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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
28/94

28、謎解きと黒の人形師


「負けたか…」

 小さく息を吐くと侯爵は諦観の表情を浮かべ、マリオの眼を見つめながら口を開いた。

「君はどこまで知っているのかね?」

「侯爵様が考えていそうなことは全部かな。聞きたいですか?」

「聞こう」

 鋭い眼差しを向けて頷く侯爵の前でマリオは自分の推理を披露する。


王太子である第一王子の母の兄と侯爵は貴族学院以来の無二の親友。

早世したその友から妹のことを頼まれた侯爵は、彼女が国王と恋仲だと知るとかなりの無理をして側妃へと押し上げた。

しかし王子を授かり幸せそうだった彼女に暗雲が立ち込めた。

それはエナイからやってきた王妃だ。

王妃は王に愛されている側妃を目の仇にし、酷い嫌がらせを仕掛けては嘲笑を浴びせるだけでけでなく、ついには命まで狙うようになった。

それが自分から王を遠ざけていることに気付きもせず。

やがて王妃の攻撃は我が子に王位を継がせようと第一王子にまで及ぶようになり、侯爵を始めとする第一王子派はそれを阻止するべく立ち上がった。


母が子爵家の姫であるために、その後ろ盾になってくれる有力貴族は第二王子に比べて少ない。

それを補うためにまずは王子の為人ひととなりや能力が王位に相応しいことを周囲に知らしめる。

これは当人や側近の努力が実って徐々にだが国の内外に浸透しつつある。


次に第二王子を王位に付けようとの野心を持つ者を排除する。

彼らはそれらしい餌を投げ込んでやれば、必ず食いついてくる。

その為の餌が『第一王子の暗殺計画』だった。

計画を匂わせただけで狙い通りに多くの者が罠に引っ掛かり、彼らは不幸な事故や病気により次々と一線を退いていった。

だが親玉である王妃はそう簡単に排除は出来ない。

しかも減ってゆく味方に焦りを感じたようで、本気で王子の暗殺を企てる始末。

そこで侯爵は自分たちの計画を利用し王妃を失脚させようと考えた。

暗殺計画があることを敢えて報せ、その計画に加わるように持ち掛けたのだ。



「今ここ…ってところでしょうか。何か違いはありました?」

「いや、まったくもってその通りだ」

「思い通りに王妃様が賛同したので侯爵様は王子の代わりに大福を食べて死ぬおつもりですよね。健康でまだお若いのに家督を御子息に譲ることにしたのはその為。妹のように大切に思う側妃様とその子である王子を守り、何より隣国の血を引く第二王子が王座に就つけば必ずエナイが内政に干渉してくる。それを防ぐには自らの死を利用するしかないと思ったから」

 マリオの言葉に侯爵は黙ったままだ。

しかしその沈黙が彼の答えだった。


「ですがニシカ付きの大福を食べるのはお勧めしません。

食べて10分程で全身が痺れて倒れます。息も出来なくなって本当にしんどいですから、あれが死ぬまで続くのは拷問と大差ないと思いますよ」

「ま、まさか…君は」

 マリオの説明に侯爵の顔色が一気に悪くなる。


「ええ、この身で試したんで間違いないです」

「馬鹿なことをっ、それで死んだら元も子もないだろうっ!」

「その言葉、そっくり侯爵様にお返ししますよ。

それに毒の検証を他の人でする訳には行かないですし、僕は他の人に比べて身体が丈夫なのが取り得ですから」

 屈託のない笑顔を向けられ、侯爵は気が抜けたように浮かした腰をソファーへと戻す。


「…それで何ともないのか?」

「はい、すぐに女神様からの贈り物と呼ばれる最上級の回復薬を飲みました。

でもその後で仲間から物凄く叱られましたけど」

「それはそうだろう」

 呆れを含んだ眼差しを向ける侯爵の前でマリオは昨夜の出来事を思い出して軽く肩を竦めた。


「この大馬鹿野郎がっ、無茶にも程があんぞっ!」

「ご無事ですかっ!?我が王っ。もうこのようなことは決してなさならいとお約束下さいっ」

「ミギャっ、ミギャっ、ミギャっ」

 と、リョクにガチで怒鳴りつけられ、イツキに泣かれ、タマには心配と怒りの混ざった目で睨みつけられたマリオだった。


「侯爵様が死んで、それを計画したのは王妃様だという証拠が出てきても残念ながらそれは無駄死になると思いますよ」

「何故だね?」

 マリオの言葉に思わず身を乗り出して侯爵が問いかける。


「こちらに助言めいた手紙が届いてますよね」

「…確かに来た『黒の人形師』という者から」

「その内容は的確過ぎて無視するにはいかない程だった。それで侯爵様とそのお仲間たちは助言の通りに動いて王妃派の貴族の力を失わせていった。今回の侯爵様の死を使い王妃様を追い詰める計画もその一つ。死後のことは王子の側近である息子さん達に任せておけばいいって」

「確かに似たようなことが書いてあったな」

「その『黒の人形師』が今度は王妃様側に手紙を出さないという保証は?」

「なっ」

 マリオの言葉に侯爵が絶句する。

「暗殺計画そのものが侯爵様の狂言だと周知されたら、王太子には第二王子がなる可能性も出てきますよね」

「…確かにそうだな」

 苦々し気に侯爵は頷いた。

指摘されるまで人形師が敵に回る可能性をまったく考えていなかったことに気付いたからだ。

同時にそれをおかしいとも思わなかった異常性も。


「これって軽い洗脳ですよね。今までが上手く行きすぎたから侯爵様もお仲間も指示通りに動かなければならないと思い込んだ」

「…人形師とはよく名乗ったものだ。私たちは奴に良いように遊ばれる人形だったと言う訳か」

 憑き物が落ちたような顔で呟く侯爵に、ええとマリオが頷く。


「望みがあっても叶える方法が分からない人にその方法を与える。

それで与えた相手や周囲がどう動くかを安全圏で観て楽しむ。

本人にとっては単なる遊びなんでしょうけど、今度のことで菓子職人の一人が亡くなっています。許せるものではありません。侯爵様も目が覚めたようなので、ここから反撃に出ましょう。人形師が描いた事件の絵図を書き変えてやろうと思います」

「何をする気だ?」

 訝し気に問い掛ける侯爵にマリオは笑んだまま口を開いた。


「雅庵の姉妹に窮地のお店を救うと約束しました。まずはその約束を守りたいです」

「どうやってだね?」

「そこで侯爵様にお願いなんですけど…。侯爵様のお力でサウロ商店の隠し金庫にある書類を押収して欲しいんです。そこにはフィペン伯爵が出した今回の計画の指令書がありますから。ついでに言うとその指令書には王妃様の名も連署されてます」

 その言葉に侯爵は驚きに目を見開いた。


「そやつは馬鹿なのか?」

「まあ、普通はそういったものはすぐに焼き捨てますけど。

サウロは保険のつもりで取っておいたみたいですよ。計画が失敗した時、貴族なら簡単に平民の自分を切り捨てるだろうから、そうさせない為に。成功したなら、後でそのことをネタに何かと優遇してもらえますし」

「なるほどな。分かった、すぐに手配しよう。…しかし見事な探査だな」

 隠し金庫の位置を描いた紙を差し出すマリオに侯爵から感嘆の声が上がる。

「僕にはとても優秀な目と耳を持った仲間がいるので」

 嬉し気に仲間の有能さを称えるとマリオは言葉を継いだ。


「でもこの件で王妃様を失脚させるのは止めておきましょう。

僕の故郷に『窮鼠猫を嚙む』って言葉があるんです。

あまり追い詰めると弱いネズミだって天敵の猫に噛み付きますからね。

証拠の書類を見せれば身に覚えがある以上、勝手にいろいろ考えて怯えてくれますよ。いつ自分の行いが白日の下に晒されて断罪されるか分からない不安に苛まれ続けるでしょうけど、そこは身から出た錆ってことで」

「…顔に似合わず恐ろしいことを言うな、君は」

 呆れと僅かな怯えをその瞳に刷く侯爵に、ふにゃんとした笑顔を返すマリオだった。




「父上っ!」

 侯爵と今後の事を詰めていたら、淡い金髪の青年が警護の兵士たちを連れて部屋に乗り込んできた。

「どうした?ヨアヒム」

「胡乱な者が甘言を用いて父上によこしまなことを吹き込んでいると聞き駆けつけたのです」

 言うなり兵に命じてマリオを捕えようとする。


「止めぬかっ、客人に対して無礼であろう」

「父上はこの者に騙されているのですっ」

「あなたにそう伝えたのは誰ですか?」

 笑顔のマリオの問いに、彼は咄嗟に傍らにいた男に視線を送る。

それは執事服を着た若い男で、マリオをこの部屋に案内した者だ。

その時もずっと此方を値踏みするような目で見られていたが、どうやら彼にとってマリオは邪魔者と認識されたらしい。


後で聞いた話だと、侯爵がマリオのことを機転が良く利く知恵者と褒め出来るなら雇い入れたいと言っていたので、自分の地位が脅かされると思ったようだ。


「侯爵様を案じてすぐに行動を起こすのは親思いで良いことですけど、一方的な情報だけで判断をするのは止めた方がいいと思いますよ。その情報が正しいかちゃんと検証してから動いた方が失敗をする確率も下がりますし」

「うるさいっ。下賤な者が私に説教をするなっ!」

 正に聞く耳を持たぬ様に侯爵から派手なため息が零れた。


「家督を譲るのはもう少し後の方が良いようだな。

血気盛んなところはあるがもっと冷静に事にあたれると思っていたのだが」

「突発的な事態の時にこそ、その人の本性が現われると言いますから」

「確かにな」

 小さく頷いてから侯爵は憤る息子に向き直る。 


「彼は私が認めた客人だ。お前は私とその執事のどちらを信じるのだ?」

「そ、それは…」

「旦那様は騙されておいでなのですっ。そのような身分の低い卑しい者の言葉など聞く必要はございません。早くその者を捕えよっ」

 気勢を削がれた子息に代わり、執事が進み出て兵をけしかける。

それに背を押されるように兵たちがマリオを取り囲んだ時。


「みぎゃぁっ!」

「タマっ」

 マリオの肩で大人しくしていたタマが威嚇の声を上げて床に降り立つ。

「うわぁぁっ!」

「ひ、氷虎だっ」

 たちまちその姿は5m程に大きくなり、鋭い牙を閃かせアイスブルーの瞳で辺りを睥睨する。


「取り敢えず下がってもらえます?タマが本気で暴れたらこの近辺は壊滅します。そんなことをタマにさせたくは無いので」

 マリオの言葉に、恐怖で顔を強張らせた子息たちが部屋の隅へと集まってゆく。

「どうして僕が何の防衛手段も無しに貴族の館を訪問すると思ったのか凄く謎です。…御子息は直情型の性格みたいですね」

「ああ、困ったものだ」

 腹芸を常とする貴族としてそれはどうなんだろうと首を傾げるマリオの横で侯爵が再び深いため息を吐いた。


「『最も優れた人は、万人の召使いにもなれる人である』

これは僕の故郷の言葉です。

持って生まれたしょうを変えるには時間がかかりますから、御子息には暴走を抑えられる芯の強い側近を付けることをお勧めします」

「それに君がなるという選択肢は?」

「申し訳ないですがありません。僕には他にやりたいことも、やらなくてはならないこともありますから」

「それは残念だ」

「では僕はこれで。後のことはよろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げるとマリオは小さくなったタマと共に部屋を出て行った。




お読みいただきありがとうございます。

「29話 水の郷を目指して」は火曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しくワクワクしながら読んでます 朗読で楽しんだりもしてます 想像力の豊かさに感動ですよ‼️ お身体ご自愛ください
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