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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
41/94

41、ギルドマスターの憂鬱

 

 その日、ロクサスのギルドマスターは最悪な一日を迎えることになった。

発端は職員の一人がダンジョンから戻ったハンターの報告を虚偽と決めつけ、一蹴した挙句にギルドから叩き出したことだ。

ダンジョン等で異変が起こった場合、ギルドはそれを報告することをハンターに義務付けている。

それなのに報告の裏を取ることもせずに完全否定した。

これはハンターとギルドの信頼関係にヒビを入れる行為に他ならない。


確かに自分もダンジョンに黒の使徒が現われたと聞いて、それを信じることは出来なかっただろう。

しかし報告を受けたら、それがどんな内容であっても記録に残すのが職員の仕事だ。

仕事を放棄した挙句に報告者を叩き出すなど言語道断の所業だ。

しかも今回の報告内容は事によったら国が滅んだかもしれない重要事項だ。

そのため騎士団も調査に加わり、ギルドだけの問題ではなくなってしまった。

恐らくこの不祥事により関係者のすべてが処分の対象となるだろう。

そのことを思うと鳩尾(みぞおち)の辺りがキリキリと痛むギルマスだった。



さて、此処で時間は半日ほど遡る。

「ふう、いいお風呂だったな」

 ガシガシとタオルで髪の毛を拭きながらマリオは宿のベッドに腰を下ろした。

「ニャウ」

 ゴーザの街で買った洗濯袋に脱いだ衣類を入れていると、するりと仔猫サイズのタマがその膝の上に乗ってくる。

「タマもお疲れ様」

 ダンジョンで頑張ってくれたことを労わるとタマが嬉し気に尻尾を振る。


あれから街に戻ってハンターギルドに行き、使徒のことを報告した。

しかし…。

「あんたらね、嘘を吐くならもっとまともな嘘にしな。ガキじゃあるまいし、夢みたいなこと言ってんじゃないよ」

 小馬鹿にした顔でそう言うと、こっちは忙しいんだと虫を払う仕草で手を振る。


「テメェっ!」

「待って、リョクさんっ」

 殴り掛かろうとしたリョクを押し止め、マリオは職員に向き直った。

「貴方が信じるか信じないかは別問題です。とにかく報告書を…」

「だから忙しいって言ってるだろっ。あんたらの与太話に付き合ってる暇はないんだよ」

 そんな調子で職員はマリオ達の話をまったく取り合ってくれなかった。

挙句、使徒を倒したというマリオ達をホラ吹きと断じてギルドから追い出したのだ。


「まあ、確かに何の証拠もないしね。簡単に信じてはくれないか」

「ミヤッ」

 ため息混じりに言葉を綴るマリオを元気付けるようにタマがその頭を擦り付けてくる。


「お腹が空くと怒りっぽくなるから、早く夕御飯にしよう」

 ギルドから出た後、憤懣遣る方無いリョクを(なだ)めて街の一角にある食堂に入ったが満腹になってもその怒りは収まらなかった。

「絶対にあの野郎を謝らせてやるっ」

 言うなりリョクは宿を飛び出し、未だに戻ってきていない。


「何処に行ったのかな、リョクさん。無茶してないといいけど」

「風の王はダンジョンに戻りました」

 マリオの呟きに姿を現したイツキが答える。


「使徒との戦いで開いた大穴はまだ修復されておりません」

 ダンジョンが破壊されると何時の間にか修復されて元の状態に戻るのが常だが、今回は破壊範囲が広かったのでまだ開いたままの状態だった。

「風の王は外壁を登ってその穴から中に入り、祭壇の周囲を捜索しております」

「リョクさん、ホラ吹き呼ばわりされたことを凄く怒ってたからね。意地でも証拠を見つける気だ」

 はぁと息を吐いてからマリオはダンジョンがある方向を見つめた。


  

「どうでぇ、これで文句はねぇだろう」

 得意げに胸を張るリョクだが、おかげで翌朝のギルド前は騒然となった。

何しろ40階にあった祭壇の壁がそのままドンと正面玄関を塞ぐ形で鎮座しているのだ。

中央部にある紋章はマリオは知らなかったが黒の魔王のものに間違いなく、その為街の騎士団までが出張る騒ぎとなった。


「俺らをホラ吹きと言った奴、出て来いっ。きっちり話を付けようじゃねぇか」

 リョクの啖呵にギルドから件の職員が顔を真っ青にして出てくる。

「も、申し訳…」

「ああん、聞こえねぇぞっ。もっとデカい声で言えやっ」

「疑って申し訳ありませんでしたっ」

 深々と頭を下げる様に、良しとばかりにリョクが大仰に頷く。


「だいたいなっ…」

「それくらいにしてあげてよ」

 まだ何か言いそうだったリョクをそう止めるとマリオは職員に向き直る。

「二百年も前の黒の使徒がいたと聞いて信じられなかったのは無理ないですけど、その危険性を考えたら頭から否定しないで調査くらいした方が良かったですね」

 マリオの言葉に職員は黙って下を向くばかりだ。

どうやら漸く自分の仕出かしたことの重大さに気付いたらしい。


「僕の知る言葉にこんなのがあるんです『注意一秒、怪我一生』って。過ちを防ぐために必要な手間はごく些細なものだけれど、それを怠ると重大な結果につながるという意味です」

「まったくその通りだな。面目ない」

 言いながら前に進み出て頭を下げたのは歴戦の戦士といった風貌の初老の男だった。


「貴方は?」

「このロクサスのギルドマスターを勤めているディオンだ。手間を取らせて申し訳ないが、使徒と遭遇した状況を聞かせてもらえるか?」

「それなら昨日、そいつに話したぜ」

「すまん、勝手に虚言と判断して記録を取っていない。なのでもう一度…」

「知るかっ、そんなのはそっちの不手際だろうが」

「もういいよ、リョクさん。協力してあげよう」

 不機嫌そのものといったリョクを宥め、マリオはギルマスに向き直った。

「何処に行けばいいですか?」

「感謝する。こっちだ」

 短く刈った白髪交じりの頭を再び下げると、彼はマリオ達を伴って応接室へと向かう。


「…以上が遭遇した顛末です。何か質問はあります?」

 ローテーブルを挟んで対峙したギルマスは、ソファーから身を乗り出して言葉を綴る。

「いや、実に理路整然とした説明だ。それを頭から否定したあいつの頭がどうかしていた。恥を晒すがあいつは俺の甥でな」

「ああ、コネ入社ですか」

 聞き慣れぬ言葉に怪訝な顔をしたが、構わずギルマスは話を続けてゆく。


「ギルマスの身内ということで随分と高慢になっていたようだ。情けない話だがこんな事になって初めてあいつの所業に気付くとは…俺も焼きが回ったもんだ」

 そう自嘲の笑みを浮かべたギルマスだったが、すまんとすぐに話を元に戻す。

「しかし階層ボスのエンペラースパイダーとの戦闘で手傷を負っていたとは言え、黒の使徒を倒すとは大したものだ」

 正直に話すと王であることに気付かれるリスクがあるので、マリオは戦闘についてはそう言うことにしておいた。

「こうなると君たちのランクを上げんとな」

 その言葉にマリオは緩く首を振る。


「リョクさんはともかく、僕は大したことはしていないので」

 戦ってくれているのは植物達なので断ろうとしたマリオをリョクが叱る。

「馬鹿言えっ、お前の草木魔法だって十分役に立ったじゃねぇか。相変わらず自己評価が低すぎんぞっ」

「分かった。どちらも今回の功績により2ランクアップだ。俺の名でギルド本部に申請しておく」

 決定事項を口にするマスターにリョクは当然とばかりに頷き、マリオは申し訳なさそうに頭を下げた。

これによりリョクはDからBに、マリオはEからCへとランクアップすることになった。


「それでドロップ品の買い取りをお願いしたいんですが」

「なっ、あいつ。それすらしてなかったのかっ!?」

 ホラ吹きと断じられて早々に追い出されたので口に出す間も無かったのだ。


次々と露わになる甥の失態に激おこ状態で悪態をつくと、申し訳ないとギルマスは本日3度目の謝罪をする。

「俺らは別に此処のギルドで買い取ってもらわなくてもいいんだがよ」

 フンと顎を上げるリョクにマスターは明確な困り顔を浮かべた。

「本当にすまない。厚かましいと重々承知の上でどうかウチで買い取らせて欲しい」

 テーブルに額を打ち付ける勢いでギルマスが頼み込む。

確かに管理しているダンジョンのドロップ品を他所のギルドに持って行かれたら、いったい何をしていたんだとの(そし)りは(まぬが)れない。


「大丈夫です、ちゃんと売りますから。いいよね、リョクさん」

 責任者は大変だなとマスターに同情しつつ、マリオはリョクに声をかける。

「ま、これ以上は弱い者虐めになるからな。構わねぇぜ」

「そうか、助かるっ」

 顔を上げるなりギルマスは、気が変わらぬうちにとばかりにマリオ達にドロップ品を出させる。


「えっと…まずは」

 背にあったリュックからマリオは次々とドロップ品を取り出してゆく。

「うーむ、これ程とは…」

 どれも良品な上に鎌や毒針、甲虫の外皮と武器の素材になるものが多い。

しかしそれ以上に驚かされたのは大量の魔石の大きさと質だった。

これならば王都のオークションで相当の値が付くだろう。

本当にこの品々を逃さずに済んで良かったと安堵の息を吐いたギルマスだったが、最後にマリオが取り出した物に度肝を抜かれる。


「こ、これは…レグルの実かっ」

 目の前にある10個の黄金の実を信じられないとばかりに見つめる。

「この実が持ち込まれたのは半年ぶりだ。しかもその時は1個だったしな」

 マスターの様子に、出し過ぎたかなと少しばかり焦るが…そこはスキルの一つである『交渉』をフル稼働させる。


「でしたら希少価値が下がってしまいますから売るのは3個だけに」

「いや、待て。待ってくれっ」

 リュックに戻そうと手を伸ばすマリオをギルマスが酷く焦った様子で止める。

案の定、売り渋られることに気を取られて量が多すぎるとの疑問を持つまでに至らないようだ。

「こいつこそ他に持って行かれたら立つ瀬がない。頼む、全部売ってくれっ。

多分、これが俺のギルマスとしての最後の仕事になるだろうからな」

 悲壮な顔をしてそんなことを言われては、さすがに心が咎める。


「分かりました。ですが条件があります」

「何だ?大抵の事なら飲むぞ」

「売主が僕らだということは内密に願います。…余計な軋轢は避けたいので」

 マリオの言にギルマスは大きく頷きながら口を開く。

「承知した。売主に関しては極秘扱いにする」

「それと他のダンジョンにも使徒が眠っている可能性があります。ギルドから棺らしいものを見つけたら近付くことなくすぐに報告するよう周知徹底して下さい」

「ああ、そいつもやっておく。…本当にすまなかった」

 もう回数も分からなくなるほど謝り倒すギルマスに、頑張って下さいと思わず声をかけてしまうマリオだった。





評価、ブックマークをありがとうございます。

「42話 ミデア大陸とエルフの庭」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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