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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
52/94

52、姫の想いと母の言葉

評価、ブックマークをありがとうございます。

「53話 王の責務と女神の呪縛」は火曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


おかあさま、どうして私はおうちの外に出れないの?


『あなたは特別だから、王君の甥の娘なのだから仕方がないのよ』


お父さま、どうして私はいつも一人ぼっちなの?


『お前の母がただのエルフだからだ。だが曲がりなりにもハイエルフの血を引いているのだ、無様な真似は決してするなよ』


どうして皆、私を悪く言うの?


『姫さまは緑の王君の御親族なのですから、妬まれるのは仕方ありません』


緑の王君の親族だから仕方ない。

返ってくる答えはいつもそれ。

母が死んでからは別邸でいつも一人きり。

たまに本宅に行くことがあっても父は気まぐれに声をかけるだけ、兄は私を無視し、義理母や姉たちは私を苛め、それに倣うようにメイド達も私に意地悪だった。


学問所に通うようになってもハイエルフの一族でも愛人の娘だからと誰もが遠巻きに見つめるばかりで、影で醜悪な噂を流されたりして友と呼べる者はいなかった。


けれど王君の親族の名に相応しく勉強も魔法の修行も努力して、もっともっと努力して皆に認めてもらえば、きっと友達も出来るし虐められたりもしないはず。


姉さま達の仲間にも入れてもらえるし、きっと皆が私と仲良くしてくれるはず。

王君の親族だから、もっともっと努力しないと認められない。

もっと努力して、もっとがんばって…そうしたらきっと幸せになれる。


けれどそんな彼女の切なる願いは父親の言葉によって打ち砕かれた。


『駒として飼っておいたが、今はそれくらいしか役に立たぬ』


緑の王君の親族だから…その言葉だけで孤独を押し込め、周りに気を配る余裕もなく必死に立っていた彼女の心を、同じ緑の王君の親族である父親の言葉が刃となって切り刻む。


私は…ただの駒でしかなかったの?

だからどんなに努力しても誰からも認められないの?

だから頑張ってもお友達が出来ないの?


「もう…嫌。このまま死んでしまいたい」

 壊れた心を抱え、生きることを諦めかけた彼女の前に差し出された…手。


「大丈夫?」

 ぼんやりとしたままその手を取り起き上がったレニーラは、目の前に広がる光景に我に返った。


「此処は?」

 さっきまで居た河原は何処にもなく周囲は深い森が広がるばかりだ。

そんなレニーラにマリオが笑顔で応える。

「さっきの場所から山一つ越えたところだよ。此処ならそうそう帝国軍もやって来ないから」

 だから安心してとの言葉に頷いてからレニーラは自分が置かれている状況を思い出す。


「何故、私を助けるような真似をするの?…私など生きていても」

 自嘲の笑みを浮かべるレニーラにマリオが不思議そうに聞き返す。


「君は死にたいの?」

「だって…生きていても仕方ないもの。王君の親族だから辛いことがあってもお友達が出来なくても仕方ないってずっと我慢して来たのに…それが全部無駄だったのよ」

 哀を纏った彼女の言葉にマリオは少し考えてから口を開く。


「辛い目に遭ったんだね、でももうレニーラさんはそれから解き放たれて自由なんだよ」

「自由?」

「そう、これからは王君の親族なんて関係ない。誰かに強制されたものじゃなくてレニーラさんの好きな道を行くことが出来るんだから」

「…私の好きな道」

 思ってもみなかったその言葉を呆然と呟くレニーラにマリオが故郷の話を教える。


「ある先生が試験に落ちた生徒にいったことなんだけど。

『不合格だからといって全人格を否定された訳ではなく、あなたのたった一つの能力を採点されたに過ぎない。しかもそれは過去についての採点で、あなたの未来は誰も採点していない』って。

レニーラさんには好きに生きられる未来があるんだ、それを無駄にしたら勿体ないよ」

 そう笑うとマリオは問いかけた。


「レニーラさんは何がしたい?」

「…分からない。お母さまが亡くなって一人になってからは言われるままに生きて来たから」

「だったらまずは出来ることを見極めようか。魔法は?」

「レベル3までだけど火と水と風の魔法が使えるわ」


「さすがエルフだね。それならハンターにもなれるし、戦うのが苦手なら魔石に付与をする仕事にも着けるよ」

「戦うことも出来るわ。魔法の媒体となる杖を使った杖術戦闘はマスタークラスだから」

「凄いね、草木魔法しか使えなくて戦闘もからきしの僕よりずっと優秀だよ」

 出来て当たり前という対応しか受けていなかったレニーラは、手放しで褒めてくれるマリオに戸惑いながらも嬉しそうに頷いた。


「だったら次は友達作りかな」

「お友達…でも私なんかと友達になってくれる者なんているのかしら。ハイエルフは嫌われているのよ」

 箱入り娘である彼女もハイエルフの評判くらいは耳に入っていたようだ。


「レニーラさんは嫌われてなんかないよ。ディーノスさん達も気を失ったままのレニーラさんのことを凄く心配してたもの」

 言われてレニーラは此処に居るのが自分とマリオだけなことに気付く。


「爺たちは?」

「転移の魔道具でリョクさんと屋敷に囚われている家族を助けに行ってるよ」

「そんなっ!屋敷にはまだ兵がいるし、帝国軍も迫って来ているのにっ」

 青ざめるレニーラに、大丈夫とマリオは親指を立ててみせる。

「リョクさんは凄く強いし、タマも一緒だから」

「タマって…あなたの肩にいた獣?」

 不思議そうに首を傾げる様に、うんとマリオが頷いた時だった。

上空に光が溢れ、次には少し離れた場所に50人くらいの集団が現われる。


「お帰り、リョクさん」

 リョクを先頭にこちらにやって来る一団の中に笑顔のディーノスの姿が見えるので、救出作戦は無事に成功したようだ。


「おう、今帰ったぜ」

「みんな怪我とかしてない?」

「心配ねぇ。魔道具で屋敷の中に転移して、こいつらの家族を見つけてそのまま此処に戻ってきただけだからな。今ごろ屋敷じゃ人質が急に消えちまったことに気付いて大騒ぎだろうぜ」

 得意げに胸を張るリョクの隣には3m程の大きさになったタマがいる。


「ひ、氷虎っ!?」

 思わず身を固くするレニーラにマリオが笑みを向ける。

「心配ないよ。タマは僕らの仲間だから」

 そう言うとマリオはタマの傍に歩み寄る。

「お疲れ様。ありがとうね」

「ガウッ」

 嬉し気にグリグリと頭を胸元に摺り寄せるタマを、マリオが優しい笑みを浮かべて撫で返す。

その後、タマは仔猫サイズになって定位置である肩へと戻った。


「大きさが変えられる?そんなの聞いたことがないわ」

「まあ、それは今のところタマだけのスキルみたいだしね」

 軽く肩を竦めるマリオの背後からディーノスが近づいてきて深々と頭を下げる。

「この度はお力を貸していただき感謝に堪えません」

「いえ、ご家族が無事で良かったですね」

 笑顔のマリオに再びディーノスは深く頭を下げた。


「はい。それで今後の事ですが…」

「ディーノスさん達はどうする気です?」

「皆して私の故郷の里に行こうと考えております。深淵の森の中にある辺境の地ですので帝国軍もそこまでは追ってこないかと」

「分かりました。転移して来たばかりで疲れているでしょうから休憩を取った後で目的地まで送りますね」

「ご厚情、誠にありがとうございます」

 礼を言ってからディーノスはレニーラに目を向けた。


「姫様は如何なさいます?お屋敷の中のような生活は望めませんが、我らと一緒に来られるならお世話いたします」

「私は…」

 その申し出に戸惑いの表情を浮かべてからレニーラが問いかける。


「どうして私のことをそこまで気にかけてくれるのです?私は爺たちを苦しめたハイエルフの一族なのに」

 もっともな問いに、それはとディーノスが懐かし気に言葉を綴る。


「姫様の母君…レイラン様とお約束したからです」

「お母さまと!?」

 驚くレニーラに、はいとディーノスが頷く。

「娘のことを頼みます。今は言いなりで人形のようだけれど、いつか目覚めて自分の足で歩いて行くでしょう。その時にどうか手助けをしてやって欲しいと」

「お母さまがそんなことを…」

 遺された言葉を噛み締めるように呟くレニーラの前でディーノスが済まなそうに言葉を紡ぐ。


「レイラン様は使用人である私どもにも分け隔てなく接して下さるお心の優しい淑女であられました。その優しさに助けられた者は数多く居ります。そのレイラン様の息女である姫様がお屋敷で冷遇されているのを知りながら何のお役にも立てず申し訳ありません」

 ディーノスの言葉にレニーラは大きく首を振った。

「謝る必要はないわ、それは爺たちの所為ではないもの。私こそ酷い物言いをしてばかりで」


「辛い境遇の姫様がハイエルフであることへの矜持にしがみつかねばやって行けなかったことは存じております。そんな中でも姫様は時折、我らを気遣って下さいました。母君様とのお約束もありますが、そんな姫様を無事に帝国軍に引き渡せるようお守りしようと皆で相談して決めていたのです。ハイエルフの姫ならば帝国もそう粗略な扱いはしないでしょうから」

「ありがとう、爺」

 嬉し気に微笑むとレニーラは自嘲の笑みを刷いた。


「お母さまが亡くなってからずっと独りだとばかり思っていたけど、こうして思いやってくれる者が身近にいたのね。私はそのことに気付きもしなかったのだわ」

「でももう気が付いたでしょう」

 マリオの言葉に俯いていた顔が上がる。


「レニーラさんは一人じゃない。あなたの身を案じる想いに応えてこれからも生きなきゃ」

「…そうね、何をすれば良いのかまだ分からないけど。何が私の望みなのかしっかり考えて、これから進む道を決めるわ」

 毅然と顔を上げたレニーラにマリオも笑みを返した。


「再出発するレニーラさんに僕のじいちゃんの言葉を贈るね。

『空のバケツほど蹴るとうるさい音がする。

中身が空っぽな者ほど何かあると人様の批評、不平不満を言う。

だからお前は水のいっぱい入ったバケツのように中身が詰まってるどっしりと構えた大人になれ』って」

「そうね、今までの私は空っぽの器だった。だからこれからは器にたくさんのものを詰めてゆくわ。母様のような素敵な女性になれるように」

 そんな彼女にリョクが笑みと共に声をかける。


「随分と素直になったじゃねぇか。そういうのも悪くねぇぜ」

「大きなお世話よ。あなたに気に入られても迷惑でしかないわ」

 フンと顔を背けるレニーラに、へっとリョクは肩を竦める。

「それだけ言い返す元気があるなら大丈夫だな」

「あ、ありが…とう」

 どうやら軽口はリョクなりの気遣いだったことを知り、レニーラは居心地悪そうに指を絡ませた。



「あれがエルナネスの里です。…懐かしい」

 石垣に囲まれた家々の様子にディーノスは目を潤ませた。

「帝国軍は首都を目指して進軍しているから此処に来ることはないと思うけど、くれぐれも気をつけて」

「はい、いろいろとありがとうございます。さ、姫様」

 促されたレニーラが前に進み出る。


「助けてくれてありがとう。…爺の里でゆっくり考えるわ。私が進む道を」

「うん、頑張って」

「元気でな」

「ミヤッ」

 手を振るマリオ達に頭を下げるとディーノスを先頭に一行は里を目指して歩き出した。


この後、レニーラとは思いもかけないところで再会することになるのだが…。

それはまだ少し先の話となる。





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