43、緑の王と命の実
「うん、こんなものかな」
満足げに頷くとマリオは出来上がった庭を見つめた。
庭を取り囲む1m程の高さに赤茶色のレンガを積み上げたお城風の壁。
ネコやイヌ、クマといった動物の姿を模した形に整えた庭木。
その周りを囲むように設置された木箱のプランターと古い壺の中に色とりどりの花が植えられ咲き誇っている。
庭の中央には土魔法で造った石製の滑り台とジャングルジム、強固な蔓草を使ったブランコがある。
「凄ーいっ」
「ねぇ、先生。もう入ってもいいっ?」
「早く遊びたいっ!」
様子を見に来た子供たちが瞳をキラキラさせながら院長の返事を待つ。
「ええ、いいですよ」
マリオが頷くのを確認してから院長が許可を出すと、全員が歓声を上げて庭の中になだれ込んできた。
綺麗な花に喜ぶ者、我先に遊具に取り付く者、その誰もの顔に弾けるような笑顔が浮かんでいる。
「ありがとうございます。こんなに子供たちが喜んでいる姿を見るのは久しぶりですわ」
「いえ、喜んでもらえたのなら良かったです」
ふにゃんとした笑顔を浮かべてからマリオは言葉を継ぐ。
「プランターや壺は移動できますから、気分や植え替えた花の種類によってレイアウトが変えられるようになってます。その世話を子供たちにやらせてあげれば自主性や責任感が生まれると思います。もちろん楽しんでもらうのが一番の目的ですけど」
マリオの話に院長は感心仕切った眼差しを向ける。
「そこまで考えてくれての庭なんですね。本当にありがとう」
感激した様子の院長に笑みを返すとマリオはリョク達の下へと戻る。
「リョクさん達もお疲れ様」
その言葉に、おうとリョクが力なく右手を上げた。
「ガキの相手がこんなに疲れるとは思わなかったぜ。…なんであいつらはあんなにパワフルなんだ」
「ミヤッ」
同意とばかりにタマも小さな鳴き声を上げた。
物おじしない子供らはリョクの姿を見るとすぐに取り囲んでおんぶや肩車を強請り、最後には組手の真似事までする羽目になった。
子供相手なので当然本気は出せず、力をセーブしながらの付き合いはリョクの精神を相当消耗させたようだ。
一方、タマは大人しい子供たちのアイドルになったようで。
触る、撫でる、抱き上げると弄り回されてかなり疲弊していた。
「子供たちがこんなにも笑顔になれたのは皆さんのおかげです」
そこへキルスもやってきて感謝の述べる。
「いえ、僕も造った庭で笑顔が生まれる様を観られて嬉しかったですから」
マリオの言葉にキルスが大きく頷く。
「君は本当に『幸せを呼ぶ庭師』という称号通りの人ですね。ところで今回の謝礼ですが」
「お金はいりません」
困窮してはいないが、裕福とは言えない擁護院の状況を見知ったマリオがそう言うと。
「しかしそれでは…」
「代わりと言っては何ですけど、キルスさんに教えて欲しいことがあるんです」
「私ですか?…良いですよ」
「でしたらエルフ族や緑の王さまのことを聞かせてもらえますか?あ、もちろん嫌なら別のことにします」
マリオの要求に戸惑った顔をしたキルスだったが…逡巡の後、毅然と顔を上げる。
「私が答えられることなら何でも聞いて下さい」
「良かった。草木魔法師の僕としては緑の王さま話に凄く興味があって」
マリオの言葉に納得の頷きを返すと、此方へとキルスは擁護院の隅にあるテラス席へとマリオ達を誘う。
「エルフ族は昔から狩猟と木工の細工物を得意とし、それで生計を立てていました」
歌うように紡がれたキルスの話によると、エルフはそうやって質素ながら森の恵みに感謝する平穏な日々を送っていたのだという。
だがその暮らしに大きな変化が訪れた。
七百年前、一族の者が緑の王に選ばれたのだ。
初代と呼ばれる王は温和な性格で、求められるまま緑の力を使いエルフの民の生活を豊かにしていった。
しかし他族の中にそれを羨む者が現われ、自分達にもその恩恵を寄こすよう言ってきた。
優しい初代はそれを聞き届け、言われるまま力を使い続けていたが…。
今度はその恩恵から零れてしまった者達から恨まれるようになった。
それを解消するために力を使えば、何故彼らだけが優遇されるのかと批難され糾弾された。
糾弾を躱す為に力を使い、そうなるとまた別のところから文句が出てと、まったく収拾がつかなくなってしまい。
やがて天命を失った初代は『…疲れた』最後にそう呟いて亡くなってしまった。
「ジジイの話の通りだな」
使い方を間違うと王の力は簡単に人を不幸にしてしまう。
そう説いた水の王の顔を思い出しながらリョクが小さく呟く。
「次代の王は初代の側近だった者で、初代と違い強欲なお方でした」
王の力に振り回されて終わった初代を間近で見ていたからかもしれないが、彼は誰のどんな言葉も耳に入れようとはせず、自分の思う通りに生きることを望んだ。
気に入ったものは愛で、気に入らぬものは排す。
その行いを咎める者がいれば『自分の気分を害したことは大罪』と、その者所縁の土地を不毛の地に変えたりした。
そんな我が儘な子供のような王の周りには機嫌を伺い阿るものばかりが集まり。
忠言を口にする者は遠ざけられた。
それでも天命が尽きることは無く、故に王はこう思った。
『世界は自分の為に有り、誰もが自分に跪くしかないのだ』と。
「その緑の王さまを黒の魔王が討ったんだね」
考え込むマリオに、はいとキルスは小さく頷いた。
「次代にとってはまさに晴天の霹靂だったでしょう。
突然やって来た黒の魔王との間でどんな言葉が交わされたか分かりませんが、短い会話の後でいきなりその首を切り落とされてしまったのですから」
「確かに自分が誰かに殺されるなんて夢にも思ってなかったろうね」
マリオの言葉に、はいとキルスも同意する。
「歴代の中でも天命を失う前に亡くなったのは次代が初めてと聞いています。
それ程にこの世界にとって七王君は無くてはならない尊い存在ですから」
「その王様を簡単に殺してしまったのは、黒の魔王が渡来人だからかな」
「きっとそうだぜ。奴にとっちゃ此処は来たくもねぇ忌々しい世界だったみてぇだからな。そこにいるものなんざ、みんなゴミ以下だったんだろうぜ」
元の世界に帰ることを切望していたという黒の魔王。
その想いはリョクの言う通りなんだろうなとマリオも頷く。
「次代の死後、すぐに王に選ばれたのがイレアエーナさまでした。
その時はまだ黒の魔王は健在で、いつ魔王に殺されるかと怯え泣き続ける日々を送っていられたようです」
淡々と告げられていた先の2人の王と違い、先代の緑の王の話にはキルスの声に感情が込められていた。
「黒の魔王が火の王君に討たれた後もイレアエーナさまの嘆きは収まらず、ついには緑の屋敷より一歩も外に出なくなってしまいました」
そんな王を利用しようと動き出したのが彼女の親族たちだった。
勝手に自分たちをエルフより尊いハイエルフと名乗り。
自分たちの言葉は王の言葉だと同族であるエルフだけでなく他種族をも自らの下に置き、遣りたい放題を始めた。
陳情にやって来た者たちに法外な金や高価な物を要求する。
気に入らぬ者を難癖を付けて奴隷に落とし、虐げる。
この世界に瘴気が溢れないのは緑の王のおかげ、よって各国は王に相応の見返りを支払う義務があると高額な謝礼を毟り取る。
そうやって集めた金は自分達ハイエルフの贅沢だけに使い、他のエルフ達には一切渡さない。
その為、ハイエルフ以外のエルフは昔のままの質素な暮らしを続けさせられていた。
「どこにでも腐った奴はいるんだな」
呆れるリョクの隣でマリオが問いかける。
「そんな目に遭って他のエルフたちはハイエルフに反抗したりはしないの?」
「ハイエルフの後には王がいます。森で王に逆らうことは死を意味しますから。
誰もが忍従するしかなかったのです」
「なら良かったじゃねぇか。今度の緑の王はエルフじゃねぇからな」
思わず出たリョクの言葉にキルスは驚きに目を見開く。
「それは本当ですかっ!?」
大きく身を乗り出してきたキルスに慌ててマリオが言葉を継ぐ。
「そ、そういう噂ですよ」
いつもならエルフ族は新王の即位と同時にその報を携えた使者を各国に向かわせるが、今回はいつまで経っても使者がやって来ない。
よって巷では新王はエルフ族からではなく、別の種族から立ったのではと騒ぎになっているというイツキから聞いた話を伝える。
「そんな…だったら命の実はっ!」
悲痛な顔で立ち上がったキルスにマリオが不思議そうに聞き返す。
「命の実?」
その声に混乱したキルスが深く考えることなく答えを紡ぐ。
「世界樹様の近くにあるニナの木の実のことです。王の威光と実を渡すことでカイエード帝国の侵略を免れていたのに、その2つともが無くなったとなればエルフの国は」
譫言のように呟くなり、キルスはその場から駆け出した。
「キルスさんっ」
呼び掛けるがその足は止まらず、すぐにキルスの姿は見えなくなった。
「ニナの木って…イツキの隣に生えてた木だよね」
ため息をついた後での問いに、はいとイツキが答える。
「その実を食せば十年命が伸びる、故に命の実と呼ばれております。
本来なら百年に一度しか実を成さぬものを、先王の命により無理に十年に一度にさせられておりました。我が王が救いの手を伸べて下さらなければ近いうちに枯れていたでしょう」
「だからか。最初に見た時、過労死寸前のサラリーマンみたいな木だなって思ったくらいヘロヘロだったけど【治癒】をかけ続けて元気になったから良かったよ」
植物にしか効かないが、それ故に効力は絶大なマリオの治癒のおかげで寸でのところで生き永らえることが出来たニナの木だった。
「あいつの話が本当だとしたら、帝国が戦を仕掛けようとしてる先は」
「うん、エルフの国だね」
「しかし妖怪ジジィ皇帝の若返りの謎が意外なところで解けたな」
リョクの言葉にマリオも頷く。
そうやって十年ごとにニナの実を食べて若さを保っていたのだろう。
けれどそれは緑の王がエルフだったから出来たことだ。
現王であるマリオはエルフはもちろん、帝国に何の恩もしがらみもないので二ナの実を渡す理由は何処にもない。
「帝国が戦争の準備をしていたのはこの為だったんだね。準備をしているってだけでも強力な脅しになるから」
「エルフ共が必死に新王を探す訳だぜ。もたもたしてたら国ごと帝国に滅ぼされちまうからな」
「どういたします?我としてはエルフ族が滅びても自業自得としか思えませぬが」
「おう、そいつは俺もそう思うぜ」
揃ってそう言う2人を前にしてマリオは深く息を吐いてから口を開く。
「僕の好きなヒーローはこう言ってる。
『手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばすんだ!』って。それは僕も同じかな」
「なら決まりだな。行くか、エルフの国」
「リョクさんはそれでいいの?」
「おう、強ぇ奴と戦えそうだしな」
ニッと笑うリョクに、うんと頷くマリオだった。
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「44話 エルフの国へ…の前にオライリィ」は土曜日に投稿予定です。
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