44、エルフの国へ…の前にオライリィ
評価、誤字報告をありがとうございます。
おかげさまで評価が 700ptを越えました。
本当に感謝に堪えません。
「45話 酒蔵ダークキングと異変」は土曜日に投稿予定です。
これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。
「とは言ってもエルフの国へ行くには…」
「カトウ鉄道を使っても7日はかかるかと。この地からは深淵の森を挟んだ真反対にあります故」
「森を突っ切ってゆきゃ早いが、さすがにそいつは無謀ってもんだしな」
続けられたリョクの言葉にマリオも頷く。
「帝国の動きはどうなの?」
「今のところ戦の準備に明け暮れるばかりで、すぐに事を起こすようには見受けられません」
「前の王さまが亡くなって1ヵ月も経っていないから猶予期間中なんだろうね。
でもいつまでもこのままって訳ではないだろうし」
「だったら闇の王のとこに行ってみるか?」
「闇の王さま?」
小首を傾げたマリオに、おうとリョクが言葉を継ぐ。
「闇魔法の中に転移ってのがあってな。そいつを使えば好きなところにアッという間に着いちまうのさ。確か奴は転移の魔道具を持ってたはずだ」
「そっか、それを貸してもらうんだね」
「そういうこった」
嬉し気なマリオにリョクがドヤ顔を向ける。
善は急げということで、マリオ達はそのまま駅に向かい支線を乗り継いで夕方には本線の駅であるティマールに到着した。
「キルスさんに挨拶出来なかったのは残念だな」
彼の家に寄ったが留守で、会えぬまま出発することになってしまった。
「仕方ねぇさ、縁があればまた会えんだろ」
「そうだね」
小さく息を吐くとマリオは駅の案内図を見上げた。
「オライリィ国へ行くには…3番線か」
「あの…」
発車時間を確認しようと振り向いたマリオの近くで頼りなげな声が上がる。
「サンホン駅にはどう行けばいいですか?」
見ると身長は130cmくらい、肩に届く長さの赤い髪をした女の子が不安そうにマリオの近くに立っている。
「えっとサンホンは…寝台特急に乗って14先のデンザ駅から支線に乗り換えて6つ目だね」
オライリィ国にある山岳地帯の都市の名に、マリオが路線図を指さしながら説明すると女の子はコクコクと何度も頷く。
しかしその顔から不安の色は消えず、落ち着きなく周囲を見回している。
「もしかして長距離列車に乗るのは初めて?」
「そうなの。行きは専用の子竜車だったから、国を出るほど遠い距離の列車に乗るのは初めてで」
「国?…君ってドワーフ族?」
小柄な容姿をみて聞いてみると、コクリと女の子は頷いた。
「そうよ。私、ロンナ」
「よろしく、僕はマリオ。で、こっちが…」
「ハンターの緑碧だ」
「それとタマだよ」
「ミヤッ」
リュックの外ポケットにいるタマを紹介すると、たちまちロンナに笑顔の花が咲く。
「可愛いっ…触ってもいい?」
「いいよね、タマ」
「ニャ」
快諾を得てタマを差し出すと、ロンナは満面の笑みで慎重にその背や首周りを撫でてゆく。
「ウチのカルの毛並みも素敵だけど、タマちゃんのは本当に艶々ね」
「おう、マリオの奴が暇をみてはブラッシングしてやってるからな」
リョクの言葉に納得の頷きを返すと、今度はロンナが聞いてくる。
「マリオ君たちは何処に行くの?」
「僕らはサンホン駅の隣のガルダ駅まで行くんだ」
「そうなのっ…だったら、あの」
嬉し気な顔をしたと思ったらすぐに不安そうに上目遣いで此方を見るロンナに、いいよとマリオが笑う。
「途中までだけど一緒に行こう。その間、オライリィ国のことを教えてもらえたら助かるな」
「任せてっ。私は生まれも育ちもオライリィだもの」
「よろしくね」
差し出された手を嬉し気に掴んだロンナが思い切り握り返してくる。
「イッ…」
「ああっ、ごめんなさいっ!」
凄まじい力で握られて苦悶の声を上げるマリオに、ロンナが真っ青になって謝罪する。
どうやら見かけによらぬ怪力娘のようだ。
【神気を浴びた健康優良体】の称号を持つマリオだったから痛い程度で済んだが、普通の人族だったら粉砕骨折は間違いないだろう。
「わ、私…気を抜くと力の制御が出来なくて。それでいつも親方に怒られていて」
シュンとなるロンナの前で、大丈夫とマリオは親指を立ててみせた。
「ちょっとびっくりしただけだから」
「お前、スキルが覚醒したばっかなのか?」
続くリョクの問いにロンナは恥ずかし気に頷いた。
「3ヵ月前に『怪力』のスキルが発現して…でもそれから人を怪我させたり、物を壊したりするものだから親方が怒って。…しばらくは配達だけしとけって」
「ま、スキルを使いこなすには時間がかかるからな」
リョクと同じような言葉をたくさんかけられて来たのだろう。
自分の不甲斐なさにロンナは哀し気に俯く。
「兄弟子たちはそんな私を見て言うの『がっかりさせるなよ。酒造りの才能があると思ったから手助けしてやったのに、これじゃ足手まといにしかならない』って…でも確かに今の私じゃ」
酒造りには繊細な作業も多く、それがスキルの発現の所為で出来ていたことが急に出来なくなってしまった。
それは確かに辛いことだろう。
「そんなの気にする必要はないよ」
マリオの言葉にロンナは弾かれたように顔を上げる。
「僕が知る話にこんなのがあるんだ。
『ガッカリした』とか『失望した』って言葉は『あなたが私に都合の良いように動いてくれないからムカつく』の言い換えだから気にする必要ない。
勝手に期待して自分の思い通りにならないと、さもあなたが悪いかのように文句言ってくる連中なんて無視しとけ。あなたにはあなたの人生がある。責任感じる必要はないって」
伝えられた話に驚きに目を見開いていたが、すぐにそれは笑顔に変わる。
「ありがとう。そう言ってもらったら何だかスッキリしたわ。くよくよ考えても仕方がないものね。ちゃんとスキルが使いこなせるように頑張るわ」
意気込むロンナにマリオも笑みを返した。
「あ、あの…私は二等車でいいから」
完全に怖気づいてしまっているロンナに、マリオが笑んだまま言葉を綴る。
「気にしなくていいよ。これは僕らが持ってるパスのオマケみたいなものだから」
「そうだぜ、俺らが望んでねぇのに向こうが勝手に用意したんだ。得したとでも思ってりゃいいさ」
そうリョクが続けるが、四人部屋の特等車両に案内されたロンナは生まれて初めてみる豪華な車内に怯えるばかりだ。
そんなロンナにマリオが理由を説明する。
「実を言うとね、カトウ鉄道の筆頭株主さんと知り合いなんだ。この車両はその人の厚意だから」
マリオの話にロンナは少しだけホッとした顔になる。
「夕食にはまだ少し早いから、それまでオライリィ国のことを教えてもらっていいかな」
「ええ、何でも聞いて」
自分が此処にいられる理由にロンナは元気よく返事をする。
「オライリィには貴族がいないって本当?」
マリオの問いにロンナは大きく頷きながら言葉を綴る。
「他の国は王さまとその部下にあたる貴族が統治してるけど、オライリィでは村の代表を投票で選んで、その人達が集まって今度は街の代表を決めるの」
「ああ、そうやって都市、州、国って規模を大きくしてゆくんだね」
続けられたマリオの言葉に、そうとロンナが首を縦に振る。
「5年たったらまた新たに選び直しが始まるの。でも最高議長だけは再選が認められなくて必ず別の人がならないといけないの」
「長期政権は腐敗の温床になりやすいからね。良い取り決めだと思うよ」
「ええ、だからガバナス王は賢君と呼ばれているの」
このシステムを構築した王のことを話すロンナは実に嬉し気だ。
母国の王に多大な敬愛と信頼を寄せているのが良く判る。
ロンナの言葉に頷くと、マリオは新たな問いかけを口にする。
「さっきロンナはお酒造りをしてるって言ってたよね」
「ええ、オライリィではほとんどの国民が鍛冶か酒造りに携わっているから。それを他所の国に売って利益を得てるの。他に魔道具製作なんかも盛んよ」
「その3つがオライリィの主要産業なんだね」
感心するマリオの隣でリョクが口を開く。
「まあ、どれもドワーフ族の得意とするとこらだからな。あそこで有名な酒蔵はダークキングだったか?」
「そうよ、私が働いてるところ」
パッと顔を輝かせてロンナは自慢げに胸を張る。
「ダークキングではたくさんの種類のお酒を造っているんだけど、売れ筋はプルンの実を使ったプル酒に大麦のリエール、最近では聖女様が伝えてくれたコーメで造るポン酒ね」
「へぇ、どれも美味しそうだね」
「ぜひ飲んでみて、味は保証するわ」
「楽しみだぜ」
笑顔での言葉にマリオとリョクも楽し気に頷く。
「検問だぁ!?」
翌日、エナイとオライリィの国境にある駅に停まったままいつまで経っても列車が発車しない訳を乗務員に聞くと、そんな答えが返ってきた。
「お急ぎのところ御迷惑をおかけし申し訳ありません。ウェステリア国の魔法師が国の宝を持ったまま逃亡したそうで、その捜査だそうです」
何度も頭を下げて停車理由を告げると、乗務員は早足で隣の車両へと移って行った。
「国の宝って…いったい何だろう?」
「高価な宝石とか貴重な年代物のお酒とか?」
「2つとない激ウマの食い物かもしれねぇぞ」
ロンナとリョクが自らの欲望全開な答えを紡ぐ中、マリオは窓の外へと目をやった。
2等や3等車の乗客全員がホームに出され、手荷物を中心に厳重な取り調べを受けている。
「失礼する」
そこへ見事な口髭を生やした憲兵らしき男が先程の乗務員を伴って客室へと入ってきた。
「手荷物の検査と2、3質問に答えていただきたい」
特等車両の乗客を相手にするためか、その物腰は丁重だ。
「構いませんよ。ですが僕らのはマジックバックなので、中の物を此処ですべて出すには狭すぎますが」
「いや、探査の魔法をかけさせてもらうだけで良い」
そう言うと男は短い杖のようなものを取り出した。
先に大きな魔石が付いているので、これが探査用の魔道具なのだろう。
その杖でマリオ、リョク、ロンナの鞄の上をなぞるように動かしてゆく。
「反応なし…協力に感謝する」
軽く頭を下げてから男は何処から乗って何処に行くのか等の質問を始める。
「ところで此処に来る途中でこの男を見なかったか?名をエルドレッドと言う」
差し出された紙には朱色の髪に琥珀の目をした、そこそこ美形の年若い男の顔が写真のように鮮明なタッチで描かれている。
「見た覚えはありませんね。リョクさんは?」
「知らねぇな。ところでコイツは何をやらかしたんだ?」
リョクの問いに男は眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「王宮の宝物庫より貴重な魔法書を持ち出したまま行方をくらませたのだ。魔法省で神童と呼ばれる程の才を持ちながら…いや、そのような輩だからこそ思い上がったのだろう。自分ならばその魔法を使うことが出来ると」
苦々し気に言葉を綴る男にマリオが問いかける。
「それってどんな魔法なんです?」
その問いに男は深いため息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「持ち出されたのはレベル5の火魔法の書だ」
男の言葉にリョクとロンナが唖然とした顔をする。
「レベル5だとっ!?そいつは広域殲滅魔法で禁忌扱いの奴じゃねぇかっ」
「で、でもその術は誰にも出来ないって。出来たのは黒の魔王くらいだって聞いたけど」
2人の言葉を受けて男も頷く。
「己が黒の魔王以上の魔術師だと証明したかったようだ」
呆れを含んだ声でそう呟くと、男はマリオ達に礼を言って客室を出ていった。
「何だかまたトラブルの予感がするな」
嘆息するマリオの傍に、ニャーンとタマが気遣うようにその身を寄せてくる。
そんなマリオ達を乗せて魔導列車は静かに動き出した。




