61、火の王と風の王
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「62話 今度こそキリーナ国へ」は土曜日に投稿予定です。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「それと、僕らを特別扱いするのは止めてもらいたいんですけど」
申し訳なさそうな顔をしながらも、きっぱり言ってきたマリオにカッセル夫人は心外だとばかりに口を開く。
「あれはカトウ鉄道の御贔屓様にお渡しする正当なサービスよ」
「常に最上級車両を使えることがですか?」
「そいつは無理があり過ぎるぜ」
チームワーク良く突っ込みを入れるマリオとリョクに、夫人は悪びれることなく言葉を返す。
「私が良いと言ったら良いのよ」
「…何処の独裁者だ」
「職権乱用も甚だしいね」
呆れ顔を浮かべる2人に、だったらと夫人が言葉を継ぐ。
「特別扱いされて気が咎めるというなら、それに見合った働きをしてくれたらいいわ」
「働き?」
小首を傾げるマリオに夫人は悪戯めいた笑みを向ける。
「お客様目線での乗車時の感想や乗務員の働き具合の報告が欲しいのよ」
「つまり利用者モニターですね」
「ええ、マーケティングリサーチは企業運営の要ですもの。特に此処より鉄道が発達した世界から来たあなたの意見は貴重ですもの」
夫人の言葉に、分かりましたとマリオが頷く。
「そう言うことなら協力します、この世界で頑張ったカトウさんに敬意を表して。だたこれはカトウ鉄道とは関係のない第三者としての意見です。その方が正確を期すことができますから」
「…そうね」
返されたマリオの言葉に、夫人はつまらなそうに口を尖らす。
「やっぱり簡単に捕まってはくれないわね」
その言葉に、マリオは軽く肩を竦めるだけで答えた。
「やっとキリーナに行けるね」
「ミャッ」
列車に乗り込み、やれやれと首を回すマリオの肩でタマが同意の声を上げる。
「俺は美味い菓子が食えたし、もらえたから良かったぜ」
その隣で出されたスフレ菓子を爆食し、土産にと同じ量を渡されたリョクが満足げにそんなことを言う。
「だけど黒の魔王の影響力って本当に凄いんだね」
鉄路の魔女の異名を持つカッセル夫人の様子に改めてそのことを思い知る。
「そうだな。俺もガキの頃に周りの大人からよく言われたぜ『悪さをすると魔王やってきて浚って行かれちまうぞ』ってな」
「何だかナマハゲみたいだね…浚われた子はどうなるの?」
「まあ、オヤジ共がガキを脅す為の文句だからな。本当に浚われたって話は聞かねぇな。…ただよ」
そのまま言い淀んでしまったリョクにマリオが不思議そうな顔を向ける。
「黒の魔王は敵を簡単に殺さず、一度連れ帰ってから殺すって言われててな」
「ああ、それが誇大されてそんな話になったんだね」
納得の頷きを返しながらも、マリオの中に小さな疑問が湧く。
殺さずに捕らえて、しかも連れ帰る。
そんな面倒なことを何故したのだろうかと。
しかしその答えを知るのは当の魔王だけだ。
「んで、いつ頃キリフに着くんだ?」
考え込んでいたマリオは、その言葉に顔を上げ手元の地図を開いた。
「えっと…サンホン駅から支線を使ってエルーナ駅に行って、そこから本線に乗り換えてカイエード帝国を抜けて9つ目だね」
「ってことは着くのは早くても明日の夜か」
リョクが少しばかりうんざりした顔をする。
転移の魔道具で移動する便利さに慣れてしまうと、列車の旅がもどかしく感じるのは仕方がないことだろう。
「その分、停車駅でいろいろ其処の名物が楽しめるよ」
だがマリオの言葉にすぐに元気を取り戻す。
「おう、楽しみだぜ。ところでキリーナの美味いもんってのは何なんだ?」
「アレッサさんが言うには和食がベースなんだけど、それに鬼人族の料理を掛け合わせたものなんだって。例えば…餡子が乗ったパスタとかイカの塩辛とチーズのピザ、衣を着けて揚げた巻き寿司なんかが有名だって」
「…あんま美味そうに思えねぇぞ」
眉を寄せるリョクの前で、物は試しだよとマリオが笑う。
「見かけはアレでも食べてみたら美味しいってことは多いしね」
「そうだな、どんなもんか楽しみにしとくか」
「…フミュー」
それは地雷物件でしかないのでは…という不安を抱いてしまうタマだった。
「我が王」
そんな会話を交わしていたら傍らにイツキが姿を現した。
いつも通りの一等客車なので周囲に人影が無く、イツキも遠慮なく姿を見せられる。
「キリーナでは光の王君にお会いになるので?」
「うん、その予定。ミデア大陸の浄化についていろいろ聞きたいこともあるし」
そう言ってからマリオはイツキに問いかける。
「光の王さまは黒の魔王とは戦わなかったの?」
火の王が魔王を討ったことは有名だが、水の王であるゼムが参戦したことや他の王が戦った話がないことにマリオは首を傾げる。
「はい、あれは完全に火の王君が先走った結果ですので」
「どういうこと?」
怪訝な顔をするマリオに、イツキは魔王討伐の顛末を教えてくれた。
黒の魔王の侵攻に対し、七王君は最初は静観の構えを取っていた。
長い歴史の中でこうした争いは珍しいものでは無かったからだ。
しかし当時の緑の王が魔王に殺されたことで事態は急変する。
七王君は精霊と人を結び、世界を守る礎的な存在。
敬いこそすれ、決して害してはならない尊き者なのだ。
それを簡単に殺してしまった黒の魔王に、残された王君達はこれ以上ないほどの危機感を覚えた。
このままではこの世界そのものを破壊されかねない。
そこで王君達が集まって話し合いをすることになったのだが…。
そんな悠長なことをしている場合ではないと、即位したばかりの火の王が単独で魔王の下へと向かってしまった。
慌ててその後を追った水の王が見たのは、炎に巻かれながらも不敵に笑う魔王の姿。
やって来た水の王を認めると、魔王は『教えを受けた礼だ』と黒い塊を放つ。
それは魔力を強制的に瘴気に変換し、相手を瘴魔へと変える呪いだった。
塊がゼムに吸収されたのを見届けて魔王は哄笑と共に炎の中へと姿を消した。
黒の魔王の死。
あれだけの事を仕出かしながらその最期は呆気ない終わり。
その死に疑いを持つ者もいたが、歳月が過ぎるとその存在は恐怖の対象として語り継がれるだけとなった。
「火の王さまの攻撃を目眩ましに使って逃亡したんだね」
感心したように呟くマリオの前で、ハッとリョクが小馬鹿にしたように言葉を綴る。
「だとしたら魔王を討ったと称賛されてる火の王の奴は、魔王に一杯喰わされた道化ってことだな。ざまあないぜ」
リョクらしくない言葉にマリオが不思議そうに問いかける。
「もしかして…リョクさんは火の王さまのことが嫌いなの?」
その問いに、まあなとリョクは少しばかりバツが悪そうに頭を掻く。
「風の姐ちゃんに連れられて即位の挨拶ってのにいったらよ。
『このような者を風の王に選ぶとは天の采配を疑う』とか『さっさと譲位せよ。その方が世の為だ』とか言いやがって」
「…そう言われる前にリョクさん、何か言わなかった?」
「お、俺はよぉ」
じっと此方を見るマリオの澄んだ眼差しにリョクは観念した様子で口を開く。
「こんな真っ平らな小娘が火の王だと?嘘だろ…って言っただけでぃ」
「リョクさん、それ完全にセクハラ」
「あ?何だ、そのセク…」
「セクシャルハラスメント。相手の意に反する性的言動によって不利益を被ったり、就業環境が妨げられることを指す言葉だよ。そもそも初対面の女の人にいきなり体形のことを言うなんて失礼でしょ」
やんわりとだがそう叱られてリョクはシュンと肩を落とす。
「で、でもよう。最初に俺の事を『虫人か』って蔑んだ目で見て来たのはあっちだぜ」
確かにこの世界で虫人は酷く畏れられ、その姿を見ただけで逃げ出す者は多い。
誰だって食べられたくはないのだからそれも無理はないが。
しかし理性を無くし食欲に走るのは極限の空腹時だけで、それ以外は気の良い者達ばかりなのだが他族との接触がほとんど無いためにそのことを知る者は少ない。
「やっぱりもっと頻繁に『通りすがりの虫人』作戦をやった方がいいね」
「…けどあいつはやった後にやたらと痒くなんだよな」
ボリボリと首の辺りを掻き出したリョクにマリオから笑みが零れる。
痒くなるというのは照れ隠しだ。
口調は乱暴だがリョクがとても優しいことをマリオは知っている。
そのことをもっと多くの人に知ってもらいたいと思う。
「ヒーローは人々の希望だからね。リョクさんの活躍を知って元気付けられる人は一杯いるから頑張ろう」
「お、おう」
グッと両の拳を握って意気込むマリオに若干引きながらもリョクは素直に頷いた。
「ところで我が王、彼の魔法師の少年ですが」
「それってエルドレッド君のこと?」
小首を傾げたマリオに、はいとイツキが大きく頷く。
「帝国軍より魔法書を盗んだ罪でウェステリア国に引き渡されるはずだったのですが」
「何かあったのか?」
「はい、護送途中に姿を消しました」
その言葉にマリオもリョクも揃って驚きを浮かべる。
「帝国軍の護送隊から逃げ出したのっ?」
いくら魔法に長けているとは言え、精鋭と名高い帝国軍からそう簡単に逃げられるとは思えない。
「手引きした奴でもいたのか?」
リョクの問いにイツキは緩く首を振った。
「分かりません。文字通り突然姿を消してしまったのです」
「どういうこと?」
「それが…」
エルフ国を出て、最初の休憩地点にやって来たところで護送兵は子竜車の異変に気付いた。
中からまったく音も気配しないのだ。
不審に思い覗いてみると、子竜車の中は空っぽでエルドレッドは忽然と消えていた。
「子竜車の周りは兵で囲まれてたんだろ。なのに誰もいなくなったことに気付かなかったってのはおかしくねぇか」
「多分、僕らみたいに転移の魔道具か魔法が使える人が連れていったんだろうね」
マリオの答えに、なるほどなと頷いてからリョクが問いかける。
「けどよ、いったい何が目的でそんなことしたんだ?あいつは魔導書が無けりゃ、ちっとばかり魔法が得意なガキでしかねぇって水のジジイが言ってたぞ」
「何かに利用する気なのは間違いなさそうだけど…」
そのまま考え込んでしまったマリオにイツキが声をかける。
「おかしな点はもう一つございます。姿を消して以来、まったく足取りが掴めぬのです」
イツキの情報網、それはこの世界すべての植物たちが見聞きしたことに他ならない。
それを掻い潜っての行動となると植物がない場所にいるか、強力な結界魔法の使い手ということだ。
「…どうやら並みの相手じゃなさそうだね。何だかまたもトラブルの予感がするな」
嘆息するマリオの傍に、ニャーンとタマが気遣うようにその身を寄せてくる。
そんなマリオ達を乗せて魔導列車は静かに動き出した。




