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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
27/94

27、侯爵とリバーシー


 翌朝、訪ねたセロの家は店から少し離れた場所にあり、長屋のような造りをしていた。

「ここか?」

「うん、でもこれだけ隣と近いなら不審な物音がしたらすぐに気付かれるし。

やっぱりセロさんは自分から死を選んだみたいだね」

 マリオの言葉にリョクは呆れ顔を浮かべた。

「あ?殺されたって疑ってたのか?」

「口封じの可能性も捨てきれなかったから。

でも結果的には殺されたようなものだよ。自分が目を付けられた所為でお店に迷惑をかけたって、その責任を取るには死ぬしかないって思い込まされてしまったんだから」

 痛まし気に言葉を綴ってから、マリオはシーナに貸してもらった鍵でドアを開けた。

そこはベッドと最低限の家具が置かれただけの殺風景な部屋だった。


「何にもねぇな」

「亡くなってすぐに隣町に住む息子さん一家が駆けつけて、葬儀をしたって。その時に形見になりそうな物は持って帰ったって話だしね。そもそも朝一番に来て窯の火入れをして、帰るのは店を閉めて翌日の仕込みが終わってからってのがセロさんの日常だったそうだから」

 確かにそれならば此処は寝に帰るだけの場所だったろう。


「とにかく解決のヒントになりそうなものを探そう」

 マリオの言葉にリョクもベッドの下や棚の中を調べ出す。

「みゃっ」

「どうしたの?タマ」

 しばらくしてマリオと一緒に部屋の中を歩き回っていたタマが方向を変えて暖炉に向かってゆく。


「中に何かあるの?」

 部屋の隅にある小さな暖炉の中に鼻先を向けて匂いを嗅いでいるタマに首を傾げながら問い掛ける。

「ミギャっ」

 肯定の声を上げるタマに頷き、近くにあった火掻棒ひかきぼうでマリオが暖炉の中に積もっている灰の山を掻き回すと。

「これって…」 

 出て来たのは割れたガラス瓶。

周囲に黒い煤が付いているところを見ると、火が燃えている時に投げ込まれたのだろう。

「この状態でもなんとかなるかな?」

 ダメ元で瓶の欠片をモノクルで鑑定してみる。


『割れたガラス瓶…内側に微量のニシカが付着している』


「ニシカって確か…」

「どうかしたか?」

「暖炉にこれが捨ててあって中にニシカの粉末が入ってたみたいなんだけど」

「ニシカ?…香草のか?」

「うん、部屋やトイレとかの悪臭を消すためによく使われるものだよね」

 一日のほとんどを店で過ごし、部屋にあまりいなかったセロがニシカを使う必要があっただろうか?

それもわざわざ暖炉に捨てていることにマリオの首が盛大に傾げられる。


「他に何か見つかった?」

「いや、これといったものはねぇ」

 大きく首を振るリョクに、マリオが残念そうに周囲を見回す。

「後は…亡くなる前のセロさんの様子を聞き込んでみるとか」

「ま、それで何か判れば御の字だぜ」

 行こうぜと先に立って歩き出したリョクの後に付いてゆくマリオだったが、最後に振り向いて深く頭を下げる。

「お邪魔しました。…シーナさん達とお店は必ず守りますから安らかに眠って下さい」

「みゃっ」

 肩で同じように頭を下げるタマに笑みを向けてから、マリオは静かにドアを閉めた。



「我が王っ」

「イツキ!?」

 家の近所の住人や取引先などセロに関係がある人に聞いてみたが捗々しい答えが得られず消沈していたマリオ達の前に突然イツキが姿を現す。

「何かあったの?」

 慌てて人のいない裏路地に移動すると、すぐにイツキが口を開いた。

「次の茶会とは5日後にユンヘルド侯爵家で催されるものと判明しました。

そこに雅庵の菓子を出すと。その茶会には侯爵令嬢の婚約者であるこの国の第一王子が招待されております」

「第一王子っ!?」

 驚くマリオにイツキが大きく頷く。


続けられたイツキの話によると、この国には王太子である第一王子と弟の第二王子を推す2つの派閥があり対立している。

第一王子の母は出自が身分の低い子爵家の側妃。

対する第二王子の母は隣国エナイの王女であった王妃な為だ。

今のところ跡目は第一王子が、第二王子は王弟として兄を補佐するとなってはいるが何か不祥事が起これば簡単にその位置は引っ繰り返る。


「サウロ達の狙いは第一王子ってこと?」

「その可能性は高いと思われます。フィペン伯爵が王妃派なのは有名な話ですゆえ」

 頷くイツキの前でマリオは派手なため息を吐いた。

「問題が一商店の乗っ取りから国の跡目争いに一気にレベルアップだなぁ」

「んで、どうすんだ?」

 ワクワクとした様子を隠しもしないリョクに苦笑を浮かべながらマリオはキュウっと拳を握った。

「ここまで来たらすべての謎を解明してみせるよ。じっちゃんの名には掛けないけど」

「何だそりゃぁ?」

「や、こっちの話。取り敢えず一度宿に戻ろう」

「おう、そろそろ腹が減って来たからな」

「では我はさらなる情報を集めます」

「うん、よろしく」

 イツキに手を振るとマリオはタマを肩に乗せ、リョクと共に歩き出した。




「ん?何だこりゃ?」

 翌日の昼過ぎ、宿のテーブルに広げられた紙にリョクは首を傾げた。

「今回の事件の相関図だよ。こうすると全容が見えてくるから」

 せっせと紙にイツキから聞いたことや思いついたことを書き込んでいたマリオがそう言って顔を上げる。


「で、だいたい事件のあらましが判っては来たんだけど…新たな謎が生まれちゃったんだよね」

 ふうとため息をつくマリオに、新たな謎だぁ?とリョクが聞き返す。

「リョクさんも見た通り、サウロは金勘定だけは達者だけど他はどうってことのない小悪党だし。伯爵の方はそのサウロにおだてられて良いように使われてるバカ殿以外の何者でもない。そんな2人が考えたにしては今回の事は凄く綿密で良く練られてる」

「そいつが腑に落ちないってことか?」

「うん、2人は誰かの使い捨ての駒に過ぎなくて、裏にこの計画を立てたゲームマスターがいる気がしてならないんだ」

 マリオの言葉に、そいつはと珍しく考え込みながらリョクが口を開く。


「前の列車強盗の時みたいにか?」

「それだよっ!」

「へっ?」

 リョクの言葉にマリオが弾かれたように声を上げた。

「ずっと引っ掛かってたんだ、何処かで似たようなものを見た感じがしていて。

でもリョクさんのおかげで分かったよ。別の題材の絵でも、同じ作者が描いた絵はタッチとかが似ているから同一人物が描いたと判るように、2つの事件にも手順や事の進め方に共通性があるんだ」

「つまりどっちも同じ奴が考えたっことか?」

「うん、だけど良く出来た計画でもそれ実行をする者がお粗末だったのは計算外だったみたいだけど…いや、それも計算の内かな?」

「訳が分かんねぇぞ?」

 盛大に?マークを飛ばしているリョクにマリオが外出することを告げる。

「何処へ行くんだ?」

「茶会の主催者であるユンヘルド侯爵の所だよ。前に王都に来たら訪ねて来て欲しいって言われたからお言葉に甘えて行ってくるね。侯爵にもいろいろと聞きたいことがあるし」

「一人で大丈夫か」

「みゃっ」

 自分を忘れるなとばかりに睨むタマに、そうだったとリョクは頭を掻いた。


「バカ猫だがちぃっとは頼りになるしな」

「ウナッ」

 バカはそっちだろとばかりに蔑みの眼差しを向けるタマにリョクの眉が跳ね上がる。

「この野郎っ、やるかっ」

「ミギャっ」

「もう、ケンカしないの」

 お約束のやり取りをしてからリョクはこれからやって来る傭兵を迎え討つために、マリオは侯爵家を目指し2人して宿を出て行く。



手間取るかと思った侯爵への面会は、予想に反してあっさりと叶った。

どうやら事情説明の為に提示した年間パスが思った以上にマリオの身元を保証してくれたようだ。


「待たせたね」

 そこへ遊戯車両で会った紳士がやってきてマリオの正面に腰を下ろす。

「本日はお忙しい中…」

「ああ、堅苦しい挨拶は無用だ。早速だが勝負の続きと行こう」

 言うなり侯爵は応接室の隅に置かれてあったリバーシーを手ずから運びソファーに座り直した。


「私は聖女様がもたらしたこのリバーシーと言うゲームが大好きでね。

ちょっとした油断や手違いで優勢だった手が簡単に引っ繰り返る。まるで人生のようだとは思わないかね?」

「そうですね、でも石は石です。生きた人間が織り成す人生はもっと複雑で楽しいものだと僕は思いますが」

「言うな、相手にとって不足はない」

 楽し気に笑うと侯爵は石を手に取った。

 

そこから2戦して一勝一敗、3戦目に入ったところでタマを膝に乗せたマリオが口を開く。

「ところで侯爵家で茶会が開かれるとか…それは第一王子の人脈の地固めと開拓が目的ですよね」

 盤上に石を置きながらの問いに同じように石を置いて侯爵が答える。

「やはり君は私が見込んだ男だな。鉄路の魔女の眼鏡に適ったのも道理だ」

「鉄路の魔女…ですか?」

 思い当たる相手がいなくて首を傾げるマリオに侯爵がその正体を教える。


「ヨウコ・エルサ・カッセル夫人だよ。カトウ鉄道の筆頭株主であり、実業家としての手腕の見事さからそう呼ばれて畏れられているよ」

「確かにスカウトはされましたね。断りましたけど」

「魔女と呼ばれる彼女から逃げおおせたことは称賛に値する。

しかもまだ諦めてはいないようだ」

「ああ、それでですか」

 侯爵の話にマリオは納得の頷きを返す。


案内される車両が上等席ばかりなのは懐柔の一環なのだろう。

それに後で聞いたが年間パスは地球でいうパスポートの役目もあって身持ちがしっかりした者でないと発行されない。

お金を出せば買えるといった物ではないのだ。

リョクの場合は購入時にマリオの旅仲間であることを口にしたので考慮してくれたようだ。

 

「君のような者が王子の傍にいてくれたら私も安心だ。

王子の知恵袋として御側に仕えてくれないか?」

「僕は小賢しいだけのただの平民ですよ」

「どの口がそれを言うかね。それに身分など関係ない、優秀な者は大歓迎だ」

「その前にお聞きしたいことがあるんですが」

「何だね?」

「雅庵の大福」

 その言葉に侯爵は笑んだままだが、その眼に警戒の光を宿した。


「聖女さま由来のこの大福はとても美味しいお菓子ですけど、最近になって恐ろしいことが判ったんです。大福に使われている米粉と小豆、それにニシカという香草を一緒に食べると体内で毒化して短時間で食べた者の命を奪ってしまう。この三つ揃い、俗にいう喰い合わせが悪いって奴です。

厄介なことにどれも単体では無害ですから鑑定で気付かれることはありません」

「…確かに恐ろしいな」

「本当によくこの3つの関係に気付いたと感心してます。

他にも一緒に食べると健康を害する食べ物は多いですけど、死に至る、それも短時間でとなるとこの三つ揃い以外にはありません。だからこそ執拗に雅庵は狙われたんでしょうけど」

 マリオの話に小さく頷いてから侯爵が問いかける。


「その危険性に気付いて、この後どうするのだね?」

「はい、近いうちにお店の前に注意喚起を促す張り紙をすることになりました。

絶対に一緒に食べないようにと。ニシカは悪臭を消す為の香草で食用ではないですから、意図して食べない限りそんなことにはなりませんけど。…でもそうなると侯爵様の計画が頓挫してしまいますね」

 マリオの話に侯爵の顔色が変わった。

痛いほどの沈黙の中、侯爵は静かに盤の右端に石を乗せる。

それを見てマリオもゲームを再開させた。

そのままどちらも言葉を発さず、ただ石を置く音だけが響いていった。




評価、ブックマークをありがとうございます。

「28話 謎解きと黒の人形師」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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