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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
42/94

42、ミデア大陸とエルフの庭


「イツキに教えて欲しいことがあるんだけど」

 ギルドから戻り、宿の一室に落ち着いたところでマリオが口を開く。

「はい、何なりとお聞き下さい」

「ミデア大陸のことなんだけど…黒の魔王はそこで何をしたの?」

 マリオの問いにイツキは憂いを帯びた目をして嘆息する。


「…それは」

 どう説明すれば良いかと惑うイツキの横でリョクが苦々し気に口を開く。

「手当たり次第に殺しまくったのさ。兵だけじゃなく女子供、年寄りに至るまで皆殺しだ」

「はい、自らだけでは手が足りぬと思ったのか、後に百体を超すゴーレムの使徒を作り出し大陸の半分を蹂躙しました。このルイエナ大陸にもその魔の手は伸び、魔王による厄災は全土に及ぶと思われたのですが」

「その前に火の王がその業火で黒の魔王もろともすべて焼き尽くしたって話だ」

「…そうなんだ」

 改めて聞くとまさに王罰に匹敵する被害の大きさに愕然となる。


同時にその行動が不思議でならない。

聞いた限りだが頭の切れる策略家に思える魔王が、何の目的も無しにそんなことをしたとは思えない。

「本当に何がしたかったんだろう?」

 しかしマリオの疑問に答える者はいない。


「それで今のミデア大陸はどうなっているの?」

 マリオの問いに応えイツキが語ったことによると。

 楕円形のルイエナ大陸と違い、ミデア大陸は縦に長い二等辺三角形の形をしている。

魔王は大陸の最北端に自らの居城を築き、そこから侵略を開始した。


その勢力は徐々に南下して行き、ちょうど真ん中辺りにあるユーラ平原で火の王に討たれた。

これで魔王の脅威から解放されたと誰もが喜んだが…それは束の間のことだった。

魔王に無下に殺された者達の恨みが深かったのか、大陸の半分はゾンビやグールといったアンデッドが蔓延る死の荒野と化してしまったのだ。


「境界に光の王が聖結界を張って下さったおかげで、そこからアンデッドが彷徨い出ることはありませぬが」

「同じようにこっちも大陸の北半分には行けなくなっちまったのさ。

ま、行ったらアンデッド共に食い殺されるのがオチだがよ」

「何とかならないの?」

「規模が規模だからな、簡単にはいかねぇさ」

「しかも殺された者達の恨みの念が強く、光の王をもってしても清浄化は容易ではないと」

「だから二百年経ってもそのまま何も変わってねぇんだ」

 交互に答えてくれるイツキとリョクの話にマリオから深いため息が零れる。


「女神様からいただいた手拭いを使えば浄化できると思うけど」

「ジジイの呪いを解いた魔道具か?やめとけ、大陸の半分だぞ。終わるのに何百年かかると思う」

「だよね、他の方法を考えないと」

 それでも諦める気はないマリオにリョクから呆れと感心が混じった視線が送られる。

「でしたら光の王に御相談なされては?」


「光の王さま?」

「はい、浄化について彼の王ほど詳しき者はおりませぬ」

「確かあいつはキリーナ国の光雲山の頂上に居るぜ。ま、急ぐことじゃねぇから旅の途中で寄ったらいいさ」

「そうだね、焦ってもいいことないし」

 納得の頷きマリオが返した時だった。


「昨日会ったエルフが此方にやってきます」

 不意に顔を上げたイツキがそう言葉を綴る。

「エルフだぁ?いったい俺らに何の用だ。まさか正体がバレた訳じゃねぇよな」

 眉を寄せるリョクにイツキは緩く首を振った。

さすがに来訪の目的までは分からないからだ。

「とにかく会ってみよう」

「構わねぇが、油断はするなよ」

 リョクの言葉が終わる前にドアがノックされ、出てみると宿の受付にいた女性が来客を告げてくる。

「食堂でお待ちですが…」

「ありがとう、支度をしてから伺います」

 マリオの答えに軽く会釈すると彼女は戻っていった。



「突然お訪ねして申し訳ありません」

 優雅な仕草で頭を下げるキルスに、いえとマリオは笑顔で首を振った。

パーテーションで区切られた簡易個室のような席に着くと、先ほどの女性が人数分のお茶を持ってやって来た。


その眼はキルスに釘付けで、頬を赤く染めながら甲斐甲斐しくナプキンをテーブルに置いたりと必死に自分の存在をアピールしている。

しかし残念ながら当のキルスはまったくと言ってよいほど無反応で、彼女は肩を落として退出していった。

 

「改めて名乗らせてもらいます。私はエルフ族のキルス、このロクサスの街で治癒師をしながら子供たちに魔法を教えています」

 キルスの言葉に頷くとマリオもリョクを見やりながら言葉を綴る。

「じゃあ此方も。僕は草木魔法師のマリオ、隣にいるのが…」

「仲間のハンターの緑碧だ」

 腕を組んだままキルスに半眼を向けてリョクが後を継ぐ。

「で、こっちがタマです」

「ミャァ」

 定位置の肩にいるタマを紹介するマリオの言葉が終わるのを待ってキルスが此処に来た目的を口にする。


「実はマリオ君にお願いがあるのです」

「僕に…ですか?」

 小首を傾げたマリオの前でキルスは居住まいを正して口を開く。

「その前に大変申し訳ない。初めて会った時、君に鑑定をかけさせてもらいました」

 深々と頭を下げるキルスに、いえとマリオは慌てて手を振った。

「それは仕方ないです。教師として大切な教え子であるヤグ君達の傍に怪しい者を近付ける訳にはゆきませんから」

 勝手に鑑定をかけたことを笑顔で許すマリオに、キルスから安堵の息が零れる。


「ありがとう、そう言ってもらえると助かります」

 ホッとした様子で肩の力を抜くとキルスは本題に入った。

「その時にマリオ君の『幸せを呼ぶ庭師』という称号が見えたのです。その力を貸してもらえないかと」

「どこかに庭を造るんですか?」

 マリオの問いに、はいとキルスが頷く。


「私の教え子たちが暮らす擁護院の庭が荒れ果てていまして。子供たちの為にも何とかしてやりたいと思っていたのです。しかし私は草木魔法は使えず、どうしたものかと悩んでいた矢先にマリオ君のことを知ったもので」

「現場を見てみないと確約は出来ませんけど、そう言うことなら協力は惜しみません」

 その言葉にパッとキルスの顔が明るくなった。

「ありがとうございます。では明日、迎えに上がります」

 そう言ってキルスは何度も頭を下げながら宿を出て行った。


「あいつの目的は本当に庭造りだけなのか?」

「彼が話した擁護院の庭が荒れているのは間違いのないことです」

 疑いを持つリョクに姿を現したイツキが答える。

イツキの話によると、この街の擁護院は黒の魔王の被害者遺族の救済のために建てられたもので。

働き手である夫を亡くした妻や子、両親を失った孤児たちを集めて保護して独り立ち出来るまで面倒をみる施設だったが、今では天災や妖魔、病気等で身寄りを無くした子供たちが暮らす場所となっている。


「取り敢えず行ってみるよ。庭師の腕を買われたのなら応えないとね」

 ニッコリ笑うマリオの横でリョクとタマは無言で頷き合った。

もしこれが何かの罠ならば、それをすべて蹴散らしてマリオを守るつもりだ。

意気込む2人を知ってか知らずか、マリオは楽し気にこれから作る庭に想いを馳せるのだった。

 


「此方になります」

 翌朝、キルスに案内されてマリオ達は擁護院にやって来た。

そこは建てられたのが二百年前と言うこともあって古びた石造りの家だった。

部屋の中には30人程の子供たちがいて、今は勉強の時間らしく真面目に教師の言葉を聞いている。

「本日はありがとうございます」

 まん丸の体形で愛嬌たっぷりな笑顔を浮かべた年嵩の女性が出てきてマリオ達に挨拶をする。


「この擁護院の院長をいるエルザですわ」

「よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げたマリオに院長は笑みと共に頷いて口を開く。

「ではキルス先生。後の事はお願いします」

「はい、院長先生も頑張って下さい」

 聞けば此処の食事はすべて院長が調理していて、これから大量の昼食作りに勤しむのだという。


院長と別れ、キルスの案内でやって来た裏庭は好き勝手に草が生い茂っていて元の形状がまったく分からないほどに荒れていた。

「確かにこれは酷いですね」

「以前は畑にして日々の糧の足しにしていたそうですが、どうした訳か次第に作柄が悪くなり。いつしか放置されるようになってこの有り様だそうです」

「ああ、連作障害が出てしまったんですね」

 キルスの説明にマリオは深いため息を吐いた。


「それはいったい?」

 不思議そうなキルスにマリオは連作障害について説明する。

「毎年、同じ場所に同じ野菜を栽培することを連作と言います。

そうするとその野菜を冒す病原菌や有害線虫が多くなったり、土壌の中の養分が不足したりして野菜の生育が悪くなってしまうんです」

「そんなことが…」

 どうやら初めて聞いた事柄にキルスは唖然とした顔をする。


「エルフの国ではそうはならなかったのですが」

「森の中にある畑ならいろんなところから養分が補給出来ますが、限られた土地の中だけだと障害が起こりやすいんです」

「なるほど…まるで我々エルフの末路のようですね」

「え?」

 続けられた言葉に怪訝な顔をするマリオに、いえっと首を振るとキルスは改めて庭を見回した。


「この荒れた庭をどうにか出来るでしょうか?」

「畑でなくなって随分経つようですから養分の問題は大丈夫だと思います。

ところで此処をまた畑として利用はしなくて良いんですか?」

「はい、今は領主さまから援助を受けていますので昔と違い食べ物に困るようなことはありませんから」

「そうなんですか、良かった」

 嬉し気に頷くとマリオは早速、庭の見分に入る。


「どんな庭にしたいとか希望はありますか?」

「そこはマリオ君にお任せします。…そうですね、強いて言うなら子供たちが笑顔になれる庭になったら良いかと」

「分かりました。期待に添えるよう頑張ります」

「よろしくお願いします」

 笑顔で頭を下げるキルスに頷くとマリオはリョクとタマに頼み事をする。


「僕が庭を作っている間、危ないから子供たちが近づいて来ないように相手をしてあげて」

「はぁ?」

「ミャッ?」

「よろしくね」

「ちょっと待てっ、俺はガキの相手なんぞしたこたぁねぇぞ」

「大丈夫だよ、見る限りみんな良い子だもの」

「それと俺がガキの相手をすんのと何の関係があんだっ」

「だってリョクさんはヒーローだもの。ヒーローは子供の憧れなんだよ」

「いや、だからってな」

 まだ何か言おうとするリョクをサクッと無視してマリオはキルスに向き直る。


「2人を子供たちの所に連れて行ってあげて下さい。きっと喜ぶと思いますよ」

「…分かりました」

 完全にマリオに翻弄されているリョクを可笑し気に見つめてから、此方ですとキルスはリョクとタマを連れて家の中へと入っていった。


「さて…」

 それを笑顔で見送ってからマリオは腕まくりをして気合を入れる。

「まずは整地かな。カリーネさんにレベルを上げてもらった魔道具の出番だね」

 そう言ってマリオはグローブに付いている魔石に自らの魔力を込める。

「モデルは…某遊園地の庭かな」

 夢のような国を目指してマリオは土魔法を発動させた。





お読みいただきありがとうございます。

「43話 緑の王と命の実」は火曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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