4、洞窟のお宝って…勝手に持っていっていいの?
「おはよう、イツキ」
「はい、おはようございます。我が王」
欠伸を噛み殺しながらリビングにやって来たマリオに、イツキが極上の笑顔を返す。
あの後、イツキからこの世界のことをいろいろと教えてもらっていたら日が暮れてしまったので、勧められるまま一泊させてもらった。
「お食事は…またそれでよろしいので?」
「うん、僕の料理の腕は壊滅的だから」
苦笑しながらマリオはリュックからおかかと鮭のお握りとペットボトルを取り出した。
リビングの奥には立派なキッチンがあり、時間停止が付与された食糧棚には新鮮な食材が並んでいる。
しかし亡き祖母から『台所に立つのだけはやめて欲しい』と泣いて懇願されたマリオが使うことはなかった。
「でも此処の野菜と果物は美味しいから一緒にいただくよ」
そう笑うとマリオはキッチンから持ってきたセロリに似た野菜とリンゴっぽい果物に噛り付く。
セロリはシャキシャキと歯応え良く、リンゴは程よい甘さと酸味があってどちらも極上品だ。
「ところでさ、此処に住んでいた人って前の【緑の王】だよね」
もきゅもきゅと咀嚼してからマリオが傍らのイツキに問いかける。
「はい、前王はエルフ族で2人の従者と暮らしておりました。
二百年の在位の後、天命が尽き亡くなった王が故郷に埋葬されることを望まれましたので半月前に2人とも王の骸と共に此処を出てゆきました」
七王は天命によって選ばれ、その証として体の何処かに王の紋章が現われる。
紋章があるうちは王は不死ではないが不老であり、与えられた役目を粛々と果たしてゆく。
しかし天命に背くような真似をしたり、正道から外れる行為をするとたちまちのうちに紋章は消え、只人へと戻ってしまう。
先王は寿命以上の時間を過ごしていたので、紋章が消えると間もなく亡くなったとイツキは語った。
「エルフ!?…本当にいるんだね」
驚きに目を見開くマリオにイツキはこの世界の住人のことを教える。
リスエールには『エルフ族』『ドワーフ族』『獣人族』『鬼人族』『人族』『虫人族』そしてイツキのような『精霊族』が暮らしている。
エルフと虫人族はあまり他種族と接点を持とうとしない…引きこもり派。
反してドワーフ、獣人族、鬼人族、人族はどこの国にもいる…交流派。
そして精霊族は自身が認めた相手の前にしか姿を現さない…選り好み派。
「ふーん、そうなんだ」
大きく頷くマリオに、畏れながらとイツキがお握りを見つめながら聞いてきた。
「それらは女神様の贈り物なのですね」
「うん、此処に来る前に渡されたんだけど…本当にいくら食べてもなくならないんだよ。凄いね」
「…そうですか」
マリオの言葉に、イツキが小さく嘆息する。
「王よ、我には鑑定のスキルがないので判定は出来ませぬが…。
おそらくそれらは国宝クラスの魔道具となっていると思われます」
「はへ?」
きょとんとした顔をするマリオだが、徐々にその重要さが分かったようだ。
「こ、国宝クラスって…それって持っているのを他に知られたら不味いよね」
「はい、殺してでも手に入れたいと思う者は多いでしょう」
「分かった。人前で使うのはやめておくよ」
「その方がよろしいでしょう。…我が王はこの世界に慣れておらぬこともあるのでしょうが、迂闊なところが多いように見受けられます。
要らぬ争いに巻き込まれぬ為にも行動は慎重に願います」
「…気を付けます」
申し訳なさそうに頷くマリオの食事が終わったのを見届けてからイツキは毅然と顔を上げた。
「幼子のような我が王をこのまま旅立たせるのは不安ではありますが、旅が王の望みであるのならば我は出来る限りの助力をいたします」
「あ、ありがとう」
「ですので王にお渡ししたいものがございます」
「渡すもの?」
小首を傾げるマリオに、はいとイツキはテーブルの上にある小枝を差し示す。
「他に渡すものはあちらにございます」
そう言って窓の外を指さした。
「あの山の麓までお越しください」
示されたのは遠くに聳え立つ岩山。
おおよそだが30キロ以上は離れているだろう。
「あそこかぁ。走って…半日くらいかかるかな?」
腕を組んで移動の算段を立てるマリオに、いえとイツキが緩く首を振る。
「移動手段は我が用意いたします」
「へ?」
イツキに言われるまま外に出たマリオは、その光景に驚きの声を上げた。
「わ、綿毛ぇぇ!?」
そこにあったのは直径3mはある巨大な白い球体。
「サオレア草の種子です。これに乗っていただければ風の強さにもよりますが歩くよりは早く目的地に着けます」
「気球みたいなもんだね。じゃあ早速」
よっとマリオは巨大な綿毛に飛び乗った。
すると風に乗り、綿毛がゆくっりと浮かび上がる。
「おお、凄いや」
楽しそうに燥ぐマリオを、お気をつけてとイツキが緩く手を振って見送る。
「気持ちいいなぁ。一度、気球に乗って旅をしたかったんだよね」
念願が叶い幸せそうに笑うと、マリオはグルリと辺りを見回した。
どうやら季節は春らしい。
柔らかな日差しの中、眼下に広がる森には可愛らしい花が咲き
その周囲を蝶や蜂に似た昆虫が飛び回っている。
「えっと…此処はルイエナ大陸にある深淵の森で…」
穏やかな風景を眺めながら、良い機会なのでマリオはイツキに教えて
もらったことを復唱する。
この世界には2つの大陸があり、その一つであるルイエナ大陸には9つの国がある。
中央に位置し、大陸の五分の一の面積を有する大森林がここ深淵の森。
森をぐるりと囲む形で南から時計回りに獣人族の国『アイラリス』
そして『イデア』その隣が『ウェルテリア』『エナイ』と人族の国が続き、次がドワーフの国『オライリィ』。
続いて人族の国『カイエード帝国』鬼人族の国『キリーナ』となっている。
深淵の森は妖魔と呼ばれる魔物が数多く徘徊している第一級危険地帯だが、東の端にエルフ、西の端に虫人族の国がある。
しかしどちらも他種族とはほとんど交流がない為に行き交う者はいない。
そしてこの世界には魔法が存在する。
火、水、風、土の精霊と契約することによって使える精霊魔法と呼ばれるもので他に光の治癒、闇の時空といった魔法がある。
適正は普通は1つ、まれに2つ、3つは奇跡で、4つはありえない。
威力にも個人差があって初期魔法のレベル1がやっとの者がほとんど。
レベル5のような広域魔法は、依代たる肉体が持たなくて使える者はまずいない。
魔法を使うには体内にある魔素が必要なのだが、その量には個人差があり、普通はレベル1が使えるだけで、少なさゆえに5人に1人の割合で魔法が使えない者がいる。
特に獣人族は魔素が少なく、魔法はほとんど使えない。
なので適正ゼロの者や1種類の初期魔法しか使用できない者の為に火をつけたり、水を出したりと多様な魔道具が開発されている。
マリオの場合は草木魔法に限ってだが、王なので契約無しでも使える。
しかし他の魔法は王であるがゆえに使うことは出来ない。
「まさにファンタジーの世界だよな」
足下を走ってゆく狼に似た妖魔の群れを見つめながら、感心したように呟くマリオの前に目的地の岩山が迫って来た。
「到着っと」
ポンと綿毛から飛び降りたマリオの前に光と共にイツキが姿を現した。
「お待ちしておりました、我が王」
「さすがは精霊だね。神出鬼没だ」
「はい、この森の中でしたら自在に姿を現せます。
他の地でも王に呼んでいただければすぐに飛んで行けますゆえ」
「それは心強いな」
嬉しそうに笑うマリオに笑みを返すと、此方へとイツキが先に立って歩き出す。
「ここは?」
岩山の麓に黒々とした洞窟の入り口が見えてきた。
「盗賊が使っていた隠れ場所の一つです。どうぞ中へお入りください」
「い、いいの?勝手に入って」
「ご心配なく。ここを使っていた盗賊たちは15年前に討伐され、もうこの世にはおりません」
「あ、そうなんだ」
イツキの話に頷きながらも、マリオは不安げに周囲を見回しながら洞窟の中へと入ってゆく。
穴の奥は暗く、いくら目を凝らしてみても何も見えない。
「わっ!」
だが2mほど進むと岩肌にあった透明な結晶から光が零れた。
結晶の周囲には金属製の囲いがあり、どうやら照明の魔道具のようだ。
「…びっくりした。この世界は不思議がいっぱいだな」
そんなことを呟きながら奥に進むと、木製の扉が見えてきた。
用心しながら近づいて、ゆっくり扉を開けてみる。
「これってっ」
驚きに見開かれた目に映るのは…財宝の山。
金貨、銀貨、銅貨が山を成し、数多くのペンダントや指輪などの宝飾品が無造作に棚に並べられている。
近くに置かれた木箱には素人目にも業物と分かる剣や鎧がいくつも乱雑に詰め込まれていた。
「盗賊たちが隠しておりましたが、この場所を知っていた者達は皆、討伐の時に死んでしまいました。
その為、このように長きに渡り捨て置かれたままです」
「なるほどね」
薄っすらと埃が被っている様に納得の頷きを返すと、マリオは棚にあった物に目を留め、手に取ってみる。
「これ…イタリアのじいちゃんがよく使ってたな」
しげしげと眺めるのは祖父が愛用していた物に似た片眼鏡。
懐かしさに何気なく着けてみたら…。
「ふぇ?」
目の前の景色が一変した。
輝いていた金貨や宝飾品は色を無くし、代わって何の変哲もない物たちが強烈な光を放ち出す。
それらの横に現れた文字を見て、マリオはこのモノクルが何なのか気付く。
「鑑定が出来る魔道具か…」
現れた文字たちは、それがどういった物かを教えてくれていた。
「我が王の旅に役立つ物も多いでしょう。どうぞお好きなだけお持ち下さい」
「え?いいの」
「はい、盗賊の宝は見つけた者の所有となることが決まりですゆえ」
「…なんだか良心が咎めるけど『郷に入っては郷に従え』って言うしね」
ため息混じりに頷くとマリオはモノクルを着け直し、棚にある品達に
鑑定をかけ始めた。




