45、酒蔵ダークキングと異変
評価、ブックマークをありがとうございます。
「46話 酒盛りと原因究明」は土曜日に投稿予定です。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
「ようこそ、酒倉ダークキング本店へ」
満面の笑みを浮かべたロンナが背後に聳え立つ屋敷サイズの店を紹介する。
出発から3日目にしてマリオ達はサンホン駅へと到着した。
あれからマリオが頼みごとをするのに手ぶらでは失礼になると言い出し、それならとロンナが薦める美酒と名高いダークキングの酒を買って行くことにしたのだ。
中は多くの客でにぎわっていて、酒だけでなくそれに合うツマミ各種も売られている。
売り場の横では一杯のみだが試飲させてくれるサービスもあるとロンナが楽し気に説明してくれた。
「…これって」
しかしマリオの視線は店ではなくその周囲に注がれている。
店の周りに生えている木々や草たちが所々不自然に枯れたり萎れたりしていて、その様にマリオの眉が寄ってゆく。
だがそんなマリオの変化にリョクもロンナも気付くことはなく、先に立って店に向かって歩いてゆく。
「おい、マリオ。置いてっちまうぞ」
「う、うん。今行くよ」
慌てて追い付いてきたマリオにロンナが自慢げに口を開く。
「うちのお酒は国中で売られているんだけど、それは全部この店の奥で造られているの」
「店の奥?」
確かに大きな店だが、そこで国中で流通している品を造れるとは思えない。
不思議そうなマリオに、見た方が早いわねとロンナは奥にある工場へと案内してくれる。
「親方っ、ただ今戻りましたっ!」
巨大な樽や瓶が数多く並ぶ中を真っ直ぐ進みながらロンナがそう声を上げると。
「デカい声出すなっ、聞こえとるわっ!」
同じ音量の声が返ってきた。
しばらくして声の主が近くの空樽の中から姿を見せる。
小柄だが筋肉隆々な身体に顔の半分を覆う見事な髭。
これぞドワーフといった頑固オヤジ風の男がギロリと此方に目を向ける。
「ガンズのクソオヤジじゃねぇか!何だって…」
その顔を見たリョクが相手を指さしながら何か言いかけるが。
「ゴチャゴチャうるせぇっ、こっちは忙しいんでぃ!」
それを掻き消す勢いで怒鳴り返してからロンナを見やる。
「アレッサに配達伝票を渡してきたか?」
「す、すみませんっ。今から行ってきますっ」
「早くしろ、ボケがっ」
「は、はいぃ」
脱兎のごとく飛び出して行ったロンナの後ろ姿を見送ってから、男はマリオ達に向き直りニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、虫の小僧」
「その呼び名は止めろっ!っ」
「しかしちぃっと見ねぇうちに人族に化けられるようになったとは驚きだぜ。
もっとも姿は変わってもその口の悪さですぐに正体に気付いたがよ」
「悪かったなっ、だいたい口が悪いのはテメェもだろうがっ」
そんなことを言い合うが、どうやら2人仲は良好のようだ。
「えっと…知り合い?」
小首を傾げてのといに、おうとリョクが頷く。
「そうは見えねぇが、このクソオヤジが闇の王だ」
「はい?」
まじまじとガンズを見つめるマリオに、よろしくなと当の本人は気軽に手を上げる。
「だいたい何で闇の王のテメェが酒蔵の親方なんぞやってんだ?しかも酒蔵の名前がダークキングだぁ?まんまじゃねぇかっ」
リョクの突っ込みに、決まってるだろとガンズが胸を張る。
「美味い酒を飲むためだ」
当然とばかりに綴られた言葉に、リョクは呆気に取られた顔をする。
「えっと…つまり思い通りのお酒を飲みたいから自分で造ることにしたってことですか」
「概ねそんなもんだ。お前と違って頭の回転が速い小僧じゃねぇか」
揶揄するガンズに、悪かったなっとリョクが言い返す。
「それにこいつは小僧じゃねぇっ。マリオって名で新しい緑の王だ」
「何だとっ!?」
驚きに目を見開いた後、ガンズはムズっとマリオの腕を掴んだ。
「マリオだったか、お前ちょっとこっちに来いっ」
「へ?…うわっ!」
そのまま小走りで移動するガンズに引き摺られるように奥へと連れてゆかれる。
「待てっ、クソオヤジっ!」
「ミャッ!」
怒りの声をあげるリョクと、勢いのままに肩から振り落とされたタマが抗議の声を上げながらその後を追って行く。
「緑の王ならこいつらをどうにか出来ねぇか?」
連れて来られたのは店の裏山全体に広がるプルンの林だった。
この季節なら花が終わって小さな実が生っているはずなのに、それがまったく見られない。
しかも部分的に枯れ始めている個所も見受けられる。
その様は店の周囲に生えている草木たちとまったく同じだった。
「いつも通りに世話をしてるんだが、何でこうなっちまったのか原因が分からん。しかも異変は此処だけじゃねぇ。この近くでも同じようなことが起きてんだ」
困り果てているガンズとプルンの木々を見比べながらマリオは考え込む。
「これって…イツキ」
「御用でしょうか、我が王」
「世界樹だとぉっ!」
恭しく頭を下げるイツキの姿にガンズは目が飛び出さんばかりに驚いている。
何しろ歴代の緑の王と世界樹の精霊であるイツキとの関係は、他の王に比べると信じられないほど希薄というのが通例だったからだ。
それなのに呼びかけに応えて姿を見せ、そのうえ傅くなど前代未聞のことだ。
「この異変って…やっぱり瘴気の影響?」
「はい、我が王。闇の王君が時魔法を多用した結果のようです」
「お、俺の所為なのかっ!?」
思ってもみない事態にガンズは動揺を隠せない。
愕然となるガンズの横でマリオが納得の声を上げる。
「この規模の酒蔵でどうやって大量のお酒を造れるのか不思議だったけど、これで謎が解けたな。本当なら何年もかけて熟成させるところをガンズさんの魔法でその時間をスキップさせていたんでしょう」
その言葉に、ああとガンズは力なく頷いた。
「有難いことに俺が造った酒は評判が良くてな。どこの商店も仕入れたいと申し出てくれた。その期待に応えようと躍起になって…気付けば普通じゃさばけねぇ程の注文を抱えることになっちまった」
肩を落とすガンズの前でガリガリと頭を掻きながらリョクが口を開く。
「このオヤジは見かけによらず義理堅くてな。しかも頼まれると嫌と言えねぇ難儀な性格をしてやがる。取引先の商人たちにどうか酒を卸してくれと懇願されて断り切れなかったんだろうぜ」
リョクの言葉にガンズが申し訳なさそうに肩を落とす。
そんなガンズの前でイツキが時魔法とその弊害について話し始めた。
「王君が酒の熟成を早める為に使う時魔法。世の理を曲げる魔法です故、その時に発生する瘴気は他の魔法に比べて多いのです。その長年にわたる蓄積がこの近辺の植物達の浄化能力を超えたためにこのようなことに。このままでは瘴気溜りが生まれるのも時間の問題かと」
瘴気溜りが出来れば周囲の者に健康被害を及ぼすだけでなく、その所為で草木や動物がいきなり瘴魔に変化して暴れ出す。
そうなった時の被害は計り知れない。
「なんてこった…」
自らが招いた事態にガンズから後悔に満ちた言葉が漏れ出る。
ガンズの生家は老舗の造り酒屋だった。
多くの職人を抱え繁盛する様を見ながら育ったガンズも当然のように酒造家となり、自分の理想とする酒を造るために修行に励んでいた。
そんな時、彼の下に闇の精霊王がやってきた。
驚愕が治まった後、次に来たのは…悔しさだった。
この世界を守る王になることに否やはない。
守れなければ自分が愛する家族や仲間、酒を愛してくれる人達を失うことになるからだ。
しかし自分のすべてを賭けてきた酒造りが出来なくなるのは正直悔しかった。
天命を受け入れ闇の王となったが、その思いはずっと自分の中で燻り続けていた。
だが5年前、跡を継いだ弟が商売をしくじり店を潰してしまう。
職人たちは散り散りとなり、このままでは代々受け継がれてきた味や製法が失われる。
そう思ったら矢も楯もたまらず、闇の精霊王に頼み込んで酒造りを再開させてもらった。
製法を伝授できる弟子を育て上げるまでという期限付きで。
それからは必死に酒を造り、同時に見込みのある者達を弟子にし自分が持つ技術を教え込む日々を送ってきた。
「自分がこんな大馬鹿野郎だったとはな。
王になる前はまだ修行中で自分が思う通りの酒造りが出来なかった。
当然、誰からも褒められることもなかった。だから俺が造った酒を初めて褒められて…俺はいい気になっていたんだ。
その思い上がりが水の王の戒めを破らせ、世界を守るはずの王がそいつを壊すような真似をしちまうとは…王になって30年が経つってのに情けない話だ」
自嘲するガンズにマリオが笑みを向けて言葉を綴る。
「失敗しない人なんていません。大切なのは失敗した後をどうするかです」
そう言うとマリオはガンズの目を見ながら問い掛ける。
「ガンズさんはどうしたいですか?」
真摯な眼差しに晒され、ガンズは小さく唸ってから決意の叫びを上げた。
「もうイカサマは無しだ。酒造りに時魔法は使わねぇ!」
そのままガンズは握った拳で自らの頭を殴りつける。
ガイィンと物凄い音が辺りに響き、その音に驚いた鳥たちが鳴き声を上げながら飛び逃げてゆく。
「お、おい。大丈夫か?」
「これくれぃ屁でもないわっ」
そう強がるが、かなりのダメージなのが見て取れる。
「こいつは俺のけじめだっ。馬鹿な奴には拳をお見舞いするってのが俺の信条だからなっ」
「ワイルドだな~」
感心するマリオに向き直るとガンズはそのまま深々と頭を下げた。
「厚かましい頼みなのは重々承知してる。だがこの通りだ!お前さんの力でこの地を救ってくれっ」
渾身の願いにマリオは大きく頷く。
「分かりました。瘴気のことは任せてください」
「すまねぇ。そうとなったらこうしちゃいられねぇ」
再び頭を下げるなりガンズは工場に向かって走り出した。
「おい、何処へ行く気だっ!?」
リョクの問いにガンズは足を止めることなく叫び返す。
「弟子たちと時魔法を使わずに酒を造るに決まってんだろうがっ!俺は一度決めたことは遣り抜く男よっ!」
その声を残してガンズの姿は工場へと消えていった。
「とにかくこの辺りの植物達を元気にするね」
ガンズを見送ってからマリオは気を取り直すように周囲を見回した。
「被害は…工場を中心に半径1キロくらいか。これくらいで済んで良かったよ」
言いながら手にある緑の紋章を高く掲げる。
「お待ちくださいっ」
そのマリオの行動をイツキが止める。
「イツキ?」
小首を傾げるマリオにイツキが厳しい表情のまま言葉を継ぐ。
「どうやら少し遅かったようです」
「…瘴魔かっ!?」
意気込むリョクに、はいとイツキが頷く。
「此処より西に行った草原にいるロルフ3匹が瘴魔化しました。此方に向かって来ております」
ロルフとは狼と狐を足したような容姿の獣だ。
弱い個体は瘴気にあたると死んでしまうが、生命力の強いものは瘴魔に変化し凶暴化する。
「面白れぇっ、そいつは俺に任せろっ」
「うん、お願い」
「おうっ『変身っ!』」
叫ぶなり姿を変えたリョクが天高く跳び上がる。
「頑張ってねっ」
「ミヤッ」
リョクに向かいタマと共に手を振ると、マリオも自分の遣るべきことをするために歩き出す。
「みんな、枯れそうになるまで瘴気を魔素に変えてくれてありがとう。これからもよろしくね」
感謝の思いを込めてマリオは【治癒】と【活性】を放つ。
広がってゆく光の中、緑たちが歓喜の波動と共に大きく揺れた。




