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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
60/94

60、黒の魔王と錬金王

評価、誤字報告をありがとうございます。

「61話 火の王と風の王」は火曜日に投稿予定です。

これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。


「カッセル夫人が不安に思うのも無理はありません」

 そう言ってマリオは小さく息をついた。

鉄路の魔女の異名を持つ夫人ですら動揺させる魔王の存在。

それは彼がこの世界で成したことの大きさを如実に物語る。


イツキから聞いた話によると、黒の魔王がこの世界…リスエールにやって来たのはおよそ二百年前。

彼が最初に現れた地はミデア大陸にあった小国・ダンザだった。

魔素酔いの為に満足に動くことが出来ず、疲弊する彼をダンザの民は疫病に罹っていると思い込んだ。


領主はそんな彼を捕えると(さび)れて無人となった僧院へと監禁した。

当時は疫病患者は死の使いと恐れられ、隔離されるのが常だったからだ。

与えられたのは粗末な寝床と僅かな食料だけ。

それも古くなったりカビていたりと、まともな食事ではなかった。

領主としては厄介者である彼にさっさと死んで欲しかったのだろう。


しかしその後、魔素酔いが治まった彼がいくら違うと訴えても領主は耳を貸そうとはしなかった。

そしてついに決定的なことが起こる。

いつまでも村の近くに疫病者に居て欲しくなかった村人の一人が火魔法を放ち、たちまち僧院は炎に包まれた。


命の危機に晒された時、彼の恩恵である【解析】が発動した。

火魔法の成り立ちを解析し、それを使いこなす術を得たのだ。

僧院から吹き上がった炎は村を焼き尽くし、それは領全体へと燃え広がった。

火が消えた時、そこに生きる者はいなかった。

後に『ダンザの大火』と呼ばれた事件はこうして終わりを告げた。


それ故か彼は完全にこの世界を見限り、元の世界へ帰ることを切望するようになった。

水の王たるゼムに教えを請い、別世界へと渡る研究を始めた。

しかしある時、突然彼は変わった。

ミデア大陸に最北端に拠点を築き、そこから侵攻を開始したのだ。


目につく者は兵だけでなく女子供、年寄りに至るまで皆殺し。

結果、彼は5つの国を滅ぼし、3万を超えた命を刈り取り、悪逆非道の限りを尽くした。

まさに大量殺戮(ジェノサイド)だ。


その後、彼は火の王に討たれて姿を消した。

しかし謎は残った。

いったい彼は何をしたかったのか?

それが未だに解かれぬままであることが彼を一層不気味な存在にしている。

故に魔王の脅威は二百年経った今も消えることはない。

そんな魔王にまつわる話を思い返しながらマリオは言葉を継ぐ。


「僕が聞いた話だと…黒の魔王は生きているそうです」

「なっ!」

 驚愕の表情を浮かべ固まってしまった夫人だったが、すぐに気を取り直してマリオに詰め寄る。

「どういうこと!?魔王は二百年前に死んだはずよっ」

「延命の方法は分かりませんけど、生きて何処かに潜伏しているみたいです」

「そんなことが…」

「ところで黒の人形師という人物を知っています?」

 唐突な問いに探るような眼差しを向けるが、夫人は素直に頷いた。


「知るも何も、そいつの所為でカトウ鉄道はもう少しで倒産の憂き目に遭うところだったのよ。一発くらい殴らってやらないと気が済まないわ」

 憤懣やるかたないといった様子で言葉を綴ってから夫人はマリオを見やった。

「そいつがどうかしたの?」

「その黒の人形師の正体が魔王です」

「は?」

 再びフリーズしてしまった夫人だったが、今度もすぐに再起動してマリオに詰め寄る。


「本当なのっ!?」

「たぶん」

 小さく首を傾げるマリオに、たぶんってと夫人は気が抜けたような顔をする。

「何か目的があって、それを成すまでの暇つぶしのつもりで犯罪計画を必要としている相手に指南していたみたいです」

「たぶんとかみたいって…確証はないのね」

 呆れたように言葉を綴る夫人の前で、はいとマリオが笑顔で頷く。


「僕の故郷にこんな言葉があるんです。

『断言する人には注意する。

専門に勉強すればするほど、正解が分からなくなり曖昧にしか言えなくなる。

だから本当の専門家に質問すると結構どっちつかずな答えが返ってくる。

それは聞き手にとっては頼りない。

明確な答えをくれる人に頼りたい。

けどだからこそ言い切る人の話をなんでも鵜呑みにしないこと』って」

 マリオの話に夫人は、確かにねと納得の頷きを返す。


「私も確実に成功する会社経営は?なんて聞かれても正解なんて分からないもの。そんなことを簡単に答えられるのは上辺だけの知識しかない者か、詐欺師だけよね」

 小さき息をつくと夫人は毅然と顔を上げた。

「ごめんなさい。私としたことが少しばかり冷静さを失ってたみたいだわ」

「いえ、黒の魔王が生きている。そう言われて落ち着いていられる人は少ないですから」

「ま、心臓に毛が生えてるようなあんたでも、そうなっちまうくらい魔王はスゲェってことだな」

「りょ、リョクさんっ」

 (はなは)だ失礼なことを言ってのけるリョクの袖を慌ててマリオが引っ張るが。

「気にしなくていいわ。私にそんなこと言う者はいないから却って新鮮よ」

 コロコロと童女のように笑うと、夫人は一転して真摯な目をマリオに向ける。


「あなたの見立てでは、これから魔王はどう動くかしら」

 その問いに、そうですねとしばし考え込んでからマリオは口を開く。

「魔王に関しては不確定要素が多すぎて…でも彼が切望していた『元の世界への帰還』それを簡単に諦めるとは思えないので、何かを仕出かすのは間違いないと思います」

 マリオの言葉に夫人は深いため息をついた。


「元の世界へ帰りたいって…何が魔王をそこまで駆り立てるのかしら。私の父は故郷を懐かしがってはいたけど、それ以上にこの世界を愛していたわ」

 いきなりやって来てしまった異世界。

右も左も分からない、しかも黒の魔王の所為で黒目黒髪の渡来人は忌み嫌われている。

それでもカトウはこのリスエールという世界を愛し、好きな鉄道を通すことに生涯をかけた。


最初は苦労の連続だった。

地球で普及している製品を此方の世界で再現しても、その用途を理解してもらえず詐欺師扱い。

それにめげることなく造り続けていたら、そんな彼に理解者が現われた。

同じ錬金術師の女性で、此方では突飛なカトウのアイディアを手放しで褒めてくれた。


やがて夫婦となった2人で始めた店に顧客が付くようになり、徐々にだがカトウが造る魔道具が売れ出した。

妻の助言のおかげで、此方の世界の需要に合った魔道具が造れるようになったからだ。

一番初めに売れたのは携帯用の魔導ランプだった。

これは地球でいうところの懐中電灯で、小型で持ち運びが簡単とのことでハンターを中心にバカ売れした。


次に売り出したのが缶詰とその製造機。

こちらも移動が多いハンターや行商人達に喜ばれ、領主からは飢饉や災害時の備蓄食料として利用できると歓迎された。

魔導コンロ、洗濯機、冷蔵庫、自転車、バイク、給湯器、簡易ストーブ、ラジオ、扇風機。

次々と発表されるこの世界に合わせた性能の魔道具は大いに喜ばれ、人々の暮らしを豊かにしていった。

そうして力を合わせて店を盛り立てて得た信用を元に、出資者を募り、国を動かし、ついにはカトウが何より愛した鉄道事業を始めることが出来た。


「父はよく言っていたわ『帰りたくないと言ったら嘘になるが、此処には故郷には無いものがある』

それは何?と聞いたら『自分の力を思う存分発揮できる自由と…愛する妻とお前達だよ』って」

 懐かし気にカトウのことを話す夫人にマリオも笑顔で頷く。

「いいお父さんだったんですね」

「ええ、最高の父だったわ。子煩悩でお茶目で優しくて…その父の夢である鉄道を守って発展させてゆく。それが私の最たる望みなの」

「だったら守らないとですね」

 マリオの言葉に、もちろんよ夫人は力強く頷いた。


「最悪の事態を想定して社を挙げて情報収集と防衛体制を整えておくわ。忙しくなるわね」

 凛然と言葉を綴る姿は意気に満ちていた。

「魔王に関しては七王君も動き出しましたから、場合によっては協力をお願いすることになると思います」

 マリオの言葉に一瞬、目を見開いてから夫人は愉快そうな笑みを浮かべる。

「その時を楽しみにしているわ」

 そう言って悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。




その同じ頃…。

「僕は特別なんだ。こんなことで(つまず)くなんて有り得ないっ」

 囚人用の子竜車の中でブツブツと不満を唱える少年。

ウェステリア国に護送中のエルドレッドだ。


魔導書を失い、天才魔法師から少しばかり魔法が上手い子供に成り下がった者に利用価値は無いと帝国はエルドレッドを『魔導書窃盗犯』として捕らえた。

そのままウェステリア魔法省に犯罪者として引き渡されることになったのだ。


「何が『負けた悔しさをどう昇華させるかでお前の未来は変わる』だよ、大きなお世話さ。カエルのくせに生意気なんだよっ」

 水の王君に向ける不敬極まりない言葉。

他の者が聞いていたら真っ青になるようなことをエルドレッドは呟き続ける。


「僕ならレベル5の魔法だってすぐに使えるようになる。それが分からない奴らの方が間違ってるのさ。そんな奴ら、全部消してしまえば後腐れが無いのに」

 実に物騒な事を言うエルドレッドの耳に小さな忍び笑いが届いた。


「いいね、そう言う考え方」

「誰さっ!?」

 いつの間にか自分の前の席に座っていた男。

目深に被ったフードの所為で顔は良く分からない。


「君を助けに来た者だよ。一緒に来るなら好きなだけ魔法を研究させてあげよう」

 厳重に周囲を取り巻く帝国兵団。

その目を掻い潜り、しかも魔法封じの結界が張られた子竜車に平然と乗り込んできた。

おそらく高度な転移魔法の使い手なのだろう。

そんな相手をエルドレッドは胡散臭げに見返す。


「…何が目的?」

「君のような前途ある若者の支援をしたいだけだよ」

 しゃあしゃあと言ってのけるが、嘘なのはその口調と軽薄な笑みが証明している。

しかしエルドレッドは、いいさと不敵な笑みを向けた。


「一緒に行ってやるよ、此処に居ても牢に入れられるだけだからね。でも僕を裏切ったらタダじゃ置かないっ」

 そう威嚇してくるエルドレッドに男は楽し気な笑いを浮かべる。

「いい判断だ。じゃあ早速」

 そう言うと男は周囲に転移の魔法陣を展開する。

「君ならきっと良い……になるだろう」

 最後の呟きはエルドレッドの耳には届かなかった。


ウェステリア国に向かう護送車から忽然と姿を消した魔導書窃盗犯・エルドレッド。

この日より彼を見た者はいない。




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