46、酒盛りと原因究明
評価、誤字報告をありがとうございます。
「47話 瘴気と闇の精霊王」は土曜日に投稿予定です。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「行くぜっ!」
通常より3倍の大きさとなり、瘴魔特有の金色の眼をしたロルフ目掛けてリョクは地を蹴った。
しかし…。
「うおっ!」
攻撃をあっさり躱され、思わずたたらを踏む。
「こいつら…スピードに特化しやがったか」
忌々し気なリョクの言葉を証明するように3匹のロルフは一瞬にして姿を消し、次には全く別の場所に現れる。
そのうえチームワークも良く波状攻撃を仕掛けてくる。
「面白れぇ。ちったぁ楽しませてくれそうだ」
ロルフ攻撃を軽々といなし、リョクは構えを取った。
「早く動けるのはお前らだけじゃねぇぞ」
言うなり今度はリョクの姿が消える。
風魔法で自らの身体を押し出し一気に加速したのだ。
「まずは一匹っ」
全身に風を纏ったリョクの拳がロルフの顔面を捕える。
「ギャゥンっ!」
悲鳴を上げて数メートル先に吹き飛ばされたロルフはそのまま動かなくなった。
「チッ!」
だが残ったロルフが攻撃を繰り出したばかりで無防備なリョク目掛けて跳び掛かる。
「狙いは良かったが…まだまだだぜっ」
体勢を崩しながらもリョクは2匹に向かって足を振り上げる。
高速の旋風脚…その場で体をコマのように回転させながら相手にダメージを与える技が炸裂し、ロルフが左右に飛ばされる。
「グゥゥ…」
やがて小さな呻きを残して2匹の命の火が消えた。
「悪りぃな、ただの妖魔ならともかく瘴魔になっちまったら討つしかねぇからよ」
少しばかりの哀惜を乗せて呟いてから、そんな自分にリョクから笑いが漏れる。
以前の自分だったら獲物を殺すのは当然のことで、そこには何の感傷もなく成果に満足するだけだった。
それが今では消えゆく命に哀れを感じている。
これがマリオが教えてくれた『ものの憐れ』という奴なのだろう。
『ものの憐れ?何だそりゃ』
『弱い者や幼い者を何の打算も驕りも優越感もなく、気遣い、愛おしみ、同情して共感する感情のことで憐憫って言葉で表されてるものだよ。
それに無償の憐みは生き物の本能…例えば食欲や睡眠欲、自己保身みたいな自然の感情じゃなくて、精神的価値から生まれるものだから崇高なんだって』
『あ?…つまりどういうこった?』
『可哀想と思って助けたくなる気持ち…って言ったら分かる?』
『それなら分かるぜ…なんとなくだがよ』
『なら良かった。世の中には憐れむことを知らないまま大人になってしまう人もいるから』
『ねぇとダメなのか?』
『ダメと言うか…無くても生きて行けるし不都合もないけどね。
まだ精神が未発達な子供のうちは憐れむことを知らないから結構残酷なことを言ったり、やったりするよね。でも心が成長するにつれてだんだん憐憫の意味に目覚めてゆくけど。
でも大人になっても憐憫を知らずにいる人もいて、そういった人は自分の利害、自分の快楽にしか興味が無くて、自分を憐れむことに汲々として凄く心に余裕のない生活を自身に強いるんだ』
『…何かスゲェ生き辛そうだな』
『憐憫の反対語は優越感とエゴイズムだからね。それしか持ってない生き方って憐れだと思うよ。リョクさんが憐憫を知っていて実行できる人で良かった』
『お、おう。ありがとうよ』
「やっぱマリオはスゲェ奴だな」
以前に交わされた会話を思い返しながらリョクが小さく呟く。
自分を変えた、そしてこれからも変えてゆくだろう相手が仲間であることを誇りに思いつつリョクはガンズの工場に戻るべく歩き出した。
さて一方、工場では。
「いいかお前らっ、俺はもう時魔法は使わねぇ。昔通りのやり方に戻すっ」
突然の宣言に集められた弟子たちから驚愕の声が上がる。
「そ、そんな。時魔法無しじゃ注文を捌けねぇ」
「どうすんです、親方っ」
「うるせいっ、商店主たちには俺が頭を下げて回るっ。こいつはもう決まったことだ!」
ガンズの叫びに弟子たちは押し黙った。
そんな弟子たちを前にしてガンズは後悔に満ちた言葉を綴る。
「今回のことは全部、俺の不徳の致りだ。酒造りは常に真剣勝負、横道はねぇっ。俺はその教えを歪めていい気になっていた大馬鹿野郎だ。そんな俺に愛想を尽かしたなら俺が口を効いてやるから他の酒蔵に行け」
「そんな悲しいこと言わないでくださいっ」
「…ロンナ」
必死の形相で此方を見つめる弟子をガンズは声もなく見返す。
「わ、私は親方に教えてもらいたくて此処に来たんですっ。他の誰でもない親方にですっ!」
「そうだぜっ。俺たちの親方はガンズ親方しかいねぇっ」
「俺も酒造りを教えてもらうのは親方がいいすっ」
自分の下に駆け寄る弟子たちにガンズの涙腺が緩んでゆく。
「お前ら…ありがとうよ。こんな情けない俺に付いてきてくれるのか」
「当り前じゃないっすかっ」
その声に弟子の誰もが大きく頷く。
「…いつか言い出すとは思ってました」
「アレッサ」
薄紫の髪と黒い小角を持った鬼人族の女性がそう言って前に進み出る。
「経理としては収入の減は頭の痛い問題ですが」
「すまん、迷惑をかける」
深々と頭を下げるガンズに、いえっと彼女は緩く首を振った。
「職人の本道を曲げて得た利益に何の価値もありませんから」
「ああ、恩に着る。だが本当に大丈夫か?」
心配そうなガンズに、ええと頷いてからアレッサは言葉を継ぐ。
「大量出荷で随分と儲けさせてもらいましたから。得意先には今まで作り貯めておいた在庫が切れたと言えば納得してくれるでしょう。酒造経営の方もご心配なく、出荷量が減れば品不足から商品価値が上がりますからそれで十分採算がとれます」
明確な経営戦略を披露する彼女に、ガンズはホッとした様子で肩の力を抜く。
「なら良かったぜ。俺の我が儘で店に迷惑をかけるのは心苦しいからな」
「そうさせないために私がいるんです。親方は自分の遣りたい酒造りをしてください」
「ありがとうよ。ならこれから休みなしで酒を造るぞっ。いいな、お前らっ!」
「おうっすっ!」
気勢を上げ、彼らはそれぞれの持ち場へと走ってゆく。
「思い切り体育会系だなぁ。でも良かった」
こっそり工場を覗いていたマリオから安堵の息が零れる。
「これで闇の王君も力を乱用されることはないでしょう」
「頑固そうだけど筋は通す人みたいだし大丈夫だと思うよ」
傍らのイツキにそう答えると、マリオは後方に目をやった。
「此処らの植物達も元気になってくれたし」
そこには枝先に小さなピンクの花をつけたプルンの林がある。
この様子なら秋の収穫に間に合うだろう。
「ねぇイツキ」
「はい、我が王」
植物たちのおかげでどんどん薄くなってゆく周囲の瘴気にホッとしながら何気にマリオが問いかける。
「ガンズさんの時魔法ってどれくらい瘴気が出るの?」
「他の魔法の中でも瘴気の発生量が多い火魔法の十倍は出るかと」
「そんなに?ガンズさんが使い出したのが2、3年前からだとしても使用頻度は高かっただろうし。被害がこの程度で済んで良かった…のかな」
訝るマリオに不思議そうにイツキが声をかける。
「何か気がかりでも?」
「うん、瘴気の量と被害が釣り合わないなって。…被害をもたらした以外の瘴気は何処に行ったんだろう」
しかしマリオの疑問に答えてくれる者は此処にはいない。
「今、帰ったぜっ」
考え込むマリオに戻ったリョクがそう声をかける。
「お帰り、リョクさん。怪我とかしてない?」
「この通り無傷だぜ」
むんと胸を張ってみせるリョクに、良かったとマリオが笑みを向ける。
「おう、お前ら。こっち来いや」
そんな2人を工場から顔を覗かせたガンズが呼び寄せる。
「今日はダークキングの新たな門出だ。と言うことで飲むぞっ」
「はい?」
「あ?酒造りはどうすんだっ」
「それはそれ、これはこれだっ!」
「訳わかんねぇぞっ」
「ゴチャゴチャうるせぇっ!祝い事に飲まねぇなんぞドワーフの名折れだっ」
「飲みてぇだけの言い訳にしか聞こえねぇぞっ!」
「何やってんですか親方っ」
言い合う2人の間にロンナが入り込む。
「そうだっ、お前からも言ってやれっ」
「親方がいないと宴会が始まらないじゃないですかっ」
その言葉に、彼女も立派なドワーフ族なんだなぁと何処かズレた感想を抱くマリオだった。
「それではダークキングの前途を祝して…乾杯ぁいっす!」
「乾杯っ!」
ガンズに指名された弟子の一人が音頭を取り、全員が一斉に手にしたグラスを天高く掲げる。
そのまま一気に杯を開け、後は飲めや歌えの大宴会へと突入した。
「オラオラ、お前らの力はそんなもんかっ?」
「ま、負けねぇっす!」
「俺らのドワーフの誇りに掛けてぇっ!」
早々に弟子たちと飲み比べ勝負を始めたリョクは実に楽しそうで、すっかり場に馴染んでいる。
「飲んどるか?」
部屋の隅で酒やツマミが物凄いスピードで無くなってゆく様を感心したように眺めているマリオの横にガンズがやって来る。
「はい、ガンズさんが造ったお酒、凄く美味しいです」
一番人気というプル酒を飲んでみたが旨味はあるのに酸味はなく、微かにブドウに似た味がしていてクセが一切ないため飲みやすい。
確かにこれだけの美酒なら多くの店が自分の所に置きたいと願うのも無理はない。
それをガンズに伝えると。
「おう、そうか。そう言ってもらえると造った甲斐があるってもんだぜ」
マリオの賛辞にガンズが相好を崩す。
「俺は自分が造った酒を飲んで幸せそうに笑う顔を見るのが好きでな。その顔見たさに身の丈に合わねぇ注文を受けちまった。だがそれで大量の瘴気を生み出して人様に迷惑をかけちゃぁ本末転倒だよな」
苦い顔で言葉を綴るガンズの膝に、そっと手を乗せてマリオが口を開く。
「今回のことはガンズさんだけが悪い訳ではないですよ」
「だが…」
「そもそも瘴気の量がおかしかったことが最大の原因ですから」
「どういうことだ?」
怪訝な顔をするガンズにマリオは自らの考えを伝える。
「確かにガンズさんの時魔法は多くの瘴気を生み出します。でもそうなると被害の状況がおかしいんです」
本当ならもっとたくさんの瘴気が発生し、広範囲に異変が起きていたはずだ。
そうだったらガンズもすぐに時魔法多用の危険性に気付いただろう。
だが実際には被害は工場周辺でしか起きず、しかも植物達の一部が枯れる程度で済んでしまっている。
それは不幸中の幸いだったが、よく考えるとこんなに恐ろしいことはない。
日常的に微量の瘴気を体内に取り入れ続けることになるからだ。
最初は何ともなくとも時間をかけて蓄積された瘴気は、リミッターを越えた途端に暴れ出し命を奪い取ってゆく。
さながら水の王にかけられていた呪いのように。
「でも自然にこんなことになるとは考えにくいですから」
「ま、まさか…」
事の重大さに気付いたガンズが絶句する。
「ええ、誰かが意図的に瘴気を拡散させたんだと思います。此処に住む人たちが何も知らないまま瘴気に侵されて死にゆくように」
「なんてこった」
静かなる大量殺戮。
その意図の悪辣さにガンズはその身を大きく震わした。




