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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
24/94

24、光の聖女の末裔


「えっと…君は?」

「あ、あの私っ」

 マリオの問いかけに、慌てた様子でリョクの腕を掴んでいた手を外したのは、ピンクの髪に口元のホクロが色っぽい美人さんだ。

その顔は真っ赤で、どうやら良く考えもせず行動に出てしまったようだ。


「何やってるのっ!?シーナ姉さんっ!」

 そこへ同じピンクの髪をした女の子が走り寄ってきた。

「だってシェラ。ウェスタに着く前にお金を用意しないと」

「それは…そうだけど。でも姉さんが身売りしたお金なんてっ」

「私に出来ることはこれしかないもの」

「違うでしょっ、金が必要なのは私たち。なのに何で一人でどうにかしようとするのっ?」

「…ごめんなさい」

 妹に叱られ、シーナは大きく肩を落とした。


「あの…つまりどういうこと?」

 完全に蚊帳の外に置かれたマリオがそう声をかけると、姉妹2人して慌てて此方を振り返る。

「ごめんなさい。…その、私たちは」

「あなた達には関係ないことだからっ」

 シーナが何か言う前にシェラが遮ると、姉の手を取って車両の外へと走り去ってしまう。

「何だってんだ?」

 盛大に首を傾げるリョクにマリオが肩を竦めながら口を開く。

「訳アリみたいだけど、僕らに関わって欲しくないらしいね」

「なら放っとくか」

 リョクもそうだがマリオも聖人君子ではない。

助けを求められれば場合によって力を貸すこともあるが、用は無いと離れて行く者を追いかけるほど世話焼きではないのだ。



「ただいま、タマ」

「ニャッ、ニャッ」

 きちんと留守番をしていたタマの頭を撫でてやると、それは嬉しそうに鳴いてマリオに甘えて来た。

御褒美とばかりに、ふにゅふにゅと肉球マッサージをしてあげながら傍らにいるイツキに声を掛ける。

「イツキも留守を守ってくれてありがとうね」

「これくらいはお安い御用です。ところで我が王」

「何?」

「風の王に声を掛けた彼の者は光の聖女の縁者のようです」

「そうなの!?」

「飾られていた花達が聞き及んだ内容からすると間違いないかと」

 言われて各車両の窓辺やデッキに花が生けられていたことを思い出す。

「光の聖女だぁ?その子孫がいったい何をやらかしたら金に困るなんてことになるんだ」

 もっともなリョクの問いにイツキが眷属たちが聞いた話を披露する。


シーナとシェラの姉妹は光の聖女ことミヤハラミヤビの曾孫にあたる。

といっても曾祖父が兄弟の誰もが医療師を目指す中、菓子匠を目指した為に勘当同然で生家を飛び出し、今では医療局で重席にある本家とはまったく行き来がない。

そんな彼女たちはウェステリアの王都であるウェスタで昨年に亡くなった父親に代わり老舗の菓子店を営んでいる。


店では聖女直伝の『和菓子』を売っていて、味の良さと珍しさもあり、高位貴族や王家が購入するほどなのだが。

しかし2カ月前、彼女らの店が売った商品が元で食中毒患者を出し、その賠償に多額の金が必要になった。

この列車に乗っていたのはイデア国にいる親戚へ借金の相談をしに行った帰りだったからだ。


「しかし色よい返事は貰えなかったようで」

「それで身売りをしようとした訳だね」

「はい、風の王が賭けで手に入れた金を前にして思わずそのような行動に出たようです」

「それだけ追い詰められているってことか…ところでその食中毒って?」

 マリオの問いに、それがとイツキは眉を寄せて言葉を継ぐ。


「店で買った菓子を食した者達が激しい腹痛を起こし、死に至った者はおりませんでしたが寝込んだ者も多く。役所から2カ月の営業停止と被害者への賠償を命じられたのです。被害に遭った者の中には貴族も含まれておりましたので、その賠償金はかなりの額になりました。しかしこの一件には裏があるようです」

「どういうこった?」

 大きく首を傾げるリョクだったが、続けられたイツキの話に不快を露わにする。


「簡単に言ってしまえば乗っ取りです」

「ああ、ターゲットの商店の品にわざと不良品を紛れ込ませて経営を傾かせる。

その弱みに付け込んで金を貸し付けてそのまま自分の傘下に引き込むって奴だね。お父さんが亡くなった後の世代交代の最中で、地盤が固まっていない隙を突かれたってとこかな」

 ざっくりとだが的確な説明をするマリオに、はいとイツキが頷く。


「しかもその相手の目的は店だけでなく、あの姉妹もです」

「乗っ取りだと醜聞になるから手っ取り早くどちらかと親族を結婚させて円満な主権交代だと思わせようとしてる訳?」

 マリオの有能さを我がことのように喜びながらイツキが言葉を綴る。

「我が王の言われる通りです。期限までに金を返さぬなら姉を息子の正妻に据え、妹は自らの妾に差し出せと申し渡されておるようです」

「ケッ、胸糞の悪ぃ話だぜ」

「その相手って誰なの?」

「みゅぅー」

 スルリと身体を擦り付けて来たタマの頭を撫でてやりながらマリオが問いかける。


「王都で手広く金貸しをしているサウロという男です。

かなり阿漕な真似をしており、例えば安い利子で金を貸し付けた後、自らの息のかかった賭博場に引き込み、さらに借財を増やさせる。やがて返す当てがなくなると財を取り上げ、家人共々奴隷商に売り払うといったことを頻繁に行い。その被害に遭った者は数多く、よって方々から恨みを買っております」

 イツキの話にしばらく考え込んでからマリオは徐に口を開いた。


「でもそれってサウロって人だけでやってることじゃないよね。

そこまで露骨に悪どいことがまかり通るには強力な後ろ盾が必要だから」

 マリオの言にイツキが大きく頷く。 

「王都北部に領地を持つフィペン伯爵がその仲間です。彼の伯爵家は三代前に王妹の姫が降嫁したことにより、それなりの力を持っていますが」

「王家の血筋のはずなのに随分とお粗末な人だね」

 辛辣な物言いに、仕方ねぇさとリョクが肩を竦めた。

「生まれが何だろうと馬鹿は馬鹿だからな」

 実に尤もなリョクの言葉にマリオが頷いた時、ドアをノックする音が響いた。


「どなたですか?」

「突然に申し訳ありません、シーナと申します」

 ドア越しに告げられた名にマリオとリョクは顔を見合わせた。

「噂をすれば影ってほんとだな」

 今まさに話題に上がっていた人物の登場に、彼女の話を聞いてみる事にする。

イツキが会釈をして姿を消したのを確認してドアを開ける。


「先ほどは本当に失礼しました」

 深々と頭を下げるシーナに席を進めつつマリオが問いかける。

「さっきのことを謝りにきた…だけじゃなさそうですね」

「はい、お恥ずかしい話ですがどうしてもお金を工面しなければならないのです。お店と働く者たちを守るために」

 酷く思い詰めた様子でシーナが語ったことはイツキから聞いた話と大差なかったが、一つだけ違いがあった。


「職人頭の人が亡くなったんですか?」

「はい、責任を感じたようで自らの部屋で毒を飲んで。…こんなことを仕出かしてしまって先代に申し訳がたたないと枕元に書置きがありました」

 職人頭の死は眷属のいない室内で起こったことなので、さすがの植物たちも知ることが出来なかったようだ。


「亡くなったセロは父の親友でもあり、私も妹も頼りにしていたのですが」

 薄っすらと浮かんだ涙を拭いながらシーナは毅然と顔を上げて言葉を継いだ。

「セロの為にもお店を守りたいんです。厚かましいお願いだとは承知しています。ですがどうか私にお金を貸していただけませんでしょうか。その為ならこの身がどうなろうと…」

 意気込むシーナに向かいマリオは笑って手を振った。

「いや、そんなことになったら妹さんに一生恨まれますから」

「そうだな。それに悪いがお前さんは俺の好みじゃねぇしよ」

 リョクの言葉に一瞬呆けてから、シーナは我に返ってその顔を真っ赤に染め上げる。


「そ、そうですよね。誰にも選ぶ権利はありますもの。私ったら馬鹿な思い上がりをして」

「シーナさんは十分魅力的ですよ。でも自分を安売りする人は僕も好きじゃないです」

 羞恥に震えるシーナにそう声をかけてからマリオは言葉を継ぐ。


「僕が迷っていた時にもらったアドバイスなんですけど『よく「親を喜ばせたい」とか「周りが喜ぶから」とか言って行動を起こす人がいる。それは素敵だけど一番大事なのは自分がどうしたいのかってこと。周りの人も君を思ってるなら君が一番したい様にしてくれるのが一番嬉しいはず。そうじゃないなら君を自分の思い通りにしたいだけの迷惑な人だから。自分が生きたいように生きよう』って。シーナさんが本当にしたいことは何なのか、よく考えてみて下さい」

「私がしたいこと…」

 考え込むシーナに、マリオはこの場に妹さんを呼んで欲しいと頼む。


「シェラを?」

「さっき言ってたでしょ、これは私たちの問題だって。仲間外れにされたと知ったら怒るだろうし、それ以上に悲しいんじゃないかな」

 マリオに言われて漸くシーナはそのことに気付いた。

もし同じことをシェラがしたら悔しいし、何より悲しい。

何故、自分を頼ってくれないのかと。


「そうですね。シェラに謝って、それからちゃんと相談します」

「微力ながら僕らも力になります。僕の故郷に『三人寄れば文殊の知恵』って言葉があるんです。凡人でも三人集まって相談すれば、文殊って知恵をつかさどる神様のようなすばらしい知恵が出るものだって意味です。一緒に考えてみましょう」

「はいっ、ありがとうございます」

 心からの笑みを浮かべてシーナは軽い足取りで部屋を出て行った。



「ところでさ、あの美人のシーナさんをさっくり袖にしたリョクさんの好みってどんなの?」

 小首を傾げてのマリオの問いに、そうさなとリョクは腕を組みながら口を開いた。

「色っぺー触覚と逞しくて良く跳ぶ脚をしてるのが最低条件だよな。贅沢をいうなら交尾の最中に俺のことを喰おうとしない気立ての優しい女がいい」

「…なるほどね」

 虫人ならではの条件を上げるリョクに納得の頷きを返すマリオだった。





お読みいただきありがとうございます。

「25話 計略と借金返済」は火曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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