37、初エルフと天空ダンジョン
「大丈夫?」
声をかけてきたマリオに3人は訝し気な目を向けて来たが、ふにゃんとした邪気の無い笑顔に少しだけだが警戒を解く。
「たいしたことない。…見てろよ。すぐに高ランクのハンターになって絶対に見返してやるっ」
「そうよっ」
「おう、やってやろうぜっ」
意気込む様子に、良かったとマリオはさらなる笑みを浮かべる。
こんなことで心が折れる程、彼らは弱くはないらしい。
「頑張ってね。僕が知る言葉にこんなのがあるんだ。
『独りで見る夢は夢でしかない。しかし誰かと見る夢は現実だ』って。
同じ夢を持つ仲間がいれば、きっとその夢は叶うよ」
マリオの言葉に最初はきょとんとした3人だが、やがて意味が分かったらしく
良い笑顔を浮かべた。
「ありがとう。なんかヤル気が出てきたよ」
「私もよ、いっぱい稼いでみんなで暮らす家を買うの」
「俺も最強のハンターになってやるっ」
揃って天に拳を突き上げてから彼らは名乗りを上げる。
「俺はヤグ」
「私はエミーよ」
「グースだ」
「よろしく、僕はマリオ。で、こっちがタマ」
「ニャッ」
くるりと後を向いてリュックの外ポケットにいるタマを紹介すると3人から歓声が上がる。
「可愛いっ」
「ホワイトファングの幼体?初めて見た」
「スゲェな」
可愛いものに喜ぶ様は年相応で、マリオの肩に移動したタマの頭を笑顔で交互に撫で回す。
話を聞くと彼らは同じ村の幼馴染で一旗揚げる為にハンターになったのだそうだ。
「ヤグ、エミー、グース」
話し込んでいたら背後から彼らの名を呼ぶ声がした。
「キルス先生っ」
嬉し気に上げられた声に振り向いたマリオの目が驚きに見開かれる。
「…エルフ?」
此方に歩み寄ってきたのは長い耳に金の髪をした長身のエルフの男性だった。
「私たちの魔法の先生なの」
そうエミーがマリオに教えてくれる。
「帰りが遅いので心配していたんですよ」
「だ、大丈夫です」
「ケガもしません」
「獲物は…その、大したものが取れなくて」
気落ちした様子のヤグの頭に手を置くと彼は笑みを浮かべて言葉を綴る。
「また頑張れば良いことです。君たちが無事で何よりです」
「はい、先生」
笑顔の3人に頷き返すと彼はマリオへと視線を移す。
「何か?」
まじまじと見つめるマリオの視線にキルスが少しばかり眉を寄せる。
「あ、すみません。エルフの人に会うのは初めてで…美人さんだなぁって」
「…それはどうも」
素直な感想に照れた様子で横を向くキルスの隣でエミーが同意の声を上げる。
「無理ないわよ、私たちも初めて会った時は見惚れちゃったもの。
世の中にこんなに綺麗な人がいるんだって、同時に神様は不公平だとも思ったわ。
少しくらい綺麗さをこっちに回してくれたっていいのにって」
口を尖らすエミーに曖昧な笑みを返しながらマリオが不思議そうに問いかける。
「エルフの人って滅多に国から出て来ないって聞きましたけど?」
その問いに一瞬、惑った顔をしたがキルスはすぐに笑顔を浮かべて口を開く。
「私は世界を見て回りたいと思って国を出たのですよ。ですがおかげで周囲からは
変わり者と呼ばれています」
キルスの答えにマリオは大きく頷いた。
「分かります。僕も同じ理由で旅をしてますから。
『此処での暮らしに不満は無い。
だがその不満が無いのが不満なのだ。
魂を熱くさせる何かが欲しい。
挑戦し、挫折し、その底から這い上がって高処を掴む。
そんな魂の躍動が欲しい。
己の力の限りを尽くし、自分を試してみたい。
世界はこんなにも広いのだ。
どうして一所に留まっていられよう』
僕の故郷の作家の言葉です」
伝えられた言葉に大きく目を開いてからキルスは楽し気な笑みを浮かべた。
「確かにその通りですね。世界を回り、知らない事を知るのは素晴らしい体験です。ありがとう、良い言葉を教えてもらいました」
「いえ、そんなお礼を言われる程の事じゃ」
「そんなことないぜっ」
首を振るマリオに、すぐさまヤグが反論する。
「お前が言ってくれた言葉で凄く元気が出たからな」
「そうよ」
「また明日、ダンジョンに潜る気になれたぜ」
口々に礼を言う3人にマリオは照れた顔で頭を掻いた。
「おい、マリオ。早く行こうぜっ」
掛けられた声に大きく頷く。
「仲間が待っているんで僕はこれで」
「これからダンジョンか。お前も頑張れよっ」
「ありがとう」
手を振ってくれる彼らに礼を言ってマリオはリョクの下へと駆け戻る。
「お待たせ、リョクさん」
「おう、どうやらジジイからもらった道具の効果はバッチリみてぇだな」
去り行くキルスの背を見ながらリョクが自らのバングルを掲げてみせる。
「うん、用心のために僕に鑑定をかけたみたいだけど、おかしな素振りは無かったからね」
「ま、それなら安心だな」
頷くとリョクは改めてダンジョンに向かう。
途中の道には食料に地図、武器や小物を売る屋台が並んでいる。
「ダンジョンから出るドロップ品だけじゃなく、こういった商品を売ることでも経済が回るんだね」
感心するマリオに、おうよとリョクが訳知り顔で言葉を綴る。
「ダンジョンの数でその国の裕福さが決まるとまで言われてるからな。
まあ、オライリィみてぇに無くとも作った武器を売ることで間接的に儲けてる国もあるけどよ」
余談ながらダンジョンが無いのがオライリィと虫人族とエルフの国で、有るのは7つのカイエード帝国、5つのウェルテリア、4つのアイラリス。
エナイとキリーナは2つ、イデアは1つとなっている。
「わ、広い」
ダンジョンの一階に足を踏み入れるなりマリオは驚きの声を上げた。
外観では20m程の横幅しかなく思えたのに、中は野球場並みの広さがあったのだ。
「ダンジョンの中は空間が歪んでおり、見掛けより広いことが多いのです」
上手い具合にマリオたち以外はいなかったので、現れたイツキが解説してくれた。
「なるほどね、さすがはファンタジー」
「此処は広いだけの空間ですが、この上からは迷路になっております。
故にハンターたちは壁伝いに進む方法を取るようです」
「確かに迷路の攻略法は右手をずっと壁に沿わすってことだしね」
「ケッ、俺はそんなしち面倒臭ぇ真似は御免だぜ」
「でしたら案内役を呼ぶのはいかがでしょう」
「案内役?」
首を傾げたマリオにイツキが頷く。
「我が王の【召喚】を使えば雑作もないことです」
「召喚…確かこうだっけ『我が下に来よ。我が僕』と」
するとマリオの紋章が光り、その足元に小さな影が姿を見せる。
「何だ?こいつは?」
「ニャッ?」
ちょこちょことマリオの足元によって来たのは某ゲームに出てくるサボテンの
モンスターによく似た姿の20cmくらいの背丈の妖魔だった。
「このダンジョンに住むサボエラです。此処のことを知り尽くしておりますので
お役に立つかと」
「そうなんだ、よろしくね。名前は…サボちゃんでいいかな」
「ムー」
「あ、鳴いた。可愛いね」
両手を振り上げて頑張りますアピールをするサボに、よろしくと挨拶するマリオだった。
「じゃあサボちゃん、案内お願い」
「ムー」
大きくなったタマの頭の上でサボが元気良く声を上げる。
最初はマリオの肩に乗せようとしたが、どうやら其処は自分の場所と思っているらしくタマが頑として拒否。
なのでタマの上から行き先を指示してもらうことになった。
先頭にリョク、続くマリオの横にタマが並び二階への階段を上がってゆく。
二階は草原のエリアだった。
腰丈ほどの草が生い茂り、歩き辛いことこの上ない場所だが。
「そいつは反則だろう」
思わずボヤくリョクの言葉通り、マリオが進む先から草たちが左右に分かれて
歩きやすい道を作ってくれる。
「他の人に見られると厄介だから程々でお願い」
そうマリオが頼むと、足元を中心に1mくらいの草だけが動く形に落ち着いた。
「結構、人がいるね」
見回すとヤグ達に近い年齢の集団が周囲に点在している。
「この辺りはまだ妖魔も強くねぇしな。駆け出したちの稼ぎ場なのさ」
「だったら僕らは通り抜けるだけにした方がいいね」
「おう、早く強ぇ奴と戦いたいからな」
「そうだねって…早っ」
言うなり猛スピードで駆け出したリョクの後を、慌ててタマとマリオが追いかける。
「ムー、ムー」
「うん、こっちだね」
サボが指さす方向に進むとすぐに上に行く階段が現われた。
そんな調子でマリオたちは早々に20階へとやって来る。
「草原の次は森になるんだね」
此処は背の高い木々が壁のように並び立っているため見通しが悪く、道も何本もに分かれていて正に迷路となっている。
さすがにこの階くらいになると他のハンターの姿はなく、わさわさと葉が擦れ合う音だけが聞こえる。
「こっから先は俺やタマ公の威圧が効かない奴らが出てくるからな。
用心しろよ」
リョクの言葉に、了解とマリオは片手を上げた。
そのままサボが示すまま右の道を進んでいると、ザワリと前方で何かが動く気配がした。
此処まで一度も妖魔に遭遇しなかったのは2人の威圧のおかげだが、どうやらそれが通じない相手が現われたようだ。
「面白れぇ、まずは小手試しに俺が仕掛けるぜ」
「うん、頑張って」
「おう、任せろっ。ってことで『変身っ!』」
叫ぶリョクの姿が人族から赤いマフラーを靡かせた飛蝗族の姿に変わる。
「俺、参上っ!…で、良かったんだよな」
「バッチリだよ」
にこにこと親指を立てて見せるマリオに、リョクは得意げに頷いた。
そのまま前方に向かって走り出す。
此処に他の渡来人がいたら『何を教え込んでるっ』と突っ込みが…以下略。
「大きなカマキリだね」
姿を見せたのは4mほどのレッドマンティスだった。
「初戦の相手は始さんか…いや、この場合はキングの方かな」
特オタにしか分からないことを呟くマリオの前でマンティスが巨大な鎌を振り上げ、その巨体からは信じられないスピードでリョクに迫る。
しかし最強人種たる虫人で、そのうえ風の王たるリョクには腕試しにもならない
相手のようだ。
素早く鎌を掻い潜り、相手の懐に入ると風魔法を纏わせた拳を打ち込む。
「ギョワァァッ!」
鋭い声を上げて仰け反った腹を目掛け、続けて繰り出された拳。
「これで終いだっ」
それは狙い違わずマンティスの胴に大穴を開ける。
周囲を揺らして倒れたマンティスの姿が静かに消えてゆき、後にはゴルフボール大の魔石と2本の赤い鎌が残った。
「ダンジョンの中だとドロップ品だけを残して消えちゃうんだね」
「おう、何でそうなるのか分からねぇが。妖魔は死ぬと魔素化してダンジョンに
吸収されちまうのさ」
「まあ、その方が後片付けが楽だよね」
どこかズレたマリオの感想に苦笑を浮かべてから、行くぜとリョクは先へと進んでゆく。
「次はマリオがやってみるか?」
「相手次第だけどね。ゼムさんからもらった古代植物の種を使ってみるよ」
言いながら腰に吊るした袋から取り出した一粒の種にマリオは笑みを向けた。
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「38話 古代植物と己惚れ」は土曜日に投稿予定です。
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