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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
59/94

59、キリーナ国へ…の前に捕まりました。

評価、ブックマークをありがとうございます。

「60話 黒の魔王と錬金王」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


「じゃあ僕らはこれで」

「楽しかったぜ」

「ミヤッ」

 そう微笑むマリオ達にキルスは深々と頭を下げた。


先の緑の王の威光を盾に、百年の長きに渡って国を好き勝手に支配して来たハイエルフ達。

彼らがいなくなり、漸くにしてエルフ国は合議制による国政に戻ることが出来た。

しかし問題は山積だ。

ハイエルフによる評議員を始めとする教師や神官と言った知識人階級の弾圧は凄まじく。

彼らの意に染まない者の多くが追放、奴隷落ち、もしくは不審な死を遂げていた。

おかげで現在のエルフ国は深刻な人材不足に陥っている。


しかし希望がない訳ではない。

発見されたハイエルフの隠し財産や余剰分のレグルの実の売買で得た資金で、早々に各地に学問所が設けられることになったのだ。

此処で育成された人材がエルフ国を立て直して行くのも、そう遠い未来ではないだろう。

そのすべてを(もたら)してくれたマリオ達に感謝は尽きない。


「ありがとうございました。いただいた御恩は国造りでお返しします」

「うん、楽しみにしてる。また遊びに来るね」

 その時までにマリオ達が喜んでくれるような国にしようとキルスは心の中で誓う。


「転移の魔導をお貸し下さった闇の王君にも感謝致しますとお伝え願います」

「おう、言っとくぜ」

 軽く請け負うとリョクはマリオの肩に手を置く。

「またね」

 笑顔で手振ってからマリオは羅針盤を起動させた。




「到着っと」

 一瞬でマリオ達はダークキングの店の裏手に姿を現す。

「戻ったか」

 そこにはガンズが待っていて出迎えてくれた。


「まあ、無事に事が治まって良かったな」

 満足げに頷くガンズに、ええとマリオが笑顔を返す。

「これ、ありがとうございました。助かりました」

「もういいのか?」

 その手に黄金の羅針盤を載せるマリオにガンズが問いかけてくる。

「こいつを使って動いた方が便利だろう」

「確かにそうなんですが…そうなると見ることが出来なくなるものもあるので」

「特急列車に乗りゃぁ早く着くが、そうなっちまったら通過した駅の美味いもんが食えなくなっちまうだろ」

 大変分り易いリョクの例えに、なるほどなとガンズが苦笑混じりに頷く。


「で?この後は何処へ行くんだ」

「キリーナ国に行ってみようかと思ってます」

 マリオが口にした行き先に、だったらとガンズは店の方へと視線を向ける。

「アレッサはキリーナではちょっとした有名人なんだ。いろいろと相談に乗ってくれると思うぜ」

「そうなんですか?」

 驚くマリオの前で、おうよとガンズが自慢げに胸を張る。


「何しろあいつは…」

「こんなところで油を売っている暇がよくありましたね」

 ゆらりと背後に立った影から放たれる威圧に、誰もが…リョクさえも思わず息を飲む。

「うちはいつから酒造でなく油屋になったんでしょうか」

「あ、アレッサ…その、何だ」

 しどろもどろに言い訳をするガンズに、冷え切った目をしたアレッサがクイっと工場へと顎を向ける。


「無駄口を叩いている暇があったらさっさと仕事に戻って下さい。減産による皺寄せは少ないに越したことはないのですから」

 御尤もな言にガンズはシオシオと工場に向かって歩き出すが。

「駆け足っ」

「は、はいっ」

 背を蹴飛ばされたように全速力で走り出したガンズを見送り、アレッサはヤレヤレとばかりに首を振った。


「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ございません」

 綺麗な礼をするアレッサに、いえとマリオは緩く首を振った。

「忙しそうですけど大丈夫ですか?」

「お気遣いありがとうございます。減産の混乱は徐々に収まって来ていますし、新酒の仕込みも一丸となって行っていますので」

 迷いなく綴られる言葉に、なら良かったとマリオから安堵の息が漏れる。


「ところでキリーナに行かれるとか」

「はい、良かったらお国の事を教えてもらえます?」

「ついでにそこで食える美味い物もだ」

 続けられたリョクの言葉に小さく微笑み頷くと、アレッサは懐かし気な表情を浮かべた。



「キリーナは鬼人族が多く住む国です。鬼人の多くは武芸を…特に剣技を愛し、日々をその研鑽に費やしています」

 質実剛健…そんな言葉が良く似合う国民性だ。

その為かどの街にも多くの剣道場があり、武具を扱う店もたくさんある。


そんなキリーナと他の国との何よりの違いは、五年に一度の武芸大会によって国の首脳陣が決まるというところだろう。

一番強かった者がトップである将軍となり、二番目が副将軍、それから順位ごとに各大臣が任命される。

それだと脳筋の集団になってしまい、ちゃんと国政が出来るのか不安になるが。

腕っぷしだけでなく頭も切れてこそ真の強者ということで文武両道に重きを置き、試合前の筆記試験で合格点を得ないと参加出来ないことになっている。


やはり昔、腕は立つが書類仕事はからっきしというメンツばかりが集まったことがあり。

その時は出来る者に仕事が集中して担当者が地獄を見た…という悲劇を繰り返さない為の措置のようだ。



そしてキリーナは何処よりも光の聖女の影響を大きく受けた国として有名だ。

聖女が伝えた『時代劇』という娯楽。

それが剣技を愛する国民たちに大いに受け入れられ、姿を真似るだけでは飽き足らず。

生活様式や思想までドップリと日本の江戸文化に浸かり切ってしまったのだ。

おかげで今ではキリーナは国中が某映画村や江戸村のような様相を呈している。


「武士道こそが我らが行く道。剣と酒に生き、忠義を重んじ、人情を愛す。それこそがサムライ」

 嬉々として言葉を綴るアレッサに、マリオは複雑な、リョクは感心仕切った眼差しを向ける。

「確かにな、生まれたからには戦って、美味いもんを食ってこそだぜ」

「ええ、その通りです」

 意気投合した様子でリョクとアレッサは笑顔で互いの拳を打ち付け合う。

その後でアレッサはポケットから自らの名刺を取り出し、裏に何事かを書き付ける。


「こちらをお持ちください。その者は私の兄ですので便宜を図ってくれると思います」

「ありがとうございます。キリーナに行ったら訪ねてみます」

 裏に書かれた名と住所を見返して、マリオは笑顔で礼を言った。




「ちっとばかり飲み過ぎたぜ」

「凄かったね」

 トントンと手の平で自らの頭を叩くリョクの横で、そうマリオが笑う。

『俺が造った酒が飲めねぇってかっ』

『受けて立ってやるぜっ、クソオヤジっ!』

 と、あれから送別会と言う名の宴会に突入し、飲めや歌えの賑やかな一夜を過ごした。 


何しろ宴会ならば酒好きのアレッサが嬉々として許可を出してくれるのだ。

このところ酒造りに没頭する毎日を送っていた為、そのストレス解消とばかりに宴は大いに盛り上がった。

もっともマリオはその間、ずっとトゥルーのリバーシーの相手をさせられていたが。

そして昼過ぎに漸くにして酔いが醒めたガンズやローナ達に見送られ、2人はサンホン駅へとやって来た。


「えっと、キリフ行きの列車は…」

「やっと見つけたわ」

 キリーナ国の首都を目指すべく路線図を見ていたマリオの背後から、そんな声が聞こえた。

その大変聞き覚えのある声に振り向けば…。

手にした扇を優雅な仕草でたたみながら白髪の貴婦人が此方に向かって微笑んでいる。


「お前ぇはっ」

「…お久しぶりです。ヨウコ・エルサ・カッセル夫人」

 カトウ鉄道のオーナーであり前辺境伯爵夫人でもある重要人物の出現に、マリオとリョクは油断なく相手を見返す。

何しろその見事で容赦ない経営手腕から『鉄路の魔女』という二つ名を持っているくらいである。

そんな彼女が何の目的も無しに此処に居るとは思えない。


「急に姿を消すから焦ったわ」

 どうやら転移の魔道具でエルフ国に行っていたので、さすがの彼女もマリオ達の行動を追うことが出来なかったようだ。


「どうして此方に?」

「貴方達に会いに来たに決まっているじゃない」

「…決まってるんだ」

 ため息混じりに呟くとマリオはカッセル夫人に向き直る。

「僕らに何の御用です?」

「そう身構えなくても大丈夫よ、勧誘に来た訳じゃないから。ただ貴方達とお話がしたいだけ」

 ニッコリ笑うカッセル夫人の真意が分からず、マリオもリョクも困惑する。


「話をするだけだと?…何を企んでやがる」

「勧誘よりそっちの方が怖いかな」

 小声で言葉を交わす2人に、こっちよと夫人は駅舎へと手招く。

「どうするよ?」

「断ってもいいけど…どんな話かちょっと興味あるし」

 マリオの答えに、そうだなとリョクが頷く。

鬼が出るか蛇が出るか、覚悟を決めて夫人に続いて駅舎へと歩を進める。



「そう硬くならないで、別に取って食いはしないわよ」

 ニコニコと笑いながら夫人は貴賓室で出された茶を手に取る。

「そんで?話ってのは何なんだ?」

 リョクの問いに、茶に口をつけてから夫人は静かに言葉を返す。


「キリーナに勇者の称号を持った渡来人が現われたの」

 さらりと言われたことにマリオ達は困惑する。

その存在はイツキから聞いていたが、此処で持ち出されたことに疑問しか感じない。


「何故そのことを僕らに?」

 怪訝な顔をするマリオに、それはねと楽し気に夫人が話を続ける。

「その子はヒロヤ君と言うのだけれど、父と同じ世界から来たってことだから会いに行ったのよ。その時にこの世界に来る前のことをいろいろと聞いたの」

 そう言って夫人は嫣然と微笑んだ。


「父はエレベーターとかいう物に乗っていて扉が開いたらこの世界に来ていた。

そう話したら一緒に乗ってた人達のことを思い出したそうよ。中にいたのは5人、ヒロヤ君の前にいた黒髪の若い男、白いスーツの女性、メガネを掛けた小柄な男…彼らは黒の魔王に光の聖女、そして私の父のカトウね」

 一旦言葉を切ると夫人はマリオの目を見つめながら口を開く。


「そしてヒロヤ君とすぐ後ろに居た同じ年位の茶髪の少年…これって貴方よね」

「…何故、僕だと?」

「だって貴方が持ってるリュックサック。それに使われているファスナーの素材はこの世界には無いものだもの」

 夫人の言う通り、リュックに縫い付けられているファスナーは樹脂…材質にポリエステルやナイロンなどを使用したものだ。


「良く気付きましたね」

「これでも錬金王の娘よ。父も開発しようとしたけど、此処には代替えとなる素材が無いから諦めたものの一つとして記憶していたの」

 夫人の言葉に降参とばかりにマリオは両手を上げた。


「僕が渡来人と知ってどうします?言っておきますが僕が持っている異世界の知識はもう聖女様とカトウさんが発表済ですから」

 旨味はありませんよと笑うマリオに、あらっと夫人は心外だとばかりに顎を上げた。

「そんな目先の利益なんて欲しいとも思わないわ。私が欲しいのは情報よ」

 そのまま夫人は真摯な眼差しをマリオに向ける。


「此方では『勇者』は文字通り勇ましき者という認識しかないけど、貴方達の世界では違うのでしょう」

 夫人が言う通り、ゲームでは魔術師の上位職として扱われるマリオの『賢者』が賢き者という意味合いしか持っていなかったように、此方と地球世界とでは称号が持つ意味が大きく違う。


「そうですね、僕らの世界では『勇者』は強大な悪に立ち向かう存在。もしくは物語の主人公ですか」

「ええ、父も同じようなことを言っていたわ。そして勇者が倒す相手は魔王と相場が決まっているとも。勇者が現われたのなら魔王もまた現れる…そう言うことじゃないのかしら」

 夫人の言葉にマリオは女神の意図に気付く。


「そうか…それで勇者」

 黒の魔王をこの世界から排除することを勇者に仕立てたヒロヤに課したのだと。

「この世界を守るためなら形振り構わないってとこか」

 派手なため息をつくと、マリオは女神からの神託を伝えるか迷うが…。


「私にはカトウ鉄道に関わるすべての者とその家族を守る義務があるのよ。それが出来なくて何のためのトップよっ」

 覚悟を秘めた夫人の眼差しにマリオは話すことを決めた。




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