんな嘘は私には通用しませんよ。あなたは深夜に帰ったのであって、朝まで逢瀬を楽しんだのではないのですから、いい加減なことはおっしゃらないでください』って恋人からの糾弾の歌なんだ」
「随分とキッツイ性格のネェちゃんだな」
呆れたように呟くリョクに、まあねとマリオも頷く。
「当時の女性としては珍しく男性貴族に臆することなく、自身の知識で受けて立つ気の強い性格だったらしいから」
マリオの話に納得の頷きを返しながら、けどよとリョクが不思議そうに問いかける。
「それがどうして此処にあんだ?」
「たぶん、これが試練っていうか謎解きなんだと思うよ」
そう言うとマリオは改めて板を見返す。
「この句に出て来るのは関守をだまして通り抜けた孟嘗と、朝まで居るはずが嘘をついて途中で帰った恋人。共通項は…嘘だね」
「嘘だぁ?じゃ此処に書かれてることは嘘だから今度は右へ行けってことか」
リョクの答えにコクリとマリオが頷く。
「でもこれって渡来人か僕らの世界のことを知ってる人じゃないと正解を出せないよね。どういう意図かあるんだろう?」
考え込むマリオに、やめとけとリョクが声をかける。
「此処で考え込んでも仕方ねぇさ。試練なんて七面倒臭ぇことをしてる本人…光の王に会えば分かるだろうからな」
「そうだね」
笑顔で頷くとマリオはリョクと共に右の道へと進んでゆく。
「今度は洞窟かよ」
進んだ先にあったのは黒々とした闇を湛えた穴。
その近くにはお約束の立て板がある。
『目通り願う者は奥へ、正しき道は銀月に聞け』
「相変わらず訳がわかんねぇな」
「だからこその試練なんじゃない」
「ならさっさと行こうぜ」
言うなりランプの魔道具を手に先に立って歩き出したリョクだったが、少し進んでから警戒を露わにする。
「こいつは…ダンジョンか」
踏み込んだ途端さっきまでの清浄な雰囲気が跡形もなく消え去り、ロクサスのダンジョンと同じ威圧感が襲ってきた。
「ガウッ」
すぐさまタマが肩から飛び降りて3m程の大きさへと姿を変え、そのままマリオの傍らにピタリと寄り添う。
「変身っ!」
リョクも本来の虫人へと戻ると油断なく辺りを見回す。
「どうやら高ランクの妖魔はいねぇみたいだが…油断するなよ」
「うん」
まるで冥界へと向かうがごとく何処までも続く道なき道。
行くほどにどんどん足元が悪くなり、もはや岩の隙間を擦り抜けるようにして進むしかない。
「どうやらお出迎えだぜ」
ニヤリと笑ったリョクの視線の先にいるのは…小鬼の群れ。
棍棒や古びた剣や槍を手に、狭い道を此方に向かって駆けてくる。
「小鬼の肉は臭くて食えたもんじゃねぇのが残念だがよ。命のいらねぇ奴はかかって来いっ」
言うなりリョクは軽々と跳躍して群れの中央に突っ込んでゆく。
「そっちをお願い、タマ」
別方向からやって来た一群をマリオの前に進み出たタマが迎え撃つ。
「こいつら弱ぇが数だけは多いから鬱陶しいぜっ」
「ガウッ」
得意の風魔法と氷魔法で岩場の影から襲ってきた小鬼たちを殲滅したリョクとタマが、やれやれとばかりに揃って首を振りながらマリオの下に戻って来る。
「これも試練の一つなんだろうね」
「小鬼くれぇ倒せねぇ力の無い奴に会う気はねぇってか?何様だっ」
「王さまだよ。でもちゃんと安全は考えてくれてるよ。これだけ細い道だと敵に囲まれることは無いし、入り組んでるから必死で逃げれば振り切れるもの」
言いながらマリオは後を振り返った。
「何、見てんだ?」
「うん、ちょっとね」
怪訝な顔をするリョクに曖昧な笑みを向けるとマリオはタマと共に歩き出した。




